元許嫁
「ちょ……ちょっとまってください、それはできないっ!」
アクトが大きな声を上げる。
「そうです、それはさすがにいきなりすぎます! もっと手順を踏んで、正式に結婚してからでないと……」
ミリアは後半、消え入るような声で顔を赤らめながらそう話した。
「なにも、正式に結婚しろといっているのではない、そのフリだけでいいのだ」
ギルド長兼騎士団長が、若干からかうようにそう告げた。
「だめですって! 新興宗教とはいえ、国家に正式に認められた宗教なのでしょう?」
「うむ、司祭長もちゃんと太陽神『ラジュール』、およびその従属女神『エヴリーヌ』の大司教から洗礼をうけ、許諾を得ている」
「ならば、いわば『神の御前』で偽りの夫婦を演じることになる! 俺が信仰する勇猛の神『リュアクト』の教義にも反する!」
「『エヴリーヌ』と『リュアクト』は夫婦神だったからちょうどいいとは思うがな……まあ、どうしてもというなら、『婚約者』ということでどうだ? 冒険者同士で結婚の約束をしているということなら、結婚と豊穣の神『エヴリーヌ』を崇め、魔石をお布施として集めている宗教団体だ、体験入信は認めてくれるだろう」
「勝手に婚約者にしないでください!」
アクトがさらに反論する。
「元々は許嫁同士だったのだろう?」
「父が受けたという訳の分からない『神託』で二人とも実家を追い出されるまでの話です! そもそも、俺に実家を継ぐ資格がないからって、ミリアまで追い出されることは無かったのに!」
「……では、二人は結婚しないのか?」
「それは……」
そこまで言ったところで、ギルド長の視線がミリアに向かっていることにアクトが気づいた。
アクトが隣のミリアを見ると、ウルウルと、今にも泣き出しそうな顔で彼のことを見つめていた。
「……分かりました、そういう『設定』で潜り込めばいいということですね?」
アクトが投げやりにそう口にする。
それを聞いて、ミリアの表情がパァーと明るくなった。
「うむ、頼んだ。司祭長に気に入られれば、聖堂にて『聖なる光』を浴びられるということだ。実際に浴びてみて欲しい。おまえたちなら、それがどのような効果があるものか、そしておそらく込められているであろう魔力と属性が分かるだろう。ついでに潜入の下調べも頼む」
まずは正攻法で様子を見て、その後、裏から調査するということだ。
それ自体は上位の潜伏騎士として今までもやってきたことだ。
ただ、アクトにとっては、ミリアがやけに浮かれていることと、自分たちが信仰する神が絡んできていることが僅かに気になっていた。