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聖女と魔女  作者: 立青之
9/23

9話 聖女と魔女の調査ファイル


 聖女の巡礼を終えた無悪さかなし乙輪おとわとその従者、安倍晴子が科学準備室の前に来ると、いつもはドアの向こうで待ち構えている明子が、ドアの前に立っていた。

「どうしたの?」

 いつもは喧嘩腰にやり合う晴子が普通に訊ねる。

「話があるから外で待ってろって」

 明子も普通に返事をしている間にドアが開いた。

「あ、聖女……様。もう来てたんやね。お待たせしてすみません」

 小柄な少女が頭を下げる。前髪を奇麗に切り揃えた黒のロングヘア、目は細く、ほんわかとした関西弁。制服のサイズは身体にあっておらず、全体的にだぶついている。

 乙輪はその姿に見覚えがあった。

「一度会ってるわよね」

「あの時はお世話になりました。お礼もちゃんと言えずにすみませんでした。あらためてありがとうございました」

 輝夜の世直し活動の同士の一人。確か、遠野とおの出水いずみ、三年生。

 以前、大ケガをして科学準備室に運び込まれていたのを乙輪が治した。

 出水は丁寧に頭を下げた後、「ほな私はこれで」と立ち去ろうとしたのを、乙輪が肩を掴んで止めた。

「あなた、パソコンが得意なのよね」

「パソコンですか……、まぁ得意やね」

 出水は動じずにほんわかと答える。

「教えて欲しいことがあるんだけど」

「ええー。聖女様にお教えできるようなことはなんもありませんよ」

「良いから来なさい」

 乙輪はさっさと部屋に入ってしまった。

 残された出水はどうしたものかと小首を傾げたが、晴子に促され、逃げることはできないと諦めて部屋に戻った。


 乙輪は実験台の上に荷物を下ろしてその前に立った。部屋の主である魔女、丘上輝夜は机の向こうでにやにやとロッキングチェアに座っている。

「ご用はなんですか?」

「ある芸能人の家の住所を調べて欲しいの」

 聖女様からの意外な要求に、出水は眉をひそめる。

「そういうのはあかんよ」

「ダメなのは分かったうえでお願いしているの」

 開き直った乙輪の態度に、出水はどうしたら良いかと輝夜に視線を向けるが「先輩の判断に任せるよ」と丸投げされた。

「理由によるかなぁ」

 あくまでも乗り気でない感じを見せるが、乙輪は構わず勢い込んで訊ねる。

稲城いなぎ邦夫くにおって俳優を知ってる?」

「知ってるよ。そういえば今朝のニュースに出てた。大ケガしたらしいねぇ」

「そうなの!」

 乙輪が実験台を叩き、大きな音が響く。

「『星座になれたら』は観てる?…もしかして、あなたも観てない?でも名前ぐらいは知ってるでしょ?大人気のドラマでもうすぐ最終回なんだけど、まだ撮影が終わっていないらしいの。稲城邦夫の出演シーンもまだ残っているんだって。今回のケガで、すぐに現場復帰は無理みたいだから、代役が立てられるか、脚本を大幅に書き換えるかって噂になってるわ。でも、私はそんなの嫌なの。最初の、予定通りに終わった『星座になれたら』が見たいの!」

 一気にまくし立てられた内容を、出水は宙を見ながら解釈する。

「えーと……。その人の住所を教えたら、治しに行くってことかな?」

「ええ!」

 全く悪びれずに答える乙輪に、明子がツッコミを入れる。

「この間、大怪我を治したりしたら騒ぎになるからやらないって、言ってたじゃないですか」

「ばれないようにするわ」

「住所が分かっても、会える可能性は低いんやないかな?」

「会う必要はないわ。マンションか一軒家に住んでいると思うけど、建物ごと祝福すれば良いんだから。通りすがりに祝福するだけ、それなら私だってばれないでしょ」

 自信満々の乙輪に、明子が再び突っ込む。

「マンションに住んでる人全員の怪我や病気が急に治ったら大騒ぎになるじゃないですか!タワマンだったら、何百人もいますよ!」

「健康になってみんなハッピーになんだからそんなに騒ぎになんかならないわよ。そりゃ、この学校で大規模に力を使えば私が疑われて騒ぎになるかもしれないけど。でも、通りすがりに力を使うだけなら私が疑われることはないわ」

「医師以外が医業をしたらいけないって言ってたじゃないですか」

「通りすがりにちょっと祝福するだけで、医業を為すわけじゃないんだから問題なし。そもそも、この間は大勢の人を救ってとか言っていたくせに、なんでいざそうしようとしたら反対するの」

「だって、完全に自分の欲望じゃないですか」

「欲望のままに動いたって良いじゃない」

「良くない……ことは、なくて……。えええ」

 欲望のままに自分勝手な理論を振りかざす乙輪の勢いに、ついに明子は丸め込まれた。

 その様子を見て、出水が再び訊ねる。

「そんなにその俳優さんのことが好きなん?」

「そういうことじゃないの!好きか嫌いかで言えば好きだけど、それで治してあげたいってことじゃないの。私は『星座になれたら』にきちんと終わって欲しいの。それを観たいの。それだけなの」

 ふーふーと肩で息をしている。


 出水は乙輪の想いの強さは理解できたが、倫理的に納得はできなかった。しかし何を言ったところで諦めてくれるとは思えなかった。なにより、出水は乙輪に大きな借りがある。

 命を救ってもらったのだ。

 乙輪はそのことを口に出していない。

 そのカードを切られる前に、自分が折れるのが礼儀だろう――そう観念した。

「分かった。ちょっと待ってて」

 出水は乙輪の隣に座り、背負っていたリュックサックからノートパソコンを取り出し、キーボードを叩いた。

「はや~」

 その打鍵の速さに乙輪と晴子は関心の声を上げた。

 輝夜がいつものコーヒーを乙輪に差し出す。

「ありがと」

 一口すすって「にがっ」と舌を出した時には、出水は住所を探し当てていた。

「自宅の住所は分かったけど、今はそこにはいないみたいやなぁ」

「どこにいるの?」

「病院やなぁ」

 大ケガの人が病院にいる、実に真っ当な答えだ。

「病院なら治っても問題ないわね」

「そっちの方が大問題になりますよ!病院丸ごと祝福して、全員の病気や怪我が治っちゃったらおかしいじゃないですか」

 また明子が口を挟んでくる。

「有名人なんだから個室に入っているんでしょ。個室の番号も分かる?部屋の外から祝福すれば、治るのは一人だけ。多少不思議には思われるかもしれないけど、騒ぎにはならないでしょ。治って困ることなんかないんだし」

「部屋の前にはどうやって行くんですか?」

「輝夜の魔法でなんとかなるでしょ」

「難しい話ではないね」

 輝夜は楽しそうに肯定する。

「輝夜さんは反対しないってことなん。それなら私はええけど」

「えええ――」

出水まで乙輪派に回ってしまったので、ついに明子は反対するのを諦めた。

「簡単だって言いますけど、輝夜様は潜入とかしたことがあるんですか?」

 諦めはしたが、最後のあがきで質問する。

「何回もしたよ」

 魔女はあっさりと肯定した。

「うちの魔物たちはパワー系が多かったからね、人間を誑かしたり潜んで闇討ちしたりが得意ではなくて、すぐに正面からの殴り合いをやりたがるんだ。魔物一体一体は人間よりも強いけれど、数が少ない。だから人間の軍勢と正面衝突すると不利になりがちだった。そのため、戦闘を避けたり、相手の城に潜入したりして、隠密活動で戦況が有利に傾くように事前活動しておくのはとても重要だったんだ。魔物たちに任せることができなかったから、ボクがやるしかなかった。とはいえ、人間側も魔法で侵入されたら困るので、それなりの対策をしている。魔法封じの仕掛けとかね。それを考えれば、そんな仕掛けのないこの世界で潜入するのは簡単だよ」

 輝夜はぺらぺらと気分よく説明する。

「不可視の魔法で姿を消して入るのが一番簡単かな。病室にゲートを繋げるのは難しいけど、不可能じゃない」

「病室に入ったら会っちゃうじゃない」

「会いたくないのかい?」

「いや、それはなんかファンとしてルール違反じゃない?」

「ここまできてルールを気にするんですか」

 自由な乙輪に明子は呆れる。

「聖女様も潜入したんですか?」

「聖女は潜入なんかしないわ」

 晴子の質問に至極真っ当な返事をする。

「やっぱりそういうのは盗賊の仕事ですか?」

 その問いに、乙輪は少し眉根をひそめる。

「王の名を受けて結成された勇者のパーティーに、盗賊なんかいないわよ。前から変だと思っているんだけど、盗賊が仲間にいるって嫌よね。ゲームやラノベでは当たり前のようにいるけど」

「確かに嫌ですね。謎ですね」

「私たちのパーティーでは、潜入したりする時は、そういうのが得意な兵士がやってた。斥候だっけ?この世界風に言うならレンジャーかな?」

「シーフよりもレンジャーの方がかっこいいです」

「そうよね。まぁ私も結果的に潜入みたいになっちゃうこともあったけど、勇者がそういうの苦手だったから、すぐに見つかって戦闘になってたな」

 乙輪は少し遠い目をして、懐かしそうにふっと息をついた。

 予鈴が鳴った。


「お先に失礼します」と一番教室の遠い一年生の双子が出ていく。

「調べてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 乙輪のお礼に、出水はほんわかと笑顔で答えて、出て行った。


「病院に行くのは放課後でいいのかい?まさか、授業をさぼって今すぐじゃないだろうね?」

 訊きながら部屋を出て行こうとした輝夜の肩が掴まれた。振り返ると、目を細めて、わざとらしい笑顔を作った乙輪がこちらを見ていた。

「どうした?」

 普通を装って訊ねる。

「あの先輩に何を調べさせたの?」

 今、ここにいるのは女子高生、無悪乙輪ではない。世界平和のためならば魔物を殺すことも、裏切った人間を粛清することも厭わなかった聖女カタリナだった。優しい声色の中にも、すっと心臓に突き刺さってくるような鋭い刃物を隠している。

 しかし、丘上輝夜も前世では、魔女エウラリアとして人間と敵対し、大勢を死地に追いやってきた存在だ。少々の殺気で怖じ気づいたりはしない。

 そう、怖じ気づいたりはしない。しかし、輝夜が居心地の悪さを感じているのは確かだった。

 その居心地の悪さを見抜いたのは、乙輪が聖女だからか?友人だからか?

 乙輪の相貌がまっすぐに輝夜を射抜く。

 俳優の怪我を治しに行くという馬鹿げた計画に、積極的に協力している理由――それが後ろめたさから来ていることも、見抜かれているだろう。

 今からでも、友人に少しでも誠意を見せたかったので正直に答えた。

「君が、神様だった時のことだよ」


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