タコは海の悪魔だそうです
翌日、マリナとおじさんはさっそく朝早くから船を出したらしい。
私が起きたときには、すでにいなかった。
起きたら、おばさんが朝食を作ってくれていた。
魚のすり身をハンバーグみたいにして挟んだサンドイッチ!
見たことのないサンドイッチだ。
トニオくんとアンナちゃんが待ち構えていたように、海へ行こう言う。
ちょうどお昼ぐらいが、潮が引くタイミングなんだそうだ。
サンドイッチは収納に放り込んで、海辺で食べることにした。
他にもお料理はたくさん収納に入っているしね。
トニオくんとアンナちゃんは慣れたもので、靴を脱ぎ捨てて浅瀬に走っていく。
空は快晴で、波は穏やかで。
ああ~カメラというものがあったら、写真を撮りたい!
この海岸で捕れるのは、まだら貝と言って、茶色のまだら模様がある二枚貝。
トニオくんがすぐに見つけて見せてくれたけど、どう見てもアサリだ!
もう少し大きくて身が赤いのもあるけど、トニオくんも名前は知らないそうだ。
たぶん「赤貝」だよね、と思ったけど。
とにかく、食べられない貝はないから、種類は気にせず捕っていいらしい。
スコップとバケツを借りて、砂に小さな穴があいている場所を探すのがコツなんだとか。
「ほら、お姉ちゃん、ここだよ」とトニオくんが指さした場所を掘ると、たいてい見つかる。
本当に見つけるのが上手らしい。
小さなバケツにいっぱい捕ったところで、一旦休憩。
休憩所のような屋根のある日陰のベンチで、おやつタイムだ。
「ああ~マリナお姉ちゃんがいたら、冷たいお茶が飲めるのになあ」
「大丈夫よ。ちゃーんとマリナお姉ちゃんから氷をもらってあるからね!」
「えっ、本当!?」
ふたりとも小さな水筒を持ってきているので、そこに果実水と氷を入れてあげた。
「うんめえ~! 最高! 美味しいな、アンナ」
「うん、おいしい。甘い」
トニオくんは、いいお兄ちゃんだ。
以前はやんちゃだったらしいけど、マリナが学園に行ってしまってから、よく妹の面倒を見るようになったらしい。
私にも親切で、しっかりしている。
うちのお父さんとお母さん、もうひとりぐらい弟か妹つくってくれないかな。
「さて、じゃあ、おやつも作るから手伝ってくれる?」
「おやつ? ここで作るの?」
器に入ったふわふわの氷。
いちごのソース。
練乳のようなミルクソースもある。
「このふわふわの氷の上に、ソースをかけてね」
「うわあ、きれいだなあ。キラキラしてる」
「冷たいっ! おいしいっ!」
「やっぱりマリナ姉ちゃんってすげえな。氷が出せるんだから」
「そうよ。マリナの氷の魔法は、学園でもすごくめずらしいの」
暑い夏にかき氷は最高だ。海を見ながら食べるなんて!
トニオくんはマリナのことを尊敬しているみたいで、得意げな顔をしている。
のんびり貝を捕ったり、疲れたらおやつを食べたりしていたら、マリナとおじさんが船着き場に帰ってきた。
一目散に駆けていくトニオくんとアンナちゃんを追いかける。
「今日は釣れたぞ~! 大漁だ!」
マリナが出した氷の上に、魚がまだ生きてピチピチしている。
網を引きながら帰ってきたらしく、ずっしりと重い網を引き上げようとしたら……
「うげっ! 悪魔だっ!」
トニオくんとアンナちゃんが、網を見て後ずさった。
なんだろう、と思ったら、大きなタコが張り付いている。
タコ……だよね? 悪魔?
「うわあ。オクトがへばりついてやがる。気持ち悪いなあ」
お父さんとマリナも嫌そうな顔をしている。
オクト……やっぱりタコだよね?
タコ、食べないのかな? 美味しいのに。
あ、でも前世でもタコを食べるのは日本人とスペイン人ぐらいだったかも。
「ねえ、マリナ。あれは、食べられないの?」
「食べないよ~気持ち悪いじゃない。あれ、網にひっついたらなかなかとれないの。それに、切っても切っても死なないから、海の悪魔って呼ばれてるんだよ。顔も悪魔みたいだし、真っ黒な水を吐くし」
そうか。そんなに嫌われてるなら、食べたいとは言えないか……
うーん。惜しい。
ブイヤベースなんかに入れたら最高なんだけどなあ。
「おじさん、オクトって食べる人いないんですか?」
「いや、いないことはないようだ。特に毒があるというわけでもないしな。ただ、このあたりの人は食べないな。他にいくらでもおいしい魚介があるからな」
「アリス、オクト食べたことあるの?」
「ううん、ないけど本で見たことあるの。お料理に使えるんだよ。おいしいって書いてあった」
「ええ~! ほんと?」
「アリスちゃん、本当かい?」
「うちでは薬草を入れた煮込み料理をよくつくるんですけど、そこに書いてあったかな……?」
嘘です。でも、できたらこのタコを持って帰りたい。
足だけでもいいから!
「あのう……このオクト、もらってもいいですか?」
「ああ、もちろんいいよ。今日はアリスちゃんに持って帰ってもらおうと思って、いつもよりたくさん釣ってきたんだからな。なんでも好きなだけ持って帰るといい。うちに置いといても腐っちまう」
おじさんと一緒に近場の解体所まで魚を運んだ。
もちろん、収納運搬サービスです。
マグロみたいに大きな魚をさばくのは、うちの両親には無理っぽいので、切り身にしてもらった。
タコはうねうねとまだ動いている。
さすがに私でも、ちょっと気持ち悪いけど……
勇気を出して、包丁で足を全部切り落とした。
頭はさすがにね。捨てよう。
切り落とした足を、適当にスライスしておく。
「それ……どうやって食べるの?」
「スパイスたっぷりの焼きオクトにするか、トマトで煮込むかな」
マリナが相変わらず嫌そうな顔をしているけど、興味はあるみたい。
「トマトかあ。このへんじゃあ、なかなか手に入らないんだよ、高くて」
「なら、後で在庫から出しておくね! いっぱいあるよ」
「ほんと? お母さん喜ぶだろうなあ」
「いいのかい? なんだか申し訳ないな」
「いいんです。うちの両親から魚をいっぱいもらって、代わりに野菜をいっぱい置いてくるようにって。物々交換です」
「そうか、ならいいが」
おじさん、ほっとしたような顔になる。
このへんじゃあ、魚より野菜の方が高価なんだ。
魚介の方がよっぽどぜいたくに思うけど。




