カーマイン様をご招待
カーマイン様は応接セットに腰かけて、私にも座るようにすすめてくれた。
侍女の人がテキパキとお茶を持ってきてくれる。
ゆっくりとお茶を口にすると、カーマイン様は大きくため息をついた。
「衝撃的なスキルだね。空間魔法の常識が覆りそうだよ。僕はまだ動揺している」
「そんなにレアですか?」
「おそらく世界初だろうね。他国が隠している場合は別だけど」
「私、カーマイン様に聞きたいことがいっぱいあったんです」
「そうだと思った。僕で答えられることなら、何でも聞くよ」
「収納魔法は人や動物を収納してはいけないという不文律がありますよね? あれは、犯罪になるから、ということ以外に何か理由があるんですか?」
「ああ、それね。多分アリスちゃんの場合は大丈夫なんだろうけど、収納内の時間経過を停止できない人の方が多いんだよね」
「つまり、食べ物を収納したら腐るっていうことですよね」
「そう。僕も見たことがないから未知の世界なんだけど、収納魔法ってその人の魔力に依存してるだろ? つまり狭い収納しか持っていない人もいる。そんなところへ動物を収納したらどうなると思う?」
「死んだり……するのかな」
「正解。窒息死したりするんだよ。中で時間は経過してるからね。空気が足りなければ普通に死ぬし」
「今まで自分の収納の中へ転移した人はいないんですか?」
「そんな話は聞いたことがないなあ。普通は怖くてできないと思うけど。異空間だし」
「私は慣れちゃいました。マリナも全然平気ですよ。中でサンドイッチ食べたりしてました」
「もう、本当にアリスちゃんの話ってなんでもアリだよねえ」
「なんなら、経験してみますか?」
「いいの? 僕もアリスちゃんの収納の中に入れる?」
「入れますよ。簡単に」
カーマイン様の目がキラリと光ったような気がした。
ゴクリ、と生唾を飲み込んでいる。
研究者肌のカーマイン様だもの。好奇心がおさえられないんだろうな。
「じゃあ、手をだしてください」
恐る恐る差し出された手に、私の手を重ねる。
これでグループ化できてるよね。
あとは、ポシェットに意識を集中して……転移!
「これが異空間か……」
「そうです。普通の倉庫みたいなものなんですけど、広すぎて壁が見えないです」
「呆れたな……これを見ただけでも、アリスちゃんの魔力量がとんでもないってわかるよ」
そこいらじゅうに積み上がった荷物を見て、何が面白いのか、カーマイン様はクスクスと笑っている。
「僕はね、今世界で初めての経験をさせてもらっているんだよ。楽しくて仕方がないよ」
「そこに、机と椅子がありますから、座りませんか? お菓子と温かいお茶を出しますね」
「なるほど、温かい食べ物や飲み物がたくさんあるんだったね。トスカ鉱山に行ったときにも、たくさんごちそうになった」
「ここでのんびりしていても、転移した一秒後に戻れるから、誰にも心配かけませんよ。それにここなら内緒話、し放題です!」
「すごい隠れ家だなあ。僕も時々招待してもらおうか。時間がいくらあっても足りないときがあるからね」
「それで、カーマイン様に教えてもらいたいことの続きなんですけど。以前、異空間収納の中で物質の移動は不可能だという話でしたよね?」
「そうだね。その時はそうだった」
「でも、できるようになっちゃいました。A地点で収納したこの箱は、収納内のB地点という座標と結びついている、という仮説でしたよね。でも、この箱をC地点に動かしたとしても、A地点へ取り出せるんです。実証しました。これはどういうことでしょう?」
「うん、それはね。これは僕の仮説だけど、異空間の中は恐らく座標という概念はないんだと思う。つまり、この箱を置いた場所がB地点。どこへ動かしたとしてもこの箱がある場所がB地点ってことかな」
「あ……なるほど。そういう考え方もありますね。私は動かすたびに座標を上書きしていると考えてたんですけど」
「収納の外だと上書きしているだろうね。でも、収納の中はどっちが北とか南とかなさそうだし」
それから、カーマイン様に、グループ化について考えていることを聞いてもらった。
どういう場合にグループ化できて、どういう場合にできないのか、というのが疑問だ。
「グループ化という呼び方、面白いね。まあ、僕が知っていることといえば、収納に入れられるものは、目の前にあるものだけということだね。視界に入っていないものはグループ化もできないんじゃないかな?」
「それは……そうだと思います。じゃあ、目の前にあってもグループ化できるものと、できないものがあるのはなぜなんでしょうか?」
「どうなんだろう。それは収納スキルを使う人によるのかもしれない。アリスちゃんが、これは同じグループだと潜在意識で思い込んでいるものは、グループとして扱われるということじゃないかな? そうじゃないものはどうやってグループ化しているの?」
「それは、たとえばこの箱に入ったカボチャはグループなんですけど、こうやって箱からカボチャを出して、代わりに私が中に入るんです。そうすると新たに私と箱がグループ化されて」
「それで、君はその箱に入って辺境伯家へ転移できる、と。すごいな。それ、僕にもできる?」
「できますよ。箱に入ってくれたらグループ化できます」
「やってみようかなあ……ぜひ体験したいなあ」
「じゃあ、行きましょう! いいところに連れていってあげます!」
「どこに?」
「それは着いてからのお楽しみです!」
私はマリナの家に届ける予定だった、大きめの野菜の箱を探し出して、ふたつくっつけて並べた。
そこにカーマイン様とふたりで入って、手を重ねてもらう。
「これで、グループ化できてる?」
「できてると思います。行きますよ!」
一瞬目の前が真っ暗になって、すぐに聞こえてきた波の音。それから潮の香り。
マリナの家の近くにある、倉庫の前だ。
「カーマイン様、行きましょう!」
久しぶりの海に引き寄せられるように、駆け出す。
すぐに砂浜が見えてきた。
「すごいな……海だ。信じられない」
「ここ、マリナの実家の近くなんです。海、きれいでしょう?」
「ああ、子どもの頃に見たきりで、最近はこんな景色があることを忘れていたよ」
カーマイン様は呆然とした感じで、それでも嬉しそうな表情で海を眺めている。
「カーマイン様、この転移スキルを使えば、魔導具部門じゃなくても優勝できませんか?」
「うーん……それはやめた方がいい。危険だよ、きみが」
「そうですか……危険ですか」
「きみの存在が世界中に知れ渡ると思う。アリスちゃんはそんなこと望んでいるの?」
「望んでないです」
「じゃあ、やっぱりチームで魔導具部門の優勝を目指すのがいいよ。僕も協力するし」
「わかりました。このスキルが何かの役に立てたらって思ったんですけど」
「当分は伏せておいた方がいいね。それと、いつか将来、僕のために力を貸してほしい」
「もちろんです。いつでも協力します!」
「じゃあ、そろそろ戻ろうか? ここにいたら時間が経過してしまうからね」
「そうですね。じゃあ、辺境伯家に帰りましょう」
収納の中へ戻って、辺境伯家の執務室にあったものを手に取り、無事カーマイン様と一緒に戻った。
辺境伯様はまだどこかで用事をしているのか、室内には誰もいなくて、飲みかけのお茶はまだ温かかった。




