収納の効果的な使い方
忙しい。
魔術大会の準備をしながら、スイーツの在庫を作ったり、ポーション作ったり。
辺境伯家のアルバイトもあるし、事務処理は私がひとりでやってるし。
お母さんが王都に行ってしまったから、実家の畑もお世話しに帰らないといけない。
まあ、瞬間移動で帰れるようになったのが救いだけど、身体がいくつあっても足りないよ。
仕方がないから、収納の中でスイーツやポーションを作って、時間を節約しようとしてみた。
最初は良いアイデアだと思ったけど、収納の中で作業をしたって疲れるものは疲れる。
そして外の世界に戻ってきたら、まったく時間は経過していないわけで。
そのまま寝ないで働き続けることになってしまう。
やり方を間違えた。
作業は外でやって、収納の中で寝るのが正解だった。
もしくは収納の中で作業をして、ついでに睡眠をとってから出てくるのが正解だ。
でないと、身体のサイクルが狂ってしまう。
つまり収納の中で長時間過ごすと、前世の知識で言うならば、時差ボケになってしまうのだ。
それなら丸一日、つまり二十四時間収納の中で過ごして出てきたらどうだろう?と思ったんだけど。
収納の中では時計が進まないので、そもそも二十四時間たったかどうかがわからない。
異空間って本当に不思議だ。
時間もなければ、座標もない世界。
でも、ローレンの収納の中では時間は動いているんだよね。
なぜ、同じ異空間なのに違うんだろう。
もし上級魔術院に進学したら、時間や空間の魔法をもっと研究することができるのかな。
まあそんなわけで、収納の中で作業をするというアイデアは諦めた。
でも、時間がなくて睡眠不足というときだけ、昼寝をするのに利用している。
「マリナ、ちょっと休憩行かない?」
「あ、うん。ちょうどスイーツ食べたいと思ってたんだ」
マリナも、すっかり収納の中で休憩することに慣れた。
静かだし、誰にも邪魔されないし、暑くもなく寒くもなく、ほんとに快適なんだよね。
寮にいると誰かがしょっちゅう訪ねてきたり、頼み事をされたりするので、休憩したいときの避難場所にバッチリ。
なので、最近ベッドを買って、収納の中に入れてある。
もちろん昼寝用だ。夜はちゃんと寮のベッドで寝てますよ。
そんなことを繰り返していたら、いつの間にか、マリナとは離れていても一緒に転移できるようになってた。
最初のうちは毎回手をつないで、反対の手に持ったポシェットを収納に入れるようにしていたんだけど。
今では収納の中を想像しただけで、ふたり揃って転移できる。
スキルの習熟度が上がったということかな。
ただし、実家に帰ったりするときは、相変わらずカボチャの箱の中に入ってるけどね。
グループ化の定義はまだよくわかっていないけど、私の中でマリナは特別な存在で。
自分の収納の中に入ってきても大丈夫な、唯一の存在だ。
この先私のせいで何か危ない目にあったときに、一緒に避難できるのはいいよね。
◇
イーサンは出立前に言っていたように、一週間ほどで王都から戻ってきた。
かなり疲れたような顔をしていたので、無理をさせてしまったのではないかと心配してしまった。
報告を全員で聞くために、いつもの五人でセドック先生の研究室に集まっている。
「まず、一番知りたいだろう情報だけど、アリスの母君は無事だったよ。ロートレック家にいるのを確認した」
「よかった……でも、手紙も書けない状態なのかな? 監禁されてるとか?」
「いや、そうじゃない。まあ、順を追って話すよ」
まず、ロートレック家がロレッタを連れ戻したのは、長男のアレンが魔術大会のメンバーに選出されたことが発端らしい。
その後でカイウス学園から実の従兄弟である私が出場するという情報が入って、ロートレック家がスパイではないかと噂が立ったそうだ。
噂の元は、メンバーに選ばれなかったザダリア家の嫌がらせという説が濃厚だ。
それで、ロートレック家としてはロレッタがスパイではないということを証明するために、呼び戻してアレンに協力させることにした。
というのは、表向きの理由だ。
実際はロレッタと一緒にアリスも監禁して、カイウス学園から出場できなくさせることが目的だったらしい。
ふたりがロートレック家にいるとわかれば、スパイ疑惑は払拭できると考えたんだろう。
「でも……最初は人さらいを雇っていたんじゃないの? 襲われかけた私としては、ずいぶん勝手な言い分な気がするけど」
「うん、それはうまくいっていたら、母君とアリスの失踪はロートレック家とは無関係の事件として、どっかに監禁するつもりだったんじゃないかな。アリスが大会に出られなくなれば、それでよかったみたいだし。だけど、犯人は辺境伯騎士団に捕まってしまって、取り調べを受けたからね。ロートレック家の関与は隠し通せないと分かったから、今度は協力しているという筋書きにしたみたいだな」
「なんて身勝手な……」
「アリスの気持ちはわかるよ。だけど、結果的にはその方がマシだったんじゃないかな? 得体のしれない奴らのアジトに監禁されることを考えたら、ロートレック家に軟禁されている方がマシだろ?」
「それはそうだけど。お母さん大丈夫なのかなあ……」
「手紙を預かってきたよ。これ」
「ありがとう。どうやってこれを受け取ったの?」
「まずは読んでみなよ」
『アリスへ 連絡できなくてごめんなさい。私はロートレック家にいて、自由に手紙を出すことができないの。でも、無事ですから、心配しないで。魔術大会が終わったら必ず戻るから待っていてと、お父さんとカイルに伝えて欲しいの。それから、アリス。大会出場おめでとう。いい仲間に恵まれているようで、嬉しいわ。精一杯頑張りなさい。お母さんは、あなたを応援しています。』
走り書きのような、少し乱れた文字。
ロートレック家に使用人として入り込んでいる辺境伯家の密偵に頼んで、手紙を受け取ってきてもらったそうだ。
さすがイーサン。
「イーサン、ありがとう。お母さんが無事だとわかったから、遠慮なく全力で大会にのぞめるよ」
「それと、これ。アレン・ロートレックからも伝言」
『僕はお前を従兄弟だとは認めない。だが、母上を奪ったことは申し訳ないと思っている。誤解してほしくないが、僕はお前の母の力など必要としていない。そちらの情報も聞いていない。大会ではお互い正々堂々と戦おう。 アレン・ロートレック』
差し出されたアレンからの手紙。
従兄弟とは認めない……か。
まあ、当然だよね。平民だし。
この文面から察するに、アレン・ロートレックは少なくとも卑怯なタイプではなさそうかな。
それに、お母さんはカイウス学園の情報なんて何も知らないから、話せるはずがないし。
てことは、結局一番悪いのはザダリア侯爵家ということか。
アレンを引きずり下ろすために、おかしな噂をたてたっていうことだよね。
まったく親子二代にわたって、なんで因縁をつけてくるのか。
ロートレック伯爵家としては、相手が侯爵家だからやむにやまれず……という事情があったように思える。
「アレンと、直接会えたの?」
「ああ。王立学園に通っている親戚に頼んで、連れてきてもらった」
「そう……どんな感じの人だった?」
「普通だな。ごく普通の青年って感じで、伯爵家の嫡男にしては地味な感じだったよ。戦闘向きとは思えないタイプだったけど、まあ、魔術科にはそんなやつの方が多いしね」
「私のことは何か言ってた?」
「とくに何も。どっちかというとザダリア侯爵家を恨んでるような感じだったかな。面倒なことになって迷惑していると言ってたよ」
そっか。だいたいむこうの状況は見えてきた感じ。
ロートレック家はお母さんの実家なんだし、まあ、お母さんがロートレック伯爵と和解してくれることを祈るしかないよね。
それよりも、問題はザダリア家だ。
どんな卑怯な手を仕掛けてくるかわからないから、大会まで気を抜かないようにしないと。
このままいけば、戦闘班はデリック・ザダリアと戦うことになるよね。
で、私たち魔導具班は、アレンと戦うわけか。
アレンは何の魔導具作ってるんだろうなあ。純粋に興味がある。




