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第18話 筋肉ゴリラと魔族の土産

 もう……ここまで来れば大丈夫ね。

 私は薄暗い路地裏まで駆け込み、壁に背を預けながら大きく息を吐いた。

 胸の鼓動がドクドクと鳴っている。誰も追ってきていない――ほっと胸を撫で下ろす。


 ――参ったわね。ぼんやりした男だと思って油断した。

 まさか、私が触れるより先に気づくなんて……とんだ曲者だわ。まあ、触れられる前だったから、逆に言い逃れできたけど。


 それにしても――変な三人だった。

 男の方は仲間から全然信用されていないダメ男っぽいし、黒髪の美女と黄色い髪の女も、なんだか言うことが滅茶苦茶だった。私が「十四歳」だって何度言っても、聞く耳を持たないし……。

あー……思い出したら、だんだん腹立ってきた。今から戻って文句でも言ってやろうかしら。


 でも、不思議。なぜだろう。あの三人、すごく楽しそうだった。

 私も……あいつらと――。


「おう、なんだ。こんなところにいたのか」


 不意に背後から声がして、私はビクリと肩を跳ねさせた。

 狭い路地に、三人の男がズカズカと入ってくる。私は思わず後ずさった。


 ――ガトー。

 先頭を歩くその男は、私が今いる冒険者パーティーのリーダー格だ。

 後ろにいるのはギリアンとトム。……正直、パーティーなんて呼びたくもない連中だけど。


「スリはうまくいったのか?」


 ガトーがにやけた顔を見せる。

 やっぱり。偶然じゃなかった。最初からつけてきてたのね。


「失敗したわ」


 私が吐き捨てるように言うと、ガトーの顔がすぐに曇った。


「失敗だと? お前、スリもまともにできねぇのか」

「相手が悪かったのよ。次はうまくやるわ」

「……なぁニナよ。スリなんて危ねぇ真似しないでさ、もっと賢く稼いだらどうだ? 前にも言ったろ。お前、結構いい額でレンタル依頼が来てるんだぜ?」

「バカにしないで。そのレンタルって、冒険者レンタルじゃなくて――奴隷レンタルでしょ」


 奴隷レンタル。要するに客に買われて接待する仕事。

 どんな接待かって? 聞かないで。想像しただけで吐き気がする。

 それをわかっていて、この男は――。


「仕方ねぇだろ。補助魔法しか取り柄のねぇお前に、冒険者としての依頼なんか来るわけねぇんだ。……でも安心しろ。それ以上に高い報酬がついてるんだぜ? いやぁ、世の中いろんな性癖の奴がいるもんだな。俺ならお前みたいなガキ、脱いでも萎えるけどな!」


 ガトーが嘲るように笑うと、後ろの二人も下卑た笑い声をあげる。


「ふんっ。いくら金貨を積まれたってお断りよ。……それより、あんた達、まずは風呂に入ったら? 臭うんだけど」


 売り言葉に買い言葉。私が言い返すと、三人の表情が途端に険しくなった。


「……そんな生意気な口は、役に立つようになってから叩け!」


 怒声と同時に、ガトーの蹴りが飛んできた。

 鈍い衝撃が腹に突き刺さり、私は地面に叩きつけられる。


「おいおい、ガトー。やりすぎだろ。奴隷レンタルに出すかもしれない、商品だぞ」

「大丈夫だ、顔は傷つけてねぇ」


 ――っ……。

 腹に焼けるような痛みが走る。


 私は尻餅をついたまま、無言で三人を睨み上げた。彼らはそんな私を見下ろし、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「悔しかったら、借金の金貨五十枚、さっさと返せ。そしたら自由にしてやる」

「……金貨五十枚? 私が借りたのは、最初たった五枚だったはずだけど」

「利子だよ。もう三か月経ってるからな」


 ――とんだクズ。

 私がそんな大金を用意できないと知っていて言っている。

 ……ああ、最初に切羽詰まって、こいつらに頼ったのが間違いだった。

 でも事実、私は補助魔法しか取り柄がない。

 戦闘能力がない以上、ソロでは絶対に生きていけない。

 一人で生きるには――奴隷レンタルを受けるしかないのだろうか。

 ……いや、駄目。それだけは絶対にしない。あんなの、私じゃなくなる。


 それをやるくらいなら――死んだ方がマシだ。

 私は尻餅をついたまま、路地裏から立ち去っていく三人の背中を、ただ黙って見送っていた。




「魔族フリーデンに向かう船はいつ出航予定なんだ?」

「三日後になるな」

「三日後? ……明日じゃないのか?」

「その船は週に一度しか出ていなくてな。ほとんど乗客もいないから、仕方あるまい」


 俺たちは宿を予約したあと、宿屋の亭主に「安くてうまい」と勧められた酒場に立ち寄っていた。

 木の梁むき出しの天井、油の匂いがしみついた分厚いカウンター、所狭しと並ぶ酒樽――いかにも冒険者たちがたむろする場末の酒場といった風情だ。


 周囲では他の冒険者たちが大声で談笑し、グラスをぶつけ合う音が絶え間なく響いている。

 店員の姉ちゃんが焼きたての肉とスープを運んできた。噛むと肉汁があふれて……たしかに、評判通りそこそこうまい。


「その間はどうする?」

「そうだな……この際だ。訓練を再開しようか。二日間もサボってしまったからな。お互い腕が鈍っているだろう。そろそろ筋トレも再開したい」

「筋肉ゴリラ」

「えっ。今、なんて言った?」


 ――やばい、口が滑った。

 幸い周囲の冒険者たちが盛り上がっていたおかげで、俺の毒舌はうまく雑音に紛れた……と思ったその矢先。


「ねぇ、筋肉ゴリラのバイオレット」


 ……よりにもよって、アテナが俺のセリフを引用しやがった。


「なっ……筋肉ゴリラだと!? なんてことを言うんだ、アテナ!」

「私じゃないわよ。さっき悠真が言ってたじゃない。聞こえなかったの?」


 しかもご丁寧に暴露までしてくれた。はぁ……罪は素直に償えってことか。


「なんだと……! 乙女に向かってブタゴリラなんて失礼だろ! ちゃんと謝ってもらおうか。あと、ブタさんとゴリラさんにもな!」


 ああ、そうだね。ブタさん、ゴリラさん、ごめんなさい。


「ところで、バイオレット。魔族に渡す手土産はどうするの?」


 アテナが皿に入ったピーナッツをぽいぽい頬張りながら、バイオレットに何気なく尋ねる。

 ――魔族との同盟交渉。きっと立派な手土産でも用意しているのだろう。

 だが、その一言でバイオレットの表情がピシリと硬直した。


「まさか。なにも用意していないということはないわよね?」

「いや、その……すっかり忘れていた」


 バイオレットは、やってしまった。みたいな顔で真っ青になる。

 こいつ、マジか。……いや、バイオレットが悪いというより王国側は何やってんだ。国の将来がかかった交渉だぞ。人員も手土産も、この調子で本当に同盟を結ぶ気があるのか?


「論外ね。話にならないわ」


 普段は不真面目なアテナが、珍しくまともなことを言う。バイオレットは涙目で「どうしよう、アテナ、悠真……」と助けを求めてきた。


「仕方ないわね。女神である私のサインを渡すわ」


 へー、そう。いいんじゃない。まあ、渡してもすぐに裏紙にされるオチだろうけど。


「魔族って何を好むんだ?」


 見当がつかないので、俺はバイオレットに振る。即「知らん」と言われるかと思いきや、彼女は顎に指を当ててうなる。


「確か昔、どこかの国が、竜の角を土産にして喜ばれた……という話があるらしいが、真偽は不明だ」


 半信半疑のバイオレットの横で、アテナが「本当よ」と即答する。


「階級が高い魔族は、竜の角をアクセサリーにする風習があるからね」


 しかし、バイオットは険しい顔をする。


「ここから少し離れた場所に、竜の棲む洞窟があると聞いたことがある。ただ、俺たち三人で行くには危険すぎる。竜討伐はギルドや商会が十人以上の冒険者や騎士を揃えて挑む案件だ。……まあ、アテナなら一人でも倒せそうだが」

「あの程度の竜、私なら三割の力を出すまでもないわね。余裕のよっちゃんよ」

「本当か。さすがアテナ、心強い」

「は? 誰も、力を貸す、なんて言ってないわよ。何度も言うけど私、女神なの。前にも説明したでしょ。極力この世界で目立っちゃダメ。だから、あなたたちの力でなんとかしなさい。死んだらそれまで。私はそのまま――ドロン、だから」


 アテナは両手を重ねて、どこかで見た忍者ポーズ。バイオレットは口をぽかんと開ける。


「……まあ、よくわからんが、アテナが力を貸さないなら尚更やめておいたほうがいいな。悠真と私だけで竜の討伐は無理だ。相手は火も吐く。最低でも一人、援護してくれる魔法使いが必要だ。防御や回復ができる助っ人が」

「ふん。お困りのようね」


 突然、横から声。視線を向けると、一人の少女が立っていた。

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