23話 見上げた空に浮かぶ星たち
「この旅が終わったら、君はどうするんだ?」
魔王との最終決戦が迫った夜、勇者とたまたま二人きりになった時、そんなことを訊かれた。
「旅が終わったら……ですか?考えたことがありませんでした。幼いころから言い聞かされてきました。聖女は勇者を助けるのだと。そして……」
「勇者は魔王を倒す」
勇者は後を引き継いで言った後、軽く笑った。
「俺たちは魔王を倒す。では、魔王がいなくなった世界で俺たちは何をする?次の魔王を倒すのは、次の勇者と聖女の仕事だ」
「はい」
それがこの世界の理。
「教会に戻るのではないでしょうか」
無難な考えしか頭に浮かばなかった。生まれてすぐに強制的に連れてこられたところとはいえ、私にとって帰るところはあそこしかない。
「それが君の望みか?」
望み?望みとはなんだ?
人々は私から祝福を授かることを望む。
権力者たちは私の力を利用することを望む。
では、私の望みとはなんだろう。
ずっと、人に言われるまま生きてきた。自分の考えも、望みもなかった。
改めて訊かれてもすぐに答えは出ない。でも一つだけはっきりしていることがある。
私の望みは、教会に戻ることではない。
「この旅が始まった時、私はとても嫌な気分でした」
表情を変えない勇者の顔が、焚火の灯りに照らされる。魔王が現れたてからずっと曇っている空には、今夜も星はない。
「教会に比べれば、水は臭い、食事は美味しくない、ベッドではなくて地面だし、暑くても寒くても雨が降っていても歩かなくてはならない。魔物との闘いは怖いし、痛いし、今でも慣れません。こんな思いをしてまで魔王を倒さねばならないのかと思っていました。あなたが一人で倒してきてくれれば良いのにと」
「力不足で悪かったな」
「でも不思議ですね。こんなにイヤな旅なのに、何が望みなのかと訊かれたら……」
胸の奥からこみあげてきたので、ふふっと笑う。
「また旅に出たいと思ってしまったんです」
勇者は目を丸くした後に、笑った。
「それは良いな」
目覚まし時計が鳴っている。
「あいつの顔で目を覚ますなんて最悪……」
半身を起こした乙輪は、そのまま微睡む。
以前見た夢の中の前世では、魔王を倒した後、聖女カタリナは教会に戻り、組織の歯車としてこき使われていた。
勇者は、国王に魔王討伐を報告した後、いつの間にか姿を消していた。あまり気にしていなかったが、どうしたのだろう。旅に出たのだろうか。
旅か……
子供の頃は神様をやらされていたので、旅行に行ったことはない。伯母に引き取られてからは、関東近郊に遊びに行ったことはあるが、旅と言えるほどの旅行に行ったことはない。強いて言えば、修学旅行ぐらい。
旅行に憧れを持たないのは、前世でのあの辛い旅の思い出があるからだろうか。
「異世界で生きるのは、旅みたいなものよね」
乙輪は呟くと、ゆっくりとベッドから出た。
双子たちには、いつもいつも新しいことを考え出すものだと感心させられる。
今朝は、晴子が科学準備室のドアをノックすると、速やかに開かれた。
「ねぇ待った?」
先ほどまではいつもと同じ元気いっぱいの調子だったのに、急に甘えた感じになっている。
「待った。今日はいつもより遅かったんじゃない」
応じる明子も、しゃなりとしている。
「そうだった?でもごめん」
「ううん、許す」
「なんなの?」
乙輪は面倒くさそうに突っ込む。痴話喧嘩っぽいじゃれ合いには飽きたとは言った。しかしこんな風に、いちゃつかれるのは居心地が悪い。
「私たち、いつも喧嘩をしているように思われているかもしれませんが、本当はとっても仲良しなのです」
「なのです。今日はお家モードでお送りしているのです。どうですか?かわいいですか?」
「なんなの?」
乙輪は双子を指差しながら、今朝も部屋の奥の締め切った分厚いカーテンの前でロッキングチェアに座っている輝夜に訊ねた。
「さっきまではいつもと同じだったんだけどね」
輝夜は薄く笑う。
「ボクたちを楽しませようとしてくれているんだ。素直に受け入れるべきではないかな」
「いつもと同じね……」
「あれあれ?」
「あれあれ?」
乙輪の呟きに、晴子と明子は部屋の真ん中でくるくると回る。制服のスカートの裾が翻る。
「いつもと同じだって」
「いつもと同じってなにかしら」
小指をあごに当てて、少し首を傾げる。
「なにかしらね」
乙輪は適当に返事をしながら長机の前の丸椅子に座る。今日は出水と舞彩もすでに座っている。
「種明かしターイム」
明子がくるくると回転しながら乙輪の前まで来ると、左に分けた前髪を止めていた青い髪留めを取って晴子に投げる。晴子からは代わりに赤い髪留めが投げられてくる。華麗に受け取ると、前髪をさっと右に分けて止めた。
逆に晴子は前髪を左に分けて赤い髪留めで止める。
「実は私が晴子でした!」
「私が明子でした」
「うっそまじで?全然気が付かなかった」
舞彩が素直に驚きの声を上げる。
「いやいや、本当は今すり替わったのかも」
出水もじっと目を凝らす。
「どうですか?分かりますか?」
晴子は乙輪にぐいっと顔を近づける。
「分からないわけないでしょ」
乙輪は「くだらない」という顔をしながら、しかし優しく晴子の頭を抱く。
「こっちが晴子」
「――」
晴子は顔を真っ赤にして身悶える。暴れ回りたいところだが、敬愛する聖女様に抱かれているのでそれはできない。
「さすが聖女様やなぁ」
出水が感心し、舞彩は大きく頷いて同意する。
「そう?校門で会ったときにすぐに分かったわ。どんなネタがあるのかと思って黙っていたけど、あんなうすら寒いコントを見せられるとは思わなかったわ」
「コントじゃありません!」
「まぁ、明子ちゃんの先導は下手すぎたから、私以外にも気が付いた人はいるでしょうね」
「なにー!」
晴子は乙輪のホールディングから勢いよく脱出した。
「アキ、私の顔に泥を塗ったな!」
「連帯責任でしょ。おかげであんたのありがたみが分かったわ」
「そうですか!ありがとうございます」
晴子は乙輪に褒められて、満面の笑みでお辞儀をした。
「魔女様は、私のこと分かっていましたか?」
今度は明子が恐る恐る訊ねる。
「ああ」と輝夜は頷く。
「ボクは、人が持っている魔力を見ることができるからね。それで分かった」
「丘上。そういうのは言わなくていいんだよ」
「そうなのか?すまないな」
舞彩の指摘に従って謝った輝夜に、明子は勢いよく恐縮する。
「全然構いません。嬉しいです」
「というかさ、魔力を見ることができるって、私たちにも魔力があるの?」
舞彩が興味津々で訊ねる。
「ある」
輝夜が短く答えると、一同は驚きの声を上げる。
「聖女様はどう見えるんですか?」
晴子が自分よりも先に、乙輪のことを訊ねる。
「乙は持っている魔力が大きすぎて、真っ白に見えるんだ。だから乙の魔力は見えないように調整している」
「さすが聖女様ですね」
晴子は単純に喜ぶが、乙輪は輝夜が眼鏡を触っていることを見逃さなかった。
「もしかして、それって、その眼鏡の力なの?」
「目ざといな」
輝夜は苦笑しながらも正直に話す。
「ヴァルドの眼鏡って言う。とある文献で魔力が見える眼鏡があるっていうのを見てね、ポーランドから輸入したんだ」
「輸入した?あんたが作ったんじゃなくて?」
「ああ」
「それって……」
出水が言いかけた言葉を飲み込む。
「どういうこと?」
普通ではない出水と乙輪の表情に戸惑いながら、舞彩が訊ねる。
「……この世界にも、魔法を使える人がいるってことですね」
明子が恐る恐る答える。
「それは分からない。魔力があることと魔法が使えることはイコールではないからね。でも、この世界にも魔力を見る道具を作れる人はいた。ボクも眉唾物だろうと思って手に入れたんだけど、本当に見えてびっくりした」
「それって本当に魔力なの?なんか光が反射しているとかさ」
「乙に過剰反応していることで、証明は十分だろ」
輝夜は舞彩の意見を否定しながら、じっと目を凝らす。
「な、なに?」
黒く化粧された肌に冷や汗が流れる。
「ここにいるメンバーは、ボクや乙の影響なのか、どんどん魔力が増大しているんだ。でも、舞彩だけが全然変わらないんだ。なぜなんだい?」
「ウチに訊かれても……」
「なんちゃってギャルだからじゃないですか」
「ギャルと魔法って相性悪そうやしなぁ」
「どんなイメージ!分かんないけど、ウチは魔法の素質がないってことでしょ」
「悔しいですか?」
「べっつにー。だって、使い方が分からないんだから持ってても仕方ないじゃん。それとも丘上が教えてくれるの?」
「教えるつもりはないよ」
「ほらね」
「負け惜しみですか」
なぜか、明子と舞彩がにらみ合う。
「魔法は教えなくても良いけど、なんでその眼鏡のことを今まで話さなかったの?黙って見られているのは気持ち悪い」
乙輪が輝夜を詰問する。
「……ごめん」
輝夜は素直に謝ったが、すぐに反撃に転じた。
「でも、乙も私たちに話していないことがあるだろ」
「なんのこと?」
「週末、生徒会長とデートしていただろう」
乙輪の目が一瞬で厳しくなったので、輝夜は慌てて弁明する。
「見張っていたわけじゃない。先輩が偶然見かけたんだ」
「えー、そればらすー」
「なんであんなところにいたんですか?」
今度は出水に厳しい目が向けられた。
「それを聞くのは野暮ってもんやない?」
出水はいたずらっぽく笑って返した。
高校生のデートコースは似たようなものだ。
「――そうですね。はいはい、デートしていました」
言い訳や誤魔化しを考えるのが面倒くさくなった乙輪はあっさりと認めた。
「聞いていません!」
「今話した」
晴子の抗議もあっさりと流す。
「付き合っているの?」
舞彩が身体を乗り出して訊ねる。
「いいえ。しつこいから、一回ぐらい良いかなって」
「そっかー。会長スペック高いし、性格も良いし、イケメンだし、良いんじゃない」
「悪い人ではないわよ」
舞彩の評価に、乙輪は居心地悪そうに答える。
「でも、乙ピって恋愛とか興味ないのかと思ってた」
「そんなことないわ。結婚願望高いわよ」
「そういえば恋愛ドラマ好きだよね」
「ドラマも好きだけど、それより私は早く結婚して「無悪」なんて罪深い苗字からおさらばしたいの」
「罪深いんですか?」
晴子が訊ねる。
「悪では無いって自分から言うなんて、罪深いに決まっているでしょう。人間とは聖と悪を併せ呑むものなのよ」
「じゃあ聖女様も悪いことをするんですか?」
「当たり前でしょ。あんた今まで私の何を見てきたの」
「おっかしーなとは思っていたのですが、聖女様のなさることなので正しいことだと思っていました。するとやはりあれは悪いことだったんですね」
「あれってなに……、いいえ、言わなくていいわ」
「はい。それでは聖女様は悪女様でもあるということですね」
「そもそも私は聖女じゃないってずっと言っているでしょ。治癒能力を持っているだけの人間」
「それでは魔女様はどうなるのでしょう?」
今度は明子が訊ねる。
「……怪しげな力を使う女?」
「怪しげと言うな」
「じゃあなんて言うのよ」
「……異界からの使者に貸与された力」
それっぽい言い回しに双子のオタクが顔を輝かせるが、乙輪は切って捨てる。
「それを怪しげって言うのよ」
「聖人と言われる人が使う力だって、異界からの使者に貸与された力ですよね」
明子が言い返す。
「そうね。だから、決め手は力の種類ではなくて、その力を何のために使うのかよ」
「だったら私が悪のはずがない」
輝夜は薄く笑う。
「どうして?」
「私は自分のために力を使っている。自分のために使う力は、正しいものに決まっているだろう」
「そうね。それこそ、聖女でも魔女でもなく、人間らしい考え方だわ」
乙輪も笑って返した。
予鈴が鳴った。
「ああっ」
真っ先に出て行った双子の声が廊下から聞こえてきたかと思うと、慌ただしく戻ってきた。
「それでは皆様、失礼いたします」
「また明日、ごきげんよう」
優雅に一礼すると、すぐに姿を消す。バタバタと足音を立てているので、優雅さが台無しだ。
「なにやってんの!」
「ほんまにかわいいなぁ」
笑いながら舞彩と出水も、自分の教室へ向かう。
そんな姿を微笑ましく見ながら、乙輪は廊下に出た。
ちょうど陽が差してきたのか、眩しくて目を細める。
不意に思い出した。
魔王を倒して、その洞窟から出てきたとき、ずっと曇っていた空には満天の星空が広がっていた。
その眩さに、自分たちは世界を救ったのだと、初めて実感した。
勇者は今も、あの空の下を旅しているのだろうか。
ずっと胸に閊えていたものを、今なら吐き出せると思った。
乙輪は廊下に出てきた輝夜に打ち明ける。
「今度、母親が出所するの」
「ああ……」
輝夜の反応は、驚きと言うよりも、戸惑い。
「やっぱり知っていたのね。ハッカー先輩情報?」
「ああ。約束を破って済まない。先輩は……」
「それはいいの」
輝夜の弁解を打ち切る。
「それよりも協力して。母親に会いたくないの」
正面から、真面目に、お願いする。
「任せておけ。すでにいくつか手は打っている」
輝夜も真摯に応える。
「それでこそよ。その力、私のために振るってちょうだい」
乙輪は嬉しくて笑いながら手を伸ばし、輝夜はその手を取った。
二人は手を繋いで廊下を進む。
「健全な精神は健全な肉体に宿る」
乙輪はふと、思い出した。
「懐かしいな」
「ないものねだりってことね」
「なるほど、君らしい解釈だ」
「人は自分にないものをねだってばかり」
「でもそれは、悪いことではないだろう」
「そうね。欲しなければ、得ることはできない」
繋いだ手に力を込める。
「私はちゃんと手に入れたわ」
「ボクも」
二人は顔を見合わせ、笑いあった。
最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
「女子高生がおしゃべりをしているだけのお話」というのが本作のテーマです。
想像通り、とても難しいテーマでしたけど、なんとか書ききれた、と思っております。
感想等聞かせていただけると嬉しいので、よろしくお願いします
あらためて、ありがとうございました。




