野外実習があるそうな
夏休み前に、前期試験というものがあって、その一環として野外実習があるらしい。
これは辺境伯がこの学園のスポンサーになっているため、騎士科と魔術科総出で、魔獣狩りをするんだそうだ。
その件で、私とマリナ、ローレンが職員室に呼び出された。
待っていたのは、セドック先生だった。
「今回の実習で、攻撃魔法が使える者は、全員騎士科と合同で魔獣狩りをする。治癒が使える者も同行して、後方支援に当たる。まあ、それほど心配はいらない実習だが、怪我人が出ることもあるしな。そこで、君たち3人なんだが……」
先生はちょっと申し訳無さそうな顔になった。
そうですね。私たち3人、攻撃にも治癒にも役立たずですもんね。
わかってますよ。
「この実習の点数は、後期試験の結果にプラスされるんだ。だから、それぞれ自分のできることで、魔術を使って協力してほしいんだが……」
「ケイシーくんは何をするんですか?」
「ああ、彼は武器の手入れとか、修復をすると言っている。金属の手入れが得意らしいからな」
「なるほど。私にできそうなことと言えば、ポーション作るぐらいですが」
「そこでだ。アリス嬢とローレン嬢には、物資の運搬を頼めるだろうか。収納スキルも魔術のひとつだからな」
ははあ。そうきたか。
でも、それでいいなら、楽ちんだ。
前線に出なくていいし、道具運びでついていくだけだよね。
「あの……私はどうしたらいいんでしょうか」
「マリナ嬢は、申し訳ないが氷の提供をしてもらえるだろうか。現地はかなり気温が高いし、怪我人や病人が出るかもしれない。それとアリス嬢とふたりで、冷たい飲料水を用意してくれると助かる。その他も気づいたことがあれば、やってくれたら点数に加算する」
「わかりました」
3人ともできることがあって、ちょっとほっとした。
こんなことで試験の成績が悪くなったら、損だもんね。
ローレンはあれからせっせと練習して、今では荷馬車ぐらいの荷物を運べるようになったと言っていた。
騎士科を含めて、1年生は100名ほど。
100人分の飲料水を用意するぐらい、私とマリナにとっては簡単なことだ。
皆それぞれ水筒を持ってくるから、そこに入れてあげるだけでいいらしい。
「気付いたことがあれば、って他に何があるんだろう?」
「私は少し金属の扱いに慣れているから、手が空いたらケイシーの手伝いをしてみようかしら」
「私とマリナは給水係だから、案外それだけで忙しいかも?」
「そうだよね。治癒班だって、怪我人が出なければ待機するだけだよね」
「じゃあ、荷物運びと給水係だけでいいか」
このときはのんきに考えていたんだけど、野外実習は想像していたよりも大変なことになる。
◇
野外実習当日。
ローレンはポーションやら救急道具など、細かい物資の運搬担当。
私はテントやテーブルなどの、大型物資の運搬担当ということにした。
武器が壊れた人のために、学園所有の武器も少し持っていく。
それと、先生に交渉して、学園の給水タンクをひとつ借りた。
そこに水と氷を入れておいて、勝手に汲んでいってもらったほうが、効率がいいと思ったからだ。
小さめの給水タンクぐらいなら収納できる、と言ったら、先生方は喜んでくれた。
成績に加点してくれるといいんだけど。
目指すのは辺境伯領の国境に近い森だ。
当然徒歩。遠足みたいなもんですね。
この時期の魔獣討伐はカイウス学園の名物みたいなものらしく、隊列で行進していると、近所の人が手をふってくれたりする。
それにしても暑い。真夏日だ。
現地に着く前から、給水に来る人が後をたたない。
普段運動していない私なんか、歩くだけで到着する前からヘトヘトだ。
農業や漁業に慣れている私やマリナですらへたばっているんだから、貴族のお嬢様たちはもっと大変じゃないだろうか。
歩きながら水筒を受け取って、私が水を入れて、マリナが氷を入れる。
たいした魔力は使わないけど、体力が1日持つか、ちょっと不安。
森の入口付近に到着すると、広い原っぱみたいなところに、テントを設営する。
私は収納から出すだけで、設営するのは騎士科の人たちだ。
ここに救護班が待機する。
給水タンクも横に出して、早速満タンに水を入れた。
マリナも特大の氷を入れてくれた。
これで当分持つだろうと、ホッと一息。
魔獣と言っても、よくロールプレイングゲームに出てくるような、死霊とか悪魔とかがいるわけではない。
森にいるのは、せいぜい狼とか小さめの熊みたいな魔獣なんだって。
そういうのが街まで出てくると、庭や畑を荒らしたりするので、討伐してほしいようだ。
国境の山の上の方へ行くと、もう少し危ない魔獣が出るらしいけど、このあたりは初級の冒険者向きらしい。
騎士科の先生たちも、割と緊張感のない雰囲気だ。
討伐組が森の中へ入って、1時間ほど経過した頃。
人に支えられて、フラフラになって戻ってくる人が数人。
いや、だんだんと増えてきた。
熱中症だ……予想はしていたけど。
魔術師なんて、普段運動してない貴族様だもの。
救護班のテントが一気に忙しくなる。
怪我でも火傷でもないから、ポーションなんて効かないし。
ひたすらマリナが氷を出して、身体を冷やすぐらいしかない。
私にできることなんてないから、せめてテントの回りに霧状の水をまく。
たしか、これで気温が少し下がるんだよね? 前世知識だけど。
しばらくすると、森の方から叫び声がいくつも聞こえて、騎士科の生徒が数人こっちに向かって全力疾走してきた。
「何事だ! 何があった!」
「は、繁殖したレッドウルフの群れがっ」
「なんだって!? 数はどれぐらいだっ」
「わかりませんっ、た、たぶん、20頭ぐらいはっ」
レッドウルフって何?と考える暇もなく、森の方角からそれがやってきた。
逃げた生徒たちを追いかけてきた、狼の魔獣。
興奮すると目が赤く光るから、レッドウルフと呼ばれていると、赤い目を見て思い出した!
いやいやいや、逃げないと!
でも、病人はどうするのっ!
テントを守らないと……
混乱していると、マリナとローレンがテントの前に走った。
「アイスウォール!」
「アースウォール!」
みるみるテントの回りに、いくつもの防壁を出していくふたり。
すごい。私もあの魔法、練習しておけばよかった。
まさかこんなことになるなんて。
「アイスバレット!」
マリナが出した小さな氷のかけらが飛んでいって、ウルフの目に当たった。
勢い余ってひっくり返ったウルフ。
私にできることは……と考える前に身体が動いた。
「ファイヤーボール!」
私にできる特大のファイヤーボール。どうか当たって!
ギャンっと声をあげて、ウルフは燃えた。一瞬だった。
いけるかも。
「マリナっ、アイスバレットで足止めできる?」
「OK、やってみる!」
「私もやってみるわ!」
ローレンも石つぶてのようなものを盾に隠れながら飛ばして、足止めしてくれている。
先生たちは剣で応戦してくれているけど、数で負けている。
魔獣はまだ10頭ぐらいいる。
なんの練習もしたことないのに、ファイヤーボールを撃ちまくる。
当たればなんとかなるが、当たらないと話にならない。
ノーコンがうらめしいよ。
仕方がないので、全力で特大の火魔法を撃ちまくった。数撃ちゃ当たる。
魔獣は火が嫌いなのか、後退り始めた。
でも、ここでやっつけないと、森にはまだ学生たちがたくさんいる。
無我夢中でファイヤーボールをうって、倒れたウルフを剣を持った先生たちがとどめを刺してくれて、どうにか10頭を討伐できたときは、思わずへたり込んでしまった。
どうやら、先生たちは、私が特大の火を放つもんだから、近寄れなかったようだ。
討伐訓練なんてしたことないから、考えなしですんません。
でも、怪我人出さなかったし、テントを守ったので、それで許してください。




