ギルド長
特別な操作方法で、本来存在しないはずの地下フロアへと魔導エレベーターで降りた二人。
その小さな部屋は上階へ続く階段しかない。
そこから建物の外観上は二階に存在するギルド長室へと向かう。
面倒な手順ではあるが、特定の冒険者がギルド長に頻繁に会っているのを知られるのを防ぐための手順だった。
ギルド長室の裏側出入り口には、警備員が待機していた。
いつもギルド長の側を離れない屈強な護衛兵士で、彼も潜伏騎士の一人だ。
歳は三十歳ぐらい、上背もあって強面の、一見するととっつきにくそうな男だ。
そんな彼が、階段を上がってきた二人の顔を見て笑顔を浮かべる。
「お疲れ。ギルド長……いや、軍団長がお待ちだ。今回、大活躍したみたいだな。また次、何やらかしてくれるか楽しみにしてるぞ」
他人事のようにそう話す護衛兵士に苦笑いで挨拶すると、二人はギルド長室の隠し扉から中へと入っていった。
ギルド長室は、30フィート四方の簡素な造りで、事務机の他にソファーとテーブルが置かれている。
いつもは先ほどの護衛が常駐しているのだが、今回は同席していない。
部屋全体に盗聴防止の結界が張られ、ここで話される内容は外に漏れない。
「おお、アクトにミリアか、まだ前回の任務から何日も経っていないところを呼び出してすまないな。ちょっとした依頼があってな」
ギルド長――ほとんどの者は知らないが、潜伏騎士軍団長も兼ねている――が、ややオーバーに笑顔を浮かべながら椅子から立ち上がって二人を迎える。
歳の頃は六十歳過ぎ。
中肉中背、白髪交じりの頭髪、口ひげとあごひげを生やし、白いロングコートを纏った、一見すると紳士だ。
しかし目の肥えた者が見れば、その下に強固なバトルスーツを身に纏っていることが分かる。
さらにそのインナーには、アクト達と同じ最新の『黒龍』を着用している。
ギルド長は機嫌良さそうに、二人をソファーへと誘い、自分が対面に座って本題に入る。
ただ、アクトは知っていた……彼がそういう笑みを浮かべるときほど、碌でもない話が待っているということを。
「真竜、おまえの能力だけで倒したっていう話だな……まあ、第三騎士団の連中でそれに気づいた者は一人もいないだろうがな。私としては、対外的に第三騎士団の手柄となっていることは不満だが……王やその側近達は事実を知っているし、けが人は出たものの、死者はいなかった。危険も去ったことだし、まあそれで良しとしてくれ」
「ええ、まあ、それは分かってますよ。潜伏騎士の宿命ですしね。それに今回は日中で晴天、条件も良かった。真竜としては森に降りて不意打ちしたつもりだったでしょうが、それで俺が木々に隠れて能力を使うことができた。だから危険もなく楽に倒せましたよ」
アクトが、謙遜するようでいて、わずかに自慢する。
「本当、私はただ見てただけです。ここまでバッチリ決まって、皆さんの役に立てたなら良かったですね」
ミリアも、「彼氏役」のアクトが褒められて上機嫌だ。
「うむ。おまえと潜伏騎士団の評価がまた上がって、私としても嬉しい限りだ。最新のインナー『黒龍』が届いただろう? あれも国家の上層部からさらなる期待を込められて、のものだ」
「ええ、期待に応えられて嬉しいです……で、本題は何ですか?」
妙に褒めるギルド長に違和感を抱いたアクトが、そう尋ねた。
「さすがに勘がするどいな……まあ、もったいぶる話でも無い。前回の真竜討伐後、その体内から魔石が取り出された……第三騎士団の話では、人のこぶし大ほどもある、澄み切ったとても美しい魔石だそうだ」
「へえ……まあ、あれだけ立派な真竜だったのだから、それこそ数年に一度しか取れないような魔石だったとしても不思議じゃないですね。冒険者として参加していた俺たちは早々に帰らされたので見ていないので、想像ですが」
「私も、見てみたいですね……今、どこにあるのですか?」
「何者かに奪われた」
「……はあ?」
数秒間、沈黙が続いた。
「奪われたって、どういうことですか! あんなに苦労したのに!」
アクトが怒ったように立ち上がる。
「俺に文句を言われてもな……第三騎士団が運搬中に盗賊に襲われたという話だ。けが人がいたりしたから人出が足りず、少人数で運んでいたらしいのだが……それに、さっきおまえは『軽く倒した』みたいに話していなかったか?」
「その前に、戦術や報酬について騎士団と冒険者の間で面倒な駆け引きが何回もあったんですよ! 三つ星の上級ハンターが騎士隊長と何度も交渉を行って、ようやく高性能な遠距離魔弓の支給数増加が認められたんですから。俺も上級ハンターっていうだけで何度も会議に呼ばれて、不毛な議論に巻き込まれて、あげくの果てに不意打ちに遭って……まあ、もういいですけど……」
第三騎士団とのいざこざを、潜伏騎士軍団長に文句を言っても仕方が無いことだ。
アクトが諦めて再びソファに腰を下ろす。
「……それで、ひょっとして新しい任務って……」
ミリアが少し不安げに声を出す。
「うむ、君もさすがに勘が鋭いな……奪われた真竜の魔石を、取り戻して欲しい」
ギルド長の一言に、アクトは頭を抱えた。
第三騎士団の失態を、自分たちがカバーしなければならない。面倒な人間関係も絡んできそうだ、と思ったからだ。
しかし、ギルド長の視線がやけに真剣であることに気づいた。
何か裏がある、と直感した。
それこそ、下手をすれば国家的な危機に陥るような――。