四神殺校 序章
4年間くらい温めてた作品です。長いですが、頑張ったのでぜひ読んでみてください。次の章も頑張ります。
⚠️閲覧注意⚠️
暴力表現
血流表現
素人レベルの医学に関する知識(グーグル先生に聞きました)
死
子供の頃に大人に「子供ってどうやってできるの?」と聞いて、大人を困らせたことがある人がいると思う…多分。確か、僕は聞いたことなかった気がする。妹が産まれた時に分かったから。知りたくなかったけど…でも、その状況の逆はどう?大人に「将来の夢ってなに?」と聞かれたことはあるだろうか?僕は耳にタコが生えるくらい聞かれた。でも、小学校時代の僕にそれを聞いたら、僕は「分かんない。」とばかり言って、大人たちを困らせた。
今の時代の小学生はゲームをやってる子が多いらしいけど、僕らの時代は外に出て虫取り、サッカーやなぜか好きな女の子をいじめる子が多かった。僕も、もちろんサッカーを遊んだりしたけど、妹が産まれてからは母親に注目されるために家事を手伝ったり、勉強していい点数取ろうと必死だった。正直に言うと、妹のことは苦手だった。兄弟や姉妹の人なら感じたことがあると思う。弟や妹が産まれた時は、両親が忙しくなって自分に構う時間がなくなる。大人になるとその理由はわかるけど、子供の頃は構ってくれないことに苛立ってその怒りが弟や妹に行くことが多い…と思う。僕の場合はそうだった。僕は妹に対して暴力を振るうことはなかったけど、いつも無視してた。母親がいつも妹に付きっきりだったのが嫌だった。でも、母親は妹には付きっきりでいなきゃいけない理由があった。妹は不治の病で昔から体が弱かった。それはもう立てないくらいの重傷で、薬とかで症状は抑えているけど25歳を越せるか分からないって医者に言われていた。もちろん僕もこのことを知っているけど、嫉妬の感情はそう簡単に消えない。遊ぼうと誘われることがあってもなんか言い訳をつけて断っていた。
ーーーー
『さて、小学生の将来の夢ランキング男子の部門1位は………』
_太鼓_
『スポーツ選手です!』
_歓声_
『あ!俺と同じだ!』
『俺も!』
『はい、スポーツ選手は17年連続で一位となっています。』
『あーだからか!』
『え?!恐竜とかじゃねぇの?!』
『恐竜は5歳までだろ!』
_笑い声_
「夢かぁ……」
なんでこの番組つけたんだろう…母さんも妹もいない今日は久々に粘土で何か作ろうと思っていたのだが、なんかやる気が出なくなってしまった。音をつけたら何かできると思ってテレビをつけたものの、余計何もしたくなくなった。できたのはウサギと鳥を混ぜたような変な生き物だった。テレビも段々と雑音にしか聞こえなくて消した。せっかくの休日なのに番組のせいで学校の宿題を思い出してしまった。「将来の夢について作文を書こう!」っていう名前だっけ……嘘でもいいの思いつかないし、「わからないです。」ってだけ書いとこっかな。
!ーーープルルルルルーーー!
電話の音、きっと母さんだ。
-ガチャ-
『もしもし?繋がってる?あ、繋がってるみたい。』
『卯月、水無月が忘れ物しちゃったらしくって、あの子の部屋に日記帳があるはずだから病院まで届けてちょうだい。勉強机の上にあるはずよ。病院もすぐ近くだから5分で着くし、お願いね。あ、あと、今日はちょっと残業で遅くなりそうだから冷蔵庫の食べ物好きなも温めて食べてね。食べる前に果物を一個食べるように、明日は一緒に夕飯を食べれるはずだから今日は我慢してね。ついでにお父さんのお供物を変えておいてね。炊飯器でご飯炊いておいたから、じゃあ切るよ。』
-ツーツーツーツー-
なんだ、おつかいか。心のどこかで何かを期待していたけど、何を期待していたのかは分からない。何を期待していたのだろう。えーっと、今言われたことは…「日記」「供物」「夕飯」だった。供物が一番忘れそうだから先にやろう。母さんは毎日ご飯を炊くようにしている。残業になった時にインスタントばかり食べて欲しくないかららしい。あとは、毎日父親の供物を入れ替えれるようにするためだった。父親のことをあまり知らない。知っているのは交通事故で亡くなったこと、そして母親によると自分と妹を本当に愛していたこと。いつも、いつも忘れないように教えてくれた。でも、自分は実際に父親に会って話したことがないからどう思えばいいかよく分からない。なんというか、遠い親戚みたいな存在。自分は父親をそれくらいにしか思えないが、母さんは父親に会ったことがあるし、父親のことを愛していた。だから、母さんのためにも毎日供物を入れ替えてお祈りをしている。リビングの端にある仏壇から供物台を取り、炊飯器から一掬い…は不吉らしいから1.5掬い。供物台を仏壇に戻して、目的もなく祈りを捧げる。
次は、なんだっけ?確か…「日記」と「夕飯」だった。夕飯は数時間後の話だから、次は日記か。妹の机にあるノートはなんなのかって思っていたら、そういうことか。表紙に「日記」とか書いてないし、学校とかで使うノートだし、すごいボロボロだったからキレてノートに怒りをぶつけているのだと思っていた。小さなアパートに住んでいる僕達は部屋数も少ないことから妹と部屋が同じだ。その上に二段ベットで嫌でも妹と24時間一緒だ。でも、妹は体が弱くて階段を登れないから僕が上の段だっていうことはちょっとした幸せ。妹の机の上にある日記を持ってさっさと部屋を後にした。考えてみれば、妹が日記を忘れるなんて変だな。僕と妹は二人揃って忘れ物が多いタイプだけど、日記や好きな本は絶対に忘れないタイプだ。急いでいるわけでもなかったし…まっ、大切なものでも忘れることくらいあるか。僕は、鍵とキッズ携帯だけ持ってアパートからもさっさと出た。
その日はよく晴れていた。雲は何個かあるけど、完全に無いより何個かある方が安心感がある。でも、永遠の謎である変な鳥の鳴き声は正直止んでほしいと思う。あれ何の鳥なんだろ…僕たちが住むこの町は田舎という一言で片付けるのが難しい場所だ。大量の田んぼ、謎の鳥の鳴き声、精米所…あと夜に鳴き続けるカエル達…最後のが1番嫌だ。でも、無理矢理都会にしようとしたのかなんなのかレストランやアパートもある程度建っていて、道路も整備されている部分が多い。建物自体は多い方なのだが、やる事が極端に少ない。だから小学生の僕らには公園と学校のグラウンドくらいしか遊び場がない。途中で公園を通ったが、今日も大量の人がいた。
そんなことを考えていたらもう病院だ。顔見知りの患者たちと看護師さんに軽く挨拶だけして、エレベーターで3階まで上がった。エレベーターの中にはもう一人知らない患者さんがいて怖かった。なぜかは分からない、自分の中でもしかしたら背中を刺されるかもしれない、年寄りさんだしそんな力ないはずなのに殺される妄想が自分の中で膨らむ。これを被害妄想というのだろうか。でも、時間は過ぎるからすぐに出れた。さっきの人が追いかけてくることはないはずなのに勝手に早歩きになった自分はおかしい気がする。
卯月「朱雀…朱雀…」
エレベーターから降りた時に逃げたせいで部屋の場所の見失ってしまった。
卯月「あった。」
部屋を開くと、いつも通りに妹がいた。真っ白のはずの部屋に自分好みの水色の枕やぬいぐるみに囲まれて寝ることもなくただただボーッとしていた。
卯月「水無月、日記。」
水無月「あ、ありがとお。」
卯月「ん。」
僕は日記を隣のテーブルに置いて、そのままドアへ直行した。これ以上居座る理由もないし、家に戻りたかった。
水無月「桜、見に行きたいな。」
引き留めるかのように、妹が突然言い出した。
水無月「連れてってよ。」
「病院の庭にあるからさ。」
妹はきっと分かっていたのだと思う、僕が妹を嫌っていること。だって今までは誘うだけで強引には言われた事はなかった。空気を読んで、僕が部屋にいるときは妹はリビングに動く。母親がいない日は火を使わなくても作れる料理を早めに作ってテレビを見ながら、会話をせずに食べる。だから「連れてってよ。」のようなわがままを聞くのは初めてだ。何が変わったのだろう。
卯月「明日は母さんが来ると思うからその時に連れてってもらいな。」
水無月「やだ、待ちたくない。」
「お兄ちゃんが連れてってよ。」
正直、びっくりした。いつもの妹は静かで、無理だと分かったら強引にやらせることはなかった。なのに今の妹ははっきりと桜を見に行きたいと言っている。何かが吹っ切れたのだろうか。
水無月「今度テレビで妓紗組の放送してたら譲るから。」
この前放送していた時に妹が見たい番組と被って母親に譲るように言われた時のことか…あの時の妹はなんだか後味が悪そうな表情を浮かべていたのをよく覚えている。
卯月「あんまり長くはいれないから早く終わらせて、」
妹は許諾されるとは思っていなかったのか、目が少女漫画のようにでかくなって、瞳は宇宙の星が全部詰められているようにキラキラ輝いた。
水無月「うん!」
妹を車椅子に乗せてなんとか中庭まで押した。車椅子は本当に思うより操作が難しくって、曲がったりするときは体中の力を全部入れなきゃいけない。あまり運動をしていないことは原因ではないはずだ。
病院の中庭は、心を安らがせるためなのか植物がたくさん植えられている。その中でも1番目立つのがでっかい桜の木だ。
水無月「すっごい綺麗!!」
「お兄ちゃんもそう思わない?」
卯月「いやまぁ、毎年来てるからそんなに大袈裟な事ではないけど。」
妹は季節の境目によく体調を崩すからほぼ毎年桜を見に来ている。初めて来たときは驚いたものの、毎年来ているとその感動は薄れる。でも、妹は何年経っても初めて見たかのように喜ぶ。
水無月「ねぇねぇ、もうちょい近く行こうよ!」
卯月「はいはい。」
ここまで押すのだけでも一苦労なのに…
水無月「こういう景色って大人になると見れなくなるから今のうちに楽しむのが一番だよ。」
今日の妹は何だか様子はおかしい、いつも本を読んでるから内容を真に受けてしまって少し悲しい状態なのだろうか?でも、妹はどちらかといえばポジティブなタイプだからそこまで印象を受けないはずなのになー…
水無月「卯月ってお父さんのこと知ってた?」
卯月「え?」
唐突な質問につい言葉を失ってしまった。父親のことはもちろん知ってはいるけど、多分思い出などのことを聞いているよな?思い出…思い出…聞かれたものだから答えたいけど、僕はなに一つ覚えてないから答えが出せない。父親は僕が2歳の時に亡くなったわけだからそもそもその年齢の記憶がなに一つない。
水無月「お母さんが持ってるビデオテープを見ているとお兄ちゃんと二人で写ってるのたくさんあったよ。」
「初めての子宝だったから相当可愛がっていたよ。」
「お母さんもビデオの中だといつも笑ってたよ。」
卯月「そりゃあカメラの前だと笑うだろ。」
水無月「違う違う、そう言うことじゃなくてね?」
今ので少し妹を笑わせられたみたいだ。わざとじゃなかったけど…
水無月「で?何か知ってる?」
卯月「いーや、亡くなったときは2歳くらいだったし流石に覚えてないよ。」
水無月「そっかー…残念。」
会話の終わりを感じたから、妹の車椅子から手を離して他のところを散歩しようと思った。その間に、妹は桜の幹を触ってみたそうに手を伸ばしていた。きっと届かないのだろう。自分より少し高いくらいの位置にある桜の幹を掴んで折れないようにゆっくりと妹の手元に持っていった。満足したかのように笑っていたからそのまま離れようとすると、また「ねね、」って聞こえた。
水無月「もう4月だね。」
「卯月の月だね。」
卯月「え、うんまぁ。」
水無月「ねね、私たちの名前ってどんな意味が込められてると思う?」
卯月「さぁ、母さんに聞く暇ないし。」
水無月「え、じゃあ四年生にやる自分の名前の意味をインタビューする宿題どうしたの?」
卯月「『4月の花のように咲き誇れ』って書いた。」
「水無月も六月の特徴を適当に書けばなんとかなるよ。」
水無月「いーや、私は名前の意味分かったから大丈夫。」
卯月「へぇ、母さんに聞けたん?」
水無月「うぅん。」
水無月は自分のジャケットからさっきの日記とそっくりなノートを取り出した。
水無月「これ、お父さんの日記。」
差し出してきたので、受け取ってゆっくりとページを捲ってみた。小さいけどガッシリとした文字がノートいっぱいに書かれていた。そもそも、父親が日記を持っている事すら知らなかった。ずっと、ビデオでしか父親のことを理解できないと思った。でも、あったんだ。他にも父親が残したものが…誰かが生きていたと言われても、実際に見ない場合は少し遠い感じがする。例えば、先祖の話や遠い親戚の話。生きていたことはわかっているが、なかなか心ではつながれない、そんな関係性。僕は、先祖や親戚ならそんな関係でいいと思ってるけど、自分の父親のことはそんなふうに思いたくなかった。でも、仕方のないことだった。だって物心ついた頃からもういなかったし、それに多分これからもそういう関係だと思う。だけど、少しでも父親が生きていたという気持ちに近づけると思えば嬉しい。嬉しい。
水無月「春の大掃除をしていた時に見つけたんだ。」
「本当は退院してから読む予定だったんだけど、自分の日記と間違えて持って行っちゃった。」
卯月「この中に名前のことがなんか書いてあるのか?」
水無月「うん、最初の方に卯月の名前書いてあるよ。ページは忘れたけど、」
最初のページをめくってなん枚か進んだところで自分の名前が一瞬見えた。
「4月12日
今日は俺も睦月も仕事が休みだったから、座って子供の名前を考えることにした。俺の和佳 と睦月を合わせる案があったが、どうもうまくいかなかった。だから、睦月のように和風月名から名づけることに決まった。二人でブレインストームをした結果、『卯月』と言う名前に決まった。込められた意味は、春という季節、そして4月だということで、『たくさんの人と出会い、出会いのきっかけをたくさん作り、自分と周りを変えれる人になってほしい』ということだ。我ながらいい名前がつけれたと思う。明日は子供の性別がわかる日だが、正直どっちでもいい。ただ、元気に生まれてきてほしい。」
自分が考えた意味よりも全然綺麗で、素敵な意味だった。自分では絶対に考えられなかった…でも、自分に合う名前ではない気がした。あまり話さないようにしてるから人と出会うことはないし、繋がりが少ないから誰かの出会いのきっかけになったことがない、自分のことも、周りのことも、変えたことがない。
水無月「ちなみに、私は6月ということで、『活発で、周りを綺麗な晴れにする元気な子に育ってほしい』らしいよ!」
「私はもう10回くらい読んだから今だけお兄ちゃんに貸してあげるね。」
妹の名前はよく合う、元気だし、活発だし、周りも元気にする。自分の嫉妬は、きっとこういうところからも来ているのだと思った。
父親の日記は本当に普通な感じの日記だった。その日に起きたことをずらぁ〜っと何行も書いてある。流石に毎日書いてるわけではなかったけど、1日分のページは文字がいつもギリギリ詰めたような字面で、まるで1ページだと書きたいものが書ききれないと言っているようだった。でも、父親の日記には苦手な言葉がちらほらと見つけた。その言葉は、「夢」。なんで、右に行っても左に行っても宇宙に逃げても「夢」という言葉がついてくるのだろうか。でも、僕は一人じゃないみたい、父親も自分の夢がわからなかったみたい。最初のページから自分の夢が分からないと書いていた。そして、水無月が生まれて、病気が判明した時に自分の夢が分かったと書いていた。その夢は、「家族を守りたい」とのことだった。…素敵な夢だった…純粋で綺麗な夢だった。絶対に叶うことない夢。それでも、自分の夢は家族を守ることだって言えた父親が羨ましい。そもそも、自分もそろそろ夢を考えないといけない年齢なのか?中学校はまだしも、高校は将来の夢をもとに考えるからたとえ叶わなくても夢があった方がいいかもしれない。でも、適当には決めたくない。自分や周りの利益になるような夢を持って生きたいかもしれない。じゃあどうしよう…
日記を閉じて、妹を探してみることにした。まだ桜の木の下で落ちた桜の花を自分の髪の毛に着飾って遊んでいる。
水無月「じゃあ、そろそろ帰ろ。」
卯月「あ、うん。」
妹を病室に戻してから家に戻ることにした。外は家を出た時とあまり変わってなかった。公園にはまだ人がいたし、空もまだ青い。でも、雲がない所為なのか、日差しが眩しく感じる。
家に帰ってからは、母さんからの電話で言われた「夕食」の準備をすることにした。少し早いけど、今準備して後で温めれば好きな時に食べられるから効率的な気がした。今日の夕飯は、冷蔵庫にあった納豆と炊飯器のご飯、あとは母さんが言ってた果物にはりんごを食べることにした。魚や肉などのタンパク質(?)を食べた方がバランスいいかもしれないけど、母さんは今日いないから好きにしたかった。
夕食の準備も終わったことで、やる気があるうちに宿題の作文を終わらすことにした。「将来の夢について作文を書こう!」父親の日記を読んだあとだから謎に書ける気がした。「家族を守りたい」…か。自分個人としての夢は何も思いつかない。趣味も、友達もあまりいない。お父さんの夢が羨ましい。なら、誰かの夢を受け継いでみれば?父さんは自分の夢を叶えられなかった。僕は夢が思いつかない。じゃあ、僕が父さんの夢を受け継げばお父さんは自分の夢を叶えてもらえて、自分は夢が手に入る。道徳的にはいい考えではないだろうけど、自分は夢を知りたい。夢を叶えようと頑張る感覚を味わってみたい。
うん、そうしよう。僕の夢は「家族を守りたい」だ。
でも、それならもっと細かい夢が欲しいかも…「家族を守りたい」だと、どう守ればいいかわからない。守る…守る…
家族を守るとしたら、最初に考えるのは妹じゃないかな…妹が抱えてる病気は不治の病、ゆっくりと治療法はできてきているらしいけど、難しくて少しリスキーな手術での治療らしくて上級の医師でも成功できるかがあやふやらしい。知りもしない人に妹の生死を任せられるだろうか?できるものなら自分の手で治したいと思ってしまう。自分の手で…
何かにハッとしたのかそこからは手がすらすらと動き始めた。そして書けたのが、
「僕の夢は、家族を守ることです。」
「そのためには、僕は医者になって妹の病気を治して、妹を死から守ります。」
まさか、父親の日記を読むという小さなことが自分の夢を決めるきっかけになるとは思っても見なかった。どんな小さなことでも大きな夢につながるんだなと思った。
どんな小さなことでも大きな夢につながる。
どんな小さな不運でも大きな災難につながる。
どんな小さな夢でも大きな終わりにつながる。
単なる夢でここまで来れるとは、人間ってのは不思議な生き物だ。
[6年後]
卯月「ほんっとうにこれで大丈夫なんだよね?」
睦月「大丈夫って、5回くらい言ったでしょ?飛行機に乗ったことのある親戚に聞いたんだから、」
広くはないけど、狭くはない。そんな空港に僕はいる。僕は先月、日本で有名な私立立無高校の医学部に受かった。立無高校は大昔からある東京の高校で、よくある美術部門から専門学校でしか無いようなパティシエ部門まで、幅広い部門を設けていて毎年の倍率は酷いことになる。それでも、自分は入れたんだ。しかも一番人気な医学部に、受験では優等生として認められ費用を少し免除してもらえたし、学費は祖母たちが払うと言ってくれて家への負担も少なく、ここまで運がいいと逆に何か酷いことが起きるのではないかと少し怖くなる。
今日は、ついに校舎に向かう日だ。さっきは東京の高校と説明したが、3年前くらいに話題となっている人口島に移されたんだ。だから、今から飛行機でまず東京に向かってから、立無高校行きの飛行機に乗って一っ飛び(!)なんだけど、飛行機なんて初めてだし、そもそも家から離れて暮らすのも初めてだから緊張している。学問に力を入れている学校だから仕方ないとはいえ、三年間ずっと寮で暮らすのは少し気が引ける。それに、高校で友達ができない場合、自分はどうすればいいのだろうか?いくら手紙(電話やメールは禁止されている)でやり取りができても、自分は最終的に孤立してしまう。医者になるために入学してるけど、せめて友達が1人は欲しい…
水無月「お兄ちゃん、またボーッとしてるよ。」
卯月「え?あ、ごめん。」
せっかく水無月も松葉杖を引っ張り出して見送りにきてくれたのに、さっきから自分の世界に入ることが多すぎる。もう少し集中できるような人間なら、推薦で受かってたかもしれないのにな…と、考え事をしている時に、そっと肩に手が乗る感覚がした。
睦月「卯月」
卯月「あ、うん。」
睦月「難しく考えないで、高校は青春の時とかいうでしょ?学問とかももちろん大事だし、卯月が医者になりたいのも分かってる。でも、それと同じくらい人脈も大事だから。落ち着いて、誰かに会ってみたらまずは容姿を褒めてみて。」
卯月「わ、分かった…」
少し目を逸らしながらそう言うと、母さんは困ったようにため息をついて、肩を離した。母さんには悪いけど、そういう言葉は自分にはどうしても響かない。言葉は理解できるんだけど、心に火が付くようなことはなくて、なんとなくしている時の方がやる気が出る。でも、そういう言葉をかけてくれるのは嬉しい。なんて自己中なんだろう…
水無月「東京までの飛行機で一時間、立無高校行きの飛行機が来るまで2時間、そこから立無高校まで四・五時間くらいだから、8時間後には着いてるんだよね?」
卯月「うん、それくらいには着いてると思う。」
水無月「手紙百通送るから待っててね♡」
卯月「やめて?」
急に話し出すかと思えばこれか…きっと、妹なりの慰めな言葉なのだろうか?しんみりしてた雰囲気からは脱出できたからいいけど、急だな…
睦月「じゃあ、卯月はそろそろ行かなきゃね。」
卯月「ほんとだ。」
床に置いていたバックを拾って、忘れ物がないかを再確認する。スーツケースはもうカウンターで預けたし、バックの中身は5回くらい確認した。ポケットのスマホと家族写真も大丈夫。ペンダントもしっかり付けてあるから忘れ物はないと思う、
卯月「えーっと…それなら、バイバイ?」
水無月「バイバーイ!」
睦月「何かあったらすぐに手紙送りなさいよー!」
水無月「彼女ができたら報告してねー!」
いい感じに手を振りながら保安検査の方向へと歩いて行った。家族の割にはあっさりとした別れかもしれないけど、これくらいがいいのかもしれない。
地元の空港から東京までの飛行機は大丈夫だった。運良く隣には誰も座らなかったし、音楽を聴いていたらすぐに目的地に着いた。乗り降りの渋滞は体がぎゅうぎゅう詰めで息の仕方を忘れかけたけど、他が大丈夫だったから目を瞑っておこう。次の飛行機まで残り2時間、学校の人たちにあげるお土産とか買った方がいいのか?いや、昼食を先に買ったほうがいいかな?どちらにせよ店が並んでる場所に向かったほうがいいか。
卯月「広い空港だな。」
地元の空港とは比べ物にならないくらいの広さだ。きっと地元の空港を建てた人がこれを見たら泣いてしまうくらいに。近くに地図とかはないだろうか?どの店に何が売ってあるかうまくわからないし、人が多い店はできたら避けたい。行く当ても分からずなんとな〜く歩き回ってると、後ろから声がした。
???「あのー?」
1回目は別の人を呼んでいると思って返事をしなかった。
???「あのー!」
2回目は肩を叩かれて自分を呼んでいることに気づいた。
卯月「あ、エ?はい?」
振り返ると、自分と同い年くらいの黒髪ツインテールの少女が立っていた。
???「これ、落としましたよ。」
そう言って差し出されたのはいつも首にかけている水色のペンダントだった。急いで首辺りを触ってみると確かにあるはずのチェーンがない。ストレスを感じると無意識に触ってしまうから引っ張って落としてしまったのだろう。
卯月「あ、ありがとうございます。」
必死にお礼をしてペンダントを受け取ると少女は「いえいえ〜」と軽そうに返事をした。あちゃ〜、チェーンが壊れてる。今度買い直さなきゃ…ペンダントをバックの中に詰め込んでいると、「あ、そうだ!」という声が聞こえた。
???「ちょっと迷子になった人探してるんだけど、特徴言うから見たか教えて貰える?」
卯月「あ、いいですよ。」
???「あのねー、身長が高くて、なんかゴスとかが好きそうで、カエルと話してそうな人!」
え?いや、そんな人逆に迷子になります?うーん、そんなに目立つような人は見てないはずだけどな…記憶を蘇らせながら辺りを見ていると、お土産屋らしきところでカエルのぬいぐるみを抱えている青髪 の男が見えた。
卯月「あの人ですか?」
手で示しながら言うと、「あ!いた!」と言って走り出した。2人とも服装がモノトーンだったから兄弟なのか?それともただの仲良い友達?あれが東京の原宿スタイルってやつなのかな?なんにせよ、地元ではあまり見ないような人達だ。高校に行ったらあぁいう人たちがいるのかな?それは少し気になるかも。
そういえば、何してたんだっけ。あ、そうだ昼食…あとお土産。気づいたら搭乗時間っていう可能性もあるし早く行こう。
自分が予想した通り気づいたら搭乗時間になっていた。待合室は立無高校行きの高校生たちで溢れかえっており、この先の高校生活のためにも話しかけたほうがいいのかと思ったが、怖くなって逃げるように飛行機に乗ってしまった。でも大丈夫、自分の席は窓際で右側に2人座るからその人たちと仲良くなればいい…と、オモイタイ
と言っても、自分は割と最初の方に乗ってしまったからきっと隣の2人が来るまでしばらく時間があるだろう。そういえば全然寝れてなかったな。いっそのことこのまま寝てしまおうかな?いや、隣の2人と仲良くなったほうがいいのでは、でも友達ならクラス分けしてからでもいいしな…意識をコロコロさせながら眠りにつきそうになった時に、聞き覚えのある声が聞こえた。
???「あ!さっきの!」
ペンダントを返してくれた少女だ。そしてその隣には…あ、カエルの人。え?もしかしてこの2人が隣?
卯月「ど、どうも…」
???「君も立無高校行きだったんだね!」
卯月「あ、はい。」
???「さっきはありがとね!」
少女はワクワクした素振りで自分の隣に座った。やっぱり隣はこの人達みたいだ。フレンドリーそうだし、話しかけてもいいかな?自分から見たら、目の前の少女は話したそうだけど、読み間違えてたらやだな…男の方は荷物を片付けてるみたいだし、2人とも座ったら話すのが正解なのか?いや、でも仲良さそうだから落ち着いたら2人だけで話し始めそうだな。ただただ座ってても何も始まらないし、せめて一言だけでも…
卯月「あ、あの。」
???「ん?」
卯月「前髪、綺麗に切り揃えられてますね。」
絶対間違えた。絶対容姿褒めるってそういうことじゃない。冷静に考えたらそうなのに、話したほうがいいのかと焦って変なこと言ってしまった。終わった…
???「えー!どうも!よぐ気づいだね、実は昨日切り揃えだばっかなんだ!流行りの前髪にするべど切ったんだばって、切りすぎでねが心配であったんだよね!」
卯月「ん?ん、」
???「ほんにこの飛行場広ぇよねー!助のごど見失った時たげ焦ったす、ってが地図ってあったでがぇパネルさ書いであるの?地元だど地図すら無ぇじゃ。あ、もすかすて君はこった都会さ住んでらの?すごぇね、あった小難すそうな地図読めるんだべな?わも都会で生まぃだがったな。あ、えがったら読み方すかへでぐれね?ほら、高校でがぇみだいだすさ、あったで難すい地図どがありそうべな。ばって、嫌だばいじゃ!押す付げでねはんでね!」
卯月「え?あ、ん?う…うん、?」
話すのはっや、ってか今の方言?え、どうしよう…方言は祖母が話してるものしか分からないよ。今、なんて言ってたの?地図?地図って言ってたよね、
卯月「あー、地図全然見つけられませんでしたよね、空港。」
???「え?」
卯月「ん?」
もしかして違う?地図じゃなかった。あ、チーズ?もしかしてチーズって言ったの?
¿¿¿「清、方言。」
清「あ!」
¿¿¿「あと早すぎてなんて言ってるか分かってなさそうだぞ。」
清「あー!ごめんごめん!練習はしてるんだけど、嬉しい時とか勝手に方言に切り替わっちゃうんだよね!」
卯月「いえ、大丈夫です。こちらこそ適当な返事をしてすみません。」
わざわざ話し方を変えてくれてるのか、優しいな。高校色んなところから色んな人が来るから、自分も方言が聞き取れるようにしたほうがいいのかな。
清「自己紹介してなかったよね、私は玄武清。きよちゃんって呼んでいいよ!」
卯月「あ、卯月です。」
きよちゃん?本当にそう呼んでもいいのかな…念の為に清さんって呼んでおこう。清さんはカエルの人を指して「で、あっちは」と言い、
助「俺は助、青龍助。」
と、カエルの人…いや、助さん(?)が自己紹介した。「清」と「助」、覚えられるかな…せっかく仲良く知ろうとしてくれてるのに名前を覚えないのは失礼だよな。清は聞いたことあるけど、助ってあまり聞かない名前だな。〇〇助とかの助なのか?助さん、慣れてそうだな。清さんが方言話し始めた時もすぐに言い出してたし、
卯月「お二人は、長い付き合いなのですか?」
助「いーや、」
清「今日会ったばっかだよ。」
卯月「ゑ?」
助「なーに今の声?そんなびっくりするようなことかー?」
卯月「え、でも服…」
清「それはたまたまだよ。」
卯月「方言が『出た』時の対応も…」
助「1回目で慣れた。」
卯月「えー…」
会話ができる人たちはみんなこんな感じなのか?対応力が恐ろしい…っていうか、もしかしてこの人たちっていわゆる「陽キャ」?話をたくさんする人は好きだけど、自分から会話に乗ることできるかな…清さんは一方的に話を進めることが多そうだし、言葉をしっかり聞き取れば楽な会話ができそう。助さんはどうだろう…一対一で話をしたことないから分からないけど、清さんほどたくさん話すタイプではなさそうだな。
助「卯月、だっけ?」
卯月「あ、はい。」
助「卯月はどっちの部門で入ったんだ?」
卯月「あ、僕は医学部門で入りました。」
助「え?」
え?僕また何か間違えた?部門って聞いてきたよね?専用部門の話じゃないの?部門って医学とか運動とかの話だよね?違かったっけ、部と部門に分かれてるの?それとも僕が入った部門って医学って名前じゃなかった?どうしようなんて名前だっけどこを読み間違えたんだろう部門ってなんのことだっけ変な人だと思われたくないどうしよう
清「私は看護部門で入ったよ!」
助「え?」
清「さっきからどうしたの?その反応。」
助「部門って運動と普通以外あるん?」
卯月「え?」
清「え?」
清「運動と普通以外あるのって、たくさんの部門があることが最大の魅力じゃないの?」
助「へぇー、そうだったんだ。」
卯月「逆に何でここを選んだのですか?」
助「割となんとなく。」
清「なんとなくでこんな倍率の高い学校に入れるなんて…ある意味才能ね。」
卯月「その能力分けてほしいです…」
『皆さま、今日も日本航空000便、立無高校行をご利用くださいましてありがとうございますこの便の………まもなく出発いたします。シートベルトを………それでは、ごゆっくりおくつろぎください。』
清さん達と話してるとだんだんと眠くなってきた。人酔いって言えばいいのだろうか?体力がすぐになくなる。失礼かもしれないけど、正直眠くて仕方がない。入学式で寝たくないし、こうしたほうがいい気がする。でも、清さん達に話すのが嫌だったって思われたくない。自分の特性だって説明したほうがいいのか?いや、それには早すぎるんじゃ…とりあえず、眠くなりやすいみたいなことを言っておこう。
卯月「あ、僕ちょっと疲れてるので寝ていてもいいですか。」
助「いや、いいですか?って、逆にダメっていうやついるのか?」
清「私たちは気にしないからいいよ。」
卯月「あの、別に話すのが嫌ってわけじゃなくて…えっと、人と話してると体力を使うっていうか。スプーンを使うところが違うといいうか、」
清「スプーン?」
助「清が走ると疲れるように卯月も話すと体力を使って疲れるってこと。」
清「あー!そういうことね!分かったよ、ゆっくり休んでてね!」
小さく「ありがとうございます」と呟くと、助さんが手でグッドサインを出してくれた。安心したおかげなのか、頭を背もたれによりかけると少しずつ意識が遠のいていく感覚がする。助さんから「このシートベルトどうやって付けんだ?」という声が聞こえてから、完全に眠りについた。
『皆様、ただいま空港に着陸いたしました。ただいまの時刻は午前8時20分、気温は………皆様、今日も000空港をご利用いただきましてありがとうございました。皆様の次のご搭乗をお待ちしております。』
アナウンスと共に自分の意識が戻った。約5時間、ずっと寝ていたのか…いくら緊張していたとはいえ、昨日ちゃんと寝れば良かったな。周りを見渡すと、上陸した時とは変わっておらず清さん達も楽しそうに話していた。
清「あ、おはよう!今から起こすところだったけど、必要なさそうだね。」
助「すっげぇ静かに寝るな、お前。息してるか心配になったぞ。」
卯月「ごめんなさい。」
「いや別に謝ることでもねぇよ」と、助さんが言ったと同時に前のパネルにあったシートベルトのシンボルが消えた。
清「私たち一番最初に降りようよ!」
卯月「あ、僕は人混み苦手なので最後まで待ちます。」
助「確かにこの人混みで荷物取るのは大変そうだよなー。」
清「そう考えたら待ったほうがいいかもね。」
助「じゃあ、みんなが降りるまで待つか。」
一緒に行動してくれるんだ、優しい。入学や新学期始まりのグループに混ぜられたことなかったから嬉しい。みんなが降りるまで三人で話をし、助さんが荷物を取ってくれた後に飛行機を降りた。空港は思っていたよりも狭く、主に資源を運ぶための空港なんだろうと予想した。そうすれば人が全くいないのも説明が付くし。次に、飛行機に乗る前に預けた荷物を取りに行った。僕はスーツケースだったけど、清さんと助さんはダッフルバックを持ってきていた。重そうだったから何か持ってほしいか聞いてみたけど、大丈夫だと言われてしまった。
そして、ついに空港を出た。周りには木が生えており、出てすぐのところに学校までの道のりであろう芝生の道があった。空の方を見ると、ずっと先に学校らしき建物があった。ここからでも見えるということは、相当でかいだろう。一応大きいとは聞いたけど、ここまで大きいのは何でだろうか?生徒が多いから寮とか?それとも、専門分野が多いからそのための教室とか?もしかしたら、両方合わさってるのかも…今までの話とは関係ないが、この外の空気は落ち着く。建物や工場がないから自然が自由に生きてて心が安らぐ。清さんや助さんと別々のクラスになっても、休憩時間に外に行けるなら安心して授業受けれそう。
清「あと少しっぽいね!」
しっかりと前を向くと、清さんが言った通りあと少しで着きそうだった。ここまでの道のり、ずっと脳内世界に飛んでいたみたいだ。まずい、元から人との会話に混ざるのが苦手で友達ができなかったのに、誘ってもらったのに少しずつ遠のき始めてる。せめて、世間話っぽいことでも…
卯月「ここって昔制服あったみたいですよ。」
清「え?そうなの?ずっと私服だと思ってた。」
助「ここの制服かー、どんな感じだったんだ?」
卯月「確か…薄橙色のセーターに赤ネクタイ、スカートは水色でズボンは黒だったと思います。」
清「えー、着てみたかったなー!」
卯月「桑辻中学校の制服に似てますよね。」
清「桑辻?」
卯月「え?あ…いや、それは…」
助「昔ニュースになってたやつだよな。それ、」
清「え?そうなの?」
助「あぁ、なんかそこの中学校で不幸なことが起きまくった時があって、そのせいで廃校になったみたいな。」
清「え、待って。それ絶対怖いやつじゃん!」
助「まぁ、せっかくの入学式を台無しにするのもあれだし。この話はお預けにすっか!」
助さんの提案に対して清さんは必死に頷いていた。ホラー系は苦手なのか、いやホラーより事件系が苦手なのか。なら、そういう系の話はあまりしないようにしよう。解説動画を見まくって手に入れたこの知識は別のことに役立てるか。そう言ってたら、道の終わりにたどり着いた。ついに、これから三年間生活する学校を見ることになる。
立無高校は大きいで片付けられる学校ではなかった。空まで伸びている四つの塔、それぞれ寮や教室が中に入っている。しかも校舎が新しいせいなのか、壁が光ってるように見える。そして、右側には東京ドームのデカさがある体育館。体育館よりもでっかい豆腐に屋根がついたようにも見えるが、全国各地から生徒が来るから見た目なんて気にしてる暇はなかったのだろう。周りの自然も相俟って、校舎というより森奥の大きな館のように見えた。
卯月「すご…」
清「たげでっけ!たげすごくて、でっけぐででっけ!お城みだいだべな!えー!わんどこったどごろで勉強でぎるの!」
助「香川県入りそう!」
卯.清「(香川県?)」
助さんの反応はうまくわからないが、基本的には僕たち三人の反応は同じだった。「驚き」予想を上回る校舎に腰が抜けそうだった。学校に入るために扉に向かって歩き出すと、看板がぶら下がっていることに気づいた。
卯月「黒のシールが付いたチケットをお持ちの方はすぐに学校にお入りください。緑、赤、白のシールの方は放送があるまでお待ちください…か。」
バックの中を探ってチケットを取り出すと、自分は赤のチケットだった。しばらく待つことになるか…
助「俺は緑だからちげぇな。」
清「あ!私黒だ。じゃあ、お先に言ってるねー!」
そういうと清さんは手を振りながら学校の中へと消えてしまった。
助「俺たちはあそこのベンチで待ってるか。」
助さんが指差した先には花壇に囲まれたおしゃれなベンチがあった。花壇の花は植えられたばかりに見えるから、園芸部とかがあるのかもしれない。園芸部か…いいかもしれない。繰り返す動作は好きだし、綺麗に並べられた時の達成感も感じられるし。
自分は助さんと一緒にベンチまで歩き、僕は端っこでできるだけ縮んで座り、助さんは両足を伸ばして背伸びをしてから、カジュアルに座った。
助「飛行機で卯月が言ってたスプーンってなんのことだったんだ?」
卯月「え?」
スプーン、あ!清さんに説明しようとした時に言ってしまったあれか。えーっと、どう説明しよう…直球に言うには少し早いし、でも友達っぽいのだから遠回りに説明すれば引かずに分かってくれるかもしれない。助さんや清さんが差別するような人だとは思っていないけど、最悪の可能性を念頭に対応した方がいい。
卯月「少し、説明しにくいのですが…『スプーン説』みたいな名前のものがありまして、」
助「おう、」
卯月「例えば…2、4、6、8、10。」
地面から石を10個拾ってベンチに乗っける。
卯月「この石を、一日に使えるエネルギーの量だとします。」
「朝に、みんなそれぞれ同じ量を与えられて、学校に行きます。」
「普通の人なら、課題をするのに1個・友達と話すのに1個・運動するのに1個・授業を受けるのに1個…」
例えを並べながらベンチに乗っけた石を1個ずつベンチから落とす。
卯月「って言う感じでエネルギーを使って、家に帰ったら大体3・4個くらい残っています。この残りのエネルギーで宿題をしたり、ゲームをします。」
助「うんうん、」
卯月「でも、僕みたいに…特性?って言ったらいいのでしょうか。そのようなものがあると、」
落とした石を拾って、またベンチに乗っける。
卯月「みんなのように十個渡されますが…昨日寝れなかったとか、髪が変な感じで気持ち悪いとか、そもそも学校に行くという考えが苦しいと、」
ベンチの石を3個落とす。
卯月「普通の人が10個持っている石が、特性の人は7個の状態で学校に行くことになります。」
「しかも…例えば、課題を段階的に噛み砕くのに一個、そこから実際に課題をするのに1個という感じで普通の人なら1個しかいらないタスクに2個かかったり。」
「普通の人なら気にしまいような音や匂いを拾い上げてしまってそれに耐えるのに1個かかったりして、気づいたら…」
ベンチの石を全部落とす。
卯月「石が全てなくなっていて、パニックになったり発作が起きます。」
助「あー…じゃあ、卯月が寝てたのは使った分の石を回復しようとしてたのか。」
卯月「回復というより、『その状況で使ったかもしれない石をとっておいている』みたいな感じですかね。」
助「へぇー、これ考えたやつ頭いいな。すっげぇ分かりやすい。」
卯月「ですね。」
助「これさ、後で清に説明してもいいか?あいつ結構閉鎖的な空間で育ってきたからこういうのとかわかんねぇんだわ。」
卯月「あ、大丈夫ですよ。」
助さん、こういうの慣れてるんだな。飛行機の時もいい感じにセーブしてくれたし、人の感情や状況を読むのが得意なのかな。あ!これを褒めたらいいかも、
卯月「助さんって状況や人を読むのが得意ですね!」
助「…あぁ。」
あれ?思ってた反応と違う。何か変なこと言ったっけ…もしかしてイントネーションが違かったのか?それとも「いい性格してるね。」みたいに裏の意味がある言葉使ってしまったのか?わからない…嫌な気分にさせてしまったのかも、実際は気にしてなかったら謝った時に変な目で見られるかな。
助「あ、別に嫌だったわけじゃねぇよ。気にすんな。」
卯月「はい、大丈夫です。」
そこからは助さんが自分のことについて話をしてくれた。一応都会で知られる場所で育ったけど、東京に比べたらまだ田舎みたいな場所だったとか、小学生のころからよくカエルと話してることとか、実はゴス系の服を着ているのは古着屋で服を買っているからだとか、助さんについてよく知れた気がした。飛行機ではあまり喋らない性格なのかと思ったが、全然話すタイプで安心した。自分は聞き手に回るのが好きだから、2人とは仲良くやっていけるかもしれない。
『緑のシールが付いたチケットをお持ちの方は、校舎にお入りください。』
話している最中に機械の声を使った放送が流れた。
助「おっと、残念。この話のオチは後で話すか。じゃっ、お先にー。」
と、助さんが手を振りながら言ったので、自分も手を振り返しながら校舎に入るまで見送った。…さっきの放送、なんだか変だったな。なんでわざわざ機械の声を使ったんだろう。教職員たちは忙しいのかな?この量の人たちの入学式だし、でもそれなら教職員の声を録音すれば良くないかな。ベンチから立って、2・3階の窓を見てみたけど教職員も生徒も見当たらなかった。去年開校したばっかりだから3年生がいないのはわかるけど、2年生たちはどこにいるのだろう?もしかしたら寮にいるのかもしれない。なんだか違和感を感じるけど、特別な学校みたいだし、きっとここではやり方が違うのかも。
30分くらい経つと、赤のシールの人たちも校舎に入るように放送がなった。
学校の中は…まぁ、学校って感じだった。翡翠色、橙色、白、水色、どの学校でもあるような色が廊下を彩らせていた。でも、校舎の所々に刃物で切ったような傷跡があるのがすごく気になる。もし生徒がやったとしたら2年生がどんな感じなのかが怖い。みんな乱暴な人なわけないけど、刃物で校舎を傷つけるくらいだからな…
学校に入ってからまずやることは放送の指示に従って寮に荷物を置くことだった。一人一人の学籍番号らしきものが扉には書いてあり、自分は723番で4階だった。ざっと7・8階までありそうだから上の人たちは大変だろうな。エレベーターあるからそれを使えばいいけど…それぞれの部屋には勉強机、ベッド、シャワーとトイレが整備されていた。勉強机の上には小さな紙が置いてあって、それに組と番号が書いてあった。自分は、1組の18番だった。
クラスもわかったことで、皆それぞれ廊下に書いてある地図に従って教室に向かった。地図に乗る校舎は十字みたいな形で右の方に体育館に伸びる廊下みたいなのがある。体育館と校舎は同じくらいの大きさで、本当になんであんなにでかい体育館が必要なのか疑問に思った。全校集会とかに使うんだろうけど、そこはリモートでいいだろ…
人混みを避けながらなんとか教室に向かうと、自分の席の数個後ろに助さんが座っていた。
助「お、来たか。清のこと見てねぇか?」
卯月「清さんのことは見ていません。」
助「別のクラスになっちまったのか?」
卯月「可能性としては、十分にありますね。」
教室を見渡すと、みんなそれぞれグループを作って雑談をしていた。きっと、助さんたちに会っていなかったらハブられていたに違いない。話しかけてもらえてよかった…
10分くらい経つと、白のシールの人たちが教室に入ってきてより一層騒がしくなった。このままだと耳がもたないと感じたので、片耳に耳栓を入れた。本当は両耳に入れたかったけど、助さんと会話してるから聞こえるようにしておかないと。
助「黒のシールの人たち来ないなー。」
卯月「え?黒のシールの人たちは、最初に呼ばれてませんでした?」
助「あー、それなんだけどよ。俺は緑のシールの中で一番乗りできたんだが、教室に入ったら誰もいなかったんだ。」
「もしかしたら、何か手伝いに行ってるかもしれんから深くは考えてねぇけど。」
卯月「そう…ですか。」
やっぱり特別な学校なのか?それとも、都会の学校ってこういうのが多いのかな?都会になろうとした田舎で育った自分にはわかんないや…清さん、一体どこにいるのやら。
そこからまたしばらく経つと、放送がなった。今度は、入学式の入退場の話だったけど、正直聞いていなかった。(周りに合わせればいいし)それより気になったのは黒のシールの人たちがまだ帰ってこないことだった。何度か廊下の方を見て誰かが歩いていないかを確認したけど、誰もいなかった。教室以外の人の気配はするんだけど、どこを見ても誰もいなくて背中から不安が湧き出ているような感じがする。放送に集中を戻そうとしたけど、途中からだから何を言っているか全然わからなかった。やっぱり周りに合わせればいいやと諦めて、何もないその先を見つめることにした。
ガラスが割れる音と共に自分は意識を取り戻した。何が起きたか分からず、とりあえず音がした方を見ると…なんて言ったら信じてもらえるのだろうか、化け物が見えた。刃物を持って、雄叫びをあげている化け物が。一瞬もしないうちに、扉の近くにいた人たちはあっけなくやられてしまった。自分もどうすればいいか分からず窓の方に走って飛び降りれないか試みようとしたけど、ここは3階、大怪我なしで降りれるわけがない。戸惑っているうちにあっけなく腕を掴まれて、必死に離れようとしたが「卯月!俺だ、助だ!」という助さんの声で自分を引っ張っているのが助さんだということに気づいた。そのままされるがままに腕を引っ張られ、化け物の刃物で腕や足など何箇所か切られたが、重症になるような傷はなかった。教室を抜け、廊下をあてもなく走っていたらそこで助さん以外の声が聞こえた。「2人とも、こっちこっち!」清さんが空き部屋のような教室に誘導してくれた。2人で倒れ込むように空き部屋に入り、後ろで清さんが扉を閉じた。清さんが「何かドアを閉めるものはないのか…」と、モゾモゾしているのが聞こえた。急いで立ち上がって周りを見渡すと、扉の横に本棚があった。「清さん!本棚倒すので少し避けてください!」と出せると思っていなかった大声で伝えて、本棚に全体重を乗っけて押し倒した。
清「卯月くんナイス!」
そう言われたものの、息を整えて改めて扉を見ると普通に鍵がついていることに気づいた。本棚の上に乗って扉の鍵をかけた。
卯月「2人とも大丈夫ですか。」
清「私は大丈夫だけど、」
助さん、さっきから静かだな。そう思いながら、助さんのいる方向を見ると…助さんの目元には大きな刃の跡がついていた。急いで上着を脱いで目元に押しつけることで止血を試みようとしたけど、すぐに上着が血だらけになってこれじゃあまともな手当てにならないことに気づいた。
清「卯月くん!これ!」
清さんが渡してくれたのは緊急箱だった。きっと僕が止血しようとしている間に探してきたのだろう。片手で上着での止血をしながら、もう片手で必死に血を止められそうなものを緊急箱の中から探した。途中で清さんが上着の止血を変わってくれた。包帯と布が必要だ。布で止血をして、包帯でキツく縛ることで傷口が圧迫される。包帯は緊急箱の中にあったけど布が入っていなかった。どうしようどうしようと呟きながら辺りを見渡したが、周りにはうまく分からないガラクタしかなくて、布があったとしても綺麗な布ではないと言うことは容易にわかる。他にいい考えが思いつかず、逃げている時に穴が空いてしまった上着の裾を思いっきり引っ張って布を確保した。
卯月「清さん、僕がカウントダウンするので1って言ったのと同時に上着を離してください。」
清「うん…」
卯月「行きますよ。3・2・1!」
清さんが上着を離したのと同時に自分は左手でちぎった布を助さんの目元に押さえつけて、右手で包帯を必死に巻いた。髪やピアスに引っかかって綺麗には巻けなかったけど、外れることはないようにキツく巻いておいた。でも、これでいいのだろうか。その場で思いついた応急処置だったし、消毒も何もできていない。本当に止血だけのための処置だ。
清「助くん、どう?」
助「めっちゃ痛い。」
助さんからは聞いたことのない震える声だった。そりゃそうだとしか言いようがない。ここから清掃・消毒ができたとしても、しっかりとした眼科に行かなきゃどうにもならない。でもここは島だ。一番近い場所でも5時間くらいはかかるし、そもそも飛行機が必要だ。外には化け物がいるし、この部屋から出れる気もしない。
『ピーンポーンパーンポーン』
…放送?
『諸事情により、今日の昼時間は終了となりました。この放送が終わりましたら、夜時間のルールで活動してください。繰り返します…』
清「何この放送…」
卯月「あらかじめ録音してたとしても、なんか変だな…」
昼時間?夜時間?学校のルールなんだろうけど、もう少しマシな放送内容がないのだろうか。校内に化け物がいるというのに、呑気な感じの放送内容に正直腹が立った。声もあの機械の声で正直不気味だ。
卯月「清さんはどこに行っていたのですか?」
清「あ…えーっと、手伝い…しに行ってたよ。」
卯月「では、他の黒のシールの人たちは?」
清「あー、みんなはね…私より前を歩いてたから。」
卯月「…そうですか。」
会話はそこで途絶えてしまった。ここからどうなるんだろう…「夜時間のルール」っていうのは多分寮に戻るって意味なんだと思うけど、化け物はまだ外を徘徊していることになるし。そもそも、自分たちのことを見つけてもらえるだろうか。扉は木造だけど、この部屋の壁は普通の壁と違う気がする。なんというか、防音部屋にありそうな壁だ。実際、この部屋に入ってからは周りの音がほぼ聞こえなくなった。
わずかな音も聞こえなくなったところで外に出ようか迷ったけど、なかなか不安が拭えなくてしばらく3人でその場に座った。でも、その静けさも長くは続かなかった。
清「誰か扉開けようとしてない?」
卯月「え?」
確かに扉のハンドルを回そうとする音が聞こえる。突き破らずに開けようとしていることから普通の人かも…でも化け物だったらどうしよう。念の為を考えて助さんに「引っ張りますよ。」と伝えてから服を引っ張って扉から離れた。清さんも僕たちの行動を真似て扉から遠ざかった。
あまり経たないうちに扉のハンドルをガチャガチャする音は止んだ。もう諦めたのか、人か化け物かわからなったのが少し心残りだけど、すぐに諦めたことから助けに来たわけではないのだr…そう言いたかったけど、今度は何者かが刃物で扉を切り裂こうとし始めた。僕たち3人は焦り始めて必死に扉から離れようとしたけど、どれだけ後ずさっても逃げ道は存在せず扉と反対の壁で固まるくらいしかできなかった。解決策を練ろうと思考を凝らすがガラクタの背後に隠れるというものしか思いつかず、あっという間に扉は壊されてしまった。終わった…必死に逃げたけど最終的に捕まった。意味がなかった…
???「なんだ、生き残りか。」
え?顔を隠すのに使っていた腕をどかすとそこには雪のような女性が立っていた。女性は扉を壊すのに使ったであろう斧を投げ捨ててから、倒された本棚を跨いで僕たちの前に立った。
???「その反応的に生き残った1年生たちか。」
「んーと」呟きながら女性はクリップボードを眺めて、空いた手で長い髪をいじり始めた。
???「朱雀卯月、玄武清、青龍助か?」
卯月「え?あ…は、はい。」
???「黄竜 ゆかりだけ居ないのか…」
黄竜ゆかり?なんでその人の名前が?そもそも、この人は誰なんだ?1年生という言い方や見た目から2年生なんだと思うけど、
???「確か、あいつらが暴れまくったからルールは聞いてないのか。」
清「あいつら?」
???「気にしなくていい。」
???「青龍は目を怪我したのか?」
卯月「あ、はい。逃げている時に切られて…」
???「そう、じゃあちょうどいいか。」
卯月「ちょうどいい?」
???「気にしなくていい。」
気にしなくていいが口癖なのだろうか?この人すごく怪しいけど、悪意はなさそう。…よく見たら、白い髪と肌、それと赤い目…雪兎みたいだな。服装は助さんと清さんみたいに白黒だけど、
???「そいつ、立てるのか?」
雪兎の女性はクリップボードで助さんを指しながらそう言った。
助「手伝って貰えば立てると思う!」
助さんはいつもの元気さで手を上げて答えた。…絶対無理してる
???「そう。じゃあ朱雀、手伝ってやれ。準備ができたら着いて来い。」
卯月「あ、はい。」
雪兎の女性が言ったようにボロボロの上着を腕に抱えて、助さんに肩を貸しながら立つのを手伝った。助さんが肌を隠すような服装をしているおかげで人の生ぬるい変な感触がなくて助かった。右側では清さんがスタンバイしてバランスが崩れそうになったら手を添えてくれた。立った後は僕の腕に捕まってゆっくりと部屋を出た。人に触られる感覚は嫌だけど、補助が必要ならそういう感覚を抑えるくらい容易なことだった。
右を向いたら、誰もいない。左を向いても、人が何人かいるだけ。化け物の気配は一切ない。雪兎の女性も何事もないかのように立っているから多分大丈夫だと思う。警戒しながら部屋を出て、雪兎の女性に「準備できました。」と伝えた。それを聞いた女性は「そう。」とだけ言って歩き出した。「どこに行くのですか。」「あなたは誰ですか。」と何度か聞いたけど、帰ってくる答えはいつも「後で言う。」ばっかりだった。もう全部がわからなくなってきた。全然化け物の話をしないし、まるで毎日起きているかのような態度だ。僕たち以外の1年生たちは生きているのだろうか。雪兎の女性は僕たちのことを『生き残り』と呼んでいたから、もしかしたらもう…
前を歩いていた清さんが急に止まったことで、自分の思考は遮られた。雪兎の女性が止まったから清さんも足を止めたみたいだ。女性が保健室と書いてある部屋の扉をノックすると「どうぞー。」と、部屋の中から男性の声が聞こえた。
部屋の中は普通の保健室って感じだった。正直、他の場所より落ち着く。この部屋は他のところと違って刃物の跡がなく、物もどこでもあるような保健室って感じがするが、保健室の先生が座っているはずの場所にはプリズムカラーの髪を持った男性が1人座っていた。
¿¿¿「お、桜 ?珍しいじゃん。明日雪なのか?」
桜「違う、こいつらだ。」
雪兎…いや、桜さんは後ろにいる僕たちを指してそういった。
¿¿¿「1年生?全滅したと思ってた。」
桜「うちもそう思ったが、4人くらい生き残ってたみたいだ。」
¿¿¿「後ろの子、怪我してるみたいだけど、それでここに?」
桜「それと、あとルール。」
¿¿¿「そっか、ここに書いてあるもんね。」
ルール?ここに書いてあるのか?よく見たら、部屋中に健康を推進するポスターの代わりに校訓みたいのが書いてある紙が何枚か貼ってあった。…「学校行事」…「ペア制度とグループ制度」…「校則」…太字で書いてある内容を1つずつ読んでいった。「ペア制度とグループ制度」というのはよく分からないが、他のものは普通の学校にもあるような内容だ。僕は男性の指示に従って助さんを近くのソファに座らせた。男性は棚から薬品や包帯を取り、ソファに座って助さんの手当てをした。清さんは助さんの隣に座って様子を見ていて、桜さんは近くの窓に寄りかかって外の景色を眺めていた。僕はソファの背もたれの部分に寄りかかって、手当てをしている様子を見ることにした。この方…手当が上手だな、前にもやったことがあるかのようにサラサラと消毒している。いや、化け物がいるから同じ怪我をした人がいたのかもしれない。あ、そうだ、化け物。聞こうと思ってたんだった。
卯月「あの!…えっと、」
¿¿¿「暦 、」
卯月「え?」
暦「俺の名前、出雲暦 。」
卯月「えっと、じゃあ…暦さん。」
暦「うん。」
卯月「あの化け物ってなんだったのですか?あの、昼間に襲ってきたあれ…」
これで伝わってくれるのだろうか。でも、あれを見たのが自分だけなわけがないし…
¿¿¿「あー…まぁ、初見なら化け物と思ってしまうよね。」
卯月「え?」
桜「あれは人だ。」
人?あれが…?でもなんで?さっき見かけた人たちは全然普通だったよ。ゾンビみたいな感じなの?そんなことが可能なの?先生はこのことを知ってるの?親はこのことを知ってるの?いつからこんなことが始まったの?なんでみんなはこれを普通だと思ってるの?
清「え…なんで人が人を…私、てっきり悪魔か何かを見たのだと思ってた。」
助「俺も卯月みたいに化け物だと思ってた。」
清さんも、助さんも、僕と同じように人だと思っていなかったみたい。さっきまで窓に寄りかかっていた桜さんは、大きくため息を吐いて僕たちがいる反対側のソファに腰掛けた。
桜「1番多そうな質問を片っ端から答えておくな。」
「この…『デスゲーム』見たいのはうちらの入学式、ちょうど1年前から始まった。」
「入学式で放送みたいなのでルールを教えられてやるように言われた。もちろん、最初は誰もやろうとしなかったよ。お互いを殺すなんて、」
「でも、瓦白 っていう名前のサイコパスは違くてな。あいつが引き金になって今のように化け物みたいにお互いを殺している。」
「誰が黒幕なのかは知らない。内通者はいるかもしれないと囁かれているが、ただの噂にしか過ぎない。」
「親や先生がこれを知っているのかも知らない。スマホは圏外だから手紙しか送れないし、帰ってくる手紙も本人からなのか全然分からない。校内で起きていることについて送ろうとすると、なんかの検査に引っかかって送れない。」
「こんな感じだ。」
言葉を失ってしまった。殺し合う?デスゲーム?黒幕?全部、アニメとかでしか聞いたことない単語だ。嘘だ、嘘だと言ってほしい。現実でこんなことが起こるはずがない。でも、実際に今日見た。化け物だと見間違えるほどの変貌を成した人たち。それに、この人達にこんな嘘をつく必要は一切ない。こんな細かい設定まで考えて来たとも思えない。
清「…」
助「え、エイプリルフールは2日前だったぞ。」
暦「嘘じゃないよ、残念ながらね。」
桜「写真が欲しいならある。」
清「いい!いらない!」
清さんのいつもの元気な声とは違う、大きいけど震えた声が耳で響いた。でも、責めれない。だって自分も叫びたい。ここまで頑張ったのに、こんなに努力してこの学校に入ったのに、どこかにいる黒幕の快楽や金のために殺されるなんてやだ。
卯月「最終目標って…ありますか、」
桜「『最後まで生き残った者の勝ち』よくあるやつだ。」
清「ということは、全員が敵ってことになるの?」
清さんは僕と助さんを交互に見ながら言った。会ってから1日も経っていないのに、自分たちのことをそういうふうに思ってくれてるんだ。苦しそうだな…僕もなんだか心臓が掴まれているみたいで嫌だよ。清さん達のことはあまり知らないけど、いい人だっていうのは知ってる。きっとあの教室にいたみんなも僕たちと同じ気持ちになっただろうな。「4人くらい生き残っていた」僕たちと、あと1人、100人以上はいたあの学年で殺されるべき人なんて1人もいない。桜さんも暦さんも、この話をしてて嬉しそうじゃない。一緒に勉強するはずだった仲間を皆殺しにしなきゃここから出れない、これをいい考えだと思った奴はきっと問い詰めてもまともな答えを返さないんだろうな。だってこんなにたくさんの人たちを殺す奴にまともな理由があるわけない、
卯月「誰も殺したくないよ、」
暦「誰も、っていうのは無理だと思うけど、特定の人たちを殺さないっていうのはできるよ。」
卯月「え?」
暦「この部屋に飾ってある紙にさ、『ペア制度とグループ制度』っていうのあるでしょ?」
「これ簡単に言ったら仲間と一緒にやっていいですよみたいな物なの。手続きは必要だけどね、」
清「え?!」
さっきまで泣くのを我慢するように頭を抱えていた清さんが飛び跳ねて机を叩いた。僕は急な爆音にびっくりして両耳を押さえた。音の正体に気づいてからは手を元の位置に戻そうと思ったが、その後の清さんの声に圧倒されてそのまま縮こまってしまった。
清「一緒にいてもいいの?!」
暦「あ、あぁ…うん。個人的にはあまり勧めないけどね。」
助「なんでだよ!友達を殺らずに済むんだぜ!」
桜「メリットに対してのデメリットがでかいんだよ。」
うわっ、びっくりした。桜さんって話し始めるのが急だかし、声が低いからびっくりするな…
桜「ペア制度は確かに仲間とゴールを目指してもいいと書いてある。だけど、ペアを殺してはいけないとは一言も書いていない。」
「ようするに、裏切られる可能性があるってことだ。」
「グループ制度はその逆だ。1人でも死んだらアウト、グループが強制処刑。」
「裏切られる可能性は無くなるけど、自分の命が他の人にかかってる状態になる。」
「だから、ペア制度は絶対に裏切られないっていう自信がない限りは絶対にならないほうがいいし、グループ制度は特権持ちや戦闘に自信がある人がいない限りは絶対にならないほうがいい。」
清「そっ…か。」
暦「桜は厳しいからこう言ってるって思うかもしれないけど、彼女の言う通りなんだ。」
「実際、過去にペアを裏切った人はたくさんいるし、グループの1人がしくじって全滅っていうこともあったんだ。」
「なんなら、グループの1人が自暴自棄になって無理心中したってこともあったよ。」
清「ひぇ…」
卯月「桜さんが言っていた特権持ちって、なんのことですか。」
桜「生徒会長のことだ。まぁ、生徒会っぽいことは一切してないんだけどな。ルールが何個か通用ないだけだ。」
卯月「じゃあ、その生徒会長をグループに入るように説得できたらグループになっても大丈夫だと思いますか。」
桜「まぁ…説得、できたらな。」
桜さんの微妙な反応から生徒会長はそこまで説得しやすい人ではなさそうだな…でも、僕は人を殺したくない。正直刃物を見るだけでも胃の奥から吐き気がすることがある。何か、ここから脱出する方法はないのか…それとも、ここで生き残る方法はないのか…暦さん、さっきから僕の方を変な目で見てるな。どうしたんだろう、
卯月「どうかされましたか?」
暦「桜ー、お前自己紹介したのか?」
桜「うちは生き残りを探せとしか言われてないから。」
それを聞いた暦さんは両手で顔を覆って、大きくため息をついた。
暦「君たちをここまで連れてきたのは、生徒会長の白虎桜 だよ。」
卯月「…へ、」
清「だから名前知ってたの?!」
助「なんでいってくれなかったんだよ…」
暦「桜は秘密主義だから…な?桜、」
暦さんは呆れた表情で桜さんの方を向いて、桜さんはこちらを睨んできた。微妙な反応だと思ったらそういうことか、桜さんが特権持ちの生徒会長なんだ。これは…説得するのは絶対無理だな。
暦「ごめんね、グループを組むことで桜にメリットがない限り、多分説得するのは無理だと思う。」
清「メリット…」
清さんは険しそうな顔をして立ち上がった。
清「桜ちゃん、ちょっと2人きりで話をしてもいい?」
桜「…あぁ、」
そういって2人は保健室を後にした。清さん、何か思いついたのかな。僕たちはそこまで戦闘能力高くないし、1番体を動かせる助さんの目は失明している。一体何を弁論するんだろ、
暦「このクリップボードによると…君が卯月くんだよね?」
卯月「あ、はい。」
暦「助くんの手当終わったよ。目を摘出する必要があるんだけどここではできないから、定期的にここに連れてきてくれる?包帯をとって感染症にかかってないか確認しなきゃいけないんだ。」
卯月「はい、わかりました。早かった。」
暦「まぁ、初めてじゃないからね。それに、君たちが止血してくれたおかげでやりやすかったよ。」
助「目を怪我する奴って多いのか?」
暦「うぅん、今まで1人しか手当したことない。」
「ここって職員とかの代わりにロボットが動いててね、どれかが故障しちゃって目をやられちゃったんだ。」
卯月「そ、それってよくあることなんですか?」
暦「いーや、滅多にないよ。噂によるとロボットは黒幕が毎晩確認してるらしいから故障したのはあの1回だけだね。」
よかった…人に殺されるのだけでも十分酷いのに、ロボットの故障で殺されたらたまったモノじゃないよ。
暦「にしても、君たちってすごい冷静だよね。俺はこの話をされた時取り乱した思い出しかないよ。」
卯月「確かに…ちょっと変かもしれませんね。」
助「まだ現実味を帯びていないからじゃないか?俺たちはほんの一瞬くらいしかここの現状を見てないからさ、」
暦「じゃあ、現実味を帯びて、話したくなったらいつでもおいで。辛いのはわかってるから、」
扉の方から足跡がして、清さんと桜さんが戻ってきたことに気づいた。桜さんは出た時と変わらず澄んだ表情をしていたけど、清さんは俯いていて結果が見ただけでわかる。
卯月「清さん…大丈夫ですよ、他の方法を探しましょう。」
清「オッケー…」
清さんはソファに座って返事をした。相当落ち込んでいることが分かるな…何かできないかな…そう思っていたら、清さんは僕たちの方を見て満面の笑みで「…してもらえたよ!」とダブルピースをしながら言った。
助「え?!」
暦「嘘だろ?!」
卯月「どうやって…」
清「私は親が町医者やってるからね、患者達に薬を飲ませるように説得させるのは得意だったんだ。これくらい朝飯前だよ!」
コミュ力が高いってこういうことなのか?一体どうやって…正直会話を聞きたかったよ。後ろの桜さんを見ると、「こっち見んな。」というばかりに睨まれた。本人も説得されて悔しいのか…やった、これで少しだけ安心できる。一年間も生き延びてきた2人が言っていた条件をクリアした。でもなんでだろう、嬉しいっていう感情がない気がする。状況が状況だからかな、僕が薄情なだけなのかな、不安だからなのかもしれない。グループができたところで死ぬ可能性は一切消えないし、人を殺さないといけないのも関係してる。やっぱり、まだ人を殺さなきゃいけないというのが自覚できない…
桜「喜び終わったなら、残りのルール教えていいか。」
卯月「あ、はい…お願いします。」
桜「ここは校則が1つしかないが、油断しないほうがいい。この校則を破れば命取りだから、」
「夜に人を殺さないというものだ。」
助「人を殺せと言ってきてるのに夜には殺すななんて身勝手だな。」
桜「夜は掃除やロボットの確認をしなきゃいけないとかなんとか、」
「分かると思うが、ここは普通の学校と違う。校則を破ってバレないなんてことは絶対にない。」
『誰かが必ずお前の罪を見つけ出し、罰を与える。』
さっきまでの声のトーンからまた1オクターブ下がったような声で最後のセリフを言われた。正直あれ以上に下がれると思わなかった…馬鹿げたことを言っていないのは聞いただけでわかる。でも、言われたセリフはなんだかナゾナゾっぽくてイマイチ理解できない。『誰かが必ずお前の罪を見つけ出し、罰を与える。』絶対裏がありそうだな…
桜「最後に言うべきなのは、学校行事か。」
清「え?学校行事なんてあるの!」
桜「喜ぶようなものでもないけどな、」
「実際に名前はつてなくて、うちらが勝手に殺人祭って呼んでるんだ。」
卯月「そんな物騒な名前で呼んでるんですね…」
桜「物騒だからそう呼んでるんだ。」
桜「うちらの学年には寮に篭ってこの『ゲーム』をやらなかった人がいたんだ。」
「そこで始まったのが殺人祭、体育館に無理やり引っ張り出してさまざまなミニゲームをやるんだ。」
「内容は回によって違うが、大体は簡単な謎解きやアスレチックだな。ゲームの内容自体は簡単なんだが、他の参加者と出くわす可能性があって、こっちには殺る意思がなくても相手にはあるんだ。」
助「徹底的に殺りにきてんな…」
桜「あぁ、だが経験者が仲間にいて、油断しなければ大体の場合は大丈夫だ。」
「正直、殺人祭で人を殺った回数は片手で数えられるほどしかない。」
清「本当に大丈夫なのかな…」
暦「あれ?そういえば次の殺人祭って明日じゃなかったけ?」
助「はぁ?」
卯月「え…」
暦「入学式と次の日にやるとは…黒幕も早く終わらせたいのかな。」
桜「それならいっそのこと殺してくれたらいいのに。」
明日?明日あるの?早速明日死ぬかもしれないの?嘘でしょ、なんでこんな不幸続きなの?僕何かした?なんで桜さん達はそんなに冷静でいられるの?心臓が早く撃ちすぎて自分の心音が聞こえてきた。落ち着け卯月、桜さんも暦さんも冷静でいられると言うことは大したことがないかもしれない。それに僕たちには桜さんがついているからきっと大丈夫、大丈夫…大丈夫。1時的かもしれないが、なんとか自分を落ち着けることができた。明日もこうやって落ち着けさせることができたらいいが、うまくいくといいな。
暦「明日は早いし、もう寮に戻ったらいいんじゃないかな。」
桜「そうなんだが、寮荒らしがいつ終わるか知らないんだよ。」
清「寮荒らし?」
桜「死んだ人のとこの寮は鍵が外れるから物を盗む輩がいるんだ。たまに暴力的な奴もいるからできるだけ近づかないほうがいい。」
暦「桜の寮に連れてったらいいんじゃない?どうせ1階だから連れていきやすいし、」
桜「はぁ…それしかないか、」
桜さんは「行くぞ。」とだけ言ってクリップボードを持って保健室を出た。今度は桜さん待ってくれないみたいだ、説得されたことにまだイラついているのかな?結構八つ当たりな気もするけど…
来た時と同じように助さんに服を掴ませてから、桜さんに追いついた。帰りは行きと違ってある程度の人達が廊下にいて、時々桜さんに話しかける人もいた。
???「お、桜!今日は調子どう?」
¿¿¿「よせ文 、今日は機嫌悪そうだ。」
生徒会なのもあって人気なのか?いや、特権持ちはグループにいるといいって桜さん本人も言ってたし、グループになりたいから桜さんに入ってほしいと思ってる人達なのかもしれない。どちらにせよ、昼に僕たちのことを化け物のように殺しにかかってきた人たちが何事もないかのように笑って会話をしているのが不気味で仕方がない。僕たちも長い間生き残れば、こんなふうになるのかな。いやだけど、ここで正気を保つにはそれしかないのかもしれない。
数分経って、桜さんの寮に着いた。
桜「布団とか取り出すから適当に座っとけ。」
そういって部屋を鍵を開けた。桜さんの部屋は布団やカーテンが黒に変えられてるだけで入学したての自分たちの寮とあまり変わっていなかった。強いて言ったら勉強机によりかけてある刀が気になる…他のみんなも武器を持っていたから、これが桜さんの武器なのか。武器が必要なのは分かるけど、そんなカジュアルに置く物なのか…靴を脱いで、助さんを勉強椅子に誘導した。桜さんに手伝ってほしいか聞いてみたけど「いい。」とだけ言われたので、なんとなくベットの近くにいる清さんの隣に棒立ちした。
桜「できた。まだ5時なのは分かっているが、明日は早いから寝ておけ。」
卯月「あ、はい。」
清さんと一緒に助さんを床の布団に誘導してから、清さんは髪を解いてネクタイを外して布団に潜った。
卯月「桜さんはどこに行かれるのですか?」
桜「ん?あぁ、生徒会には一応仕事あるから、それをしに行く。あと、グループの申し込みを出してくる。」
卯月「そうですか、気を付けてください。」
桜さんは何も言わずに出ていってしまった。
助「卯月ー、アクセサリーとかってどこに置いてくればいいんだ。」
卯月「あ、僕が預かりましょうか?」
助「まじ?サンキュー、」
助さんからアクセサリーを受け取ってから、自分のボロボロになった上着の中に包んで枕の隣に置いた。そして僕も布団に潜って、目を閉じた。
不安で夜の1時くらいに目が覚めた。起きあがろうか迷ったけど、桜さんは明日は早いって言ってたし、清さんたちを起こしたくないからまた眠りにつこうと寝返りを打った。少しして、扉が開く音が聞こえた。あぁ、桜さんか。仕事から戻ってきたのか。片目を開けて確認しようとしたら、目の前に刃が降ってきた。驚いて上の方に視線を向けると、桜さんが僕のことをじっと見ていた。いや、見ていると言うより獲物を狩る準備をしているようだった。反射的に目を瞑ると、自分から離れていく足音がした。怖い、怖かった。桜さんちょっと冷たいなくらいは思っていたけど、冷たいどころの話じゃない。説得されて不機嫌だっていう感じでもない。もしかしたら、桜さんは僕たちが思うよりここで精神をやられたのかもしれない。本当にこれで大丈夫なのだろうか。もし、桜さんの特権がグループでも周りを殺せるだとしたら、!考えてなかった。もう、戻るには遅いここからどう生き残ろうか、この先を考えなきゃいけない。僕は、なんとしても人を殺したくない。人を救うはずの医師がわざと人を殺したら、その人は医師である権利なんてない。明日考えよう、なんとしても生き残ろう。自分の頭の中で落ち着くような都合のいい言葉を並べていたら眠たくなってきた。必死に次に考える言葉を考えているうちに、僕は意識を手放した。
4月2日 四神殺校_序章 終