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聖女と魔女  作者: 立青之
12/13

12話 手と手繋いで


晴子が科学準備室のドアをノックすると中から「どうぞー」と返事がきた。

「どうしたんでしょう?」

訊ねられた乙輪おとわは「さっさと開けなさいよ」とそっけなく答える。

戸惑いながらドアを開くと、明子が輝夜に抗議していた。

「なんで返事するんです。私の出番がなくなるじゃないですか」

「いつものやり取りは君たちの出番を作るためにやっていたのかい?」

輝夜はネズミをいたぶるネコのような目で明子を見る。

「私はそんなこと考えていませんよ」

「ハルは黙ってて!だって、何もなかったら私って影が薄いじゃないですか」

「あのつまらないやり取りってあんたがやらせていたんじゃないの?」

「私は乙の趣味だと思っていたんだけど」

「ほらー、私がこんなに頑張っているのに、聖女様が入ってきて勝手に話が進むじゃないですか」

「アキごときが聖女様に張り合おうなんておこがましいのよ。ええっと、不敬なのよ、不敬!」

「不敬って、私が教えた言葉じゃない。なに勝手に使ってんのよ!」

「アキが考えたわけじゃないじゃん!」

「私が教えたんだから……ぐっ」

明子は言葉を詰まらせ、苦しそうに首を抑える。

「私の行動の意味を考えないと、お前の出番は永遠になくなるぞ」

輝夜は低い声で告げるが、顔は笑っている。

「ご、ごめんなさい……」

明子が謝罪を絞り出すと、輝夜はぱちんと指を鳴らす。激しくせき込みながら床に膝をついた明子に、晴子が心配そうに駆け寄る。

「あらあら」

命に別状はないのを確認しながら、乙輪は実験台前の丸椅子に座る。

輝夜はにこやかにコーヒーを差し出す。


「今日はなんかあるの?」

 乙輪はコーヒーを受け取りながら訊ねる。

「ああ、君を紹介して欲しいって人がいるんだ。入ってきて」

 外に呼びかける輝夜に、乙輪は物憂そうに目を向ける。

「面倒ごとは嫌よ」

「どうもです。いやぁ、私の出番がのうなったんかと思った。どうぞ入って」

 のんびりとした関西弁と一緒に入ってきた小柄な姿は出水いずみだった。

さらにその後ろからもう一人少女が入ってきた。肌が黒く、髪は派手な色で染められ、化粧も派手だ。着崩した制服の下の身体は、かなりグラマーだ。

「おはようございます。マクラーレン舞彩まいと申します」

 ギャルっぽい外見と似合わない感じでおどおどと頭を下げた。

無悪さかなし乙輪よ。なんかいつもと感じが違うわね」

「わ、私のことなんて知っていただいているんですか?」

ぱっと顔を上げて喜ぶ。

「そりゃ目立つもの」

舞彩は派手な外見から、二年生の間では乙輪や輝夜と同じぐらい有名だ。普段のふるまいはもっと明るくてギャルっぽい。

「私なんかを認知してくれてるなんて、恐れ多いです」

「そういうのいらないんだけど」

 乙輪はコーヒーをすすって顔をしかめた。

「舞彩は聖女様の大ファンなんだ。緊張しているんだろうから許してやって」

「ふうん。ありがと」

ちっとも嬉しくなさそうに返す。

「聖女様の大ファンをこんなところに連れてきて大丈夫ですか?」

 晴子が手を上げて質問する。

「どういう意味よ」

「いつもは猫被っているのがばれて、がっかりするんじゃないですか?」

「あんたはいつもがっかりしてるの?」

「私はいつでもどこでも何をしていても聖女様のことが大好きです!」

「わ、私もどんな聖女様のことでもだ、大好きです」

晴子に負けじと、舞彩は顔を真っ赤にして訴えた。

「ほほう。では聖女様のどんなところが好きか言ってみてください」とえらそうに腕を組む。

「いつも姿勢が良くて清楚で凛としていて、それでいて慈愛に満ちた視線を投げかけてくれて、優しいお言葉を掛けてくれるところです」

「ぶぶー。そんな聖女様はここにはいません」

「い、います。本当にもう眩しくて、神々しくて、さっきから目を開けているのも辛いぐらい輝いていらっしゃるんです」

「私は眩しすぎて目がつぶれそうなぐらいです」

晴子は大袈裟に目をふさぐ演技をする。

「あと、お名前も好きです。無悪。『悪を無くす』なんて聖女様にぴったりです」

「あ、私もそれ思ってました」

「うーん」

黙って聞いていた乙輪がついに唸ったので、二人はぱたっと口を閉ざした。

「嫌いなのかい?」と輝夜が口を挟む。

「仰々しすぎるでしょ。一回で読んでもらえないから面倒くさいし」

「でもかっこいいです!」

「マクラーレンさんに言われてもね。ハーフなの?」

「私は日本人なんだけど、両親が早くに亡くなって、イギリス人に引き取られたんです」

「そうなんだ」

「写真見ます?」

 舞彩がスカートのポケットから取り出したのはカードサイズのフォトフレームだった。開くと、左右に写真が収められていた。右側は笑顔の日本人の美男美女、左側は気難しい顔をした黒人の男と、神経質そうな黒人の女だった。

輝夜以外の全員が写真を覗き込んだ。

「んん?日本人なのに肌の色は?」

晴子が素直に疑問を口にする。

「育ててくれているパパとママに合わせるために日サロに行って、ガングロメイクしてるの」

よく聞かれる質問なのか、舞彩はあっさりと答えた。学校としても反対しにくい理由だろう。

「良いですね。それにしても、なんでこんな怖そうな顔をしているんですか?」

「二人で一緒に写真撮るときって、いっつもこんな顔するんだよね。あ、でもすっごい仲良いんだよ。写真撮るときだけこんな顔なの」

晴子が相手だと、舞彩は砕けた口調になった。

「お父さんの顔、どこかで見たことあるんだけど、どこだったかな?」

一方で乙輪は真剣な表情で写真を凝視している。

「そうなんですか?私は外国人の顔はみんな同じに見えます」

「前世では色んな人に謁見されてたから、名前と顔を覚えるのは得意なんだけど……、テレビに出ていたりする?」

「はい、たまに出ています。パパは……」

「ちょっと待って。思い出すから」

「あ、分かった」

乙輪が止めているのに、出水がぽわんと声を上げる。

「だから待っててばっ!……思い出した!ラーメン!黒鍵こっけんの店長ね!」

「当たりです~~~」

得意満面の乙輪に、舞彩は嬉しそうに拍手する。

「前から行きたいと思っているの。ちょっと遠いからまだ行ってないけど」

「ぜひ来てください。ご馳走します」

「聖女様ってラーメン好きなんですか?」

「大好きだよ」

明子の疑問に、晴子が少しうんざりした感じで答えた。

「ご飯に誘われてついて行ったらほぼ確実にラーメンだから」

「嫌だったの?」乙輪がわざとらしい笑顔で訊く。

「嫌じゃないですけど、たまには違うものが食べたいなって思ったりするんです」

「覚えていたら考慮するわ」

「覚える気ゼロですね」

晴子は苦笑する。

「舞彩の家が飲食店をやっているのは知っていたけど、そのラーメン屋は有名なのかい?」

輝夜の質問に乙輪が嬉しそうに答える。

「黒人が店長で、ブラックラーメンがメインメニューで、店名が黒鍵っていう、メディア的にはネタにしやすい店だから、テレビや雑誌でちょいちょい紹介されてるわ。いつも凄い並んでいるみたい」

「行列ができるのはテレビに出た直後ぐらいで、普段はそんなじゃないですよ。テレビで並んでるのはサクラですし」

「そうなの?って、そんなことばらして良いの?」

「もちです。だから遠慮せずに来てください」

「そういうことなら私も行ってみたいな。お父さんは店にいるんだろう?」

輝夜も興味を持ってきた。

「パパはいたりいなかったりですね」

「店長なのにいなくても大丈夫なの?」

「パパは看板店長でお飾りみたいなもんなんです。調理はできないし、接客をちょこっと手伝っているぐらい」

「本当にそんなことばらして大丈夫なの?」

「店に通っている人なら知っていることですから」

舞彩はニコニコしている。

「そうなんだ。仲良いってことね」

「義親とですか?そうですね」

舞彩の答えに乙輪はふっと笑う。


「私も苗字が変わったの」

乙輪の唐突な告白に、舞彩は瞬きする。

「昔、親に虐待されていて伯母さんに保護されたの。無悪っていうのは伯母さんの苗字」

「ええーそうなんですか?」

ひときわ大きな声を上げたのは晴子だったが、他の者も驚きの声を上げた。

「ちなみに、この間話した、家族を事故で亡くして、生き返らせろーって幼児の私に詰め寄ったのがその伯母さんね。今は二人で暮らしてるの」

「そんな伯母さん、本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ。ふかーく反省しているから。それに、今は私も前世の記憶を取り戻しているから、何かあっても対処できる」

「前世とか、虐待とか……、そんな話、私が聞いても大丈夫なんですか?」

突拍子のない話だ。舞彩は混乱しながら訊ねる。

「聞くのは良いけど、よそでは話さないでね」

「も、もちろんです。絶対に話しません」

「お願いね。それよりも、物凄い勢いでスマホを操作し始めたハッカーが何をしているのかがすっごく気になるんだけど」

皆の視線が自分に集まったことに気がついた出水は、手を止めて顔を上げる。

「別件やから気にせんといて」

ふんわりと言うと、またスマホの操作に戻った。

追及を阻むかのように予鈴が鳴った。


「聖女様はどうだった?想像通りだったかな?」

教室に向かう途中、輝夜は舞彩に訊いた。

「想像とは違うけど、とっても素敵でした。今までよりもっと好きになりました。今日はお時間ありがとうございました。良かったら、廊下で会ったりしたら声を掛けてください」

「あなたからかけなさいよ」

「は、はい!」

 舞彩は深くお辞儀をした後、先に行った。


静かな廊下を、乙輪と輝夜は並んで歩く。

「あんなに色々と話して良かったのかい?」

ちらりと横目で見る。

「あんたが紹介したんでしょ」

正面を見たまま答える。

「舞彩に限らずだよ」

「他の子だってあんたが連れてきたんじゃない。あのね、私はあの子たちじゃなくてあんたを信じてるの。だから良いの」

「そうか……」

「なによ」

二人は階段を降りる。

踊り場で、輝夜は意を決して口を開く。

「人は信じてはいけないというのが私の信条だからね、そんな風に信じられているって思うと、逆に戸惑ってしまったんだ」

「ざまあみろ」

乙輪が意地悪く笑ったので、輝夜は肩の重しが不意に抜けた気がした。

「君は本当に聖女なのかい」

「知らないわ。私は自分が聖女でも魔女でも化け物でも、どう思われていてもいいの。この世界で確かなのはあんたの友達だってことだけ。だから、覚悟しなさい」

そう言って手を取った。

掌に輝夜の高い体温が伝わってくる。

よく知るその温もりに、ふふふと笑みがこぼれる。


輝夜は突然の行動に驚きながらも、握り返した。

冷たさと熱が馴染みあっていく。

「……分かった」

「君はやっぱり聖女様だよ」それは心の中で呟くだけにした。


本鈴が鳴る中、輝夜は提案した。

「今日の放課後は空いてるかい?舞彩のお父さんのラーメンを食べに行こうか」

「行く」

朝の光の中、聖女の笑顔がキラキラと輝いた。



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