第19話 スリ少女、冒険者レンタルされる
「なんだ。誰かと思ったら、スリ少女じゃないか」
「誰がスリ少女よ!」
俺がため息まじりに言うと、少女は乗りよくツッコむ。
「そうよ悠真、失礼じゃない。ロリコン少女に謝りなさい」
「誰がロリコン少女よ!」
今度はアテナにツッコミ。……なんか毎回、芸人みたいなノリになるな。
「私の名前はニナ。ニナ・シュタイン・クーゲルよ」
ドヤ顔で自己紹介――と思った矢先、ニナの後ろから柄の悪い男がぬっと現れた。
「おい。こんなところで何やってる」
ああ、スリ少女のお父さんか。
「お父さんも大変ですね。でも、娘さんにちゃんと構ってあげてください。ほら、子供って放っておくとすぐグレますから」
「誰がお父さんだ! 俺はまだ二十五歳だぞ」
男は眉間に皺。二十五? 俺より年下かよ。老け顔すぎて四十過ぎかと思った。
「ガトー。私の力を見せつける時が来たわよ」
「は? 何言ってんだ、お前」
「私、この人たちに力を貸すわ。もちろん、冒険者としてね。さっき竜を討伐すると言ってたわよね? 魔法使いがいなくて困ってるって」
スリの次は盗み聞きか。こいつ、盗賊の素質あるな。
「私は魔法使い。しかも補助魔法が得意」
親指で自分を指し、得意げ。
「嘘つくな。魔法使いじゃなくて、盗賊だろ」
「誰が盗賊よ! このロリコン!」
ついに少女にまでロリコン呼ばわりされる始末。てか、自分からロリコンって言っちゃってるよ。
「竜? まさか四人だけであの洞窟に行く気か? 正気じゃないぞ」
お父さん(仮)は怪訝そうだったが、バイオレットの顔を見るや否や目を剥いた。
「なっ……お前、王国騎士団のバイオレット・マグガーレンか」
「ほう。私を知っているのか」
ガトーと呼ばれた男は思わず後ずさる。
「知ってるとも。お前さんは有名人だ。王国本部の初代女隊長。目にも止まらぬスピード、剣術は王国屈指の剣豪って噂だ」
「やめてくれ。そんなに褒めても何も出ないぞ」
「それに加えて、男にも力負けしない筋肉と、滅多に笑わない無愛想っぷりから――クールビューティー・メスゴリラって――」
「うわぁ、やめろぉ! その名前で私を呼ぶなぁ!」
鼻の下を伸ばしていたバイオレットが、突然慌てふためく。そんなあだ名があったのね。……ほぼ悪口にしか聞こえんけど。
「いいじゃない。ちゃんと、クールビューティーって付いてるんだから」
アテナが肩をぽんぽん。フォローしてる風だが、口元がピクピク。必死に笑いをこらえてるだけだ。
「なら好都合。メスゴリラのバイオレットもいるし、私の補助魔法が加われば竜相手でも百人力でしょ。だから、あなたたち、私を冒険者としてレンタルしなさい」
ニナは、クールビューティーの部分だけ省いた。そこ唯一のプラス要素なんだが。どうやら本気で竜討伐に行きたいらしい。
「ニナと言ったな。お主、どんな補助魔法が使える?」
説教に行くかと思いきや、バイオレットは真面目に尋ねる。相変わらず子供には甘い。
「だいたいはできるわ。力や防御を上げる魔法、物理攻撃を防ぐシールドも」
「なるほど……」
バイオレットは顎に指。考え込む。
「なぁ、そこのお主……ガトーと言ったな。明日一日、ニナを冒険者としてレンタルしたい。いくらで手を打つ?」
「えっ、レンタル? 冒険者としてか? 奴隷レンタルじゃなく?」
「馬鹿者。この子を奴隷レンタルしたら、悠真の性癖がさらにおかしくなるだろ」
おいバイオレット。そんな顔面キリッとで言うな。俺、マジでヤベぇ奴みたいだろ。
「そうだなぁ……金貨十枚ってところだ」
ガトーがいやらしい笑みを浮かべる。
「なっ、ガトー! 相場は金貨五枚でしょ。何、ぼったくろうとしてるのよ」
ニナが躊躇する。完全に足元を見られてる。……というか、俺は金貨五枚でも連れて行く気はなかったんだが。
「竜の討伐だろ。大事な仲間が危険に晒されるんだ。十枚でも安いくらいだぜ」
「何が、大事な仲間よ。人のこと奴隷レンタルさせようとしてたくせに」
「……わかった。金貨十五枚出そう」
二人の間に入って、バイオレットが涼しい顔でとんでもないことを言う。
「ちょ、待てバイオレット」
さすがに止めに入る俺。だが彼女は寂しそうに微笑んで首を振る。
「大丈夫だ、悠真。彼女をレンタルする金は私の懐から出す。王から預かった金には手をつけない」
なぜそこまで――と問いたいが、バイオレットの表情を見て、追及する気が消えた。なんとなく、彼女の考えがわかったからだ。
「ガトー。金貨十五枚なら文句ないだろう」
「あ、ああ」
ぼったくる気満々だったはずのガトーも面食らっている。
「よし、交渉成立だ。危険な仕事だからな、十五枚は前金で渡す」
「ああ、そうだな。……その、ニナのことはよろしく頼む。大事な仲間だからな」
建前を口にしながら金貨を受け取るガトー。その横で、ニナは冷めた目をする。
「ニナ。明日九時にこの酒場の前で待ち合わせだ。遅れるなよ」
バイオレットがニナの肩を軽く叩く。ニナは一瞬ぽかんとした後、すぐに得意げな笑み。
「遅れるわけないでしょ。まあ、私がいるんだから、明日は大船に乗ったつもりでいなさい」
「泥船の間違いじゃないか?」
俺がぼそっと呟くと、ニナのローキックが飛んでくる。
ふん、甘い。もう見切って――と思ったら、蹴りはほんの少しだけ高めのコース。
足は股間にホールインワン。俺は膝から崩れ落ちた。
「あんたバカぁ? 知的な私がワンパターンな攻撃するわけないでしょ」
うずくまる俺の上から、勝ち誇った声。ああ、どうもこいつとは仲良くなれそうにない。
――大事な宝物を押さえながら、俺の意識はすこしずつ遠のいていった。