錬金は人気がないらしい
超楽しみにしていた「錬金」の授業。
教室に入って、ちょっと驚いた。
生徒は私を含めて3人……
先生はすでに来ていて、あわてて着席する。
研究者の白衣のような服装で、ボサボサ頭の男の先生だ。
30代ぐらいだろうか。
すでに男子ひとり、女子ひとりが、一番前の席に離れて座っている。
見覚えのあるふたり。
入学式で地味だなーと思っていた、お下げ髪の女の子と、オタクっぽいモヤシくんだ。
軽く挨拶をして、ふたりの間に座る。
「あぁ、揃ったようなので、授業を始める。まずは自己紹介をしよう。私はマンガス・セドック。辺境伯領の鉱山研究をしている。錬金は3人しかいないので、気楽にやろう。君たちも自己紹介してほしい」
おさげの女の子は、ローレン・オルセットと名乗った。男爵家長女らしい。
モヤシくんは、ケイシー・ノラン。子爵家3男。カイウス辺境伯の分家だとか。
私は名乗る苗字もないので、平民だと前置きして、実家は農園だと自己紹介した。
「では、まず授業の前に、なぜ錬金を選択したのか、それぞれ目的を話してほしい。それによって、今後の授業も実践的なものにしていけるからな」
「私は、男爵家の跡継ぎで、いずれ鉱山の管理をしなければなりません。そのための勉強をしてこいと言われています。それと、趣味として貴金属の加工に興味があります」
男爵家の跡継ぎ、という言葉に、もやしくん、いやケイシーくんがぴくっと反応していた。
子爵家3男だと、婿入り先を探してるのかもしれない。
このふたり、結婚したらぴったりじゃない?とか思ってしまう。
それにしても、貴金属の加工って、貴族らしい趣味だなあ。
アクセサリーとか作れるのかな?
「僕は、魔力はあるけれど、体力がないし、跡継ぎでもない。学園卒業した後仕事に困ったら、金属の加工職にでもつこうかと思って」
うーむ。なんともマイナス思考。
せっかく貴族に生まれて、学園に入れてもらってるのに、金属加工所で働くつもりなのか。
子爵家の3男ってそんなに就職厳しいの? 平民と変わらない感じだ。
「私は、卒業後は実家の薬草農園で働きます。そのため、土の加工に興味があります」
ふむふむ、と納得したように、先生はメモをとっている。
3人しかいないから、それぞれの目的に合った内容を教えてもらえるとありがたいな。
「よし、だいたいわかったぞ。このクラスは3人しかいないが、成績上位者ばかりだ。皆家業のことを考えていて、しっかりしている。仲良くするんだぞ」
3人で顔を見合わせると、ローレンは私に向かってよろしくと言うように軽く頭をさげた。
真面目そうで、悪い人じゃなさそうだ。
セドック先生も、ちょっとだらしなさそうな見た目だが、屈託のない人みたい。
そこからは、錬金でどんなことができるのか、という概要を教えてもらった。
『錬金術』と言うと、魔法で金を作り出せるというイメージだが、実際は違う。
地中の成分を分解して、そこから特定の金属だけを抽出するということらしい。
金は金鉱山にしかないし、採掘するのは平民の労働者だ。
鉱山労働者は、犯罪者や強制労働者などが多く、職場としては人気がない。
しかし、高度な錬金ができる人は少ないため、就職に困ることはないそうだ。
そりゃそうだよね、ここにすら3人しかいないのに、いったい世の中に錬金術師がどれだけいるのか。
ケイシーくん、案外堅実だったんだね。
3人のうち2人が金属加工をしたいということで、まずは簡単な金属の加工から教わる方針になった。
私が錬金を選んだのは、ほとんど興味本位なので、別に問題はない。
趣味でアクセサリーとか加工できるようになるといいな。
セドック先生は、まずイメージできることが大切だと言って、石や土の入った箱をいくつか用意していた。
それぞれ、違った金属が含まれていると言う。
「まずは、わかりやすいところで、鉄だ。石や土には鉄分が含まれていることが多い。鉄を抽出して加工できるようになれば、なんでも作れるぞ。それこそ武器でもな」
セドック先生が土の上に手をかざすと、にじみ出るように鈍い色の金属が浮き出てきた。
そして、それが手のひらに乗るぐらいの小さな塊になった。
まるで魔法みたい……というか、魔法だった。
「まあ、こんな感じだ。まずはこれができるようになってもらう。錬金の基本だからな。加工はその次の段階だ」
鉄の色や質感、性質などをしっかり頭に思い浮かべて、土を分解するイメージ。
すごく抽象的で難しい。
今まで水を出したり、野菜を育てたりしてきたけど、それよりはるかにイメージしにくい。
ローレンはさすがに鉱山を所有する貴族家なので、あっさりと鉄の抽出に成功していた。
子どもの頃からやっていたらしい。
高校で習った元素記号というのを思い出す。
試験に出るので、それだけは暗記していた。
鉄はFeだっけ。
あと、土に含まれていそうな金属っていうと、銅とか?
作物の成長に必要なのは、確かカリウムだ。
ということは、『大きくなあれ』の魔法は、無意識にカリウムを操っているということか。
ミネラルを集めていたのかも。
「おい、こら。アリスティア嬢。何をイメージしてる?」
いけない、ぼーっと考え事をしながら魔力を出してたら、土の表面が白っぽくなってしまった。
なんだこれ。鉄じゃないよね。
セドック先生は、土の白くなった部分を指でつまんで、しげしげとながめた。
「はははっ、こりゃあ……畑の肥料だな」
「えっ、あっ、すみません。つい別のことを考えてしまって」
「いや、いいぞ。これはこれで、アリスティア嬢の目的に合っているからな。抽出のイメージがつかめれば今はそれでいい」
「肥料なんですか?」
「まあ、成分の調整は必要だろうけど、肥料に混ぜて使えるな」
へえ。ちゃんと作れるようになったら、両親が喜ぶだろうなと思ったら、ちょっとうれしい。
ケイシーくんもなんとか純度の低い鉄を生成できたようで、今日の授業はそこで終わった。




