表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/89

辺境伯様の事情

 応接室の真ん中に、辺境伯様がどっしりと座っていて。

 その後ろには、屈強な騎士が3人、微動だにせず並んでいる。

 重圧感、ハンパない。


 私たちは3人横並びで、辺境伯様の前に膝をついた。

 セドック先生は付き添いで、部屋の入口に立っている。


「突然呼び立ててすまない。頭をあげてくれ。少々聞きたいことがあってな。気を使わなくていいから座ってくれ」


 椅子が用意されていたので、言われた通りに座らせてもらう。


「まずはロッドの開発の功績、学生ながら素晴らしいものだ。アリスティア嬢には後ほど報奨を考える。そして、その研究に協力したであろう2人もよくやってくれた。素晴らしい実技だった。君はハンベル領の、フラナガン子爵の息子だな?」

「はい、そうです」

「先ほど見ていたが、風魔法で剣にも劣らない力だった。適性は風だけか?」

「いえ、本当は火の方が得意ですが、今日はアリスティア嬢がいたので」

「なるほど。火と風適性か。率直に聞くが、辺境伯領の騎士団に入る気はないか」

「……ございます」

「即答か。ハンベル領にも騎士団はあるが、いいのか?」

「私が力を出せたのは、このロッドがあったからです。この力を生かせる方に進みたいと思います」

「よき判断だ。悪いようにはしない。期待しているぞ」

「ありがとうございます」


 ちょっと驚いたけど、イーサンは辺境伯騎士団に入るつもりなんだ。

 多分、ハンベル領の騎士団には、魔術師がいないんだろうな。

 辺境伯騎士団には、この学園の魔術科卒業生がいるからね。


「次に、マリナ嬢。稀有な氷結スキルの持ち主だと聞いている。実は、俺もあまり見たことがない。なんでも凍らせることができるんだろうか?」

「はい、水分のあるものなら、だいたいなんでも。金属とかは無理ですが」

「試しに何か凍らせて見せてくれないだろうか。例えば、この花を凍らせることはできるか?」


 テーブルの上に飾ってある鉢植えの花。

 マリナは手をかざしただけで、一瞬で凍らせた。

 辺境伯は、満足げに笑みを浮かべた。


「アリスティア嬢は、収納スキル持ちだな? 時間停止はできるのか?」

「はい。大丈夫です」

「容量はどれぐらいだ?」

「……実は、自分でもよくわからないのです。一杯になったことがないので」

「それほどか……」


 辺境伯は、何か考え込むような様子で一瞬沈黙すると、ちらりとセドック先生の方へ視線を向けた。

 

「実は君たちのことは、かなり以前から噂が届いていた。何度も会わせろと言ってたんだが、そこの教師が頑として会わせてくれなかったんだ。それで、しびれをきらしてこっちから出向いたわけなんだが……ちょっと頼みを聞いてはくれないだろうか」

「辺境伯、彼らは学生ですぞ。本分は勉強です」

「わかっている。しかし、時間があまりないのだ」


 辺境伯は、困ったような顔で、セドック先生と話している。

 話し方で、かなり親しい間柄だと感じるけど……

 個人的な頼みなんだろうか。

 辺境伯様は、さっき会場で見たときのような威厳のある態度ではなく、本気で困っているようだ。


「実は、私には年の離れた妹がいるのだが、病気なのだ。日に日に病状が悪くなっている。魔力欠乏症という、先天的な不治の病だ。そして、この病にはひとつだけ特効薬があると言われている。そうだな? マンガス」

「私は無理だと申し上げましたが」


 セドック先生は不機嫌そうにつっけんどんな返事をしている。

 ていうか、マンガスって、ファーストネーム呼び?


「その特効薬になる薬草があるんだ。アリスティア嬢の母君のロレッタ殿なら知っているかもしれない。ルナリア草という、高山の山頂付近で、まれに咲くと言われている花だ。だが、採取する手段がない」

「それは……どういうことでしょうか」

「人間が触れると、枯れてしまうんだ……いろんな方法で何度もやってみたんだが、見つけても採取できない」

「では、どうやってその薬草が特効薬になるとわかったのですか? 過去には採取した人がいたはずですよね?」

「冷凍保存だ。手を触れずに凍らせて、そのまま持ち帰る必要がある」


 思わずマリナと顔を見合わせる。

 それで、私たち、ということか。

 なるほど、他の人では無理な話だよね。

 過去には、マリナと同じ氷結スキルの人がいたんだろう。


「持ち帰りさえすれば、薬は作れるのですか?」

「ああ、大丈夫だ。冷凍のまま煮沸して、ポーションにする」

「しかし、辺境伯。そんな危険なところへ、子どもたちをやるわけにはいきませんぞ」

「わかってる、わかってるんだ。だけど、精鋭の騎士団を連れていくし、彼女たちのことは私が責任を持って守る。どうか、聞き入れてはもらえないだろうか」


 辺境伯様に頭を下げられて、困ってしまう。

 そんなの、断れるわけないじゃない。

 人の命がかかってるんだもん。妹さんだよね?

 そりゃあ、助けたいよね。


「高山地帯は冬になると雪深くて、とても人は登れない。気候のいい今が最後のチャンスなんだ。妹は多分この冬を越すことができないだろう」


 冬はもう目前にせまっている。

 時間がないというのは、そういう理由か。

 迷っている場合じゃないよね。

 危険な場所らしいけど、辺境伯様は何度もやってみたと言っていたし。

 行って帰ってこれない場所じゃないんだろう。


「わかりました、私はいいですけど……マリナは?」

「私も行きます。大丈夫です」

「そうか。行ってくれるか」


 辺境伯様は、ぱっと嬉しそうな顔になった。

 なんだか憎めない人だな。第一印象とずいぶん違う。

 そんなところが、皆から慕われているんだろう。


 マリナも優しい子だもんね。

 人の命がかかっているのを見過ごせないよね。

 これ、マリナにしかできないことだもん。

 セドック先生も、それ以上は口をはさまなかった。


 早急に騎士団を用意するので、いつでも出立できるようにしておいてほしいと言われた。

 私たちに巻き込まれたイーサンには申し訳ないけど、一緒に行ってくれるようだ。

 いずれカイウス騎士団を目指すつもりがあるなら、いい機会かもね。


 それにしてもてっきりロッドのことだと思っていたら、全然違う用事でびっくりした。

 辺境伯様の必死な様子が伝わってきて、なんだか同情してしまった。

 誰だって、家族は大切だよね。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ