対戦相手が決まった
途中で波乱はあったものの、その後の旅は順調だった。
カーマイン様の話では、カイウス学園が襲われたことは公にしないという。
そこのところも含めて、ロートレック家に判断を預けたということだ。
まあ、実際のところカイウス側にはケガ人も出ていないし、私たちは無事だったわけだし。
ちゃんと王都に到着できたんだから、良しとしようということで。
ここから私たちは出場選手だけが出入りできるという、専用の宿に宿泊することになる。
出場選手同士がもめないため、情報漏洩しないために、王立学園とは離れた別の宿だ。
王都内の大きな宿は、他国から来た選手団でほぼ満室状態になっているらしい。
上位貴族のタウンハウスも、大会見物にくる親族でいっぱいになっていると聞いた。
戦闘部門の対戦相手は、開会式の前日にくじ引きで決める。
出場者は体育館みたいな建物に集められて、各校の代表がくじを引く。
私たちの代表は、カーマイン様だ。
どの学校にもつきそいの先生がついているが、カーマイン様が一番強そうに見える。
私たちアストラ王国からは、王立学園とカイウス学園。
西の隣国スタニア王国からは王立学園とエルデン学園。
二校ずつ出場しているため、アストラ王国とスタニア王国の王立学園は、シード校になっている。
なぜそう決まったのかは知らないけど、国の規模で決まったのかなあ。
まあ、魔術師が多い国といえば、我がアストラ王国と、西のスタニア王国なんだそうだ。
そんなわけで、予選はカイウス学園、エルデン学園、クロレーヌ王立学園、ブリスデン共和国代表チームの四チームが戦う。
くじ引きの結果、私たちカイウス学園はトーナメントAグループになり、第一試合は、エルデン学園と決まった。
スタニア王国のエルデン領は、カイウス領と隣接していて仲が悪いと聞いている。
舐められないためにも、エルデン学園には負けたくない。
負けたら辺境伯様に合わせる顔がない。
トーナメントBグループの第一試合は東のクロレーヌ王立学園と、ブリスデン代表チーム。
第二試合で、その勝者とアストラ王立学園が当たる。
つまり、決勝まで進まないと、私たちはアストラ王立学園と当たらないことになった。
とりあえずは、スタニアの二校をやっつけないと、私たちは決勝に進めない。
どちらも結界魔導具を持ってる学園だから厳しいかもなあ。
トーナメントBグループの方が、楽な気がする。
くじ引きだから文句は言えないけど。
◇
開会式までは、出場者は自由行動が認められていて、観光をする人もいれば王都の親戚を訪れる人もいる。
この時間に、私はある計画を立てていた。
それはロートレック家を訪れること。
カーマイン様に相談したら最初は反対されたが、用事をすませたらすぐに転移で戻ってくるという約束で、許可してもらえた。
最初、カーマイン様が堂々と正面から面会を申し込んだらどうかと提案してくれたけど、伯爵家が平民を家の中に入れてくれるとは思えないし。
その辺、カイウス辺境伯様はあまり身分にとらわれない人だけれど、王都の貴族はプライドが高いと聞いているしね。
私がロートレック家を訪れる目的は、何かトラブルが起きたときに、お母さんを助けにいけるようにしておきたいからだ。
家の外から庭石のひとつでも拾って収納しておけば、いざという時にそこへ転移できる。
ようは転移のための場所を探しにいくという目的だ。
マリナをあまり巻き込みたくないので、イーサンだけについてきてもらうことにした。
イーサンは一応貴族だし、アレンとも面識あるしね。
辻馬車を雇って伯爵家の近くで降ろしてもらい、こっそりと徒歩で裏口らしき方に行ってみる。
裏庭にはバラの花が咲き乱れていて、よく手入れのされた庭やガゼボが見えている。
辺境伯家ほど大きな家ではないが、王都の家はみんなこんな規模らしい。
あまりぐずぐずしていて不審者と間違われるといけないので、何か収納できそうなものを見繕う。
ドロボウだと思われたらいけないから、なるべく不要品っぽいものはないかとあたりを見回していたら。
バケツを手にもった初老の女性が、家から出てきてこちらに向かって歩いてくる。
使用人だろうか?
私たちは見つからないように、あわてて茂みの陰に身を潜めた。
後ろから庭師のような身なりの男性が追いかけてきた。
「奥様、そんなことは私がやりますので……」
「いいのよ。バラの手入れだけは、昔から私の仕事なんですから」
おだやかな笑みを浮かべた女性は、上品そうな言葉遣いだ。
奥様……
伯爵家で奥様と呼ばれるとしたら、現伯爵か先代の伯爵の妻だけだ。
ということはこの人が……もしかすると私のおばあさま?
そういえば、お母さんとよく似ている。
姿だけじゃなく、おっとりとしたしゃべり方や、声まで。
先代はすでに引退して領地に引きこもっていると聞いていたけど、ここに住んでいるんだろうか?
「アリス、まずいぜ。さっさとその辺の小石でも拾って引き上げよう」
「うん……待って。ちょっとだけ」
私は二度と会う機会がないかもしれないおばあさまを覚えておきたくて、少し身を乗り出した。
バケツを置くとその人は、手を広げて魔法を発動した。
しおれかけた草花が、みるみる元気を取り戻し始める。
間違いない! この人、絶対おばあさまだ。
だって、今の魔法、お母さんと一緒だもん!
ただよっている魔力もお母さんと似ていて、懐かしい感じがした。
ぼーっと見ていたら、うっかりガサっと落ち葉を踏んで、音をたててしまった。
「誰かいるのかしら?」
おばあさまがのんきな声で、私のいる方向に話しかけてくる。
もう……こののんびりしたところも、お母さんとそっくり!
不審者だったらどうするの!
イーサンはさっさと逃げてしまったが、私は少しだけおばあさまと話をしてみたくなった。
「すみません、バラがきれいだったので、ついのぞいてしまいました」
「あら、女の子だったのね。その姿は学生さんかしら」
「はい、魔術大会に参加するために、王都に来ています」
「そう。バラを褒めていただいたお礼に、一輪差し上げるわ。何色がお好きかしら?」
「いいんですか? 私はピンクが好きです」
「まあ、うちの娘もピンクのバラが大好きなのよ。……あらっ?」
おばあさまは何かに気付いたように私の顔をしげしげと見て、それから手に持っていたはさみをポトリと落とした。
目を丸くして、驚いている。
「あなた……アリスちゃんね? そうでしょう? 魔術大会で王都に来たのよね?」
「あー、えっと、そうです。突然訪ねてきてしまって、すみません。お母さんが心配で」
「そうだったの。ごめんなさいね。今、ロゼッタに会わせてあげることはできないわ」
「いいんです。無事だって知ってましたから。先日ロートレック伯爵令息様にお会いして、教えてもらいました」
「ああ、そういえば、アレンに会ったのね。あの子も魔術大会に出場していますものね」
おばあさまは、手際よく何輪かのバラを切って器用にトゲを取ると、手早く紐で束にしてくれた。
それを手渡しながら、少し寂しそうな笑顔になった。
「いろいろとねえ……事情があるのよ。でも、私はあなたのことも応援しているわ。だってロゼッタの娘なんですもの」
「ありがとうございます。いいんです、今日、こうやって会えただけでも」
「私の主人は昔かたぎの頑固な人なのよ。でも、あなたたちことを嫌っているというわけではないの。関わらないようにすることが、お互いのためだと思っていただけなのよ。あなたのお父さまのことも、私たちはよく知っているの。昔は信頼し合っていたわ」
そうだよね、お父さんはこの家の騎士だったんだから。
裏切った形になって、恨まれているだろうとは思っていたけど。
私やカイルが生まれて、これまで幸せにやってきたことは、伝わっているんだろうか。
もう少し話をしていたかったけれど、庭師の人がまた戻ってくるのが見えた。
「もう行きます。バラ、ありがとうございました」
「あ、アリスちゃん……私は、あなたの味方ですよ。またいつか会いましょうね」
「はい! またいつか」
そんな日がくるのかどうかわからないけれど。
私は、おばあさまからもらったバラの花束を手に、急いでイーサンと転移して、宿に戻った。




