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聖女と魔女  作者: 立青之
17/23

17話 壊れたスマホと、苦いコーヒー


「私はえらいなー。本当にえらい」

 月曜日の朝、科学準備室の前に立った無悪さかなし乙輪おとわは誰かに褒めてもらいたくて仕方がなかった。でも誰も褒めてくれないので自分で褒めた。


 めちゃくちゃ憂鬱な週末を過ごしたというのに、ちゃんと起きて、家を出て、学校に来て、愛嬌と癒しを振りまきながらさっそうと学内を歩いて四階の一番端の部屋までやってきたのだ。

 しかも今日は、乙輪がなにをやっても褒めてくれる晴子がいない。一年生は現地集合の社会見学に行っている。いつもは煩わしいぐらい絡んでくるくせに、肝心な時にいないってどういうこと!


 晴子がいれば、目の前のドアを勢いよく開いて、双子の妹と口喧嘩を始めてくれるだろう。それに乗じて部屋に入り、丸椅子をガタピシと鳴らしながら実験台の前に座り、コーヒーが出てくるのを待てばいいのだ。

 晴子がいないということは明子もいない。ドアの前で突っ立っていても、誰も様子を見に出てきてくれない。廊下に設置されている監視カメラをちらちらと見たが反応がない。――どうやら、この部屋の主のものではなく、学校の監視カメラらしい。


「誰もいないってことはないわよね」

 その可能性もある。だったら、ドアの前でもじもじしているのはバカみたいだ。

 いつになく弱気な自分を不思議に思う。私はもっとこう、聖女らしい、憂いのない、前向きな性格のはずだ。いや、聖女ってむしろ、憂いがあるくらいの方が『それっぽい』かも。

「はぁ」

 ため息の代償に、ドアをノックした。

「……どうぞ」

 なに!その今にも死にそうな声!

 すっと気が抜けた。


「おはよう」

 部屋に入ると、いつもは部屋の奥から思わせぶりな笑みを見せてくる輝夜が、実験台に突っ伏していた。

「どうしたの?」などと心配そうに駆け寄ったりしてやらない。

「どうした?」と聞きながら丸椅子をガタピシと鳴らしながら座り、実験台の上に注意深く鞄を置いた。

 実験台の上に、なにやら装置がある。

「スマホ?」

 スマホを中心にいくつかの鉱石や液体の入ったシャーレが置かれている。それらを繋ぐように小さな稲光が走っている。

「週末に壊れてね、修理しているんだ」

 輝夜は顔だけ上げて説明する。

「あんたの魔法ってスマホの修理までできるの?超便利じゃん」

「できるかどうかを試しているところだよ。治らなくても、どうせ壊れているからね」

「ふーん。だから連絡がつかなかったのね」

「連絡してくれていたのか?すまない。修理に持っていく暇がなかったんだ」

 大あくびをしながら立ち上がる。

「お疲れね。世直し活動?」

 輝夜の頭には左右三つずつの三つ編みがある。しかし、今朝は右に一つ、左に二つしかない。輝夜は髪に魔力を編み込んでいる。危機に陥った時には三つ編みを使ってその場をしのぐのだ。

 今までも一つ二つ無くなっていたことはあったが、三つ無くなっているのは初めてだった。つまり、それだけ危機的状況に陥っていたということだ。スマホが壊れて修理に行く暇がなかったというのは本当なのだろう。


「世直しは世直しだけどいつもの奴じゃなくて、親の手伝いでね」

 輝夜は電気ケトルをセットしながらまたあくびをする。

「手伝い……、あんたの親って警察よね。刑事だったっけ」

 乙輪は訊ねながら、治癒の力を使う。

「母が刑事で、父が交番のお巡りさんだ。二人して面倒な事件に巻き込まれていてね。裏から色々とサポートをしていたんだ。週末は丸ごと潰れたけど、事件はついさっきようやく解決した。二人は家に帰って寝ているだろうけど、ボクは学校があるってことだ。ありがとう」

 乙輪の治癒の力で体力が回復した輝夜は礼を言う。顔の血色が見違えるほど良くなったが、まだ少しぼんやりしている。

 マグカップにインスタントコーヒーを一匙とお湯を入れてかき混ぜると、乙輪に差し出してくれた。

「あんたは飲まないの?」

「ああ、もう大丈夫だ」

 輝夜はいつも乙輪のためにコーヒーを淹れるが、自分は飲まない。一緒に喫茶店に行っても、コーヒーは飲まずにジュースを飲んでいる。

「にがっ」

 いつも通りの味に乙輪は舌を出す。

「淹れておいて言うのもなんだけど、どうしてそんな苦いものを飲みたがるんだ?」

「美味しく淹れてくれても良いのよ。ブラックを美味しく飲めたら、大人って感じがするって言うでしょ」

「乙は大人に憧れなんてないだろ。前世で経験しているんだし」

「そういうことじゃないのよ。それに前世では大人だったなんて自覚はないな。そうね、聖女をやっていたって感じ」

「子供の頃から大層な役割を与えられていれば、大人の自覚なんて必要ないということかな?だから大人に憧れる?」

「憧れなんてないわ。そういえばなんでコーヒーを飲み始めたんだっけ?」

「初めてこの部屋に来た時、お茶も出ないの?と言われたんだ。だから、前にこの部屋を使っていた先生が残していったインスタントコーヒーを出したんだ」

「そうなの?つまり私は、見ず知らずの先生の趣味に染められているの?」

「見ず知らずではないだろう。その先生はまだ学校にいるんだから。それにコーヒーも買い替えたから、今飲んでいるのは彼の趣味でもない」

「そうなの?」

「ブラックなのは彼の趣味だと言えなくもない。この部屋には砂糖も牛乳もなかったからね。そういえば、ブラックコーヒーをありがたがって飲んでいるのは日本人ぐらいだという記事を読んだことがある。欧米やコーヒーの産地でも、砂糖や牛乳を入れる方が一般的らしい」

「そうなの?だったら……、ううん、私は日本人だからブラックで良いの」

「君の望むままに」

「うーん」

 乙輪は眉をひそめながらコーヒーをすすり、いつまで経っても慣れない苦さに舌を出す。


「そういえば、親の手伝いって何をやっていたの?」

「それを語り出したら始業時間に間に合わない」

 いつもの思わせぶりな笑みを見せるから、少しむかつき、少しほっとする。

「また今度話すけど、夕方にはニュースが出るんじゃないかな」

「……うちの近所でけっこう大きな火事があったんだけど」

 テレビで観たニュースを思い出す。

「多分それも関係している。大丈夫だった?」

「うちは被害にあってないわ。みんなも手伝っていたの?」

 この部屋に出入りしている遠野出水、マクラーレン舞彩、安倍明子は輝夜の世直し隊の同士だ。

「手伝って欲しかったけど、早々にスマホが壊れたから連絡できなかったんだ」

「魔法で連絡すれば良かったじゃない?」

「こちらからメッセージを送るのはできるけど、返事をしてもらうのが難しい。普段の連絡はスマホを使っていて、魔法は使ってない。スマホは本当に便利すぎる。最近は魔法を使う手順にスマホを組み込んだりしていたから、スマホが使えなくなって本当に大変だった。便利な道具に頼りすぎるなっていう、良い教訓になったよ」

 困ったはずなのに、なぜか嬉しそうに説明する。

「ふうん」

 気のない相槌を返す。


 予鈴が鳴った。

 乙輪はすぐには立ち上がらず、輝夜をじっと見る。

「なんだい?」と輝夜は訊ねる。

 乙輪は上目遣いで一睨みするとコーヒーを一息で飲み干した。

「週末、ずっと連絡していたけど繋がらなかったの」

「ああ、すまなかった」

 輝夜はまだ気が付かない。

「何か用があったのか?」

「用はありませんけど!」

 乙輪は立ち上がってマグカップをシンクの水の中に沈めると、鞄を持って出口へ向かう。輝夜もその後を追ってくる。

「金曜日、私は丘上輝夜だって叫びながら出て行ったでしょ!」

「ああ……」

 輝夜はようやく思い出し、乙輪が怒っているのだと気づく。

「心配をかけたんだね。ごめんなさい」

 素直に謝る。

「もう大丈夫なの?」

 乙輪は立ち止まり、振り返って訊ねる。

「ああ。前に話したけど、私の中ではまだ、丘上輝夜とエウラリアのバランスが取れていない。金曜日はかなり不安定だったんだと思う。でも、この週末は、久しぶりに両親と一緒に行動する時間が長くて、自分が丘上輝夜であることを実感できたんだ。だから、もう大丈夫」


「ふうん」

 乙輪は素直に祝福する気にはなれず、じとっとした目をする。

 ずっともやもやしていた私の週末を返せー!と言いたい気分だ。

「すっきりしちゃって」

 足早に歩きながら言い放つ。

「なんだって?」

 聞こえなかった?でも、もう繰り返してあげない。

「早く新しいスマホを買いなさい」

 便利すぎる道具に振り回される是非はともかく、この時代、スマホがないのは本当に困るのだ。


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