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恋人

 この日、まだ朝早い時間に、革鎧、籠手、短剣という軽装備の、二十歳手前ぐらいの青年が「魔法堂 銀狼の咆吼」を訪れた。

 上背は、冒険者としてはやや高め、というぐらいで、がっしりとはしているが、横幅が広い、という訳ではない。

 重戦士、ではなく、素早い動きを得意とする剣士、または狩人といったところだろうか。


 そして彼から感じる、一種のオーラのようなものが、相当な実力者であるとアニーに判断させ、彼女の表情を少し強ばらせた。

 そして……彼の引き締まった表情、二重で小顔の、いわゆるイケメンであることに、彼女の心は僅かにときめいた。


「いらっしゃいませー! どのようなご用件でしょうか?」


 アニーはすぐに表情を戻し、愛想良く挨拶する。

 しかし彼がそんな彼女と目を合わせ、僅かに笑顔を浮かべて


「えっと……君は新人さん、だね。ミリア、いるかな?」


 と言葉を出したとき、彼女は落胆した。

 ああ、この人もミリアさん目当てのお客さんなんだな、と。


 ミリアはアニーの1つ年上で、先輩店員でもある。

 彼女とよく似た背格好なのだが、顔立ちの非常に整った美少女で、いつもニコニコと笑顔の接客だ。

 その上、取り扱うアイテムの知識も深く、自分にも優しく接してくれる理想の先輩でもある。

 さらに、十七歳という年齢ながら、オーナーの娘ということもあり、この店の副店長だ。

 子供っぽく、少々天然なところはあるが、それらが重なって、とにかく男性客に人気がある。

 接客中に何度もデートに誘われているところを見たことがあるが、いつも


「ごめんね、彼氏がいるから……」


 と断っている。

 だが、二人だけの時に


「彼氏って、どんな人なんですか?」


 と尋ねても、


「うーん、秘密」


 と笑ってごまかされていたので、多分、本当は彼氏などいなくて、男性客を煙に巻くウソだと思っていた。

 それでも、多くの男性客は懲りずに彼女を見たくて、話したくてこの店に通っているのだが。

 この青年にしても、来店して最初の言葉がミリアのことだったので、彼女目当ての男性の一人だと考えた。


「すみません、ミリア副店長は現在、魔導アイテムのカスタムに取りかかっていまして、本日は店頭には出て来ていないのです」


 これは本当のことで、ミリアは腕の良いアイテム職人でもあった。

 そしてそれに夢中になり出すと、自室兼工房に数日間籠もることもよくあった。


「なら、この建物内には居るんだね……悪いけど、『アクトが来た』って伝えてくれるかな?」


 引き下がらない彼に少々戸惑いを覚えたが、名前を出すということは何かあるのかもしれない。

 ミリアは一度工房に引きこもったらそう簡単に出てこないし、一応声だけ掛けて断られたら正直にそう話して、この男性客には帰ってもらうか、もしくは本来の仕事であるアイテム購入を勧めるように切り替えよう……そう考えた。


「……はい、では、少々、お待ちください」


 ちょっと甘い対応だとは考えつつ、彼がかなりの実力の冒険者だという直感と、ミリア目当てだとはいえ誠実そうに見えた態度から、彼の要望に応じることにした。

 店番をベテランの女性店員に任せて、建物の奥、ミリアの部屋に行き、その扉をノックする。


「……はい、起きてますよー……眠いけど……」


「あの、アニーです……その、アクトって言う名前の人が来てて、自分が来たって伝えてくれって……」


「えっ……アクトが来たの!? ちょっとまって、すぐに支度するから!」


 嬉しそうな声がしたかと思うと、約三十秒後には普段と変わらぬ店員の格好、見るからに元気そうで、髪も後ろで束ねた美少女が上機嫌で出てきた。

 そしてアニーを置いていく勢いで店頭まで小走りに進み、彼と顔を合わせると、


「いらっしゃいませ! アクト、新しい装備、届いてるからこっちに来て!」


 と、弾けるような笑顔でそう告げた。

 そしてそのまま彼を建物の奥へと、手を引くように連れて行った。

 その様子に唖然として……そしてアニーは気づいた。

 彼が、アクトが、ミリアの言う「彼氏」なのだと。

 

 ミリアの自室兼工房にたどり着いた二人は、まず顔を見合わせて頷くと、彼女の方が魔道具を取り出して棚の上に置き、そのスイッチをスライドさせて結界を発動させた。

 これで部屋の中をのぞき見ることはできないし、また、音が外部に漏れる心配も無い。


「思ったより早かったね……新装備を待ちわびた……っていうことじゃなくて、ひょっとして……」

「ああ、なんか新しい任務があるらしい」

「やっぱり、そうなのね……ついこの間、『真竜』を倒したばかりだっていうのにね……」


 ミリアが少々オーバーに、げんなりした様子でそう口にした。


「ああ、まったく人使いが荒い……ところで、あの新しい女性店員……ひょっとして潜伏騎士?」


「そう、アニーって言うの。まだ見習いだけどね。可愛いでしょ?」


「なんで、この店に来たんだ?」


「さあ? 私も詳しいこと聞かされてないし、まだ私も潜伏騎士って明かしてないよ……ところで、新装備なんだけど、まず魔導インナースーツは第十五世代『黒竜』。耐衝撃、耐刃、対攻撃魔法、耐熱、耐冷、耐火、温湿度調整がさらに強化されて、それに伴ってツインシステムの『充魔石』も高密度・大容量化。筋力補助も従来比、なんと50パーセントもアップしていて……」


 アクトは、いきいきと新魔導アイテムの性能を語る彼女を見て、本当にこの手の仕事が好きなんだな、と感心していた。

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