過去に諦めたこと
なぜか付与のことが頭から離れず、ぐるぐると考えながら廊下を歩いていたら、ローレンが追いかけてきた。
なんだか、思い出せそうで思い出せない、何かがひっかかっている気がして。
「アリス! ねえ、黒曜石、欲しいの?」
「え? あ、まあ、欲しいといえば欲しいけど、そんなの手が出せないし」
「私、持ってる。うちの鉱山で少しとれるから」
「いいなあ。今度見せてね」
「あげてもいいよ。その代わり、私のお願いきいてくれない?」
「お願い?」
「魔石の運搬、手伝ってほしいの。私の収納容量だと、何往復もしないといけなくて……このままだと学業に影響が出そうなの。アリスが手伝ってくれたら、何倍も運べるでしょう? 週末に1回だけでもいいの。そしたら私の持ってる黒曜石好きなだけあげる」
それって鉱山に行くっていうことだよね。
なんて素敵なお誘い!
魔石掘ってるところ、ぜひ見てみたい!
あんなキラキラした石がいっぱい埋まってるのかな。
「いいよ。学園が休みの日ならいつでも。オルセット領って遠いの?」
「ううん、鉱山まで馬車なら半日もあればいけるわ。でも、届け先が今回ちょっと遠いの。隣のハンベル領なんだけど」
「週末2日で行って帰ってこれるかな?」
「アリスがいたら大丈夫だと思う。積み下ろしに時間かからないし。馬車で往復して運ぶとなると、運送費や人件費が馬鹿にならない量で……」
「オッケー。私、魔石の採掘、興味あるから楽しみだわ」
「そう言ってもらえると助かる。魔石も少しならあげる。それで運賃の代わりにしてくれる?」
思いがけず、オルセット領とハンベル領に行くことになってしまった。
タダで旅行に行けると思ったら楽しいよね。
それに、魔石掘ってるところにツテがあるなんて、将来ちょっと使えるかもしれないという欲もあったりして。
「でも、どうしてアリスはそんなに魔石に興味があるの? おうちは農園なんでしょう?」
「魔石に、というか、付与なんだけど……論文のテーマにいいかな、と思っただけで」
「論文って卒論?」
「うーん、自由論文、かな」
そうだ。
在学中に論文で認められたら、上級魔術院進学かセドック先生の助手になれるかもしれないんだった。
無意識だったけど、研究テーマにいいな、って思って。
ていうか、思い出してしまった。
私、進学したかったんだ。大学行きたかった。
薬学部に憧れていたんだっけ。
結局諦めて、就職しようとして……
でも、その思いが捨てきれなくて。
でも、今生は平民で、卒業したら農園で働かないと。
カイルが騎士を目指すなら、なおさら私が農園をやらないと。
それ自体は嫌なことではないし、納得しているつもりだったんだけど。
進学かあ。正直憧れるなあ……上級魔術院。
空間魔法の研究って、上級魔術院に行かないとできないんだよね。
せっかく世界一の収納スキル持ってるんだったら、その分野のスペシャリストになってみたい気がする。
農園を継ぐのって、もっと先じゃあダメなのかな?
お父さんとお母さんってまだ若いもんね。
ちょっと真剣に研究テーマ考えてみようかな……
いつか冷凍庫、作りたいな。
◇
週末朝一番の馬車で、ローレンと鉱山に向かった。
マリナも誘ってみたんだけど、鉱山には興味がないのか、お留守番だそうです。
ポーション作るんだって。
「あのね、アリス。先に言っておくけど。鉱山で働いている人って、すごくガラが悪いの。うちは犯罪者とかは雇ってないんだけど、それでもうかつに近寄ったりしないでね」
「大丈夫。私は貧乏な村の出身だから、慣れてるよ。身の危険があったら、火魔法ぶっ放す」
「ふふふ。頼もしいわね」
鉱山の洞窟の中に入れてもらって、魔石のあるところまで案内してもらった。
すごい。
鍾乳洞のような洞窟に、キラッキラの壁。
危ないからといってあまり奥までは入れてもらえなかったんだけど、あたり一面魔石だ。
「すごいなあ。夢があるなあ。鉱山って。宝の山だよね」
「ふふっ、そんなこと言う女の子なんて、アリスぐらいのものよ。普通は嫌な仕事だと思われるわ」
「この鉱山に宝石はないの?」
「今のところはね。でも、ここは比較的新しい鉱山だから、これから何がでるかはまだわからないわ」
これから何が出るかわからないなんて、アメリカンドリームだなあ。
金とか埋まってたりしないんだろうか。
壁に手を当てて、抽出してみると、鉄分はあるようだ。
それから、ニッケル? 銅もある。
最近、元素記号で抽出ができるようになってきたんだけど、それは私だけの秘密です。
「何してるの?」
「うん、ちょっと鉄の抽出の練習」
「こんなところにきてまで……アリスって本当に勉強の虫なのね」
いや、気になるのよねえ。何が抽出できるのか。
でも、金はなさそう。残念。
あれっ 銀はあるな。Ag
銀食器って、この世界で高価なんじゃなかったっけ。
気になる。気になる。
別の場所では炭素もあった。
これは、アメリカンドリームでは!?
「ねえ、この鉱山……まだ他にも埋まってる気がする」
「他にもって、例えば?」
「これ、ほら。炭だよ。石炭かも?」
「あと、銀。ローレン、アクセサリーとか作るの趣味なんでしょう?」
「そうだけど、銀を採掘して作ろうと思ったことはないわ。そんなこと考えるのアリスぐらいよ」
「将来、どっかから出てくるといいね。金銀財宝。楽しみ」
「なんかアリスにそう言われると、本当に出てくる気がするから不思議だわ……」
あまり時間がなかったから、1時間ほど鉱山の中を歩き回って、魔石を収納した。
一瞬です。
ローレンとふたりで、手ぶらで鉱山を後にする。
後はおやつでも食べながら、ハンベル領を目指すだけだ。




