私、火魔法嫌いなんですっ!
マリナが放心したようにペタリと座り込んで、突然わんわん泣き出した。
「うわーん……怖かったよぅ、死ぬかと思ったあ!」
我に返ったように、隣にいたローレンも泣いている。
いつも冷静で、感情を出さないローレンが!
私だって怖かった。
あんな大きな魔獣を見たのも初めてで。
腰が抜けて立てないぐらい。
マリナ、頑張ったよね。
私よりも先にテントに走って、氷の盾を出してたよね。
座り込んでいる私に気づいて、騎士科の先生が手を貸してくれた。
「君が、魔術科首席のアリスティア嬢かい? 見事な火魔法だったじゃないか。今からでも戦闘班に来る気はない?」
「い、嫌ですっ、わ、わたし、農家の娘で、ひっ、火魔法なんて大嫌い、せ、制御、できないしっ、怖いし!」
だめだ。今頃になって怖くて、身体の震えが止まらない。
戦闘なんて嫌だ。二度としたくない。
「そ、そうか。悪かった。もったいないと思ったんだけどな、農家の娘なら仕方ないな」
先生はなだめるようにそう言って、マリナたちのところへ連れていってくれた。
ローレンと3人で肩を抱き合って、わんわん泣いた。
引率の先生たちは、そんな私たち3人に、実習の最高得点を約束してくれた。
後で説明があったが、レッドウルフの群れは、出産したばかりの子どもを守っていたらしい。
そこへ騎士団が踏み込んだので、怒り狂ったそうだ。
結果的に全滅できたので良かったが、本来1年生が討伐できる相手ではない。
まったく予想外の事故だったと、謝罪があった。
それから学園の方から数台の馬車がきて、怪我人と病人を運び、私たちはまた給水しながら徒歩で帰ることになったのである。
トホホ。
ほんと、大変な目に合った。
◇
実習の翌日は、急遽1年生は休みになった。
怪我人や病人が多かったため、全員休養するようにとのことで。
マリナはショックで熱を出して寝込んでしまった。
魔力も枯渇しそうだったらしい。
私は一晩寝たら、体調の方は大丈夫だったので、疲れてはいたけどマリナの看病をすることにした。
収納の中には、作りおきのアイスクリームがいっぱいあるしね。
熱中症気味だったから、アイスばっかり食べてた。
みんなも疲れているだろうからと、ローレンの部屋を訪ねて、女子の人数分のアイスを分けてあげた。
これがすごく喜ばれたみたいで、貴族のお嬢様たちが部屋を訪ねてきてくれた。
マリナが寝込んでいると言ったら、みんな心配して、後からお見舞いをたくさん届けてくれた。
貴族の子女といっても、同じクラスの仲間だから、これでいい印象を持ってもらえたかも。
そう思えば、ちょっと大変な実習だったけど、もういいかと思えた。
翌日マリナはもう一日休むと言うので、ひとりで登校した。
男子生徒は何人か怪我をしたらしく、ちらほら休んでいる人もいる。
先生にマリナの具合はどうかと聞かれたので、魔力が枯渇しかけていたから、回復にはもう1日ぐらいかかると伝えておいた。
マリナがそう言ってたから。
魔力からっぽになると、1日では回復しないんだって。
魔力量の少ない人の方が、回復は早いらしい。知らなかった。
私も気をつけよう。枯渇したことないけど。
午前中の座学が終わって、私はセドック先生に呼び出された。
別に担任の先生というわけではないんだけど、ローレンと私とマリナは、なぜかセドック先生が気にかけてくれている。
非戦闘組だからかな。
「実はな。昨日騎士科のほうから申し入れがあって、アリス嬢とマリナ嬢を戦闘班の方へ移動させないかと言ってきたんだが……」
「嫌です!」
「……まあ、そう言うだろうと思って、断ったんだけどな。辺境伯の方から横槍が入ったんだ」
「辺境伯様から?」
「アリス嬢とマリナ嬢は、今年の首席と次席で、しかも特待生だろう? 卒業後は辺境伯領の騎士団のために、役立つべきではないか、となあ。まあ、横槍を入れてきたのは辺境伯ではなく、甥っ子だが。騎士科の引率をしていた」
ああ、あの教師、辺境伯様の甥っ子なのか。
ということは、目立ってしまったのはマズかったな。後の祭りだけど。
「でも、私の実家は辺境伯様に薬草を納品するために、この領に移住してきたんです。私は弟と一緒に、その薬草農園を継ぐつもりで、学園に入りました。マリナだって、なんらかの形で辺境伯家に就職することは望んでます。卒業後に役に立てというなら、騎士団以外の仕事ではダメなんでしょうか?」
「そうだったのか。実家が農家と言っていたが、辺境伯領の薬草農園なんだな?」
「そうです。先の戦争で薬草を納品していた功績で、こちらの領に」
「わかった。そういうことなら、もう一度話してみよう。私も辺境伯とは知らぬ仲ではないので、直接話した方が早いかもしれん。薬草の納品も、騎士団にとっては大事な仕事だからな」
「ありがとうございます。マリナも性格的に戦闘には全然向いてないと思うので、断る方向でお願いします!」
「まあ……騎士科に目をつけられたのは、どっちかというとアリス嬢だから、そっちは大丈夫だろう。あの火魔法がなあ。あまりに目立ったもんだから」
「あの、私、火魔法使ったの、ほんとに初めてなんです。嘘じゃないです。全然制御できなくて、苦手だし。水魔法と土魔法の方がずっと得意です。適性判定でも、水と土って言われたし」
「わかった、わかった。得意じゃないのは、見ればわかる。問題はそこじゃないんだよ。アリス嬢ならもうわかっていると思うが、魔力量が大きい人間は、4属性のどれでも人並み以上に使いこなせるということなんだ。しかも特大収納持ちだ。軍が喉から手が出るほど欲しい人材なんだよ」
「それは……そうかもしれませんが……でも」
「そこで私からひとつ提案があるのだが、研究職を目指すつもりはないか? 私は辺境伯領の鉱山研究の仕事をしているが、成績優秀な魔術師なら、そういう進路もある。農地や野菜の研究や開発でもいい。在学中に論文が認められでもしたら、騎士団に引っ張られることもないだろう。そういう逃げ道もあると知っておくといい」
そうか。まだ卒業までに3年あるんだし、今進路を決めてしまうこともないよね。
他で有用だと思ってもらえたら、軍に引っ張られることはないかも。
とにかく戦闘職を避けて、実家の農業に役立つ分野へ進めたらいいか。
でないと、平民が辺境伯に逆らうなんて、できないよね。
まあ、卒業後に家族で逃げるっていう手もあるけど、これだけ目立ってしまうとどこに逃げてもバレそうだし。
せっかくセドック先生がそう言ってくれるなら、研究職を目指すのもいいかもしれない。
「あの、研究職ってどうやってなるんですか?」
「そうだなあ。一番手っ取り早いのは、上級魔術院を受験することかな。国の上級魔術士の資格を目指す人が行くところだ」
「うちにはそんなお金ないです。平民だし」
「まあ、特待制度はあるが、それはかなり狭き門だな。後は、私の弟子になるか。はははっ」
「セドック先生の弟子ですか? それって、仕事なんですか?」
「弟子というか、助手だな。ああ、給料は安いぞ」
「うーん、ちょっと考えさせてください」
「まあ、ゆっくり考えてみるといい。まだ時間はある」
セドック先生の助手かあ。
給料安くても、錬金教えてもらえるんだったら、就職先としては悪くないかも。




