辺境伯領は都会だった
オンボロの荷馬車で一週間かけて、辺境伯領へ向かった。
弟のカイルは7歳。適性は父と同じ火属性だ。
なんと、村長の息子と同じ、剣士のスキルがあったらしい。
小さな頃はお人形のようにカワイイ弟だったけれど、今では少年っぽく成長して、時々剣の稽古をしている。
大人になったらお父さんのように、狩りをするんだそうだ。
詳しい説明もなく馬車に乗せられたカイルは、引っ越しと旅行の違いもよくわからず喜んでいる。
村には同じ年頃の友達もいなかったから、きっと未練もないだろう。
私も、村に未練なんかない。
お父さんに石を投げたあんな村。出てきてよかった。
私は家族が一緒なら、どこでだって生きていける。
幸い、戦争中に我が家は、それなりの貯蓄ができた。
こんな機会はめったにないだろうから、家族旅行を楽しもうと、お父さんもお母さんも気持ちを切り替えたようだ。
よその領を通過するたびに、めずらしい食べ物を買ったり、観光をしたり。
宿屋の食堂で外食をするのも初めてで、カイルは大喜び。
思えばあの辺鄙な村でずっと暮らすよりも、移住したほうがよかったのかも。
そんな気持ちになってきた。
楽しい旅路だった。
◇
カイウス辺境伯領。
国の最西端にある広い領地で、気候は良い。
四季があって、さまざまな作物が栽培されているそうだ。
辺境伯領に着いて驚いたのは、想像していたよりもずっと華やかな都会だったことだ。
ここが王都だと言われても信じてしまうぐらい。
たくさんのお店があって、女の人はおしゃれなドレスを着ていて、美味しい食べ物がいっぱい売っていて。
まさに観光に来た『おのぼりさん』という気分だ。
あ、これ、前世の言葉だっけ。
辺境伯領は戦争で領民が減ってしまったので、農業に従事する民を募集していて、お父さんはその情報を知っていたんだって。
綿花や薬草を育てた実績があるということで、すぐに住民登録をしてもらえたんだそうだ。
土魔法使いが2人いるというのも、高ポイントだったらしい。
なんの学もない農民なのに、適性って意外なところで役に立つもんだね。
与えられた家や農地は、辺境伯から借りている形になり、税を納めなければならない。
村にいたときよりも、税金はかなり高い。
たった3人で農業をするのは、限界がある。
人を雇うにも、知り合いなどいない土地だしね。
新しい家の片付けが終わり、家族会議になったとき、私はひとつの決意を話すことにした。
「私ね。ここでは能力を隠すのをやめることにする」
「なんですって! どうして?」
母は即座に反対した。
でもね、能力を隠すのって、限界があるって思ったんだ。
大きな軍隊を持つ辺境伯領でなら、薬草の需要はずっとある。
それなら、最初から実力を見せつけたほうがいい。
誰にも負けないような薬草農園をつくって、優遇されるぐらいになったら、人から文句を言われることもないんじゃないか。
綿花は土地面積の割に単価が安いので、薬草農園が良いという考えを話した。
それと、もうひとつの覚悟。
収納スキルを持っていることを、隠さない。
商売にバンバン使う。
もしそれで、次の戦争のときに従軍要請がきたとしても、まさか前線で戦うわけじゃないしね。
この世界には、治癒スキル持ちがいて、そういう人は前線に行かされることもあるらしいけど、それとは違う。
収納スキルが優遇されるのは、あくまでも荷運びで、後方支援だよね。
「従軍してもいいだなんて、なぜそんなことを考えたんだ? 正直に言ってみなさい」
「うん……私、難しいことはよくわからないけど、いずれ収納スキルのことがバレて国から命令がきたら、逆らえないでしょう? でも辺境伯領に雇われてしまえば、ずっと辺境伯領にいられるよね? 国にバレて王都に連れていかれるより、そっちの方がマシかなって思ったの。だって王都では農業できないし、家族と離れ離れになっちゃう」
「そうか、そこまで考えたのか」
お父さんは、お母さんほど頭から反対するでもなく、腕組みをして考えこんでいる。
家族が辺境伯領で生きていくには、薬草の出荷が大前提だ。
私やお母さんが土魔法を使えば、良質の薬草が大量に作れる。
その上、荷馬車も使わずに、私とお父さんだけで荷運びもできる。
それだけの能力を隠し通すのは難しいと、私でもわかる。
小さな村じゃないんだから、いずれバレると思ったほうがいい。
「よし、わかった。ただし、アリスは学園に行け。そして、そこで薬草の勉強をしたらどうだ? 辺境伯領には王都と同じように、学園がある。貴族だけでなく平民も通っているそうだ。お前なら魔力量とスキルだけで入学できるだろう」
「そうなの?」
「適性判断のときに、神官から王都の学園をすすめられただろう? 魔力量の多い人間は、それだけで優遇される。隠さないと決めたのなら、いっそ思い切り有能なところを見せて、辺境伯に守ってもらうというのもいいかもしれんからな」
「学園だなんて……アリスちゃんが家を出るのは、反対よ。危なすぎるわ。変な貴族に目をつけられたらどうするのよ!」
「俺たちは平民だからな。そん時はまたどこかへサクっと移住したらいいだけのことさ。違うか?」
お父さんは開き直ったような笑顔で、私に向かってニヤっと笑った。
「そうだよ! お父さん、お母さん! 私の収納の中には、家族が数年食べられるぐらいの作物が入ってるんだよ! 山奥に逃げたって生きていけるよ」
「そうね……そうだったわ。いつでも家族で引っ越せるように、このさいもっと貯め込んでおくといいかもね。アリスちゃんがいるんだもの」
「いい考えだな。家族で世界中を旅して回っても、荷物は手ぶらでいけるな」
家族会議の結果、私は12歳になったら辺境伯領の学園を受験することになった。
平民だからと舐められないように、お父さんが家庭教師をつけてくれた。
2年間頑張って準備して、必ず好成績で入学するようにと言われてしまった。
それだけ貴族のいる場所へ行くのは、甘くないということだと思う。
一生懸命勉強した。
前世は高校生だったんだもの。試験勉強は得意だ。
本当なら国立の大学に行きたかった。それぐらい、成績は良かったほうだ。
普通科や商業科ではなく、魔術科を目指そう。
そこで魔法をバンバン使って、世界一の魔力量を目指すのだ!