第12話 気を付けなはれや
闘技大会は盛り上がりの中、順調に進んでいった。
ちなみにこの大会、使用できる武器は剣のみ。
殺してはならないというルールのため、参加者全員が訓練用の木刀を使い、飛び道具となる魔法も一切禁止されている。
決着はギブアップ、もしくはどちらかが戦闘不能になった時点で終了だ。
一回戦、二回戦はほぼ無傷で勝利した。
さまざまな相手と剣を交えながら、俺は改めて実感する。バイオレットが相当、強いということを。
バイオレットの素早い剣先、しなやかな体の動きに比べれば、対戦相手たちの動きはどこか鈍く感じられた。
準決勝こそ多少苦戦したものの、俺はなんとか勝ち抜き、決勝戦まで駒を進めた。
そして、ルイスという男も、口先だけではなかったらしい。
順当に勝ち続け、こちらと同じく決勝戦へ進出してきた。
……正直、億劫だ。ああいうタイプ、苦手なんだよな。
「意外にも順調ね。空気の読めない悠真なら、二回戦くらいで負けると思ったわ」
「悪いな、期待に応えられなくて」
準決勝後、アテナは俺のもとへ激励(?)に来た。
右手にはビール、左手にはビニール袋に詰め込んだフランクフルト。
もぐもぐしながら、完全にお祭り気分だ。……こいつ、人の気も知らずにめっちゃエンジョイしてやがる。
くそ、また腹でも壊さねぇかな。
「そういえば、決勝の相手……確かルイスって言ったわね。あいつ、バイオレットの元カレなの?」
「知らん」
「でも、あの子、処女よ。キスだってまだなんだから」
「……そうなの? てかお前、なんでそんな事、知ってるんだよ」
「だってバイオレットって、わかりやすい子だもの」
アテナはフランクフルトをかじりながら、さらりと答える。
「悠真が勝つと嬉しそうな顔をするし、ルイスが勝つと真っ青になる。……ね、可愛いでしょ?」
「……まあ、なんとなく想像はつくな」
確かにバイオレットのやつ、ルイスという男に相当トラウマがあるようだし。
「悠真、アテナ……こんなところにいたのか」
噂をすれば影――バイオレットが俺たちのもとへ歩み寄ってきた。
「悠真、決勝進出おめでとう」
アテナの言う通り、バイオレットの顔色はあまり優れていない。
「相手はさっきの奴だな。強いのか?」
バイオレットが来て早々、俺は質問を投げかけた。実際、ゲス男という印象以外、奴のことはよく知らない。
「ああ……そうだな。何も話していなかったな」
大きく溜息をつき、バイオレットは少し顔をしかめる。
「三年前、ルイスは六番隊の副隊長だった。……もっと言えば、その時、私も副隊長だった」
「ということは、三年前はバイオレットとルイスは同等の力だったってことか」
「いや……あの頃はルイスの方が強かったと思う。それに奴は部下からは好かれていなかったが、上官に媚びるのは得意だった。次期六番隊長はルイスになるはずだった」
「……マジか」
三年前はバイオレットより強かった。もし今も互角、もしくはそれ以上なら、正直、勝つのは難しい。俺は猛スピードで力を付けてきたが、それでもまだバイオレットの実力には及ばない。
「奴はこの試合でまだ、本来の力を見せていないだろう」
「結局のところ、バイオレット……あなた、誰と一緒に行きたいわけ?」
アテナが腕を組み、少し面倒くさそうな顔で問いかける。
「……私は騎士だ。この試合で優勝した者と行く」
目を逸らし、歯切れの悪い口調でバイオレットは答えた。
「私はね、建前なんて興味ないの。欲しいのは、あなたの本心だけよ」
アテナはまっすぐにバイオレットを見つめる。
その目は、どこか助けを差し伸べるようにも見えた。
少しの沈黙の後――バイオレットは唇を噛み締め、ぽつりと呟いた。
「……私は、ルイスとは絶対、行きたくない」
バイオレットの目がうっすら潤む。
「あいつ、昔から私のことを嫌らしい目で見てきたんだ。大体、あいつは騎士でありながら、いつも酒場で女とイチャイチャしていた。ちょっと顔がいいからって調子に乗っているようだが、私はああいう奴は好かん」
どこか吐き出すように、彼女は言葉を続ける。
「私は男の顔にはこだわらない。結局、一番大事なのは性格だ。私の不器用なところをたまに指摘してくれつつも……最後は、ありのままの君でいい。と頭を撫でてくれるような……そんな人がいい」
……いや、聞いてないぞ、恋愛観まで。
溜まっていたストレスを一気に吐き出すように、バイオレットはまくし立てる。
「それに……私は悠真とアテナ、二人と旅をしたい。ここでお別れなんて絶対に嫌だ」
恥ずかしそうに上目遣いをしてくるバイオレットに、俺は思わずハッとした。
「惚れてまうやろー!」
我慢できず、叫んでしまった。
「そ、そんな……と、突然惚れられても困る……ぞ。私にも心の準備というものが……ある……」
冗談のつもりだったのだが、バイオレットの赤らんでいた顔はさらに真っ赤になった。
「と、とにかくだ! 悠真、絶対に勝つんだぞ! ま、負けたら……承知しないからな!」
バイオレットは捨て台詞を吐き、恥ずかしさを紛らわせるように踵を返して走り去っていった。
「ああ……やっちまった。バイオレット、冗談が通じるタイプじゃなかったな」
「でも、ちゃんと悠真を応援してるの、わかるでしょ?」
アテナがにやりと笑い、俺の胸を軽く拳で叩く。
「気を付けなはれや」
最後に軽快なツッコミを入れてくるアテナ。
……さすが、バイオレットの良き理解者でもある女神様だ。