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聖女と魔女  作者: 立青之
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4話 聖女様!そこはテストには出ません!


 今朝も桃陰とういん高校には朝が訪れ、聖女の巡礼があり、科学準備室前でのルーティンが始まる。

 コンコン ガチャ

「だから、許可が出るまで待てって言ってんだろ」

 飛び出してきた安倍明子が、ノック即ドアを開けた双子の姉、晴子に怒鳴る。

「その許可はいつ出るってんだ。そんなもん待ってたら陽が暮れちまうわ。こちとら江戸っ子で気が短けえんだ」

 晴子は巻き舌で応戦する。

「こっちだって江戸っ子だ。短気じゃ誰にも引けは取らねえ」

「はん。言うじゃねえか。そこまで言うなら白黒つけようじゃねえか」

「度胸は悪くねえな。こっち……」

「時間がないからどいて」


 無悪さかなし乙輪おとわは切羽詰まった顔で二人の横をすり抜け、足早に部屋に入った。

 部屋の奥の窓は分厚いカーテンで閉ざされている。それを背に丘上輝夜はロッキングチェアに優雅に座り、その前には実験台が置かれている。

 乙輪は輝夜にパンと手を合わせて頭を下げる。

「お願い!物理の宿題を写させて!」

 コーヒーを淹れていた輝夜は少し驚く。

おとが宿題を忘れるなんて珍しいな」

「忘れたんじゃなくて、忙しくてできなかったの」

「忙しかった……」

 輝夜は小首を傾げ、眉根を少しひそめる。

「ええ」

「その『忙しい』というのは、まさか、ボクを二時間も電話に付き合わせたことを言っているんじゃないよね」

「それ以外になにがあるの」

 乙輪は本気で不思議そうに首を傾げる。

「あの時間で、貴重な研究時間がどれだけ削られたか分かるかい?」

「寝不足は治すわ」

 乙輪が言うと、あっという間に輝夜の目の下の隈が消え、顔色が良くなった。

 輝夜は諦めたようにため息をつくと、ノートを差し出した。

「そんな恩を着せなくても良いから、くだらない話に付き合わせないでくれ」

「くだらないなんて、ひどぉい。ありがと」

 乙輪はかわいく抗議の声を上げたが、ノートを開くとせっせと写し始めた。差し出されたコーヒーを飲んで「にがっ」と舌を出す。


「輝夜様の貴重な時間を二時間も使うだなんて、どんな話だったんですか?」

 明子が訊ねる。

「生徒会長に言い寄られて困っているらしい」

「言い方ぁ」

 乙輪は目をノートに釘付けにしたまま、抗議の声を上げる。

「生徒会長の野郎、絞めてきましょうかっ!?」

 晴子が、目に炎を浮かべながら拳を握る。

「あんたはすぐに暴力に訴えようとするのを止めなさい。弱いくせに」

 今度は顔を上げて制止する。

「弱いくせに」

 乙輪の言葉尻に乗って、明子がクスクス笑う。

「うるさい!アキだって、魔女様の力を借りなきゃ弱いくせに」

「はあ?ハルと違って私は成長ってもんをしているんですー。いつまでも同じだと思わないでくださーい」

「同じなわけないですー。私の方が確実に……」

「うっるさいっ!」

 乙輪が怒鳴って机を叩くと、双子は囀るのをぴたりと止めた。

「忙しいんだから静かにして!」

 激しい剣幕に双子はおもちゃの人形のように首を縦に振る。

「真面目なんだか横着なんだか……」

 そんな三人の様子を見て、輝夜は薄く笑う。


「聖女様が輝夜様の宿題を写しているということは、輝夜様の方が頭が良いんですか?」

 明子の問いに、輝夜は薄く笑う。

「頭が良いかどうか、というのは難しい問いだね。どのような視点で見るかによって答えが変わってくる。なにごとでも同じだけどね。学力の上下なら分かりやすい指針がある。アキたちももうすぐ身をもって知ることになるけど、この学校では定期テストの上位十名は職員室の前に張り出されるんだ。私はその十名から漏れたことはないけど、乙が入ったことはない」

「魔女様の方が頭が良いってことですね」

「だからそう単純な話じゃない」

 明子が鼻を高く伸ばそうとするのを簡単にへし折る。

「乙は記憶力が良いんだ。聖女としてみことのりを読んだり、神殿での様々な行儀に出席したり、王族の方々と交流があったからだと思うけど、あまり意味がないようなことでもすぐに覚えられる。昨年の体育祭でも、ダンスの振り付けを覚えるのがとっても早かった。残念なのは、乙が前世で覚えたことは、こちらの世界のテストには全く出ないってことだね」

「でも、それは魔女様も同じなんじゃないですか?」

「その通りだ。ボクの前世での知識もこの世界のテストには出ない。でもボクは薬を作るために勉強したり研究したりしていたし、魔王として国を統べていたから、そのために必要な様々なことを学んだ。ボクは勉強することに慣れているし、そのノウハウを持っているんだ」

「へー王様も勉強しなくちゃいけないんですね」

 晴子は意外そうに訊ねる。

「そうなんだ。国民の生命、財産に対して責任があるからね。外交だってやらなくちゃいけない。王様ってめちゃくちゃ勉強しなくちゃいけないんだ。成り行きで魔王になったけど、本当に大変で、忙しくて、かなり後悔したな」

 苦笑しながら続ける。

「あんなに苦労したのに、今頃は『極悪非道の魔女が国を占領して傍若無人の限りを尽くしていたのを正義の勇者たちが打ち滅ぼした』なんて伝えられているんだろうな。そんな風に考えるようになってから、歴史を勉強する気がなくなった。歴史なんて勝者の論理が伝えられているだけで、真実が何だったのかなんて、後世の人間には分かりっこないもんだって、身をもって知ったからね」

「えー、じゃあなんで歴史の授業があるんですか?」

「勝者の特権だよ」

「特権ですか?」

「自分の偉業と正当性を後世に伝えることができるんだ。逆に、敗者には語る資格がなくなる」

「そんなものを習ってるんですか?やる気なくなるなー」

「そうだろう」


 予鈴が鳴った。

 ちょうど写し終わった乙輪はノートを返す。

「ありがと」

「グロッグ&ベレッタのトリプルモカで良いよ」

 輝夜はチェーン店のアイスクリームを要求する。

「今日は時間があるの?」

 お礼とは言え奢りを要求されたのだが、乙輪は顔を輝かせる。多忙な魔女様はいつも忙しく飛び回っており、放課後に会えることはまれなのだ。

「昨夜は二時間で話を打ち切ったけど、本当はもっと話したいことがあったんだろう」

「そうなの!さすが王様、人心掌握術に長けてるぅ」

 上機嫌に笑いながら褒める。

「聖女様には負けるよ」

「なにをおっしゃいますか!どうせ私は前世の記憶が何の役にも立たない聖女ですから」

「テストには出ないって言っただけだ。気を悪くした?」

「とんでもない。神殿の儀式作法がテストに出たら、発狂するわ」

 乙輪は一気にコーヒーを飲み干して、マグカップをシンクに沈めた。


 一同がぞろぞろと廊下に出たところで、珍しく緊張した表情で晴子がびしっと手を上げた。

「放課後は私たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」

 自称従者の必死な表情に、聖女はくすりと笑う。

「良いけど、アイス代は自分で出してよ」

「は、はいい」

 慌てて所持金を確認し始めた双子を微笑ましく眺めながら、聖女と魔女は並んで歩き始めた。

 勝者も敗者もいない世界は、優しい。乙輪は、シンプルにそう思った。


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