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聖女と魔女  作者: 立青之
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5話 恋バナは血の匂い


桃陰高校、朝の恒例行事である聖女の巡礼を終えた従者 安倍晴子は科学準備室のドアを叩いた。しばらく待つが反応がない。もう一度叩く。

少し間を置いて、ドアがゆっくり開き、晴子と全く同じ顔が現れる。双子の妹の明子だ。

不安げだった顔が、ほっと緩む。

「な、なんでノックしたのに入ってこねーんだ!」

そして次の瞬間には怒鳴っている。

「お前がいつも許可を待てって言ってっるから、待ってやったんだ!」

「いつもと違うことしてんじゃねーよ」

「知らない人だったらどうしよう、みたいな不安げな顔で開けないでくださーい」

「そ、そんな顔してねーよ」

「してましたー。お姉ちゃんとっても恥ずかしかったです。この子、まだちょっと人見知りなの?とか思っちゃいましたー」

「うるせー、てめーどこ中だ!」

「おな中だって知ってるだろ!さっさと魔女様に入室の許可もらってこい!」

「なんで許可貰えるのが前提だ!」

双子は顔を合わせてギリギリいがみ合う。


「……今日はいつもより時間がかかってるな。せっかくのコーヒーが冷めてしまう」

準備室の奥、実験台の向こう側に座る、制服に黒い実験衣をまとった女生徒、魔女、丘上輝夜が口を挟んだ。丸眼鏡の奥の瞳と口元が薄く微笑む。

「お、お待たせしました。どうぞ!」

明子がさっと道を譲るが、晴子が噛みつく。

「魔女様は許可を出してないだろ!」

「わ、私が任されているから良いの!」

「なんだそりゃっ!……て、入って良いそうなのでどうぞ」

晴子は主を廊下に立たせていることを思い出す。

「ありがと」

無悪乙輪は髪を柔らかく靡かせ、準備室に入り、丸椅子をガタガタと鳴らして実験台の前に座る。

差し出されたコーヒーを一口飲み、「にがっ」と舌を出す。

「それでは説明してもらおうか」

輝夜が重々しく訊ねる。

「なにを?」

乙輪が挑戦的に応える。

「そこに座るのに時間をかけた理由だよ。いつもなら返事を待たずにドアを開ける晴子ちゃんがずっと待っていた。いつもなら二人のくだらないやり取りを強引に打ち切る乙がそれをしなかった。どうしてだい?」

「くだらないとか!」

双子が抗議する。が、無視。

「ふふ、全部お見通しね」

「見通せていないから聞いているんだ」

「レンズをさかさまに入れた?」

「眼鏡は正常だ」

「前髪に星屑が付いてるよ」

「なんでそんなものが付くんだ」

いつもと違う乙輪の言葉に輝夜は怪訝な目を向ける。

「ああ、」と明子が気づく。「『星座になりたい』、ですね」

「そう!観た?」

「観てないです」

一瞬目を輝かせた乙輪であったが、明子のそっけない返答に勢いよく実験台に突っ伏した。

「ほらぁ。ここにいる人、誰も観てないんだもん」

「どういうこと?」

輝夜の質問に、明子が答える。

「『星座になりたい』って人気のドラマがあるんです。天文部が舞台で、星にまつわるセリフが出てくるんです。さっきのはそのセリフですね」

「観てないのに知ってるの?」

「教室でみんな話してますから」

「なのにここでは誰も話さない!」

 乙輪は実験台をバンと叩き、輝夜を指差す。

「あんたはテレビ観ないし!」

次に双子を指差す。

「あんたたちはドラマよりアニメだし!」

「お付き合いできなくて申し訳ありません。アニメを観るので忙しいんです」

晴子が勢いよく頭を下げて謝る。

「良いの!好きなものを観れば良いの!強制する気はない!有限である自分の時間は自分の好きなように使うべきよ!だから私は、早く教室に行って、星なりを語ってキュンキュンしたいの!その衝動を抑えるには、あんたたちのしょーもない三門芝居を見ているしかなかったの」

「しょーもないとか!」

双子が抗議するが、また無視。


「ならここに寄らず、教室に直行すればいいだろう」

輝夜はつまらなそうに言う。

「はぁ?」

不穏な空気になりそうなところを、明子が口を挟む。

「聖女様は前世でキュンキュンするような恋バナはなかったんですか?勇者と旅してたんですよね。勇者と聖女なんてカップルの定番じゃないですか」

「えぇ、ないない。悪いやつじゃなかったけど恋愛対象とか、ないない」

乙輪は眉根を寄せ、手を振って否定した。

「他に好きな人がいたんですか?」

「そもそも恋愛とかやってる感じじゃなかったのよね。前世は、勇者と魔王ありきの世界なの。人間界に害をなす魔王がいて、勇者はそれを倒す者として存在しているの。そこに理由はいらない、そういうものなの。人間と魔族が、お互いに敵対している理由を知っている人は誰もいなかった。はっきりしているのは、最終的に魔王は必ず勇者に倒されるってこと。でも、しばらくしたら魔王が復活して、そして新しい勇者が現れる」

「魔王を倒した人が勇者になるんじゃなくて、勇者は魔王を倒すって最初から決まっているんですか?」

「そう。変な世界でしょ。で、聖女は勇者が魔王を倒すのを助ける者であって、それ以外の役割はないの」

「自分の意志はないってことですか?」

「それはあるけど、小さい時からそうやって育てられたから、勇者とはあくまでも魔王を倒すためのパートナー関係。恋愛相手になんかならなかった。そもそも聖女には恋愛は不要って感じだったし」

「なんか……剣と魔法のファンタジー世界なのに、夢のない話ですね」

「夢なんかないない。ずっと魔族と殺し合いをしている世界だもの。魔王を倒せば少しはハッピーになれたのかもしれないけど、私はその直前で死んじゃったしね」


「……輝夜様は前世で恋愛しなかったんですか?」

夢のない話を聞かされた明子が、輝夜に話を振る。

「ボクが恋愛?」

輝夜が明子に蔑みの目を向ける。

「ずっとおばあさんと二人暮らしで、その後は魔女の疑いを掛けられて捕まり、散々迫害された後に魔族と契約して魔女になり、魔王になり、魔族と共栄する世界を模索していたところを人間に殺されたボクの恋愛経験がなんだって?」

「……なんか、ごめんなさい」

明子は震えながら頭を下げた。


「あぁ!やっぱりここにはキュンキュン話なんか存在しないの!殺したり殺されたりの血生臭い話ばかり!」

乙輪は天を仰いで絶叫する。

「分かった。それじゃあ、明日はなにか、キュンキュンするものを用意しよう」

輝夜がらしくない提案をして、皆が驚きの目が向ける。

「大丈夫?キュンキュンってなにか分かってる?心臓発作じゃないのよ」

「ボクだって、前世の記憶を取り戻す前は少女漫画やドラマを観てた。キュンキュンが何かぐらい分かってる」

「ふぅん、そこまで言うなら、楽しみにしててあげる」

「任せるキュン」

部屋が凍り付くのを、予鈴がブロックした。


廊下に出た乙輪たちは、輝夜がなかなか部屋から出てこないので声を掛ける。

「なにやってんの?」

「なんでもない。行こう」

輝夜はそう言ってはぐらかしたが、三人はしっかりと見ていた。輝夜が壁をコツコツと叩いて何かを確認しているのを。


壁ドンか!


輝夜の考えているキュンキュンが壁ドンであることは間違いない。

問題は、魔女の考える壁ドンがどのようなものであるかだ!

普通に壁ドンされるだけなら少しはキュンとするかもしれないが、輝夜のことだから魔法を使った見当違いの壁ドンを考えてくるかもしれない。

双子姉妹は壁ドンの相手は乙輪だろうと思う。

乙輪は双子のどちらかに押し付けてやろうと思う。

各々で思惑を抱きながら、教室へと急ぐ。

どこからともなく、血の匂いが漂ってくる気がした。



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