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聖女と魔女  作者: 立青之
7/23

7話 双子の妹が通りすがりの魔女と空を飛んだ話


 晴子を「お姉ちゃん」って呼んだことはない。

 パパもママも、おじいちゃんもおばあちゃんも呼ばない。「晴子」って名前で呼ぶ。


 だから出水先輩に「お姉ちゃんはどっちなん?」って訊かれたとき、ちょっとどきっとした。

「私です」と晴子が軽く手を挙げ、当たり前に答える。実際にお姉ちゃんなのだから、それは当然の権利だ。

「一時間だけですけどね」

 そう、一時間先に生まれただけだ。


 昔は先に生まれたほうが第二子、つまり弟か妹ってする地域もあったらしい。お腹の奥にいる方が先と考えたんだって。

 変わった例では、弟が露払いで先に出てくるから、最初に生まれた方が弟とされる地域もあるらしい。

 姉妹の場合はどうすんの?って話。

 大きい方が第一子としていた地域もあったんだって。

 今は法律で産まれてきた順番で姉、妹って決まる。ネットの知恵袋知識。

 つまり、双子の姉か妹かなんて、曖昧な違いしかないってことだ。

 でも晴子は姉であることを自覚しているし、姉をやっている。

 普段は一緒にアホなことをして遊ぶし、たまに本当に同じ遺伝子なのかと疑うポカをやらかすけど、姉であることは譲ってくれない。


 最近、親戚のおじさんが亡くなってお葬式に参列した。ちゃんとお葬式に参加するのは初めてで、ずっと居心地が悪かった。それは晴子も同じで、体をくっつけあって隅っこで座っていた。

 ママにお焼香のやり方を教えてもらったけど、人前で謎の儀式をやるのが嫌で仕方がなかった。徐々に順番が近づいてくるのを、なんとか逃げ出せないかと考えながら見ていた。

 パパとママが席を立ち、いよいよ次が私たちの番になったとき、膝の上に重ねて置いていた手が、ぎゅっと握られた。

 えっ?と思った瞬間、手は離れ、晴子がさっと立ち上がった。そのまま黙って、私の方を見ることもなく、歩いて行った。


『うっわ!こいつ、お姉ちゃんぶりやがった!』


 驚きとむかつきと恥ずかしさで頭がかっと熱くなった。

 その勢いで席を立った。でも、ずかずかと歩いて行って焼香台を蹴っ飛ばしたりしない程度の冷静さは残っていた。

 お焼香の列は二列だったので、晴子の隣に並び、ちらりと横顔を見る。すまし顔かと思いきや、緊張しすぎて変な笑顔を浮かべていた。

 その顔、知ってる。私が緊張したときの顔だ。心の中でくすっと笑って、私の緊張はほぐれた。

 順番が来ると、晴子は焼香台に向かってばっと手を開いた。

 ぎょっとしながら晴子の顔を見る。緊張がマックスに達している。テンパって焼香のやり方を忘れてしまったんだ。このポーズは柏手を打とうとしているんじゃない?


 以心伝心。

 これぞ双子。

 慌てて腕をつかみ、手がパンと鳴らされるのを寸前で防いだ。

 我に返った晴子はにゃは―と笑う。

 本当、こんな奴と同じ遺伝子だなんて信じられない。


 そしてあの日も晴子は姉ぶった。その結果、私たちの進む道は変わった。


 高校入学直前の天気の良い日だった。入学準備を理由に、二人でショッピングモールに遊びに行った。

 帰り道、ネット占いの結果に爆笑した。

 晴子の得意技は昼寝で、私のは射撃だった。どちらものび太の得意技だ。得意技を分け合ったのだ。

 なんとも双子らしい結果だ。

「昼寝なんて納得いかない!」晴子がめっちゃ怒る。

 私はそれをからかい、二人でふざけあった。

 だから、トラックが近づいていたのに気づかなかった。

 ヘッドライトの眩しさに目をつむった瞬間、突き飛ばされた。

 トラックの甲高いブレーキ音と、ドンっと鈍い音が耳に届いた。

 身を強張らせたが、私の身体に痛みが襲い掛かってくることはなかった。手も、足もついていることが感覚的に分かる。

 耳元で風が鳴っている。恐る恐る目を開いた。


 なぜか高い場所にいた。トラックの屋根が下に見える。

 その進行方向の二十メートル先、白いガードレールに赤い液体がぶちまけられていて、首があらぬ方向に曲がった人間が倒れていた。

 見間違えるはずがない。

「晴子!」

 飛び出そうとした体が、力強く制止された。

「おっと」

 少女の声。

「せっかく助けたのに、飛び降りるのは止めて欲しいな」

 振り返ると、少女の顔が近くにあった。同じぐらいの歳に見える。大きな瞳が興味深そうに私を射抜く。

 細かく編み込まれた三つ編みを頭の横から左右三本ずつ垂らす特徴的な髪形をしていた。

「ボクも慣れていないから、おとなしくしてて欲しい」

 その時になってようやく、自分が宙に浮かぶ箒の上に乗っていることに気が付いた。

「え、なんで?空を飛んでる?宙に?私を助けたって……、あなたは誰?」

 パニクりながら矢継ぎ早に質問すると、少女は薄く笑った後でゆっくりと答えた。

「通りすがりの魔女だ」

「ま、魔女?」

 なにそれ?魔女なんておとぎ話でしょ!昔ヨーロッパにいたって話は聞いたことがあるけど、ここは現代社会の日本だよ?そもそも、日本なら魔法少女でしょ!

「魔女が、なんで私を助けたの?」

 魔女には悪者ってイメージがある。ただで人助けをするなんて、なにか魂胆があるのかもしれない。

「君がトラックに轢かれそうだったからだよ。引かれるのは嫌だろう?」

 少女の明るい声に、その回りくどさは少しちぐはぐに感じられた。

「なんで晴子は助けてくれなかったの?」

 地面に横たわる身体は先ほどからピクリとも動いていない。

「ボクの力では一人が限界だったからね。君の方が助けやすい位置にいたから君を助けた。それだけだよ」

「晴子は助けられないの?」

「ああなってしまったら、ボクの力では無理だね」

 魔女は淡々と、しかし楽し気なリズムで答えた。

「そんな……」

 先ほどの光景が蘇ってきた。

 トラックのヘッドライトの光に体が硬直してしまった。逃げるなんて考えも追いつかなかった。強い力で突き飛ばされた。あれは晴子だった。晴子が私を庇ったのだ。自分の代わりにトラックに引かれて、あんな姿になってしまったのだ。


 お姉ちゃんぶりやがって


 私たちは双子だ。姉も妹もない。お姉ちゃんをやる必要なんかない。


 だから、死んじゃ嫌だよ!


 駆け寄りたい。でも怖くて動けない。相反する気持ちに心を埋め尽くされながらも晴子の姿から目を離せない。溢れ出す涙に視界がぼやける。

 ぼやけた世界の中でその人を見つけた。

 その人はいつからそこにいたのだろうか?

 不意に現れたようにも思えるし、最初からずっとそこにいたようにも思える。

 背が高く、長い髪がさらさらと夜風になびいている。

 晴子のすぐ横に立っていた少女は、しゃがみ込み、手をかざした。

 その手がほんのりと光った気がした――そんな気がした。

 一瞬だった。

 それだけで、晴子の身体に劇的な変化が起こったことが遠目にも分かった。生気が漲っている。口が動いているのが分かった。

 少女は立ち上がると顔を上げた。

まっすぐにこちらを見た。

 どきっと胸が鳴ったが、視線はすぐに離された。少女は晴子に何か言い残してその場から去っていった。それを合図にしたかのように、何人かの人が晴子に駆け寄っていき、無事であるか呼びかけを始めた。

「ふうん。なるほどね」

 眼下の光景に集中していたので、急に隣から声がしてびっくりした。通りすがりの魔女は嬉しそうに笑っていた。

「君たちのおかげで良いものが見られたよ」

「良いもの?」

 訊いたがもう質問に答えてくれなかった。路地裏に私を下すと、「トラックには気を付けるんだよ」と言い残して去っていった。

 魔女の正体が気になったが、とにかく晴子のところに走っていった。傷一つなく無事だった。

「明子は怪我しなかった?」

 最初に訊かれたのはそんなことだった。自分は死にかけていたくせに!

「大丈夫」

 溢れ出しそうな涙を我慢しながら答えた。


 桃陰高校に入ってすぐ、魔女、丘上輝夜様と再会した。晴子を助けてくれた少女も同じ高校の先輩で魔女様の友達だった。校内では聖女様と呼ばれていて、名を無悪さかなし乙輪おとわという。

 二人とも異世界からの転生者らしい。

 聖女様は晴子を一瞬で治した治癒能力を積極的に使うようなことはなく、ダラダラとした学生生活を送っているように見えた。対して魔女様は、魔法の力を使って世直し活動をしていた。私はその広い心と行動力に大いに感動して、その活動に協力することにした。

「ありがとう。では、これから君はボクの同士だ」

 魔女様がそう言ってくれたのは恐れ多いけれども、とても嬉しかった。


 出水いずみ先輩は魔女様の同士の先輩だ。二つも学年が上だけど、とても背が低くてかわいい。

ある日の放課後、晴子と帰る途中で出水先輩と校門で会った。

 晴子と先輩は初対面ではないけど、ほとんど話したことはない。

「並んで見ると、ほんまによく似てるねぇ」とのんびりした関西弁で定番のセリフを言われた後で「お姉ちゃんはどっちなん?」と訊かれた。

 晴子が自分だと答えると、先輩は「私もお姉ちゃんやねん」と胸を張った。

「そして妹でもあります」

「三つ子なんですか?」晴子と声が揃った。

「あーちゃうちゃう。生まれたんは別々」

 小さな手がのんびりと振られた。

「お兄ちゃんが三つ違いで、弟が二つ違い」

 男兄弟がいるようには見えなかった。パソコンが得意なのは兄弟の影響だろうか?

「へぇ、似てるんですか?」と晴子が訊く。

「二人は似てるけど、私は全然似てないねん。写真見る?」

「見たい!」

 スマホに映し出された画像には、鍛え抜かれた筋肉を誇示するガチムチの青年と少年、その間に同じ生物とは思えないぐらい小さな少女が写っていた。

「ぜんぜん似てない!」また晴子と声が揃った。

「せやろ」出水先輩はおっとりと笑う。

「一緒に歩いてると、誘拐されてると勘違いされるねん」

「これは勘違いされても仕方ないですね」

 真剣な顔で答えていた晴子がこちらを見て、にぱっと笑った。

「私たちは似ていて良かったね」

 なんでここまでの文脈でそんな感想が出てくるのか全く理解できなかった。その場合、どっちが誘拐する側なの?私は晴子を誘拐したりしないし、晴子に誘拐されたりもしないわ、って言葉をぶつけそうになりながらも、ぐっと堪えた。

「そうだね」

 短く答えると、口の端から笑みがこぼれてしまった。



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