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聖女と魔女  作者: 立青之
4/10

4話 聖女様!そこはテストには出ません!


今朝も桃陰高校には朝が来て、聖女の巡礼があり、科学準備室前でのルーチーンが始まる。

コンコン ガチャ

「だから許可が出るまで待てって言ってんだろ」

 飛び出してきた安部明子が、ノック即ドアを開けた双子の姉、晴子に怒鳴る。

「その許可はいつ出るってんだ。そんなもん待ってたら陽が暮れちまうわ。こちとら江戸っ子で気が短けえんだ」

晴子は巻き舌で応戦する。

「こっちだって江戸っ子だ。気の短さでは負けてねえぞ」

「はん。そこまで言うなら勝負しようじゃねえか」

「度胸は良いようだな。こっち……」

「時間がないからどいて」

無悪乙輪は切羽詰まった顔で二人の横をすり抜けて足早に部屋に入った。

部屋の奥の窓は分厚いカーテンで閉ざされている。それを背に丘上輝夜は優雅に座り、その前には実験台が置かれている。

乙輪は輝夜にパンと手を合わせて頭を下げる。

「お願い!物理の宿題を写させて!」

コーヒーを淹れていた輝夜は少し驚く。

「乙が宿題を忘れるなんて珍しいな」

「忘れたんじゃなくて、忙しくてできなかったの」

「忙しかった……」

輝夜は小首を傾げる。

「ええ」

「その忙しいというのは、まさか、ボクを二時間も電話に付き合わせたことを言っているんじゃないよね」

「それ以外になにがあるの」

乙輪は本気で不思議そうに首を傾げる。

「あの時間で貴重な研究時間がどれだけ削られたか分かるかい?」

「寝不足は治すわ」

乙輪が手をかざすと、輝夜の目の下の隈が消え、顔色が良くなっていく。輝夜はふうっと息をつくと、ノートを差し出した。

「そんな恩を着せなくても良いから、くだらない話に付き合わせないでくれ」

「くだらないなんてひどぉい。ありがと」

乙輪はかわいく抗議の声を上げたが、ノートを開くとせっせと写し始めた。差し出されたコーヒーを飲んで「にがっ」と舌を出す。


「輝夜様の貴重な時間を二時間も使うだなんて、なんの話だったんですか?」

明子が訊ねる。

「生徒会長に言い寄られて困っているらしい」

「言い方ぁ」

乙輪は目をノートに釘付けにしたまま抗議の声を上げる。

「生徒会長の野郎、絞めてきましょうかっ!?」

晴子が、目に炎を浮かべながら拳を握る。

「あんたはすぐに暴力に訴えようとするのを止めなさい。弱いくせに」

今度は顔を上げて制止する。

「弱いくせに」

乙輪の言葉尻に乗って、明子がクスクス笑う。

「うるさい!アキだって魔女様の力を借りなきゃ弱いくせに」

「はあ?ハルと違って私は成長ってもんをしているんですー。いつまでも同じだと思わないでくださーい」

「同じなわけないですー。私の方が確実に……」

「うっるさいっ!」

乙輪が怒鳴って机を叩くと、双子は囀るのをぴたりと止めた。

「忙しいんだから静かにして!」

激しい剣幕に双子はおもちゃの人形のように首を縦に振る。

「真面目なんだか横着なんだか……」

そんな三人の様子を見て、輝夜は薄く笑う。


「輝夜様の宿題を写しているということは、輝夜様の方が頭が良いんですか?」

明子が訊ねる。

「頭が良い、というのは難しい問いだね。どのような視点で見るかによって答えが変わってくる。学力がどちらが上かと言うことであれば、分かりやすい指針があるので答えることができる。アキたちももうすぐ身をもって知るけど、この学校では定期テストの上位十名は職員室の前に張り出される。私はその十名から漏れたことはない。だけど乙が入っていたこともない」

「魔女様の方が頭が良いってことですね」

「だからそう単純な話ではない」

明子が鼻を高く伸ばそうとするのを簡単にへし折る。

「乙は記憶力が良いんだ。聖女として詔を読んだり、神殿での様々な行儀に出席したり、王族の方々と交流があったからだと思うけど、あまり意味がないようなことでもすぐに覚えることができる。昨年の体育祭でもダンスの振り付けを覚えるのがとっても早かった。残念なのは、乙が前世で覚えたことは、こちらの世界のテストには全く出ないってことだね」

「でも、それは輝夜様も同じなんじゃないですか?」

「よく気が付いたね。ボクが前世で覚えたことのほとんどもこの世界のテストには出ない。でもボクは薬を作るために勉強したり研究したりしていたし、魔王として国を統べていたから、そのために必要な様々なことを学んだ。ボクは勉強することに慣れているし、そのノウハウを持っているんだ」

「へー王様も勉強しなくちゃいけないんですね」

晴子は意外そうに訊ねる。

「そうなんだ。国民の生命、財産に対して責任があるからね。外交だってやらなくちゃいけない。王様ってめちゃくちゃ勉強しなくちゃいけないんだ。成り行きで魔王になったけど、本当に大変で、忙しくて、かなり後悔したな」

苦笑しながら続ける。

「あんなに苦労したのに、今頃は極悪非道の魔女が国を占領して傍若無人の限りを尽くしていたのを正義の勇者たちが打ち滅ぼした、なんて伝えられているんだろうな。そんな風に考えるようになってから、歴史を勉強する気がなくなった。歴史なんて勝者の論理が伝えられているだけで、真実が何だったのかなんて、後世の人間には分かりっこないもんだって、身をもって知ったからね」

「えー、じゃあなんで歴史の授業があるんですか?」

「勝者の特権だよ」


予鈴が鳴った。

ちょうど写し終わった乙輪はノートを返す。

「ありがと」

「グロッグ&ベレッタのトリプルモカで良いよ」

輝夜はチェーン店のアイスクリームを要求する。

「今日は時間があるの?」

お礼とは言え奢りを要求されたのだが、乙輪は顔を輝かせる。多忙な魔女様はいつも忙しく飛び回っており、放課後に会えることはまれなのだ。

「昨夜は二時間で話を打ち切ったけど、本当はもっと話したいことがあったんじゃないのかい?」

「そうなの!さすが王様、人心掌握術に長けてるぅ」

上機嫌に笑いながら褒める。

「聖女様には負けるよ」

「なにをおっしゃいますか!どうせ私は前世の記憶が何の役にも立たない聖女ですから」

「テストには出ないって言っただけだよ。恨んでいるのかい?」

「とんでもない。神殿の儀式作法がテストに出たら、発狂するわ」

乙輪は天を仰ぎながら、コーヒーを飲み干してマグカップをシンクに沈めた。


一同がぞろぞろと廊下に出たところで、珍しく緊張した表情で晴子がびしっと手を上げた。

「放課後は私たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」

自称従者の必死な表情に、聖女はくすりと笑う。

「良いけど、アイス代は自分で出してよ」

「は、はいい」

慌てて所持金を確認し始めた双子を微笑ましく眺めながら、聖女と魔女は並んで歩き始めた。



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