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第24話 仲間はエルフ

「悠真」


 ガトーたちが見えなくなったあと、バイオレットは鋭い眼光で俺を睨んだ。


「あっ……いや、悪い。相談もなく勝手に――」

「いいぞ!! 最高だった、悠真!!」

「えっ?」


 バイオレットは鼻息荒く、俺の両肩をがしっと掴んだ。


「私も昨日から、ずっとニナを仲間にしたいと考えていた! でも、私情は持ち込めないと抑えていた……。そうか、悠真も同じ気持ちだったんだな!」


 今にも抱きついてきそうな勢いで喜ぶバイオレットを見て、俺は安堵した。

 ――自分の気持ちに嘘をつかなくてよかった、と心から思えた。


「でも……よかったのか? あんな奴らに推薦状なんて渡して」


 六番隊隊長の推薦状といえば、それだけで信用の証。相手があんな連中では、バイオレットの評価も下がるんじゃ――と心配したが、


「ああ、あれか。あれは偽造品だ」

「……偽造?」

「昨日、私が作った、本来は存在しない推薦状だ。あれを王国で出せば、やつらは盛大に恥をかく。……ざまぁみろ、ってやつだな」

「……なんでそんなものを?」

「交渉材料に使えると思ってな。悠真が出なければ、私が切るつもりだった。――まあ、半分は嫌がらせだが」


 バイオレットはどや顔で胸を張り、ニナに向かってウィンクする。

 その瞬間、緊張の糸が切れたように、俺は思わず吹き出していた。


「な、なにが可笑しい?」

「いや……優等生のバイオレットがそんなことするなんて意外でさ」


 ――いつも騎士の品格を崩さないバイオレットが、ニナのために、こんな小粋な罠を仕込んでいたなんて……まさか想像もしていなかったよ。


「笑うな! ……大体、ああいう奴らは好かん。仲間であるはずのニナにも全然優しくなかったからな。少しくらい痛い目に合わせたいと思うのが普通だろ」

「ああ、そうだな。バイオレット、ナイス嫌がらせだぞ」

「おい、悠真……お前、やけに嬉しそうだな?」

「ちょっと、ちょっとちょっとちょっと!!」


 俺とバイオレットが盛り上がっているところへ、鋭いツッコミが飛んできた。

 声の主はニナだった。


「どういうつもりよ! 金貨百五十枚も払って……ば、バカなの? それとも同情のつもり?」


 信じられないといった顔で、ニナは俺とバイオレットを交互に睨みつける。


「同情なんかじゃない。俺はお前を戦力として引き抜いただけだ」

「……私に金貨百五十枚の価値なんてあるわけないでしょ」

「なんだよ、それ」


 ――らしくもない。

 いつもなら「私は金貨千枚の価値がある女よ」とか胸を張って言いそうなのに、今は肩を落としている。そんなニナの姿に、なぜか苛立ちを覚える。


「確かにお前一人の力は小さいかもしれない。バイオレットの力が十で、俺が八なら……ニナは五くらいかもな」

「……やっぱり私、弱いじゃない」

「でも、お前には味方を十から十三に、八から十一に引き上げる力がある」


 ニナがはっと顔を上げた。


「お前の補助魔法は、俺たちを一段上の領域に押し上げる。それは、お前自身が十の力を持つより――よほど脅威的だ」

「……要は、人に頼るしか能がないってことでしょ」

「人に頼って、何が悪い?」


 ニナは目を瞬かせ、戸惑うように眉をひそめる。


「……だって、惨めじゃない。ガトーにも言われたわよ。攻撃魔法も使えない、補助と回復しかできない、役立たずだって……」

「それは違う」


 俺は言い切った。


「敵は俺とバイオレットが倒す。強敵なら、お前が補助してくれ。怪我をしたら回復してくれ。――それで十分だ」

「でも、それじゃ私は一人じゃ何もできない。悠真たちは強いから一人で何でも……」

「一人で生きてる奴なんて、いないぞ」

「……え?」

「俺だって最初は弱かった。狼に襲われたとき、アテナがいなきゃ死んでたし、バイオレットの訓練がなきゃここまで強くなれなかった。一人だったら、とうに死んでた」


 ニナは、ぽかんと俺を見つめている。


「だから、普段は俺たちがお前を守る。その代わり、俺たちがヤバくなったら、ニナが俺たちを助けてくれ」

「……私が、悠真たちに助けられて……悠真たちを助ける?」


 俯いたまま、ニナは小さく呟く。


「そうだ。何度でも言う。一人で生きてる奴なんていない。だから皆で助け合うんだ。仲間ってそういうものだろ」


 それは綺麗ごとなんかじゃない。ごく当たり前のことだ。


「……だったら、もっと優秀な魔法使いを雇えばいいじゃない。なんで私なのよ」

「お前が信頼に値する人間だからだよ」


 その言葉に、ニナの瞳がかすかに揺れる。


「はなから優秀なんて求めてない。どんなに優秀でも、いざ危なくなった途端に逃げ出すような奴なら要らない」

「……私だって、逃げるわよ?」

「いや、逃げないな」


 それだけは、確信している。


「お前は、逃げろと言ったのに逃げずにバイオレットを守った。勝ち目なんてゼロだったはずだ」

「そ、そうよ。ゼロだったわよ……なによ、私を笑いたいの?」

「笑う? とんでもない。敬意を示してるんだよ」


 俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「勝てる相手に立ち向かうのは誰でもできる。でも、勝てない相手に、それでも立ち向かうのは勇気だ。すごいことだよ、胸を張っていい」


 ニナは唇を噛み――けれど、一瞬だけほっとしたような笑顔を見せた。


「……バカね。あんた……」

「で――俺たちの仲間になってくれるか?」


 俺は手を差し出す。バイオレットも穏やかな笑みを浮かべ、静かに見守っていた。


「ふ、ふん……そこまで言うなら、仕方ないわね」


 ニナは頬をかすかに染め、照れ隠しするように視線を逸らしながらも――俺の差し出した手を、そっと握り返してきた。


「私が仲間になったからには無敵よ。魔族軍討伐だって夢じゃないんだから!」


 ――と、天地がひっくり返ったかのように、いきなりビッグマウスが炸裂する。


「期待してるが……ニナ。魔族軍は討伐じゃなく、同盟を組みに行くんだ。喧嘩売るなよ?」

「……えっ、そうなの? 残念……メテオぶちかまそうと思ってたのに」


 いや、お前攻撃魔法使えないだろ。

 でも――やっぱり、この生意気でツッコミどころ満載なニナが、一番しっくりくる。


「ニナ。これからよろしくな」

「……うん。バイオレットも……ありがと。よろしくね」


 バイオレットが穏やかに手を差し伸べると、ニナもほんのり笑みを浮かべて握手した。

 ……こいつ、バイオレットには素直だよな。俺やアテナには、たまに溝の中のカエルを見るような目をするくせに。


「悠真」


 バイオレットとニナが盛り上がっている横で、アテナがひそひそと俺に耳打ちしてきた。

 ――そういえば、ニナを仲間にする話、アテナに相談してなかったな。


「アテナ、悪い。勝手に決めちまって」

「別に構わないわよ。誰を仲間にするかは悠真たちが決めること。それに――悠真の判断は正しいと思うわ。ニナの心は強い。あの子はこれから、もっと強くなる」


 そう言いつつも、アテナはどこか腑に落ちない顔をしていた。


「ただ、一つだけ気になることがあるのよ」

「……気になること?」

「ええ。さっき悠真、ニナのこと、信頼に値する人間って言ってたでしょ」

「ああ、言ったけど……それが?」


 アテナは少し眉をひそめ、意味深な視線をニナへ送る。


「――多分だけど。あの子、人間じゃないわよ」

「……へ?」


 思いもよらない言葉に、思考が一瞬止まった。

 アテナはそのままニナの方へ歩み寄っていく。


「ニナ」


 呼ばれたニナは、少し気まずそうに顔を上げた。


「うっ……アテナって、私が仲間になるの嫌なんでしょ……?」

「あら、どうしてそう思うの?」

「だって……アテナ、無茶苦茶強い魔法使うし。きっとまだ本気出してないし……本当は私よりすごい補助とか回復も――」

「使えないのは本当よ。まあ、あっても使わないでしょうけどね」


 ……たしかに。アテナは補助なんて要らないし、回復より先に敵を皆殺しにしそうだ。


「仲間になってくれるのは大歓迎よ。悠真の言う通り、あなたにしかできないことがある。それに……私、ニナのこと結構好きよ。生意気な妹みたいで、からかいがいがあって可愛いし」

「なっ……なによっ……妹って……!」


 不意に好きと言われ、ニナは顔を真っ赤にして目を逸らす。


「でもね――仲間になるなら、はっきりさせたいことがあるの」

「はっきりさせたいこと?」

「ええ。そう」


 アテナはにっこり笑い、そっとニナの頭に手を置いた。

 すると手のひらが淡い緑光を帯び――ニナの髪の隙間から、ピョコンと……尖った耳が現れた。


「きゃあああああっ!」


 ニナは悲鳴を上げ、慌ててアテナの手を払いのける。

 アテナは「やっぱり」と言わんばかりに、愉快そうな笑みを浮かべた。


「……やっぱりね。ずっと気になってたのよ。人間とは違う匂いがしてたから」


 アテナは「やっぱり」と言わんばかりに、勝ち誇った小悪魔のような笑みを浮かべていた。


「――ニナ、あなたエルフね」


 う、嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 俺とバイオレットは、ぽかんと口を開けて固まっていた。


                              第二章 完


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