なんと、魔法のある世界だった
もうすぐ5歳の誕生日、というときに、村の教会から僧侶っぽいおじいちゃんがやってきた。
お父さんとお母さんと3人で、なにやら話をして帰った。
なんだろう、と思っていたら、すぐに呼ばれた。
「アリス。今年5歳になる子どもはみんな、教会で適性判断を受けるんだよ」
「お父さんは狩猟のスキル。私は裁縫のスキルを持っているのよ」
ほへえ。
スキル。
なんだか、前世で読んだ異世界転生の小説のような話だ。
この世界にはそんなものがあったんだ。
そういえば、母は裁縫が得意だ。
村の人に頼まれて、刺繍をしたりサイズ直しをしたりしている。
「お父さんは火魔法、お母さんは土魔法が使えるんだぞ。ほんの少しだけどな」
「まほう」
「そうだ。誰でも、少しは魔力があって、適性のある魔法を使えるんだ」
「火と土の他に、水と風があるのよ」
魔法……突然の非現実的な情報に、頭と心がついていかない。
魔法の種類は4種類。
光や闇といった、よく小説に出てくるような属性はなくて、4属性だけらしい。
「まほう見せて」
「危ないからちょっとだけだぞ」
お父さんは、指先にボッと小さい火を灯して見せてくれた。
前世にあった、ガスライターの火ぐらいだ。
本物の魔法だ。
「すごい。こうげきとかできる?」
「ははは。そいつは無理だ。せいぜい焚き火の火をつけるぐらいだな」
「お母さんは?」
「私は、土に栄養を与えたり、作物の成長を良くしたりできるわ」
「それもすごい」
「お父さんの家系は火魔法が多い。アリスも火か土だろうな」
「でも、まだわからないわよ。何代も前の先祖から適性を受け継ぐ子どももいるわ」
なるほど。実用的な生活魔法ということか。
今まで見たことがなかったのは、家の中で使う必要がなかったからだろうか。
いろいろ質問して聞いてみたところ、4属性魔法というのは練習すれば誰でも使えるものだが、人によって適性がある。
適性のない魔法は、使えなくはないが適性のある魔法に比べると、ほとんど使い物にならないらしい。
母が適性のない水魔法をやってみせてくれたが、指先から1滴ポトリと水が滴っただけだった。それで精一杯なんだって。
父は火が得意なだけあって、水魔法はまったくダメなんだそうだ。
スキルというのは、元々得意なことを練習していると、それに関連するスキルが出やすくなるらしい。
5歳の時点では、まだスキルは持っていない子どもが多いが、小さな頃から畑仕事を手伝っていたりすると、5歳でも農業系スキルを持っていることもあるんだそうだ。
私はこの世界に転生してから、母の手伝いと弟の子守りぐらいしかやっていない。
家事とか、子守のスキルなんてあるんだろうか。
料理のスキルとかあったらいいんだけどなあ。
そんなことがわかっていたら、もっとお料理手伝ったのに。
そんなわけで、翌週、家族全員で教会を訪れた。
村のはずれにある小さな古い教会には、村の子どもが数人とその家族が集まっている。
大人たちは慣れたもので、のんびりと世間話をしているが、連れられている子どもは皆緊張した顔をしている。
そうだよね。スキル次第で、将来が左右されるんだもんね。
全員が揃ったところで、先日家に来ていたおじいちゃんが、大きな水晶玉を持って現れた。
『テンプレ』と心の中でつぶやく。
やっぱり魔法と言えば水晶玉よね。
おじいちゃんは、今日は少し豪華な、神官のローブのようなものを着ている。
水晶に触れると適性を示す色が光る、という簡単な説明があって、順番に名前を呼ばれる。
最初に呼ばれたのは、村長さんの息子、デイビッドという名前らしい。
村人に比べると、高級そうな衣服を着た子どもだ。
「デイビッドの適性は、風。剣士のスキルがある」
おおお、と大人たち全員がどよめき、村長さんはうれしそうに手をたたいた。
大きくなったら村を守るんだぞ、と息子に言い聞かせている。
風の魔法でどんなことができるのかわからないけど、速く走れたりして、戦う人にとっては役立つらしい。
順番に名前を呼ばれて、ついに私の番になった。
おそるおそる、そーっと水晶玉に触れると、一瞬青く光り、それから黄色に変わって、黄緑色のような色になった。
ほほう、と神官のおじいちゃんはあごひげをなでながら、目を丸くしている。
「これはもしや、2属性かもしれませんな。一瞬水かと思いましたが、土の適性もある。練習するうちにどちらかに決まるでしょう」
「ありがとうございます。ロゼッタが土ですから、土かもしれませんね」
ロゼッタというのはお母さんです。ちなみにお父さんの名前はアルバート。
2属性というのがめずらしいのか、村の人たちに注目されて少し恥ずかしい。
でも、諦めていた水魔法が使えるかもしれないというのは、うれしい誤算だった。
属性は遺伝が多いらしいから、てっきり火か土だと思ってた。
お父さんに連れられて戻ろうとすると、神官おじいちゃんが慌てたように呼び止める。
「おお、待ちなさい。スキルもありますぞ。収納のスキルですぞ!」
収納……キターーーー! 収納!
あの日、転生したときに頭の中に呼びかけてきた神様の声を思い出す。
世界一の収納をくれると言ったけど、あれはスキルのことだったんだ。
約束、守ってくれたんだ。
「収納、というのはあれですか? 商人や軍隊が高給で雇っているという……」
お父さんの顔が少し困惑している。
なぜ?
収納スキルってあれだよね? 異空間になんでもしまえる、っていうやつ。
小説の中ではマジックバッグとか呼ばれてたような。
マジ、うれしい。これさえあれば、どんな狭いワンルームでも暮らせる。
「そうですな。高給かどうかは収納の大きさによるでしょうが、非常にレアなスキルです。おめでとう」
神官おじいちゃんがにっこり笑って、頭をなでてくれた。
でも、お父さんとお母さんはやっぱり困惑しているようで、小声で「誰に似たんだろう」などとささやきあっている。
周囲の村人も、びっくりしたような顔をしているし、そんなにレアスキルなんだろうか。
ラノベ知識によれば、冒険者なんかが普通に持ってそうなスキルなんだけど。
後で神官おじいちゃんが、もう少し詳しい説明を聞かせてくれた。
収納スキルというのは、魔力の大きさで収納力が決まるらしく、平民で魔力の小さい人だと、たいしたものは収納できないらしい。
成長とともに魔力も少しずつ増えるので、意識的に魔力を使うようにしていれば、収納も少しずつ大きくなるだろうという話だった。
今まで村に収納スキルは出たことがないので、神官様もその程度の情報しか知らないんだって。
魔力。
この世界に魔力量を測定する道具は存在しないらしい。
どれぐらいの魔力量があるかは、あくまでも自己申告。
たとえば、魔術師団の入団試験では、「中ぐらいの火魔法を10回続けて撃てます」というように、申告するようだ。
収納魔法だと、「荷馬車1台分ぐらい」のスペースが確保できるなら、仕事として雇ってもらえるんだとか。
でも、転生したときに私がお願いしたのは「世界一の収納」だ。
ということは、世界一の魔力量がないとそれは実現しないよね?
神様、約束守ってくれたんだろうか……
この日から、私は魔法の練習に没頭した。
目指せ、世界一の収納。