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聖女と魔女  作者: 立青之
10/13

10話 聖女と魔女がシンガポールで密会する話


「聖女」は皆に尊敬され、大切にされ、神に祈りを捧げ、全てを慈しむような笑みを浮かべていればいい、そう思ってない?

でも実際は、教会の権威を一般大衆に信じ込ませるための象徴だった。

権力争いの種でもあった。聖女が味方なら「我に正義あり!」って主張できるから。

自分の陣営に引き込もうとする誘いは日常茶飯事だったし、それが叶わないのであれば排除しようとする輩も大勢いた。権謀術数蠢く教会や王宮の中を生き抜くには知力、体力、胆力が必要だった。

神に祈りを捧げて、日々心穏やかに過ごすなんて生活とは真逆だった。


私、無悪さかなし乙輪おとわの前世である聖女カタリナが命を狙われたのは、一度や二度じゃない。魔族と闘う前に、人間の悪意から逃れる必要があった。策略を見抜く目が必要だった。

おかげさまで、現代社会に異世界転生した今でも、前世での経験は生きている。聖女として皆の羨望を集めながらも、嫌がらせの一つも受けないのは理由がある。科学準備室でダラダラ過ごしている姿が私の全てだと思ったら大間違い。


だから、輝夜がハッカーである遠野出水に何かを調べさせていると聞いた時、頭の中で警告音がピコンと鳴った。

 出水は輝夜の世直し組の同士の一人だから、普段から様々な調べ物を頼まれている。

「でもこれはいつもの調べものではない」私の中の聖女カタリナが強く警告した。


「あの先輩に何を調べさせたの?」


思わず本気で訊いてしまった。現世でこんなに本気になったのは久しぶり。

普段は薄笑いの表情を崩さない輝夜が珍しく苦しい顔を見せたので意外に思う。前世では数多の命を奪ってきたらしい魔女がこの程度の圧力に屈するとは思えない。

なにか他の理由があるの?

そう、例えば……、隠れて友人の秘密を調べていた罪悪感とか?

さすがに私の思い上がり?


「君が神様だった時のことだよ」


輝夜は顔を逸らしたりはせず、私の顔を正面に見て答えた。

「ふうん」

瞳を覗き込む。眼鏡の向こうの黒い瞳。前世を合わせれば私よりも長生きの魔女の本音なんか見通せない。


じゃあ、どうやって信じる?


くるりと背中を向け、「……場所を移しましょう」と肩の力を抜く。真剣マジなのは私らしくない。

「……どこがいいかな?」

私の変化を感じ取ったのか、輝夜が少し安心したのが分かる。

そんなに簡単に許されたと思われるのは困るのだけど。優しくするのが早すぎた。やはり、乙輪はカタリナよりも緩い。


「お茶が飲めて落ち着いて話ができるところ」

でも、その緩さを受け入れて注文する。

「分かった」

輝夜は慇懃に頷くと、黒色の実験着を脱ぎ、宙で振るった。黒い円形が浮かび上がる。空間転移ゲート……らしい。原理は分からないが、離れた場所に移動できるらしい。どこでもドアみたいなもの。

「どうぞ」

輝夜や同士たちがゲートを使っているのを何度か見ていたけど、私は未経験だ。前世にはこんな魔法はなかった。あれば、あんな旅をしなくても良かったのに。

平気な顔を作りながら、ゲートに足を踏み入れてみせた。

ゲートをくぐるとそこはすぐに別の場所だった。

人気ひとけのない廊下。学校ではない。薄暗い中でも足元の感触などから全体的に調度が高級なのが分かる。気温はかなり低い。薄暗いのも電気が切れているのではなく、適度に照度が落とされているのだと分かる。

「ここはどこなの?」

 続いてゲートをくぐってきた輝夜に訊ねる。ゲートは輝夜が魔杖を振ると空中から消えた。

「シンガポールのホテル」

「シンガポール?なんでわざわざ?」

 ホテルであることは予想していたが、海外だとは思わなかった。

「日本のホテルにこの時間に制服で行くと面倒なことになるだろう。ここならそんな心配はいらないし、時差もほとんどないし、英語も通じる」

 もっともな理由ね。

「それに、私が知る限り、一番お茶が美味しい」

唐突にときめかしに来られた!そんなことじゃ、キュンってしないぞ!


廊下を歩き始めてから『初めての外国だ』と気づいた。パスポート持ってないけど大丈夫なのかしら。まぁ輝夜が魔法でなんとかするでしょ。しかし初めての海外旅行が、魔法になるとは思わなかった。

「魔法って便利ね」

「今更かい?」

呆れた声に前世のことを思い出しながら答える。

「私の世界の魔法は戦いに使うのが主で、日々の生活のために便利に使うって発想があまりなかったのよ。今から思えば不思議な話だけれど、魔王を倒すことが最優先の世界だったから、そんな使い方ばかりが広まったんでしょうね」

「攻撃に特化した魔法体系か。興味があるな」

「物騒ね」

輝夜は少し調子を取り戻してきたようだ。それともこれもまた演技かもしれない。

広い空間に出た。大勢の人が行き交っている。当たり前だが外人ばかりだ。日本人っぽい人もいるが、中国人や朝鮮人なのかもしれない。

物珍しいものや高級なものに囲まれているが、前世の記憶できょろきょろと見回したりしない方が良いのを知っている。横目で周囲を観察しながら、先を歩く輝夜について行く。

ソファが並べられた一角があった。輝夜は受付のようなところに立っていた制服の男に二人だと告げた。

窓際の席に案内される。その先に広がる青い空と海を見て、高層階にいることを知った。思わず雄大な光景に目を奪われる。

固めのソファに腰を下ろすと、畏まった店員がメニュー表を渡してくれた。

「ここは喫茶店なの?」

英語オンリーのページをめくりながら訊ねる。

「喫茶店と言うよりはラウンジだね」

「ああ、ラウンジってこういうところなのね。……ケーキも頼んで良いのかしら?」

「もちろん。ここのフルーツタルトは絶品だよ」

アフタヌーンティーもある!一回食べてみたいんだけど、ここで注文するのはさすがにがっつぎすぎよねぇ。

私が無難にケーキとコーヒーを選び終わると、輝夜は慣れた感じで注文した。


「さて、覚悟はいい?」

店員が立ち去ると脚を組んで輝夜を見据える。

「うん」

輝夜は居住まいを正す。

「なんで私の過去を調べていたの?」

回りくどい駆け引きはいらない。直球勝負だ。

「バレなければ良かったなんて思ってないでしょうね」

畳みかけると、輝夜は首を横に振った。

「ボクの愚かな行いに気が付いてくれて良かったよ。 ボクは君と友達でいたいんだ」

友達ね……。

輝夜は左右の手の五本の指の先と先を合わせ、開いたり閉じたりしながら、ぽつぽつと打ち明け始める。

「ずっと気になっていたんだ。子供の時に記憶を取り戻した君が、これまでをどうやって過ごしてきたのか。ボクは一年前に記憶を取り戻したけれど、まだエウラリアと輝夜のバランスがうまく取れているとは言えない。必死で隠しているけど、たまにとても不安定になるんだ。一方で君はとてもうまくやっているように見える。こういうのに馴染むのは成長してからよりも、認知能力が成長していない子供の時の方がいいのかもしれないけど、子供が急に前世の記憶を取り戻したら。それはそれでパニックになると思うんだ。頭の中にもう一人の人格が現れるんだからね。現れた方だってすぐに異世界転生なんてファンタジーを理解できるわけじゃない。しかも君は生まれながらに力を持っていたらしいじゃないか。前世の記憶に関係なくね。瀕死の者すら一瞬で完治させる治癒の力。強くはないけれども、とても大きな力だ。ボクがうまくカを使えるようになるためにも、君がどんな子供時代を送ってきたのか、どうやって力を制御できるようになったのかに興味があったんだ」

興味があるなら素直に訊きなさいよ、と思うが口にはしない。

「今までも君の名前で検索したことはあった。それは、力は関係なく目立っているクラスメイトを調べる程度の感覚でね。でも、特に過去に繋がるような結果は見つからなかった。だからそれ以上の調査はしていなかったんだけど、先日とても気になることがあった。 晴子ちゃんが君のことを神様だって言ったんだ」

「あったね」

「その時君はとても嫌そうな顔をしたんだ。今よりもよっぽど嫌そうな顔を」

ひえーと両の掌で顔を挟む。

「そんなに嫌そうな顔をしていた?」

「うん。いつもとは違う、本当に嫌そうな顔だった」

「ああー屈辱」

見知った仲とはいえ、そんなに感情を見せてしまうとは未熟!

「追い打ちをかけるようで悪いけど、それで思ったんだ。―――君は本当に神さまだったんじゃないかって」

「それでハッカー先輩に頼んだのね」

「ごめん」

輝夜は頭を下げる。

「……隠していたのを悪いとは思ってないわよ」

「もちろん、君は何も悪くない」

素直すぎて少々気味が悪いが、ここは謝罪の姿勢を受け入れて余裕を見せるところだろう。

「それで、何が分かったの?」

ハッカー先輩の実力はどれほどのものか?

「……十年ほど前に、北陸で新興宗教が詐欺と殺人の容疑で摘発された。そこで神として崇められていた者はどんな怪我や病気でも治すことができた。その神は幼女だった。名前は金子乙輪」

ハッカー先輩やるわね。心の中で眉をひそめる。

「報道には私の名前は出ていなかったはずだけど」

「ああ、未成年だったしね。でも、出水先輩は警察や裁判所のサーバーも調べてくれた。記者のパソコンとかもね」

「魔法みたいね」

立派な犯罪だけれども、それを指摘するなんて野暮なことはしない。

店員がコーヒーとケーキを運んできた。

コーヒーカップを口に運ぶ。

「にがっ」

テーブルの上に戻すと、角砂糖を二つとクリームを投入する。

「高級ホテルのコーヒーも苦いのね」

「コーヒーってそういうもんだろ」

「でも、あんたのよりは美味しいわ」

「インスタントと比べないでよ」


コーヒーとはそういうもの。

私はいつ、この黒い液体を美味しいと思うようになるのか?

味覚が死ねば、苦味を感じなくなるのだろうか?


「幼児の頃の私は前世の記憶を持っていなかった。ただ、力を持っていただけ。それを親に利用されていた」

舌に砂糖の甘味を感じながら昔話を始める。

「大変だったわね」

「子供だったからそんなふうには思わなかったわ。ただ、親に言われたようにしていただけよ」

多くの子供と同じように、親は絶対的な存在だった。疑うこともなかった。

あれから十年も経つのか。当時のことを深く考えることはなかった。それとも考えないようにしていたのか。どっちだ?

「私にとって治癒の力を持っているのは当たり前。でも他の人はそんな力を持っていない。だから私は特別で、神様なんだって親に言われて、周りの人にも言われて、それが当たり前なんだって思ってた。だから、何の疑問も持たずに目の前に来た人を治して、ちやほやされていただけ。今思えば閉ざされた部屋の中でテレビもゲームもなくて、子供の友達もいなくて、悲惨な子供時代たったけど、それが当たり前だって思ってた」

「洗脳みたいなこと?」

「そうね。私は毎日ありがたい神様として人を治癒しているだけだったけど、大人たちはそうもいかなかったみたいね。教団の規模が大きくなれば、色んな人が集まり、欲も大きくなり、諍いが起こる。そのうち殺人まで犯すようになった、っていうのは私も後から知ったことよ。調べたなら知っているだろうけど、父も母も今は刑務所。私は伯母さんに引き取られて、苗字を変えて引っ越したの」

「その頃に前世の記憶を取り戻したのか?」

「ええ。あんたが言うようにパニック状態だったけど、両親は逮捕されるし、教団は解体されるしで大変だったから、どっちが原因でパニックになったのか分からないわ。でもパニックはそんなに長くは続かなかった。乙輪はね、さっき話した通り産まれた時からずっと洗脳されていたようなものだったから、そもそもそんなに自我がなかったのよ。だからすぐにカタリナが入れ替わった。カタリナはカタリナでパニックだったけど、魔王と闘っていたからね、修羅場には慣れていた」

ケーキを一口食べて、甘いコーヒーを一口飲む。

「どう?参考になった?」

「残念ながら。君とボクでは状況が違いすぎる」

輝夜は肩をすくめる。

「残念ショー」

ケーキは美味しいけれども、期待していたほどの味ではなかった。

「報告書、私にも見せて」

「ああ」

「それから、これからは知りたいことがあるならまずは私に訊いて。友達なんでしょ」

「分かった」

輝夜は心底ほっとした顔をした。そんな顔もできるのね。それも演技かもしれないけど、今は信じてあげよう。

「ということでこの話はおしまい。この素晴らしい景色とケーキとコーヒーの美味しさに免じて許してあげるわ」

「ありがとう」

神妙に頭を下げる姿は魔女っぽくない。じゃあ、友達のご機嫌を取っている女子高生っぽいのだろうか?わざわざシンガポールまで来て?それってどうなの!?

「じゃあ、お茶は終わりにして遊びに行きましょ。マーライオンが見たいな。あんたたちっていつもこんなところでバカンスを楽しんでいるの?」

「ここに連れてきたのは乙が初めてだよ」

少しキザったらしく言ってくる。

「やったね」

ティーカップを優雅に持ち上げながら、ウインクをプレゼントした。


「ところで私はシンガポール観光をしても構わないのだけど……」

「まだ何かあるの?」

「何とか言う役者の怪我を治しに行くんんじゃなかったのかい?」

「そうだ!」

勢いよく立ち上がった。テーブルががたんと鳴った。

「こんなことしている場合じゃない!病院に行くわよ」

シンガポール観光はいつだってできる!でも今は「星座になりたい」が最重要事項だ!

苦笑する輝夜を追い立てて、日本へ舞い戻ったのだった。


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