上級魔術士様、参上。
慌ただしく準備をして、出発日当日。
騎士団の馬車が学園まで迎えに来てくれた。
前に辺境伯様の後ろに立っていた、護衛の人がふたり、私たちの護衛についてくれるらしい。
いかつい感じの騎士様だけど、頼りになりそう。
6人乗りの大きな馬車だ。
騎士団から魔術師の人も同行してくれるらしく、イーサンはその見習いにつくということだ。
私たちは特に手荷物もないので、ほぼ手ぶらで馬車に乗り込む。
同乗している騎士様は、無言でピシッとした姿勢を崩さない。
馬車の中はなんだか緊張した空気に包まれていた。
「よう! 来たか」
辺境伯様は、まるで親戚の兄ちゃんみたいな感じで、手をあげて挨拶をしてくれた。
私たちは一応、騎士スタイルで頭を下げる。
遠征中はいちいち膝をつかなくても良いとのことだ。
「長旅になるが、のんびりしてくれていたらいい。採取以外のことはこっちでやる」
「わかりました、手伝えることがあれば、声をかけてください」
辺境伯様の後ろには、長髪イケメンの、魔術師様がいた。
この人が辺境伯軍の魔術師様?
「紹介しておく。友人のネヴィル・カーマイン。上級魔術師だ」
「君たちが噂の若手魔術師か。よろしくね」
なんと上級魔術師。雲の上の人だ……すごい。
ということは、上級魔術院に所属してるんだよね。
友人、と言ったけど、騎士団の人ではないんだろうか。
「無理言ってついてきちゃったよ。君たち、面白いもの開発したんだって? その腰にさげているのがそう? 後で見せてくれる?」
カーマイン様は興味津々という顔で、イーサンのロッドを見ている。
私たちも装備してるけど、ローブで隠れているからね。
カーマイン様は、学者肌の人っぽい。
よっぽどロッドに興味があるのか、自分からついてきたようだ。
「予備がありますので、よかったらどうぞ。遠征が終わったら返却してください」
「わあ、うれしいなあ。借りてもいいの? どれでも同じ?」
「サイズと見た目以外は、同じです」
「使い方、教えてくれる?」
カーマイン様の目がキラキラしている。
魔石の交換方法と制限解除の方法を説明すると、機嫌よく杖をいじって遊んでいる。
お気に入りのオモチャを与えられた子どもみたいだ。
まあ、上級魔術師様なんだから、貸し出しても大丈夫だよね。
「僕も学園の後期実技は面白い見世物があるって聞いて、見に行ってたんだよ。君、最初に風魔法使ってた生徒だよね?」
「はいっ! そうです」
「アルフ……辺境伯から君の面倒見るように言われてるから、君は僕と一緒の馬車ね。聞きたいこといっぱいあるし」
「はいっ! よろしくお願いします!」
カーマイン様は、イーサンを連れていってしまった。
イーサン、緊張していたけどなんだか嬉しそうだったなあ。
上級魔術師様がいるなら、私だってこの遠征の間に聞きたいことがいっぱいある。
特に空間魔法と時間魔法について。
こんなチャンスは二度とないかもしれない。
ああいうタイプの人は、専門分野のことを喋りだすと止まらないタイプだ。きっと。
私たちは3台の馬車に分かれて、出発することになった。
私とマリナと護衛の人が2人。
カーマイン様とイーサンと、騎士の人。
辺境伯様と、騎士様たち。
総勢12人だ。
荷物が結構場所をとっていたので、すぐに使わないものは私の収納で引き受けることにした。
私たちの馬車には護衛さんが乗っていて、ちょっと気を使う。
「空気だと思ってくれていい」と言われたが、そんな威圧感のある空気って、無理があるよ。
でも、途中でおやつを分けてあげたら、機嫌よく受け取ってくれたし、笑顔も向けてくれるようになった。
私とマリナはいつものように、ぺちゃくちゃとおしゃべりをしながら、窓の外の風景を眺めているだけだ。
何日ぐらいかかるのかと聞いてみたら、山のふもとまでは2日ほどらしい。
私たちを連れているので、無理をせず、途中で1泊野営をする予定だと。
2人の護衛さんは、何度か辺境伯と一緒に行ったことがあるんだって。
「おふたりはルナリア草を見たことがあるんですか?」
「ああ、ある。夜になると白い小さな花が咲く草だ」
「人間が触れると枯れてしまうと聞いたんですけど……」
「そうなんだ。ちょっとでも触れるとそこから腐ってしまう」
「例えば、触らないように周囲の土を大きく掘り起こすとか」
「もちろんやってみたさ。だけど、根っこに触れてしまうとそれもダメなんだ」
なるほど。根っこがどこまで伸びてるかわからないものね。
失敗する可能性を考えると、冷凍する方が現実的なのか。
少なくとも先に冷凍してしまえば、その部分だけは腐らないんだろうな。
マリナは責任重大だなあ。
私は運ぶだけだけど。
植物図鑑にもちゃんとのっていたんだけど、ルナリア草は夜に花が咲く。
だから、昼間の間に見つけて場所に目印をつけておいて、夜になってから採取するみたい。
辺境伯様は、今回の遠征にかなり期待しているそうだ。
よろしく頼むと、護衛さんにまで頭を下げられてしまった。




