アニーの気づき
さらに十数分の時間が経って、ようやくアクトとミリアが建物の奥から出てきた。
その姿は、アクトの方は一見すると入店してきたときとあまり変わらない、革鎧、籠手、短剣という軽装備で、背負った荷物、腰や太もも部に装着するポーチが少し増え、手袋が変わったぐらいだ。
しかし、アニーはその迫力、強さのオーラが、別人と思われるほど変わっていることを感じ取り、思わず息を飲んだ。
そしてさらに驚愕させたのは、ほぼ同じ装備を、ミリアの方も装着していたことだ。
もちろん、彼女の方も戦闘力が相当強化されているように感じる。
「あら! 二人ともお揃いなのね……これから冒険に出るの?」
なぜか嬉しそうに、ベテラン女性店員のジョセフィンが二人に聞いた。
「いえ、まだそう決まったわけじゃなくて、とりあえず冒険者ギルドの方で何かいい依頼とかないか、二人で見に行こうっていう話になったんです。お姉ちゃん……店長の許可はあらかじめ取ってて、アクトが来たら新しい装備渡して、一緒に行こうっていうことになってたので」
「まあ、そうだったの。美男美女、お揃いの格好でよく似合ってるわよ!」
潜在的な強さなど分からぬジネットにとっては、単にペアルックの二人を本心で褒めているだけだ。
しかし、普段店員として働くミリアしか見たことが無かったアニーは、その変わりように戸惑うばかりだ。
それは「潜伏騎士見習い」としての力量が優れているからこそ気づけるものだった。
また、「二人ともお揃い」という言葉にも納得はする。
しかし、アクト、ミリアは、おそらく「見た目より遥かに強力」な装備を纏っている……そのことにも違和感を抱いた。
通常、冒険者は見栄えを良くするために、「実際の実力よりも強そうに見える」装備を選択する傾向がある。このアイテムショップに勤め始めてよく分かったことだ。
しかし、あの二人は明らかにその逆、「強力なのにそう見えない」装備だ。
ミリアがこの店の副店長だから、いい装備を入手できて、恋人である彼にもペアで装着してもらう、というのは分からないでもない。
しかし、なぜ強そうに見えない装備にするのか。
さらに言うなら、特にミリアは、店員として働く姿だけ見ると全く戦いに向いていないのに、中級冒険者でもある。なぜその実力を隠しているのか。
いや、隠してもいない。現にジネットだって知っているし、おそらく客にも知られているだろう。
彼女は、そこらのアマチュアや初級冒険者よりもずっと強いのだ。
しかしそのことを、全く感じさせなかった。
完璧に、アイテムショップの一店員として溶け込み、多くのファンを獲得するほどだ。
――潜伏騎士!?
アニーは、ミリアがそうである可能性に気づき、驚愕の眼差しで、並んでギルドに向かって歩いていく二人を見つめていた。
「……アニー、気づいたかも」
彼女の視線を感じ取ったミリアが、苦笑しながらアクトに話した。
「ぱっと見じゃ分からないこの装備の価値に気づいたとしたら、たいしたものだな」
「ううん、それだけじゃなくて、私が潜伏騎士っていうことにも」
「……なるほど、優秀だな」
「でしょう? かわいいし、将来有望な潜伏騎士見習いよ」
「かわいいは関係ない……こともないか」
工作員にとって、見た目の重要性は高い。
誠実そうに見えればそれだけで信頼されやすいし、女性であれば容姿が優れていれば男性の心を掴みやすい。そのために日々、肌の手入れやダイエット、ボディケアに務める者も多いという。
とはいえ、魔術具の発達した現在では、比較的容易に見た目を変えられるのだが、元々の素材が良いに越したことは無い。
「ちなみに、あのベテラン女性店員も潜伏騎士だったりしないよな?」
「うん、彼女がもしそうだったら、この国一の演技派女優になれるよ」
ミリアが極端な比喩で完全否定し、二人で笑った。
そうこうするうちに、冒険者ギルドにたどり着いた。
古代遺跡群攻略都市ザーレの中でも最大規模を誇るギルドで、地上八階建て、魔導エレベーターも完備した、冒険者達の一大活動拠点だ。
建物内には受付や依頼掲示板のある一階の他に、ポーションなどの売店フロア、低層階の食堂、最上階のスカイレストランも存在している。
図書館や資料室、冒険者同士が有料で打ち合わせできる、完全防音を備えた会議室フロアまで用意されていた。
二台あるエレベーターの片方に乗り込んだアクトとミリアは、行き先ボタンを特別な手順で素早く押す。
二人が身につけているハンターライセンスカードも反応して、エレベーターは、行き先として表示されていない、存在が隠されている地下フロアへと下っていった。