第14話 六か国の真実
試合終了後――
俺は優勝者として、デストリュク王国の王が住まう城へと招かれることになった。
案内役は、もちろんバイオレットだ。
巨大な城門をくぐった途端、俺は思わず足を止めた。
白大理石で造られた高い天井、色鮮やかなステンドグラスから射し込む陽光が床の紋章を虹色に染め、通路の両脇には銀の鎧をまとった騎士像がずらりと並んでいる。
壁には歴代の王や英雄の肖像画が飾られ、所々に魔石で灯された燭台が幻想的な光を放っていた。
……やばい。めちゃくちゃ豪華だ。普通に歩いてるだけで緊張して汗が出てくる。
つーか、広い! 下手したらマジで迷子になるぞ、ここ。
「いやぁ、良かったぞ! ルイスが最後、倒れるところなんか――もう、スカッとした!」
横でバイオレットが満面の笑みを浮かべて、ぱたぱたとスカートを揺らしながら歩いている。
どうやら、俺が優勝したことを一番に喜んでくれたのはバイオレットらしい。
「良かったな。あいつと一緒に行きたくないって言ってたもんな」
俺も釣られるように笑い、同意して頷く。
「……い、いや。まあ……それもあるのだが……うれしいのは、それだけじゃないのだぞ」
足を止めたバイオレットは、もじもじと指先をつつきながら、上目遣いで俺を見上げてきた。
「それだけじゃない?」
「……い、いいっ。言わん! 悠真には、一生わからんだろうからな!」
ぷい、と頬を膨らませて顔をそむける。
……なんだよ、急に照れて。ほんと、わかりづらい奴だな。
それからしばらく歩くと、重厚な彫刻が彫り込まれた、厳重そうな扉の前に辿り着いた。
扉の両脇には二人の全身鎧の騎士が直立しており、俺たちに鋭い視線を送っている。
「第六番隊隊長、バイオレット・マグガーレンだ」
バイオレットがきりりと告げると、騎士たちはカシャンと音を立てて敬礼し、二人がかりで巨大な扉を開いた。
その先には、天井まで届くほどの長大な赤い絨毯が敷かれ、ずらりと並ぶ燭台の明かりに照らされた豪奢な回廊。
荘厳な空気が流れる中を、俺とバイオレットはゆっくりと進む。
……本当に長い。なんで王様ってやつは無駄に遠い場所に座りたがるんだ。
この国、絶対に騎士たちにウォーキング習慣を付けさせようとしてるだろ。
やがて辿り着いた先――玉座の間の扉が開かれ、まばゆい光が溢れ出た。
広大な大理石のフロアの奥、金と紅で装飾された玉座に、割腹の良い王様がどっしりと座っていた。
隣には、白髭をたくわえた七十歳過ぎほどの老紳士が静かに控えている。
「よく参った。……試合、見させてもらったぞ。勇ましい活躍であった」
王様は、まるで最初から用意していたかのように、威厳ある声で労いの言葉をかけてきた。
俺は「ど、どうも」と軽く頭を下げかけたが、横でバイオレットがすっと片膝をついていたのを見て、慌てて真似をした。
「ありがとうございます……!」
「うむ。二人とも、顔を上げてよい」
王様に促され、俺とバイオレットは顔を上げる。
「まずは――悠真。お前に問いたい」
王様の視線が、鋭く俺を射抜く。
「この大会。賞金があるとはいえ、優勝者は魔族フリーデンと同盟交渉を行うという、命の危険すらある任務だ。……その危険を冒してまで参加した理由は、なんだ?」
……うわ、なんか面接みたいな空気だな。
と、俺は内心で苦笑していた。
「世界は今、六か国に分かれていると伺っております。これから我が国が十年後、百年後に残っているか……正直、想像もつきません」
俺は少し間を置き、言葉を続けた。
「だからこそ――これから生まれてくる未来の子どもたちのためにも、魔族フリーデンと交渉を結ぶことで、未来へと繋ぐ一助になりたいと思っております」
我ながら、心にもない模範解答だ。だが、言い終えた途端――
「……素晴らしい!」
デストリュク王国国王は玉座から勢いよく立ち上がり、豪快な声を上げた。
……うわ、ちょろいな。俺のいた世界なら、半数以上の面接官が「こいつ絶対、嘘ついてるな」って勘づくぞ。
まあ、好都合だ。王様の機嫌がいいうちに、この世界の内情を探っておくか。
「王様。大変恐縮ではありますが――今あるこの世界の内情をご教示いただけないでしょうか?」
俺が頭を下げると、王様は「ふむ?」と白い髭を撫でた。
「実は……私、遠方の田舎の出身でして。一年ほど前に起きた事故で、ほとんど記憶がない状態なのです」
もちろん全部、嘘だ。だが、王様は疑う様子もなく、ゆっくりと頷いた。
「……そうであったか。よかろう――良い機会だ、説明しておこう」
そう言って、王様はゆったりと顎に手を添えた。
王の説明は――それはもう、耳がもげるほど長かった。
だが、言葉の一つひとつから伝わってくるのは、この世界に漂う張り詰めた空気だった。
「……つまり、今この世界は六つの国に分かれている」
王は顎の白髭を指で撫でながら、ゆったりと語り始めた。
「どの国も争いはしておらぬ。だが、それは脆い均衡の上に立つ平和だ――もし、どこか一国が先に手を出せば、その瞬間に戦争が始まるであろう」
俺は息を呑んだ。薄々感じていたが、想像以上にこの世界は不安定らしい。
王の視線が、我が祖国――デストリュク王国の地図をなぞる。
「ここデストリュク王国は、人間たちの国だ。力・魔力・知力、いずれも平均的……突出した点はない。だが他国と比べ圧倒的に人口が多い。数こそが、我らの武器だ」
器用貧乏ってやつか……。俺は心の中で肩をすくめた。
「隣国にあるのが――魔族フリーデン」
王の指が、地図の境界をすべる。
「魔族たちの国だ。人口こそ少ないが、魔力が極めて高い。我が国では上級魔法を扱える者は一握り……だが、あの国では珍しくもない」
バイオレットが横で小さく息をのむのが見えた。
やはり、彼女にとっても脅威らしい。
「次に――エルフピース。エルフの国だな。人口は平均的だが、戦闘能力は低い。戦争になれば真っ先に壊滅するだろう。だが……どの国も持たぬ特殊な力を秘めていると噂されており、誰も軽々しく手を出そうとはせぬ。まこと、得体の知れぬ国だ」
得体の知れない……一番、怖いやつだ。
「続いて――人狼ブルースカイ。狼族の国だ。魔力はほとんどないが、力と団結力は随一。戦争となれば、まさに嵐のような突進力を見せるだろう」
イメージだけで骨が折れそうだ。
「さらに遠方には――アフロディーテ。吸血鬼たちの国だ。あまりに遠いため、情報はほとんど無い。人間と見た目がほとんど変わらないとも言われておる。既に我が国に紛れ込んでいる者がいても、おかしくはないな」
王は目を細め、玉座の肘掛けをコツコツと叩いた。
会ったこともない相手に潜入を疑うあたり、やっぱり王様は王様だ。
「最後に――フィーネ」
その名を口にした瞬間、広間の空気がわずかに冷えた気がした。
「……存在自体は確認されている。だが、どの種族が住む国なのか、どこにあるのかも不明。千年以上前の歴史書に名があるのみだ――姿を見た者は全員、消されたのか。あるいは、歴史が誤りなのか……」
王の声が玉座の間に静かに響いた。
ぞくり、と背筋が粟立つ。名前しかわからない国……。正体がわからないからこそ、一番厄介かもしれない。
「――説明は以上だ」
王は静かに玉座から俺たちを見下ろす。
「お主には、隣にいるバイオレットと共に向かってもらう。女性ではあるが、騎士団の中でも指折りの剣豪だ」
説明は不要だ。バイオレットの強さは、俺が誰よりも身をもって知っている。
「王様。一つ、お願いがございます。申し上げてもよろしいでしょうか」
隣でバイオレットが胸に手を当て、緊張に声を震わせた。
その真剣な眼差しに、王は眉をひとつ動かし「なんだ。言ってみよ」と促す。
「実は……悠真殿には、同行者として連れてきている冒険者が一人おります。今大会には出場しておりませんが、実力的には――その……悠真殿と同等の強さです。もし許されるのであれば、その者も一緒に同行させたいと考えております」
言いながら、バイオレットはわずかに目を泳がせていた。
……こいつ、嘘をつくと顔に出るタイプだな。本音は「悠真殿どころか、私でも手も足も出ない化け物です」と言いたいに違いない。
でもそんなことを口にすれば、今ごろこの場は大騒ぎになってるだろう。
「ほう……悠真殿と同等とな。それは心強い。構わん、一緒に連れていくがよい」
王は満足そうに頷くと、隣に控えていた白髭の老臣に目を向けた。
「ダニエル。バイオレットには遠征費として金貨二百枚を支給せよ」
「かしこまりました」
老臣――ダニエルは恭しく頭を垂れる。金貨二百枚……二百万円相当か。
ずいぶん太っ腹だな。いや、命懸けの仕事だ。大勢の騎士を失うよりは、少数精鋭に金を投じた方が効率的ということか。
「……今後、この国を左右する重大案件だ。二人にその負担を押し付けることに対しては、すまないと思っている。だが兵も不足しておってな。どうか理解してほしい」
王は深く息をつき、わずかに目を伏せた。威張り散らすタイプかと思ったが、意外と真摯な王様だ。……まあ、謝るくらいなら増員しろとは思うけど。
「ある者の提案でな。交渉に向かうのだから、大人数で行くのは得策ではない――そう進言されたのだ」
なるほど。この少人数制は王様の独断ではなかったわけだ。
大体こういうのは、後ろにいる誰かの入れ知恵だったりする。
「……だが、私は魔族との同盟を強く望んでおる」
王の目がギラリと光を帯びた。
「今、世界の六か国は辛うじて冷静を保っている。だが、どの国も強大だ。悲しいが、我が国だけでは生き残れぬ。だからこそ、苦渋の決断ではあったが……同盟という道を選んだのだ」
王座に座るだけのお飾りかと思っていたが、国の未来をちゃんと見据えているらしい。ちょっとだけ見直した。
「承知いたしました。このバイオレット・マグガーレン……必ずや魔族フリーデンと同盟を結び、この国に希望をもたらしてみせます」
バイオレットは立膝をつき、胸に手を当てて深々と頭を下げた。
……真剣なその横顔は、やっぱり騎士そのものだった。
俺も慌ててそれに倣い、ぎこちなく膝をつく。
やっぱり、この姿勢は慣れないな。敬礼とかにしてくれないだろうか、この世界。