ダンスには相手が必要でした
「アリスティア様、マリナ様、ちょっとよろしくて?」
ある日のこと、教室に入るなり、めずらしく貴族女子から声をかけられた。
キャロライン・ハンベル伯爵令嬢。
このクラスの女子のボス的存在で、いつも周囲に取り巻きを侍らせている。
カイウス辺境伯領の隣に位置する、ハンベル伯爵家のご令嬢だ。
王都よりも辺境伯領の方が近いという理由で、この学園に通っているらしい。
この学園には圧倒的にカイウス辺境伯領の人が多いが、自領に学園がない領の人もちらほらいると聞いた。
キャロラインは先日の野外実習の後、マリナにお見舞いを届けてくれたりして、時々私たちのことを気に掛けてくれるようになった。
まあ、伯爵令嬢から見たら、哀れな貧乏人に見えているのかもしれないが。
一応名前を呼ぶことを許可された程度には、付き合いを許されている。
「なんでしょうか、キャロライン様」
「あなたがた、明日のダンスの授業を受けられるのでしょう? 名簿に名前が載っていましたわ」
「ええ、一応その予定ですが、何か……」
「わたくし、先生から皆様のご準備のお手伝いをするようにと、仰せつかっておりますの。失礼ですけど、ドレスなどはご準備できておりますの?」
「ど、ドレスですか?」
「ダンスのレッスンには、ドレスさばきなども含まれるので、当然ロングドレス着用ですわ」
「ドレスさばき」
なんだか、初めて聞く単語。
ローブも一応ロングだけど、これじゃダメなんだろうか?
「入学式の時みたいに、制服でダンスのレッスンなんてもってのほかですわ! わたくしの古いドレスをお貸ししますから、放課後寮の部屋まで取りに来てくださいませ!」
「は、はい……ありがとうございます。お世話かけます」
逆らうこともできず、私とマリナは素直に頭を下げた。
「明日はわたくしの侍女もお貸ししますわ。その様子だと、ドレスを着たこともありませんわね? それと、お相手は決まっておりますの?」
「お相手……とは……」
「もう! ダンスにはお相手が必要でございましょう? どうやって踊るつもりですの?」
私は前世でも体育の授業のフォークダンスぐらいしか踊ったことがない。
お相手なんて、その場で輪になって適当に決めるのかと思っていた。
なんならマリナとふたりで練習すればいいかと思っていたのだ。
「ドレスを着て、エスコートもなしに歩くなんて、クラスメイトにそんな恥ずかしいことさせられませんわ! わかりました、お相手もわたくしが適当に見繕ってさしあげましてよ!」
キャロラインが教室にいる男子をギロリと見回したので、コソコソと数人が逃げた。
「ちょっと! そこのあなたとあなた!」
「お、俺ですか……」
「俺も……?」
ああ、逃げ遅れた気の毒なふたりが青ざめた顔をしている。
魔術師クラスの地味コンビ、イーサン・フラナガンとケイシー・ノランだ。
ケイシーは錬金の授業で顔見知りだが、イーサンは挨拶すらしたことない。
子爵家の次男だか三男だか、確か嫡子ではなかったと聞いたような。
だいたい貴族の跡取りはご立派な出で立ちをしているので、地味タイプは次男以下と最近わかってきた。
ケイシーは伯爵令嬢には逆らえないのか、嫌そうな顔をしてプイっとそっぽを向いている。
「ふたりは、明日の朝、女子寮の前までエスコートに来なさい! 出席者名簿には私が名前を書いておきますから。いいですね!」
ふたりは仕方なさそうに、無言でうなずいた。
ごめんよ。迷惑かけて。
後でお礼のアイスクリームでも届けてあげよう。
放課後、マリナと一緒に、女子寮最上階にあるキャロラインの部屋を訪れた。
女子寮は3階建てなんだけど、最上階は2部屋のみで、上位貴族専用である。
侍女も一緒に住んでいるので、3LDKらしい。
部屋に入って驚いたが、20帖ぐらいありそうな、広々としたリビングだ。
応接セットまである。
洋服屋さんにあるような、ハンガーラックが置かれていて、そこに色とりどりのドレスがかけられている。
「こちらにあるドレスは処分しようと思っていたものですから、使えるものがあれば差し上げますわ。お好きなものをどうぞ」
「いえ、いただくわけには」
「今後も学園にいればダンスの機会はございましてよ? 最低でも1着は持っていた方がいいと思いますわ」
マリナは、美しいドレスに圧倒されたのか、うっとりとした表情で頬をそめている。
その様子に満足したのか、キャロラインはドレスを手にとって物色し始めた。
「これなんか、マリナ様にどうかしら? わたくしには少し可愛らしすぎて、もう着る機会はないと思いますの」
イエローでフリル多めのお姫様ドレス。
マリナは小柄だから、こういうのが確かに似合うかもしれない。
なんたって、12歳だからね!
「キャロライン様がそうおっしゃってくださるなら、そうします」
「そう。じゃあ、次はアリスティア様ね」
あーでもないこーでもないと少し悩んだ末に、キャロラインがすすめてくれたのは、若草色の渋い色味のドレスだ。
フリルも少なめで、どっちかというと、子どもが着るようなドレスではないんだけど。
この人、意外と人を見ているのかもしれない。
私好みのアースカラー。
「これねえ……わたくしにはちょっと地味で、一度しか袖を通しておりませんの。でも、あなたはこういうのがお好きではないかしら? 違った?」
「その通りです、ありがとうございます、キャロライン様!」
「イエローとグリーンのドレスなら、おふたりで並ばれてもとっても映えると思いますわ!」
それから、私はバニラとチョコレートの2種類のアイスクリームを出して、お礼に渡した。
キャロライン様のお友達も呼んで、思いがけずお茶会がスタートしてしまった。
貴族令嬢はいつもこんな風に、自室でお茶会を開いているんだろうか。
そのための、広いリビングだよね、多分。
侍女が、テキパキと紅茶を入れて、アイスクリームを配ってくれた。




