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野猿で悪かったわね!

 遠くから先頭を駆けてくる青年が目に入った。

 金髪でまだ若そうだけど、騎士だろうか。

 立派な装備を身につけているので、盗賊には見えない。

 時々敵に火魔法を投げているので、どうみても貴族だ。

 後ろから、騎士団らしき統一感のある装備の集団が隊列で駆けてくる。

 なんだろ……? アレ。


「アリス、あっちは敵じゃなさそうだぞ!」

「イーサン、どこかの貴族かな?」

「多分あれは……」


 突然別方向から騎士団が向かってくるので、盗賊たちは驚いたようだ。

 ということは、少なくともこいつらの仲間ではない?

 迷いを見せ始めた盗賊たちを、カーマイン様が次々と倒していく。

 呆然と成り行きを見守っているうちに、謎の集団が私たちのところへたどり着いた。


「ロートレック伯爵令息!」

「ああ、イーサンか。何てザマだ。この程度の相手に」


 え? ロートレック伯爵令息って……

 もしかして、従兄のアレン様?

 あ。手紙によると『従兄弟とは認めない』らしいけど。


「あー。馬車の屋根に登ってる野生の猿のような女! 降りてこい、見苦しい!」


 野生の猿……失礼な。

 イーサンが困ったように目で合図を送ってくるので、仕方ない。

 ここで問題起こすわけにもいかないので、馬車の屋根から降りた。

 マリナとふたりで、アレン様の前に膝をついて頭を下げる。

 相手は初対面の伯爵令息だし、平民は許可がないと頭を上げられない。


「イーサン、これがそうなのか? アレか?」

「アリスです。隣は同じく、今回の出場メンバーのマリナです」


 イーサンが私たちに代わって紹介をしてくれる。

 アレン様はおおげさに大きくため息をつくと、「もういい、顔をあげろ」と言った。

 初めてみる従兄は、すらりとした高身長で、金髪のイケメンだ。

 どことなくお母さんに似ているような顔だが、苦虫をかみつぶしたような表情をしている。


「敵は全員捕らえました!」


 辺境伯家の騎士団の人が報告に来てくれた。

 少し離れた場所で敵を縛り上げているのが見える。

 全員捕まえたようで、とりあえずホッとした。


「この一行のリーダーは誰だ?」

「私だが。カイウス学園の引率、ネヴィル・カーマインだ。そちらは?」

「アレン・ロートレックだ。やつらはロートレック伯爵家が身柄を引き受ける」

「そうはいかない。私はカイウス辺境伯の代理でもある。襲ってきた盗賊をみすみす引き渡すわけにはいかない」

「我々は、こいつらがカイウス学園の生徒を狙うという情報を知って、ここまで駆けつけたんだ。全部が無理なら、半分だけでも引き渡してもらえないだろうか?」


 アレンは、カーマイン様にも臆することなく、取引を持ちかけている。

 しかし、盗賊を半分譲れというのも、変な取引だけど。

 カーマイン様は少し考えて、態度を軟化させた。


「何かそちら側の事情でもあるのなら、聞かないでもないが?」

「あの者たちは恐らく、ザダリア侯爵家の手の者だ。巻き込んで申し訳ないが、ロートレック家が対応すべき問題だ」


 カーマイン様を含め、周囲の皆が「?」という顔をして、私の方を振り返った。

 いや、知りませんって。ロートレック家の問題なんて。

 私には関係ありません!


「単刀直入に言うが、ザダリア侯爵家はアリスを狙っている。母親を逃がした恨みで、娘を愛人にして子でも成そうとしているんだろう」

「はあああ? ザダリア侯爵が私を愛人にっ?」

「侯爵ではない。息子の方だ。デリック・ザダリア侯爵令息」


 思わず声が出てしまったが、アレン様が顔をしかめながらも説明を補足してくれる。

 なんてことだ。

 昔侯爵様がお母さんに逃げられた恨みで、娘を捕まえて息子の愛人にする?

 頭がおかしいとしか思えない。


「あの、アレン殿。ザダリア侯爵家がアリスを狙っているのは、魔術大会に出場させないためではないのですか?」


 イーサンは以前に面識があるからなのか、わりと普通にアレン様に話しかけている。


「いや、それもあるが、単に個人的恨みだ。ロートレック家に対する嫌がらせでもある」

「そういうことであれば、盗賊はロートレック家に任せることにするか。こっちも盗賊を連れ歩く余裕もないしな」


 私たちは一応騎士団が護衛についてはいるが、盗賊を引き取るとなると、騎士団の何名かはカイウス領へ引き返すことになる。

 確かにそんな余裕はないかも。


「あの、カーマイン様。ザダリア侯爵家の狙いが私だけというなら……私はアレがありますし」

「まあ……そうだな。では、ロートレック伯爵令息、あの盗賊の始末をお願いできるだろうか」


 カーマイン様は、私がひとりだけなら転移で逃げられることを知っている。

 盗賊をロートレックが引き受けてくれるというなら、助かるよね。


「かたじけない。討伐していただいた謝礼はあらためて、カイウス辺境伯の方へ届けさせる」


 アレンはカーマイン様に、礼儀正しく頭を下げた。

 口は悪いが、話の筋は通っていて、正直そうな印象だ。

 以前にイーサンも、悪いやつではないと言ってたっけ。


「行くぞ」


 アレンは立ち去るときに、ほんの一瞬私の方を見た。


「あ、あの……」

「なんだ。何か言いたいことでもあるのか」

「お母さんは……お母さんは無事ですか?」


 長く会えていないお母さんが心配で、涙が出そうになる。

 本当にロートレック家にいるのか、それだけでも聞きたい。


「誤解がないように言っておくが、お前の母親はロートレック家が保護しているのだ。ザダリア家からな」

「そうだったんですか……ありがとうございます。それだけ聞いたら十分です」


 アレンの言うことを信じるなら、ロートレック家は、嫌がらせだけでお母さんをさらったわけじゃなかったんだ。

 表向きは私を大会に出場させないためのように見えているけど、この様子だと私たちの邪魔をする気はなさそうだし。

 それならお母さんは、今はロートレック家にかくまってもらっている方が安全なのかもしれない。


 アレンは私に向かって小さくうなずくと、騎士団を率いて去っていった。

 私のたったひとりの従兄弟はずいぶん立派な伯爵令息なんだな、というのが初めて会った感想だ。

 血がつながっているとは、あまり思えなかったな。


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