聖女と最愛の魔法使い
―――どれくらい戦っただろう。
時間さえも分からないほど疲労から鈍る頭では、ただ、なんとしても今目の前にいる凶悪な魔王を斃さなければということしか考えられなくなっていた。
聖女という役割を与えられ、共に戦う四人の仲間達の魔力を回復し、魔王からの攻撃を受けた傷を治癒するという作業を永遠と繰り返した結果、とっくの当に限界を迎えていた。
それなのに、魔王はその身体に傷一つ負うことなく余裕の笑みを浮かべている。
つまり、魔王と私達との間に戦力差があることは歴然としていた。
(っ、このままでは魔王を斃すどころか私達が殺されてしまう……!)
魔王の力は強大だ。私達の生まれ故郷も、この魔王が魔界から突如として現れ攻撃してきたことによって、今では国の人口も半分にまで減ってしまった。
このままでは魔王に故郷を滅ぼされてしまうと立ち上がった私達は、国の未来を背負ってここまで来たというのに。
(何か、何か方法は……!)
何も考えられない頭で何も出てこないと分かっていても、諦めるわけにはいかないと自分を奮い立たせたその時、隣で言葉を発したのは魔法使いである“彼”だった。
「……俺が斃すよ」
「え……」
自らそう言って名乗りを上げて皆の前に立とうとした彼を引き留めて尋ねる。
「どうやって!? 私も一緒に戦うから教えて!」
魔法使いである彼は聡明であることを十分すぎるほどに理解していた私は、何か打開策があるのだと一気に希望が開けた気がして尋ねるが。
「それは無理。ごめん」
「え……、!?」
刹那、私の身体は泡のようなものに包まれた。
それが彼の“結界”魔法であることを知っている私が唖然としてしまっていると、彼は結界越しに私の手に触れるようにして言った。
「少しの間、休んでいて。その間に、斃して必ず戻ってくるから」
「た、斃して必ず戻ってくるって……」
五人がかりでも斃せなかったのに、あなた一人では無理よと告げようとした私の視界が揺れる。
それもまた、彼の“睡眠”魔法によるものだと気が付いた時には、身体から力が抜けて……。
(うそ、でしょ……?)
「ごめんね、こうするしかないんだ。君を守るには、こうするしか……」
そんな彼の言葉を最後に私の意識は途絶え、次に目を覚ました時には、私達は外にいた。
神殿の外、それも魔王が籠城していた神殿は跡形もなく消えて。
それだけではなく。
「どこに、いるの……?」
魔法使いである“彼”の姿がどこにもない。
魔法使いであり、私の最愛である“彼”の姿が。
「うそ、うそよね? だって、約束したじゃない。生きて二人で、必ず帰ろうって。
そうしたら、そうしたら……っ」
結婚しようって……。
耳の奥に、頭の中にこびりついている。
最期にあなたが私にかけた言葉を。
私の名前を呼ぶあなたの声を。
別れ際のあなたの表情を。
今もずっと、必死にあなたの声を、姿を探している―――
「……駄目、やはりこの本にも載っていない……」
齢5歳にして図書館に入り浸り、間違いなくその年頃の子供が読む本ではない分厚い史実が描かれた歴史書を片手に呟く。
側から見たら神童と呼ばれるか、はたまた奇異や畏怖の目を向けられることは間違いないだろうけど、どうか放っておいてほしい。
私には、私がすべきこと……およそ500年という月日が流れた今の今まで成し遂げられなかったことを成し遂げる義務があるのだから。
500年前などと何を言っているのだろうと自分でも思うけれど、私には、今の自分と容姿が瓜二つの全く別人として生きた記憶、つまり前世の記憶というものがある。
何を言っているんだコイツはと思ったあなたは正しい。私もそう思う。
だけど、これは夢物語でも御伽噺でもなく紛れもない真実であり現実。
だってその証拠に、私にはきちんと別人として生きた記憶があるのだ。
魔王と戦った……、そう、丁度この表紙の絵に描かれている500年前に生きた初代聖女が、この私だ。
とは言っても、聖女とは名ばかりで、最愛であり魔法使いとして共に戦った“彼”に守られただけの、そんな名ばかりの聖女。
歴史というものは嘘ばかりで残酷だ。
というのも、どの歴史書においても言えることだが“彼”こそが魔王を斃したという功績については一切描写されていない。
代わりに、聖女である私が仲間達と共に魔王を斃しとされ、そして彼はというと、戦死したという一言で片付けられていた。本来ならば最も称賛されるべき彼がだ。
こんなことがあってたまるかと怒りを覚えるが、史実を曲解して伝えたかつての王族を恨んでいる場合ではない。
(“彼”がその後どうなったのかを知りたい)
彼のおかげで魔王が再び人間の前に姿を現すことはなかった。
この500年という年月の間、魔王が復活したことは一度もないらしい。
それから、魔法使いの彼のことも。
(どの歴史書でも戦死とされているけれど、私は絶対に諦めない)
彼の亡骸を見たわけではない……、いや、実際に亡骸を目にしたらショックで立ち直れなくなってしまうかもしれないけど、私は彼が魔王を斃してはいおしまいとは思えないのだ。
そう思いたいだけだということもあるかもしれないが、彼は魔法使いとして群を抜いて強かったから、魔王を斃してからの彼のその後を知りたかった。
そう彼に関する情報を探し続けること20年、ついに魔王が520年ぶりに復活したのである。
幸い特に大きな被害はなかったものの、いつまた魔王が現れるか分からないからと勇者一行が召集され、かつて戦いを繰り広げた場所である神殿へと向かった。
そして私は、再び聖女として同行することが適ったのだ。
(まさか、魔王が復活したのと同時くらいに前世と同じ力を引き継ぐことになるとは思ってもみなかった)
これは私にとって好機だった。
魔王と接触すれば彼の居場所が、末路が分かるかもしれない。
確かにそう思っていたけれど……。
「な……、なっ!?」
いざ魔王と対面した私は開いた口が塞がらなかった。さすがに、誰がこんなことを予想出来たというのだろう。
「久しぶり、会いたかったよ」
そう口にして微笑んだのは、500年前と変わらない容姿に口ぶりをした彼、私の最愛の魔法使い様だったのだ。
「えっ、知り合い……?」
戸惑う仲間の一人である勇者に声をかけられ、言葉を返そうとしたけれど、口にする前に阻まれる。
言わずもがな最愛の魔法使い……、いえ、今は魔王様である彼に。
「そうだよ。俺と彼女は520年と10ヶ月前、かつての魔王を斃すために共に戦った仲間だ」
まさかの一ヶ月単位で刻むその細かい性格は、紛れもない彼であることを確信した私は、軽く眩暈を覚えながら頭に押さえて口にした。
「そうよ、私は聖女であなたは魔法使いだったはず。
そんなあなたは私を庇って魔王を斃しに行った、そこまでは分かる。
だけどなぜこんなことに!?」
半ば半狂乱になる私に、仲間達が大聖女のことだろうかだの戦死した魔法使いのことかだの困惑しているけれど、今はそれどころじゃない。ごめん許して。
そんな私に、彼は言う。
「あれ? 君にとって俺は死んでいた方が良かった?」
悲しそうに眉尻を下げて言うものだから、私は慌てて首をブンブンと横に振る。
「いいえ!? あなたが死んでいるよりもずっとマシ!! ……なの? この状況は!?
だって私は、あなたを斃しに来たんですけど!?」
「分かった、君が混乱していることは十分過ぎるほど分かったからとりあえず落ち着こうか」
「あなたのせいなんですけどね!!」
「本当にごめん。謝る。君の元へ行こうとしたら行けなかったというか、こんなことになってしまったというか。
とにかく説明するから話を聞いて」
そう口にした刹那、どこからともなく人数分の机と椅子が現れ、挙げ句の果てには湯気を立てたコーヒーや料理が運ばれてくる。
それらを思わず凝視してしまった私に対し、彼は微笑む。
「お腹が空いたでしょう? 安心して、毒なんて入っていない。
ここまで来てくれた君と、連れてきてくれた仲間達への感謝の意味を込めて俺がつい先ほど作ったんだ」
「!? あなたが作った……?」
「うん」
言われて恐る恐る机の上を見れば、確かに500年前に彼が作ってくれた懐かしい見た目をした料理の数々がある。
そして、その香りがふわりと鼻を掠めた瞬間、ほぼ皆同時にそれぞれのお腹が鳴ってしまって。
彼はクスリと笑いながら言った。
「どうぞ、召し上がれ」
(どうしてこんなことに……!)
そう思ったけれど、道中携帯食が尽きてからはろくなものを食べていなかった私達は、その香りに抗うことなど出来ず彼の言われるがまま料理を口にする。
そして、一口その懐かしい見た目をした料理を口にした刹那、涙を溢した。
「え!? ま、まずかった!?」
驚き慌てる彼に向かって首を横に振り、「まさか」と呟いてから続けた。
「とても……、とても美味しくて、温かい……。ありがとう」
そう心からの笑みを浮かべると、彼は「そ、それは良かった」と少し目を逸らしてから、実は、とポツリポツリとこうなった経緯を話し始めた。
曰く、あの後魔王を斃して無事に人間界へ帰還したが、百年という年月が流れすでにかつての仲間達は亡くなっていたこと、そして、魔王を斃したことで魔王の部下だった魔物達に連れ戻され、魔王という地位を授かってしまったのだと彼は言った。
「魔王は魔界かこの神殿でしか生きられない。
それも、永遠の命が手に入るんだ。
不老不死……、つまり、俺の身体は500年前と何ら変わらない。
君も、そう見えるでしょう?」
「えぇ、確かに……」
言われてみればそうね、と頷くと、彼は心臓の辺りを押さえて言った。
「魔界は人間界と変わらず平和な場所だ。
かつての魔王が魔界と同じように人間界を乗っ取ろうとしなければ、こんなことにはならなかった……。
嘆いても仕方がないことだけど、そんな魔王を斃したせいで俺は、ここから外へは一歩も出られなくなってしまったんだ」
「…………」
その悲痛な声に、皆が食事を摂る手を止め心配気に彼を見やる。
彼は「まあ、こうしてまた君に会えたから良いのだけど」と微笑む。
「食べて食べて。おかわりも沢山用意しているから」
その言葉や表情は、500年前、かつての仲間達を守ろうとしてくれた変わらない優しさを感じて。
胸がいっぱいになってしまった私はそれ以上言葉にすることが出来ず、ただ黙々と料理に舌鼓を打った。
全てのお皿が空になり、皆のお腹が満たされた時には、すっかり今は魔王様である彼と勇者パーティーは打ち解けていた。
けれど、やはり気配りの出来る彼は時を見計らって言葉を切り出した。
「名残惜しいけれど、そろそろお別れの時間だね。久しぶりに人と話が出来て楽しかったよ」
そう口にするや否や、私達の椅子や机は取り払われ、代わりに床には私達に足元に魔法陣が現れる。
それが転移魔法だと一瞬で気が付いた私に、彼は言った。
「君に最後一目会いたくて雑に呼び立ててしまってごめんね。会えて嬉しかった。ありがとう。元気でね」
「……っ」
そう一方的に口にして笑った彼の目元には、涙が光っていて。
そんな彼の姿が魔法陣から溢れ出した眩いばかりの光に包まれて見えなくなる。
そして。
「……なんで」
眩いばかりの光が消えゆっくりと目を開けた先には、目を丸くし呆然と呟く彼の姿があって。
代わりに、一緒にいたはずの仲間達の姿はない。転移に成功したのだろう。
そして転移陣の外に飛び出し自ら彼と共に神殿に残ることを選んだ私は、深く息を吸ってから言葉を発した。
「……っ、この大馬鹿者!!!!」
「!?」
あらん限りの叫びの言葉に彼は狼狽える。
無理もない、私が彼にこんな悪口を言ったことなど、彼と出会い過ごした中で一度だってなかったのだから。
だけど、今日こそは500年溜まっていた想いを全てぶちまけさせてもらおう。
「何が『少しの間休んでいて』よ!? 500年以上も待たされたんですけど!?
それとも何? あなたにとっては500年が“少しの間”の内に入るって言うの!?
確かに私はかつて聖女として生きたのが50年で今世では25歳だから75年くらいしか生きている記憶がないけれどそれでも十分待ったと思う!!
健気すぎない私!? なのにあなたは魔王と戦うこともお別れも全部一人で勝手に自己完結して私の意見なんて聞いてはくれなくて!
最悪! 最低! 二度と離れられると思うなばか!!」
「…………」
「ちょっと話聞いてんの!?」
自分でも何を叫んでいるのか分からない。
勢いのままガシッと彼の胸ぐらを掴みグワングワンと揺らすと、不意に彼が私の腕を掴みじっとこちらを見下ろす。
漆黒の髪から覗く紫の瞳に捉えられてようやく彼と至近距離にいることに気付いた私が固まってしまっていると、彼はゆっくりと掠れた声で口を開いた。
「……今の言葉、本当?」
「え?」
「俺の解釈で間違いなければ……、俺の幻聴や都合の良い夢でなければ、君は俺のことをまだ“好き”、でいてくれている、ということ……?」
「……!!」
思い返してみれば、勢いに任せて随分大胆な言葉を口走ってしまった気がする!
と慌てて距離を取ろうとした私を、掴んだ腕が許さないとばかりに逆に引き寄せ、その力強い腕に閉じ込められる。
「そうか、そうだったんだ、ごめん、知らなかった…………」
(……あぁ)
耳に届く男性にしては少し高めの声も、私と頭ひとつ分違う身長も、服越しでも伝わる高めの体温も。
記憶と何ひとつ違わないことに、自然と涙を溢しギュッとその背中に抱きつく。
今度こそ離さないという意志を込めて。
そんな私に、彼は困ったように笑って言った。
「待って、抱きしめてくれるのは嬉しいけどそろそろ顔が見たい」
「無理」
「そこを何とか」
こちらは75年も待たされたのよと意地悪したかったけれど、私も彼の顔が見たくてつい許したように顔を上げてしまえば、至近距離で目が合う。
そして、彼は嬉しそうに私の頬に触って言う。
「あぁ、やっと会えた」
「……っ」
その安堵のような、幸せそうな声で口にした彼が、私のことをどう思っているのかくらい簡単に分かってしまって。
つい簡単に許しそうになってしまう自分を恨めしく思いながら、口を開いた。
「……前」
「前?」
「名前、呼んで」
「!」
今の自分とは違うかつての私の名前、別人として生きてきた今は誰も私に呼ぶことのない名前を……。
彼は少し驚いたように目を瞠ったけど、やがて泣きそうな笑みを湛えてその名を紡いだ。
「エルヴィーラ」
その名前を呼ばれた瞬間、心が震える。
(やっと、やっと……)
そう心の中で歓喜していた私をじっと見つめている彼が、何を考えているのか手に取るように分かって。
私はもう怒りがすっかりおさまってしまったことに苦笑しながらも、愛しい彼の名を噛み締めるように、前世越しに呼ぶ。
「イヴ」
そう口にすると、彼は今度こそ泣き出してしまって。その涙を止めるためにそっと頬に口付けると、彼は驚いたように目を丸くしてから、恐る恐る尋ねた。
「後悔、しない?」
「なぜ?」
「俺といたら、人間界に帰るのは難しくなると思う。そうしたら、君の大切な人達が」
「いないわ。私は、今世で家族には恵まれなかったから」
「……そう」
彼の顔に影がさす。
そんな顔をしないでとその頬に手を伸ばして笑った。
「良いの。今こうして、あなたと出会えてあなたといられるから。
あなたと生きられることが最高の幸せだから」
「エルヴィーラ……」
彼の頬に伸ばした私の手に、彼が口付けてから呟いた。
「そんな可愛いことを言われると、500年分の想いが今すぐ爆発しそうなんだけど」
「か、加減して!」
そういえば500年前からすでに彼の私に対する想いは甘く重かったことを思い出し、赤面する私に彼はクスクスと笑って言った。
「極力自制するけれど、多分無理かもしれない。今のうちに謝っておく。ごめんね。
……だって、こんなにも君のことを」
愛しているから。
そう告げた彼は、その言葉通り自制していないだろうと言いたくなるくらい息も出来ないほどの重い愛を、その唇に乗せて伝えてきた。
そうして、嫌というほど彼の重すぎる愛を受け止めたところで、息も絶え絶えの私をよそに彼は説明を始めた。
「とりあえず、神殿はこのまま閉じるね。魔王となった俺が人間界を牛耳ろうなんてことは微塵も思っていないから。
元はと言えば、君の魂を感知して君にもう一度会うためだけに魔王が復活したよ、というお知らせをしたかっただけだし」
息も絶え絶えの私はそれどころじゃないから余計にイヴの言っている意味が分からず、とりあえず黙って話を聞いていると、彼は私を抱き寄せ魔法陣を展開させながら言った。
「さて、これから魔界にある魔王城へと向かうけれど安心して。
角とか生えていても彼らは人間とあまり変わりはないから。
前の魔王が暴君だったらしくて、俺に代わってからは喜んで仕えてくれている、至って平和な世界だから。
……出来れば、そろそろ人間界に戻りたいところだけどね。術があれば」
そうポツリと寂しそうに呟いた彼に、私はふと疑問に思い尋ねる。
「もし人間界へ帰りたいなら、魔王を交代すれば帰れるのではないかしら?」
「えっ」
「……もしかして、考えたことがなかった?」
思わず尋ねた私に、彼は小さく頷いて言う。
「うん、考えたことがなかった……。かつての魔王のせいで傾きかけていた魔界を再建するのに慌ただしく生活していたから……」
何という順応の早さ。それも真面目すぎる回答に私は思わず笑ってしまって。
「ど、どうして笑うの?」
「ふふ、だって、やっぱりあなたは凄いなあと思って」
褒めているのに馬鹿にしていると思ったのか、彼は少し怒ったような顔をした後、やっと呼吸が整った私の口を再度彼自身の口で塞いだのだった。
その後の私は、魔王となった彼と魔界で結婚式を挙げ、快適な魔界暮らしを堪能した後、500年も仕事をしたからと半ば強引に彼が魔王を引退し、役目を次世代の魔王と交代した。
そして……。
「まさか人間界に戻ってきてまた人間として生きられるようになっただけじゃなく、俺達のことを綴った本が世に出回ることになるなんても思ってもみなかったよ……」
「そうね。人生何が起こるか分からないわね」
そう笑って言えば、彼は私達が二人で作り上げた絵本を片手に呟いた。
「俺としては、君と二人だけの秘密にしておいても良かったと思うけど」
「私は反対よ。史実のどこにも魔王を斃したはずのあなたを称賛する言葉などなく、全て私が横取りしたような内容にすり替わっていて!
信じられないわ」
「魔法使いより聖女が斃しました〜の方が色々と都合が良かったんだよ、きっと」
「えー」
思わず不満の声を漏らせば、彼は私を後ろから抱きしめて笑う。
「だからこそ、今世の勇者パーティーの人達が今の王家に進言してくれただけでなく、俺達の本を出そうと言ってくれたんだよね」
そう、かつての聖女と魔法使いだった私達の真実を記した本として世の中に広めようと言ってくれたのは、他でもない仲間達のおかげなのだ。
「だからって一体何人の人達が読んでくれるかも、読んで真実だと思ってくれるかも分からないじゃない」
「俺はそれで良いと思うよ。信じたい人だけが信じる。
本当のことは、500年前を実際に生きた俺達しか知らないのだから」
「……それもそうね」
こうして今度こそ二人で生きることが出来るんだもの、と嬉しくて自然と笑みが溢れる私を見て、彼は優しい顔で微笑みながら言った。
「生まれてきたらこの子にも、本を通して教えてあげよう」
そう、私のお腹にはすでに新しい小さな命が宿っている。
そのお腹に彼の手をそっと導きながら、笑って付け足した。
「本には記されていない、パパとママの出会いのお話からね」
そう言って二人で顔を見合わせ……、どちらからともなく唇を重ねた。
かつての聖女と魔法使いの真実を描いた絵本。
その本は、『聖女と最愛の魔法使い』という題名で出版され、彼女達の予想とは裏腹に、多くの人々が手に取り知らない人はいないほど有名な絵本に、そしてその史実は今もなお後世に語り継がれているという……―――
いかがでしたでしょうか?
楽しんでお読みいただけていたら幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました!