第八十七話 エリザベスさん3
カーリンさんをショートヘアにして少し幼くさせたような少女が、叫びながらこっちに近寄ってくる。
兄さん、というのは誰のことを指しているんだろう?二十歳前半ぐらいに見える御者を慕っているのかな?とか思っていたら、
「エドヴィン兄さん!無視しないで!」
少女はカーリンさんの真正面に立って叫ぶ。
「どうしたんですの、アデル。わたくしの名はエリザベスですわよ」
え?
「なに言っているの兄さん!次期当主である兄さんがそんなだから、父さんが体調を崩して寝込んだりするんじゃない!」
え?本当に?
俺はカーリンさんのことを見る。金色でロールされた髪の毛、顔も小顔で整っていて、胸は小さいがそれを女性かどうかの判断材料とするのはあまりにも失礼すぎるだろう。
どこからどう見ても、いいとこのお嬢様にしか見えないが……。
カーリンさんの容姿を確認していたら、商会から出てきた従業員らしき人にカーリンさんは耳打ちされ、中に入っていく。
カーリンさんがいなくなってどうしようと思ってたら、
「お兄さん、兄さんの同級生の方ですよね?」
カーリンさんの妹がこっちに話しかけてきた。
「そうですね」
「すみません、いつも兄さんが。いつもあんな調子だから、ご迷惑をかけていますよね」
「え?いや……そんなことは……」
あまりにもカーリンさんが男だというのが衝撃的過ぎて、というかいまだに信じられないから、カーリンさんの妹による謝罪に頭が向かない。
「……もしかしてなんですが、兄さんのことを男だと知らなかった感じですか?」
「……はい。というか本当に?」
俺の返答を聞いたカーリンさんの妹は、はぁとため息をつく。
その反応で本当にカーリンさんが女装しているのだと確信する。そして、目の前で若干疲れている様子の少女が可哀そうになった。
「もしかしたら、そういうこともあり得るかもとは思っていたんだけど……。これって、あの時悪ふざけで兄さんを女装させたのが悪かったってことなの?」
少しうつむきながら、つぶやく少女から、
いや、あんま可哀そうではないな。
「すみません。兄さんが女装をしていることを知らないってことは学園ではいつも恰好をしているってことですよね」
「そうですね」
「やっぱり……。あの、一応言っておきますけど、女装をしているときの兄さんは高潔というか曲がったことを嫌う性格だから、女装をしていることを良いことに好き勝手しているということはないので、変な邪推はしないでくださいね」
ん?……ああ、女性として通っているから、女子更衣室を使ったりとかありえるのか。
……確かに、着替えがあるときとか、トイレとかはいつもどうしているんだろう。
そんな疑問を持ちつつも、目の前にいる少女に伝えるのは得策ではなさそうだから、
「……一応、そこそこな付き合いがあるので、そういうことをする人ではないと思っていますよ」
「ならいいんですけど……。それと、兄さんが女装していることを言いふらさないでください。その、兄さん本人から口にしたわけじゃなくて、周りからそういう噂が流れるのはあまりよくないと思うので。……ことによってはしかるべき処置も考えないといけなくなりますからね」
「……分かりました」
年下の少女であるはずなのに威圧を感じて、素直に頭を上下に動かす。
噂が流れることで、カーリンさんに不利益をもたらすことになるかもしれないし、ことによってはカーリン商会に影響が出てしまう可能性があるから、くぎを刺してきているのだろう。
また、少女から感じ取れる威圧から、カーリン商会の娘として場数を積んできたんだろうな、と思った。
「お兄さんは兄さんに困っていることとかはないんですか?」
「……別にないですね」
最初のころは言動とか見た目から突飛なことをして面倒ごとを起こしそうだなとか考えていたけど、思い返すと意外とそういうことはない。
「それならよかったです。……まあ、私は困っているんですけどね。お父さんとかは兄さんがあんなだから最近、髪が薄くなってきていると嘆いていますし、私なんかも知り合いに兄さんを見られて、あの綺麗な女性は誰なんだ!アデルのお姉さんなのか!ぜひ紹介してくれ!とか迫られて、困っているんです」
「あー、それは大変だね」
「はい。それに、兄さんは一切手入れしていないのにあんなに美人なんですよ!私なんか、時間をしっかり掛けて準備をしているのに、兄さんと一緒にパーティに出るといつもカッコいい男性は兄さんに声を掛けるんです!もちろん、兄さんが次期当主だから当然ではあるというのは分かっているんですけどね!」
「……大変だね」
「そうなんですよ!……あ、すみません、初対面なのに。なんか、お兄さんには妙な安心感があって、つい」
「いや、全然気にしなくても」
字面通りに受け取れば凄く接しやすい雰囲気があるということになるんだろうけど、どうにも、誰ともつるまない陰キャに見えるから告げ口されるようなことはなさそうとだ、と聞こえてしまう。
目の前の少女がそういう考えのもとに喋ったとかじゃなくて、無意識のうちに無害判定をされているという感じで。帝国の中でもトップクラスの商会の娘だから、人を見分ける能力とか優れていそうだし。
そんなことを思っていたら、カーリンさんが商会から出てこっちに向かってくる。
「兄さんが戻ってきたみたいなので私は行きますね」
カーリンさんの妹はもやもやしているものを吐き出せたというような表情で去っていった。
兄さんを説得しなくてもいいのか、と思ってしまうが、今回が初めての説得ではないというのが関係している気がする。
現時点でカーリンさんが女装を辞めていない時点で、説得には成功していないんだろうから。
今回は俺にうっぷんを吐き出せたから、まあ良し、って感じなんだと思う。
「アデルとは何を話していたのでしょうか?」
「……ああ。カーリンさんのことについて話してたんですよ」
アデルというのが一瞬何か分からなかったが、さっきカーリンさんが妹さんのことをそう呼んでいたことを思い出す。
「そうなんですの……。セオドアさま。わたくしのことはカーリンではなく、エリザベスと呼んでくださいませ。一緒にグループも組んだ間柄なのによそよそしいでしょう」
「……分かりました、エリザベスさん」
俺のことはセオドアさま呼びなのに、とか、自分がエドヴィンという人物ではなくエリザベスなのだと釘を刺してきているんだろうな、とか思いながらも頷いた。
この人、俺が妹さんと会話していたなら男だとばれていることは分かっているはずなのに、エリザベスと呼ばせてくるのは面の皮が厚いな……。
「それと、お呼びしたのに申し訳ないのですが、急用ができてしまったのでここでお開きにしていただけませんか?」
「分かりました。自分もちょっと疲れていましたし、こちらとしてもありがたいです」
まだ中も見せてもらってないけど、とは思ったが、さっき、従業員らしき人に呼ばれていたのが関係しているのだろう。
ここで帰るのなら何のためにここに来たんだろうか。……いやむしろ、商会の中を回るよりも有益な情報を得られたのか……。
それにしても、馬車である程度休めたとはいえ疲れているし、今日は帰ってゆっくりしよう。
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