宝玉解析
アクトはワイヤーを緩め、ゆっくりと、音を立てないように床に降りていく。
その後、天井に張り付いていたワイヤーの先端部、魔法力場を解除して腰のベルトに巻き戻す。
素早くその場を離れ、分厚い扉まで戻った。
門番がまだ戻ってきていないことを確認し、僅かに扉を開けてそこをすり抜け、また閉める。
解除させていた魔力封印を元通り展開し、極力音を立てないように庭を駆け抜け、また10フィート以上もある壁面を軽々と飛び越えて、待機しているミリアの元へと戻った。
彼女の方はというと、特に変わったこともなく、壁にもたれて暇そうにあくびをしていた。
しかし、近づく気配に気づくと、すぐに警戒体勢を取った。何者か分からなかったためだ。
だが、その警戒は杞憂に終わった。すぐにアクトだと気づいたからだ。
「……もう、ここまで来たのならそんなに気配を消す必要ないのに……かえって怪しまれるよ?」
ミリアが笑顔でそう話す。
「見つからなきゃそれに超したことはないさ。それに、まだ目的は果たしていない」
「そうなの? 何も分からなかった?」
「今はまだ、な。でも、すぐに分かるはずだ……これ、調べてくれるか?」
アクトはそう言うと、腰のポーチにしまっていた宝玉を取り出す。
「えっ……ちょっと! 取ってきちゃったの?」
「ああ、国家的緊急事態の可能性があるからな」
「……それって、どういう根拠?」
「俺の勘だよ……それに、すぐに返すつもりだしな。ばれなきゃ問題ないさ」
「もう……呆れた。まあ、今更ね……えっと、調べろってことよね?」
「ああ、頼む」
ミリアは諦めたようにため息をついた。
二人で近くの路地裏へと移動し、そこで彼女が宝玉に関して鑑定を始めた。
彼女のパワーグローブやゴーグルはアクトのものと同等性能だが、それを、特に解析に関して完璧に使いこなせるのは、やはり創業家一族の中でも天才児と称されていたミリアの方だ。
僅か数分で結論を出す。
「……これは、よくできているけど、完璧な純白の光を出すシロモノじゃないね……青い光と黄色い光を混ぜて白く見せかけているだけ。巧みな調整を、底面の魔水晶が制御している。厳密には、赤い光がほとんど含まれていない……まあ、それでもかなりの、数億ウェンはしそうな逸品だけどね。あと、ちょっと変わった呪法も刻まれてる……これは……うん、精神的な回復魔法の一種みたいね。あんまり乱用すると依存性が出ちゃうかも知れないけど……私も初めて見たよ。この宝玉は古代遺跡から発掘されて、そのまま持ち込まれたのかな……まあ、証拠はないし、グレーゾーンではあるけど、違法とは言い切れないね。あと、擬似的な白い光を発するには、かなりの魔力が必要になるはず。どこか……多分、あの女神像の中か、地下に、大容量の充魔石が存在していると思うわ」
「なるほど……で、危険性は?」
「少なくとも国家的緊急事態にはならないと思うけど?」
「じゃあ、その疑いが晴れたってことで、それも1つの成果だな」
「もう……いつか取り返しのつかないことになるよ?」
ミリアが再び呆れの言葉を掛けようとしたが、そのときにはアクトは身を翻し、気配を消しつつ、路地裏を抜けだし、壁面を飛び越え、再び風のように宗教団体の敷地内へと再潜入した。
庭の中の番犬は、相変わらず眠ったままだ。
門番は帰ってきていたが、再度「お腹が痛くなる魔法」で、腹を押さえて呻きながらどこかへ行ってしまう。
おそらく、何か悪いものでも食べて食あたりを起こした、と思っていることだろう。
そのまま、前回と同じ手順で聖堂内に侵入し、宝玉を元通り取り付ける。
強固な魔力封印、警報発動の魔法を復活させるときは、さすがのアクトも緊張したが、やはり5分ほどで無事成功させた。
そしてまた敷地外へ無事脱出したのだが、そこで予想外のことが起きていた。
ミリアが、おそらく敷地周辺を見回りしていた施設関係者に、職務質問されていたのだ。