秘密の同盟
「なんだ……今の。ここはどこ? 学園じゃないじゃん」
「うん、ここね、私の収納の中」
「えええ? どういうこと?」
「ようこそ、私たちの隠れ家へ! イーサンが初めてのお客さんだよ!」
マリナがまるで自分の部屋みたいに、イーサンに椅子をすすめている。
あ、厳密にはカーマイン様もご招待したことあるけどね。
もう最近はベッドやらソファーやら、ふかふかのカーペットまで持ち込んで、リビングルームみたいになっている。
マリナはさっそく、作ったばかりのフルーツゼリーやらコーヒーゼリーやらを持ってきて、スイーツタイムを始めるつもりだ。
「おやつタイムはいいけど、遅くなるんじゃねえの?」
「大丈夫。この収納の中、時間止まってるから」
「うーーー。俺だけ状況がわからない! もっと親切に説明してよ」
「この収納の中から、学園の私たちの部屋に転移するんだけど、辺境伯様の部屋を出てから約一秒後に到着することになるの」
「この中にいると、外では時間が経過していない?」
「うん、そう」
「私たち、時々ここで休憩してるんだよ。休み時間とか。ねっアリス」
「はあああ。信じられねえ。アリスって、俺と同じ人間なの?って時々思うよ」
「失礼ねえ。単なる収納魔法の応用じゃない」
「あーわかったわかった。もう考えるのはやめだ! どうせ考えたってわかんねえし」
イーサンはどかっとソファーに座ると、やけ食いのようにコーヒーゼリーを食べ始めた。
「うまいな、これ。新作のスイーツってやつ?」
「うん、昨日マリナの実家で作ったんだよ。海藻が原料なんだ」
「つまり、アリスたちはいつもこの転移スキルで、実家に帰ったりしてるわけ?」
「このスキルを使えるようになったのって、割と最近なんだ。一年生のときは普通に馬車に乗ってたよ」
イーサンには、これまでに起きた出来事を順番に説明した。
私の母が誘拐されて、私たちも襲われそうになって、その時に偶然収納の中へ転移してしまったこと。
そこから出るときに、他の場所へ転移できるようになったこと。
私とマリナはいつも一緒に行動しているので、グループとして認識されていて、一緒に転移できるようになったこと。
「それでね、今後私たちは一緒に行動することが多くなるし、イーサンには秘密を話しておいた方がいいかなって。でも、絶対他の人の前で転移しないようにって、辺境伯様から禁止されてるんだ」
「そりゃあ、こんだけのスキル使えたら、アリスはあっちこっちから狙われるだろうからなあ」
「うん。でも私はさらわれても、転移で帰ってこれるけどね」
「それでも、気絶させられてたりしたら、帰ってこれないだろ?」
「まあ、そうだよね。さらわれてもいいから、怪我はしたくないなあ」
「ちぇっ。ほんとお前ら、のんきだよなあ。危ない目に合ってるってのに」
「もうイーサンには私の秘密スキルを話しちゃったから、秘密同盟の仲間だからね!」
「おぅ……誰にも話したりしねえよ。そんなことしたら辺境伯様に首飛ばされるって」
「これでイーサンも内緒話があるときに、ここで話せるよねえ」
マリナはスイーツを食べ終えると、満足げな顔をしてソファにごろんと横になっている。
実際、私たちは他の生徒の前で話せない秘密が多すぎる。
今日は新しいスキルを練習したけれど、そのこともまだ三人と辺境伯様たちだけの秘密だ。
そういうことを話し合うには、ここが便利だよね。
「私とマリナが襲われたときって、まだ大会のメンバーが発表される前だったの。それで、辺境伯様が、学園内部にスパイがいるかもしれないって言ってたよ」
「そりゃ、スパイぐらいいるだろうな。こっちだって密偵送ってるぐらいだし」
「だからね。学園の中でもなかなか話せないことあるし、ここで話すのが安全かなって」
「確かにな。俺が女子寮の部屋に行くわけにもいかねえし」
「あのね、イーサン。三人揃って転移するのって、ちょっとコツがいるから、時々練習させてくれる? いざというときのために」
「ああ、いいぜ。てことは、今度大会で王都へ行くだろ? そんときもひょっとして、一瞬で帰ってこれる?」
「そりゃあ帰ってこれるけど……いくらなんでも出場メンバーがその日に帰ってきたら怪しすぎるから、やっぱり馬車で帰ると思うよ」
「そうかあ……そりゃあ残念。結構遠いんだよなあ、王都」
「この間行ってきてくれたところだもんね。本当にあのときはありがとう」
「いいよ、俺だって王立学園の偵察したかったしさ」
私とイーサンがあれこれ話していると、マリナはいつの間にか寝息をたてて寝ていた。
よっぽど疲れたのかな。
適当な時間にマリナを起こして、まずは寮の私の部屋に転移して、それからふたりでイーサンを送っていった。
「三人だった」ということにしておかないと、誰かに見られたときに言い訳できない。
この世界、結構男女関係には厳しいからね。貴族様は。
イーサンの部屋まで送っていって、不要品をいくつか収納しておくことにした。
ひびの入ったカップとか、ちぎれたベルトとか、本当に不要品だ。
「これで今度から直接イーサンの部屋に送ってこれるから」
「それは助かるな。よろしく頼むよ」
私とマリナは周囲に誰もいないのを確認して、転移で女子寮へ戻った。




