表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女と魔女  作者: 立青之
11/13

11話 前世の記憶はどこにある?


朝。聖女の巡礼を終え、晴子が化学準備室のドアを三回ノックし、開くと明子が待ち構えていた。

「脳みそないんじゃないの!」

先制のジャブが放たれる。

「ありまーす。目を開けてしっかり見てください」

華麗に避けて、挑発する。

「見えませーん。目を開けても脳みそ全く見えませーん」

「二人とも脳みそないんじゃない」

あまりにも頭の悪いやり取りに、いつもより早く乙輪の突っ込みが入った。

「あります。私にはありますから」

「私にもあります。よく見てください」

双子が揃って頭を突き出してくる。

「見えるようにして」

困った乙輪は部屋の奥でにやにやと笑っている輝夜に要求する。

「なかなか難しい注文だね。まずは頭を切り開くところからかな」

魔女の右手にチリチリと電流が走る。

「待って待って待ってください」

いきなりの残酷な提案に双子は慌てる。

「頭を透明にすれば良いんじゃない。この間、身体を透明にする魔法があるって言ってたじゃない」

「なるほど。しかし一部だけ透明にしたことはないからうまくいくかどうか」

つぶやきながら魔杖を振るう。

「ダメダメダメダメ見なくても良いです」

「そう?」

輝夜が手を止めると、発動しかけていた魔法が霧散して光が宙に舞った。

「あっぶなぁ。異世界人野蛮すぎる」

「この人たち基本的に人殺しだって忘れてた」

先ほどまで言い争っていた双子は、噴き出した汗をぬぐいながら同意しあう。

「失礼ね。私は人は殺してないから」

聖女様は憤慨する。

「人は?」

「魔王の手下の魔物は殺したけど……、虫を殺すのと同じよ。晴子だって虫は殺すでしょ」

「そりゃ、殺したことありますけどぉ、同じではないと思います」

「ボクだってこの世界では殺してないぞ」

魔女様も反論する。

「それ、わざわざ言う必要ありますか?」

「殺してはいないですけど……」

輝夜と一緒に世直し活動をしている明子が顏を逸らしながらぼそりとつぶやく。

「手足切り落として犬に食べさせたりしてる?」

あっけらかんとした乙輪の質問に、

「そ、そんなことはしていません!」

顔を真っ青にしながら反論する。

「そうよ。軽い拷問をしているだけよ」

「あれで軽いんですか……」

「だって五体満足で帰しているじゃない」

「アキ、やっぱりこの人たちやべぇよ」

「価値感戦国時代」

「失礼な子たちね」と言いながらも、乙輪と輝夜は楽しそうに笑う。


「異世界転生者ってこの人たちだけなのかな?」

「こんな人たちが大勢いたらやばいよ」

双子の疑問に、二人の異世界転生者は顔を見合わせた。

「私は会ったことないわ」

「ボクもないけど、確率的にはいてもおかしくはない。この学校だけでも二人いるんだから」

「確かに。あんたたちだって異世界ではないけど、転生者みたいな名前じゃない」

安部晴子と明子。合わせれば有名な陰陽師、安部晴明になる。

「それ、よく言われるんですけど、ママが安倍晴明の大ファンなだけなんです。ママは安倍って人と結婚して、子供には晴明って名付けると決めていたぐらい、安倍晴明のファンなんです」

「結婚は偶然なんじゃない」

「絶対にまじです。実際に私たちの名前はこんなんですし。今でもちょいちょい陰陽師への道を薦めてくるんです」

「陰陽師への道なんかあるの?」

「今でもやっている人がいるんですよ」

「そうなんだ。面白そう」

「本物が行ったら大騒ぎになりますよ!」

「陰陽師の人も本物かもしれないじゃない」

「それはそれで騒ぎになりそうです」

「それはそうね。輝夜は退治されそう」

「返り討ちにしてあげるわ」

乙輪の軽口に魔女は真顔で答えた。

「おっと、まさかのやる気満々。陰陽師に因縁でもあるの?」

「ないけれど、本物ならその原理には興味がある」

「なるほどね」

「とにかく、私たちは転生なんかしてない、普通の人間です」

「特になんの力も持っていませんから。そういえば出水先輩はどうですか?あの凄いハッキング能力は転生者だからなのかもしれません」

明子は先輩を身代わりに差し出した。

「誰が転生したの?ビル・ゲイツ?イーロン・マスク?」

「二人ともまだ生きてます!」

「えーとじゃあ、……なんだっけ?リンゴの人」

「スティーブ・ジョブスかい?」

「それそれ」

「あの人はソフトの人ではなくてハードの人なんじゃないかな?それにこの世界の人間が生まれ変わったとは限らないだろ。電子の世界から異世界転生してきたのかもしれない」

「電子の妖精ですか!」

オタク心が刺激されたようで、晴子のテンションが上がる。

「妖精?分からないけど、人間でない可能性もあるね」

「正体を隠している可能性もありますよ。転生者ってお互いに分かったりしないんですか?転生者は引き寄せ合うとかあるじゃないですか」

「輝夜しか知らないから分からないわ。この人とも引き寄せ会ったなんて感覚はないし」

「でも、ボクが前世の記憶を取り戻したのは乙に会ったからだよ」

「そうなの?初めて聞いたわ」

乙輪は椅子をガタッと鳴らして驚く。


「この学校のオープンキャンパスの時に、ゴミ箱を蹴っ飛ばしてひっくり返しちゃったのを助けてくれただろ」

「あれ、あんただったの?雰囲気が全然違うんだけど」

「あの頃は元気が取り柄のバリバリの体育会系だったからね。でも、魔女だった記憶なんかを取り戻したら、初心うぶな女子中学生じゃいられなくなったんだ。最初はなにがなんだか分からなくてノイローゼになったりしたよ。記憶を取り戻した理由も分からなかったけど、高校に入学してすぐにピンと来た。乙と出会ったのが原因だって。そして、乙も何かの力を持っているってね。乙も気がついてくれるかと思ってたんだけど、全然気がついてくれなかった」

「気がつくも何も、ほぼ忘れてたわ」

「ひどいなぁ。治癒能力があるっぽいのはなんとなく分かっていたんだけど、、なかなかしっぽを出してくれなくてね、晴子ちゃんを助けた時に、やっとはっきり確認できたんだ」

「えー、助けなきゃ良かった」

「聖女様!」

晴子が抗議の声を上げるが無視する。

「っていうかストーカーじゃない。お巡りさん、この人です!」

乙輪は存在しない警察官に手を上げてアピールする。


「聖女様は子供の頃に記憶を取り戻したんですよね。それはなにがきっかけだったんですか?」

 輝夜の分が悪くなったのを見て、明子が口を挟んだ。

「うーん……」

 乙輪は顔をしかめる。

「面白い話じゃないのよ」と断ってから話した。

「伯母さんの旦那さんと子供が交通事故で亡くなったの。伯母さんは私が治癒の力を持っているのを知っていたから、生き返らせろって怒鳴りこんできたの。その様子があまりにも鬼気迫っていて恐ろしくてね。私は死んだ人を生き返らせることはできないから、それを知ったらまた大暴れしちゃって。それを見て、ショックを受けたのがきっかけで、前世の記憶を取り戻したってわけ」

軽い感じで語られた重い告白に衝撃を受けて、三人はしばらく反応できなかった。

「全然いい話じゃないな」

輝夜がようやく絞り出した言葉は鼻で笑われる。

「どんな話が出てくると思ったのよ。ネットでなんでも分かると思ったら大間違いよ。そんな感じでショッキングなことがあったうえに、急に別人の記憶が頭の中に流れ込んできたから、びっくりしたわね」

重い話を軽い口調で話す。

「聖女様も大変だったんですね」

「大変よ。私をなんだと思ってたの?」

「うーん、困難があっても上手に乗り越えているイメージだったので、そんな大変な経験をしているとは思いませんでした」

「こういうこと言いたくはないけど、大変な経験をしているからこそよ。魔王と闘う以外にも色んな経験をしているんだから」

「でも、この世界でも大変だったとは思いませんでした」

「記憶を取り戻してからはできる限り面倒ごとを避けるようにしているけどね。最近は誰かさんがことあるごとに巻き込もうとしてくるけど」

「悪いやつがいるもんだ」

乙輪の視線を輝夜は軽くかわす。


「産まれた時から前世の記憶を持っていればうまく立ち回れそうなものですけど、なんでそうなってないんでしょうか」

「それは脳が対応できないからじゃないかな」

明子の疑問に輝夜が答える。

「生まれたての赤ん坊の脳は非常に機能が限定されているんだ。とても成人女性の記憶を受け止められるほどの能力を持っていない。記憶を持って産まれたりしたら、すぐにパンクしちゃうだろうね。記憶をなくしちゃうぐらいならいいけど、脳に損傷を及ぼすかもしれない」

「ええー」

「人間の脳が完成するのは二十歳頃と言われている。つまり私たちもまだ成長途中なんだ。十歳前はまだまだ不安定な状態だから、幼少期に記憶を取り戻した乙は大変だったんじゃないかな」

「記憶が戻った直後は大変だったけど、欠損なんかはなかったと思う、訳分からないこと言いだしたから精密検査を受けさせられたけど、異常はなかったみたいだし」

「乙は治癒能力があるから、異常があっても自分で治していたのかもしれない」

「なるほどねー、その可能性はあるわね」

「さすが聖女様ですね」

「さすがなのかなー」

「さすがなんです。でもラノベでは、産まれた時から記憶を持っているパターンもありますよ」

「それはまぁお話の世界だからね」

晴子の指摘に輝夜は苦笑いする。

「異世界人の脳は私たちとは違うのかもしれない。それに異世界転生者はチート能力を持っていることが多いんだろう。脳も特殊な作りになっているんじゃないかな」

「なるほどです」

鮮やかな推理に感心して晴子は拍手し、明子もそれに倣った。


おしゃべりの時間の終わりを告げる予鈴が鳴った。


「ねぇ」

廊下に出た乙輪は輝夜に確認する。

「私に会って記憶が戻ったって本当?」

「ああ」

「恨んでない?」

前世の記憶を取り戻すことが幸せだとは限らない。

大きな力は、時に小さな幸せを壊す。

輝夜は探るような乙輪の顔をしばらく見つめた後で微笑んだ。

「君が一緒だから大丈夫だ」

乙輪は数秒かけてその言葉を飲み込んでから、笑みを返した。

「良かった」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ