意外に有名人だった。私が。
「改めて自己紹介するけど、俺はイーサン・フラナガン。隣のハンベル領にある子爵家の次男だ」
「私はアリスティア。どうぞアリスとお呼びください。このカイウス領にある、薬草農園の娘です」
「うん、知ってるよ。ケイシーからよくあなたの話を聞くからね」
「ケイシー様からですか? 私、ケイシー様とほとんどお話ししたことないんですけど」
「ははっ、錬金の授業で勝手に畑の肥料つくったんだろ? あと、セドック先生とよく空間魔法の話をしているとか」
「ああ……それは。錬金クラスにもうひとり男爵令嬢がいるんですけど、私とその人がたまたま収納持ちで」
「オルセット男爵令嬢だろ? 次期鉱山男爵の当主って噂の」
「鉱山男爵ですか?」
「オルセット男爵領って、ほとんど領地らしい領地はなくて、鉱山の管理だけをしている領なんだよ。それで、鉱山男爵。なんだか最近新しい魔石が見つかったとかで、彼女、これから引く手あまたかもね」
「へえ……そうなんですね。全然知りませんでした」
「彼女、最近学園に来てないだろう? ここんとこ鉱山に行ってるらしいよ」
なんと。ローレンが学園に来てないなんて、全然気にしてなかった。
そういえばしばらく顔を見ていない。
私ってほんと周りのことに疎いよなあ。
これまで貴族を視界に入れないようにしてたからか。
ちょっと反省。
「いいよなあ……収納スキル持ちって。うらやましいよ。それだけでアリス嬢も引く手あまただろうな」
「そんな。私なんて平民で、しかもただの農民の娘ですから」
「そんなことないさ。収納スキルを持ってるというだけで、飛び抜けた魔力量だと知れる。貴族だって嫁に欲しいと思う家は多いはずだよ。学年首席の才女で、3属性魔法を使いこなし、収納スキルと膨大な魔力量。この学園であなたの名前を知らない人はいないんじゃない?」
「えっ、私の名前って、そんなに知られてます?」
「アリス嬢だけじゃなくて、マリナ嬢も有名だよ。前回の野外実習でオルセット男爵令嬢とともに、あっという間に防壁を築いたってね。しかも氷の銃弾で攻撃までしてたんだろう? 俺は一応攻撃班に入ってるけど、あの後みんな噂してたよ。なんであんな人たちが攻撃班に入ってないのかってさ」
「ああ……私は、卒業後は農園で働く予定ですので」
「ふふっ、果たしてあなたを辺境伯が放っておくかな。俺はそうは思わないけど」
驚いた。
私やマリナが周囲からそんな目で見られているなんて、想像もしていなかった。
多少はお世辞も入ってるとは思うが、貴族は情報社会って言うから、あながち嘘とも思えない。
下手に関わって虐められたりしたくないから避けてたんだけど、やっぱり少しは貴族とも交流して、情報収集するべきか。
「カイウス辺境伯様って、どんな方なのかご存知ですか?」
「うん、まあ、世間の噂程度には。30代未婚、冷徹で実力主義。軍神と呼ばれるぐらいの剣の腕と知略の持ち主らしいよ。厳しいけれど、自領の民や騎士団の人からは慕われているようだね」
「実力主義」
「気になる?」
「あ、いえ。うちは薬草農園なんですけど、先の戦争で辺境伯領に薬草を出荷してまして、その御縁でこちらへ移住してきたんです」
「そうなの。移住者だったんだ」
「そうです。元々は辺鄙な村の出身で」
「じゃあ、あなたの父上は大出世したわけだ。辺境伯に認められたってことだろう?」
「そうなんでしょうか」
「そうじゃなきゃ、わざわざ自領に農地を与えてまで、そんな辺鄙な村の農民を引き抜いてくるわけないだろ?」
「そういえばそうですね……なんだかできすぎた話だなあとは思ってたんですが」
「カイウス辺境伯って、気に入った人がいたら、他領からでも引き抜いてくるって有名だからな」
なるほど。父が移住を決めたのは、そういう経緯があったのかもしれないな。
単純に村を出たくて移住を決めたのかと思ってたけど。
「ま、今日は誘ってもらえてラッキーだったよ。一度アリス嬢と話してみたかったから。俺も後期は錬金の授業取ろうかなあ。面白そうだし」
「イーサン様は、攻撃班ではないのですか?」
「んーまあ、一応そうだけど、俺別にカイウス領に義理はないからね。ここの騎士団に入るつもりもないし」
そうか。隣の領から来ているということは、自領の騎士団があるよね。
こういう人って、しがらみがなくて、案外付き合いやすいかも。
「私とマリナも多分後期は攻撃魔法の授業に出ます。セドック先生にそう言われていて」
「え、そうなの? なんで?」
「一応ですね……制御できない火魔法持ってると危ないということで」
「あはは。そんな理由か。まあ、練習はしておくに越したことはないよね」
イーサンはおしゃべり好きなようで、ダンスの授業は緊張することもなく、楽しかった。
講師はカイウス辺境伯の家令の人と、元侍女だったという年配の女性。
私たちのような超初心者には、つきっきりでステップを教えてくれた。
『ドレスさばき』が重要だとキャロラインに教えてもらったので、一生懸命真似をしてみたんだけど。
これが結構大変で、ダンス自体よりも、ドレスの裾を踏まないように必死だった感じ。
ケイシーも、マリナには気を使っているようで、笑顔を向けている。
なんだかどちらもぎこちなくて、微笑ましいふたりだ。
「アリスティア様! そのドレス、とってもお似合いでしてよ。お役に立ててよかったわ」
「はい、アクセサリーまで貸していただいて、本当にありがとうございます。次のお茶会は新しい氷菓子を作りますから、期待しておいてください」
「なんだい、その新しい氷菓子っていうのは」
「ええと、私とマリナが作っている冷たいデザートなのです。よかったら後で、イーサン様にもお届けします」
「まあ、わたくしの分もあります?」
「もちろんです、後で寮の方にお持ちしますね!」
アイスクリームファンが増えそうだな……
週末にはちょっと多めに材料を仕入れておいた方がよさそう。
ま、こんなことで喜んでもらえたら、簡単でいいよね。




