辺境伯様の事情
応接室の真ん中に、辺境伯様がどっしりと座っていて。
その後ろには、屈強な騎士が3人、微動だにせず並んでいる。
重圧感、ハンパない。
私たちは3人横並びで、辺境伯様の前に膝をついた。
セドック先生は付き添いで、部屋の入口に立っている。
「突然呼び立ててすまない。頭をあげてくれ。少々聞きたいことがあってな。気を使わなくていいから座ってくれ」
椅子が用意されていたので、言われた通りに座らせてもらう。
「まずはロッドの開発の功績、学生ながら素晴らしいものだ。アリスティア嬢には後ほど報奨を考える。そして、その研究に協力したであろう2人もよくやってくれた。素晴らしい実技だった。君はハンベル領の、フラナガン子爵の息子だな?」
「はい、そうです」
「先ほど見ていたが、風魔法で剣にも劣らない力だった。適性は風だけか?」
「いえ、本当は火の方が得意ですが、今日はアリスティア嬢がいたので」
「なるほど。火と風適性か。率直に聞くが、辺境伯領の騎士団に入る気はないか」
「……ございます」
「即答か。ハンベル領にも騎士団はあるが、いいのか?」
「私が力を出せたのは、このロッドがあったからです。この力を生かせる方に進みたいと思います」
「よき判断だ。悪いようにはしない。期待しているぞ」
「ありがとうございます」
ちょっと驚いたけど、イーサンは辺境伯騎士団に入るつもりなんだ。
多分、ハンベル領の騎士団には、魔術師がいないんだろうな。
辺境伯騎士団には、この学園の魔術科卒業生がいるからね。
「次に、マリナ嬢。稀有な氷結スキルの持ち主だと聞いている。実は、俺もあまり見たことがない。なんでも凍らせることができるんだろうか?」
「はい、水分のあるものなら、だいたいなんでも。金属とかは無理ですが」
「試しに何か凍らせて見せてくれないだろうか。例えば、この花を凍らせることはできるか?」
テーブルの上に飾ってある鉢植えの花。
マリナは手をかざしただけで、一瞬で凍らせた。
辺境伯は、満足げに笑みを浮かべた。
「アリスティア嬢は、収納スキル持ちだな? 時間停止はできるのか?」
「はい。大丈夫です」
「容量はどれぐらいだ?」
「……実は、自分でもよくわからないのです。一杯になったことがないので」
「それほどか……」
辺境伯は、何か考え込むような様子で一瞬沈黙すると、ちらりとセドック先生の方へ視線を向けた。
「実は君たちのことは、かなり以前から噂が届いていた。何度も会わせろと言ってたんだが、そこの教師が頑として会わせてくれなかったんだ。それで、しびれをきらしてこっちから出向いたわけなんだが……ちょっと頼みを聞いてはくれないだろうか」
「辺境伯、彼らは学生ですぞ。本分は勉強です」
「わかっている。しかし、時間があまりないのだ」
辺境伯は、困ったような顔で、セドック先生と話している。
話し方で、かなり親しい間柄だと感じるけど……
個人的な頼みなんだろうか。
辺境伯様は、さっき会場で見たときのような威厳のある態度ではなく、本気で困っているようだ。
「実は、私には年の離れた妹がいるのだが、病気なのだ。日に日に病状が悪くなっている。魔力欠乏症という、先天的な不治の病だ。そして、この病にはひとつだけ特効薬があると言われている。そうだな? マンガス」
「私は無理だと申し上げましたが」
セドック先生は不機嫌そうにつっけんどんな返事をしている。
ていうか、マンガスって、ファーストネーム呼び?
「その特効薬になる薬草があるんだ。アリスティア嬢の母君のロレッタ殿なら知っているかもしれない。ルナリア草という、高山の山頂付近で、まれに咲くと言われている花だ。だが、採取する手段がない」
「それは……どういうことでしょうか」
「人間が触れると、枯れてしまうんだ……いろんな方法で何度もやってみたんだが、見つけても採取できない」
「では、どうやってその薬草が特効薬になるとわかったのですか? 過去には採取した人がいたはずですよね?」
「冷凍保存だ。手を触れずに凍らせて、そのまま持ち帰る必要がある」
思わずマリナと顔を見合わせる。
それで、私たち、ということか。
なるほど、他の人では無理な話だよね。
過去には、マリナと同じ氷結スキルの人がいたんだろう。
「持ち帰りさえすれば、薬は作れるのですか?」
「ああ、大丈夫だ。冷凍のまま煮沸して、ポーションにする」
「しかし、辺境伯。そんな危険なところへ、子どもたちをやるわけにはいきませんぞ」
「わかってる、わかってるんだ。だけど、精鋭の騎士団を連れていくし、彼女たちのことは私が責任を持って守る。どうか、聞き入れてはもらえないだろうか」
辺境伯様に頭を下げられて、困ってしまう。
そんなの、断れるわけないじゃない。
人の命がかかってるんだもん。妹さんだよね?
そりゃあ、助けたいよね。
「高山地帯は冬になると雪深くて、とても人は登れない。気候のいい今が最後のチャンスなんだ。妹は多分この冬を越すことができないだろう」
冬はもう目前にせまっている。
時間がないというのは、そういう理由か。
迷っている場合じゃないよね。
危険な場所らしいけど、辺境伯様は何度もやってみたと言っていたし。
行って帰ってこれない場所じゃないんだろう。
「わかりました、私はいいですけど……マリナは?」
「私も行きます。大丈夫です」
「そうか。行ってくれるか」
辺境伯様は、ぱっと嬉しそうな顔になった。
なんだか憎めない人だな。第一印象とずいぶん違う。
そんなところが、皆から慕われているんだろう。
マリナも優しい子だもんね。
人の命がかかっているのを見過ごせないよね。
これ、マリナにしかできないことだもん。
セドック先生も、それ以上は口をはさまなかった。
早急に騎士団を用意するので、いつでも出立できるようにしておいてほしいと言われた。
私たちに巻き込まれたイーサンには申し訳ないけど、一緒に行ってくれるようだ。
いずれカイウス騎士団を目指すつもりがあるなら、いい機会かもね。
それにしてもてっきりロッドのことだと思っていたら、全然違う用事でびっくりした。
辺境伯様の必死な様子が伝わってきて、なんだか同情してしまった。
誰だって、家族は大切だよね。




