初めての野営は、キャンプ気分
スムーズに国境近くまで走って、遠くに高い山が見え始めた。
夕日が落ちてきたので、そろそろこのあたりで野営をすることになった。
夜間の山越えは、慣れている人でも危ないらしい。
森と平原が広がっていて、人も動物も見当たらない。
ここなら見晴らしがいいから、敵が来てもすぐに気付けるだろうと護衛さんは言っていた。
騎士さんたちがテントを準備してくれている間に、私とマリナが食事の支度をする。
男所帯だから、それぐらいはやろうと、マリナと決めていた。
といっても、ほとんど準備はできているので、収納から出すだけだ。
風よけをつくって、魔道具コンロを出す。
大きな鍋に入った具だくさんの野菜スープを火にかける。
騎士さんが焚き火をしていたので、網を置かせてもらって、魚を焼くことにした。
塩とスパイスをたっぷり振って、切り身を次々と焼く。
パンや野菜の煮物なども適当に並べておく。
「おおお! いいにおいだ! こんなところで魚が食えるなんて!」
「マリナのお父さんが釣ってきてくれた魚です!」
カーマイン様が、子どものように喜んでいる。
みんなで火を囲んで、キャンプファイヤーみたいだ。
「スープはセルフサービスです。お好きなだけどうぞ。ロゼッタ農園自慢の野菜がたっぷりです!」
「これはありがたい。いただこう。遠征で干し肉以外のものが食べられるとは」
よかった。喜んでもらえて。
平民の作った食事なんて口に合うだろうかと心配していたが、辺境伯様も機嫌よく食べてくれている。
どんなに偉い人でも、遠征に出たら食事は皆と一緒だもんね。
カーマイン様が言うには、王宮の食堂でも、魚はめったに出てこないらしい。
王宮にも収納スキル持ちはいるが、皆忙しくてあまり食材を運んだりはしないそうだ。
「なあ、お前たちも、辺境伯騎士団で働かないか? 戦わなくていいから、騎士たちの面倒見てやってくれよ」
「ありがたいお誘いですが、私には農園の仕事がありますので……」
「臨時のアルバイトでもいいぞ? 新鮮な魚を持ってきてくれるなら、高く買い取ろう」
「では、ロゼッタ農園の野菜とセットで買い取っていただけるのなら、引き受けます!」
「もちろんだ」
マリナの顔が、ぱっと明るくなった。
魚を辺境伯家に買い取ってもらうアルバイトはいいよね!
あそこはたくさんの人が働いているから、たくさん買ってくれそう。
もちろん私も喜んで協力します。
マリナの実家なら、2日あれば往復してこれるし。
そういえば、学園から借りっぱなしになっていた貯水タンクがあるのを思い出して、外に出して水をいれておいたら、それも大層喜ばれた。
騎士さんたちだって、身体を洗ったりしたいよね。
私とマリナはテントの中で、たらいにお湯を出して、身体を拭いて寝た。
翌朝起きると、朝っぱらからカーマイン様とイーサンが戦闘訓練をしていた。
ロッドを使って、模擬試合をしているようだ。
カーマイン様も初めてロッドを持ったのに、器用に剣のように振り回している。
時々、どちらかに攻撃が当たっても怪我をしている様子はないので、出力を最小限に抑えているようだ。
辺境伯様も、近くに立って笑いながら眺めている。
どっちかというと負けているのは、イーサンだ。
そのうち、勝負がついたのか、ふたりで戻ってきた。
「いやあ~、これ、いいよね。剣と違って軌道が目に見えないから、避けにくいのなんの」
「実際の戦闘に使えそうか?」
「いいと思うよ。剣より攻撃範囲が広いしね。使い慣れたら、コントロールがしやすい」
ふたりとも息を切らして、技の出し方などを語り合っている。
すっかり打ち解けたみたい。
イーサンみたいなロッドの使い方をしようと思ったら、それなりに剣も使えないと無理だ。
イーサン自身も言っていたように、そういう使い方をできる魔術師はなかなかいないと思う。
「ねえ、これ、試作品なんでしょ? 僕に譲ってくれない? きちんとお金払うから」
「ええとですね……完成品ができたら、どっちみち辺境伯様に献上するつもりだったんですが」
カーマイン様と私が辺境伯様を見ると、呆れたような顔をしている。
「どうせ俺はもらったって使えないんだから、使えるのはお前ぐらいのもんだろ」
「やった! じゃあ、これ、僕のね。よし、もっと練習しよう!」
あの調子でずっと振り回されているんだろうか。
イーサンは苦笑している。
イーサンは人と合わせるのがうまいので、いい師匠と弟子になるんじゃないだろうか。
それからカーマイン様は独自でロッドの使い方を研究しているようで、次々と技をあみだしていた。
例えば、杖先をくるくるっと素早く回しながら風魔法を使うと、小さなつむじ風を起こせるようだ。
まっすぐ風を起こすだけでは弱くても、つむじ風なら人を押し返すことぐらいできる。
マリナも教えてもらって、すぐに習得していたし、イーサンも対戦で使いこなしている。
私は風魔法が得意ではないので、あまりうまくできないけど。
カーマイン様が言うには、人は適性のない魔法を使うときには、魔力をたくさん使う。
だから、魔力量の少ない人は、適性魔法だけを使う方が効率がいい。
でも、私のように魔力量に余裕があるなら、全力で苦手な魔法を使うといいらしい。
そういえば、私はいつも魔力を抑えることばかり気にしていて、全力を出したことがなかった。
その話を聞いてから、風魔法も練習するようになった。
ちなみにカーマイン様は4属性すべて使えるが、本来水と土は苦手なんだそうだ。




