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第七十九話 崖下の生活


 冷たッ!?


 水滴が顔に当たって目を覚ます。目を開くとごつごつとした天井があって、少し身動きした先にある床が冷えていたから、うわっ!?となった。

 肌寒いのもあって目が完全に冴え、少し見回すと女の人が寝ていた。

 えっ!?と一瞬なるけど、よくよく見るとフィリス様--フィリスさんで、昨日一緒に崖から落ちたことを思い出す。


「てか、ちけえな……」


 何かあった時のためにお互い近くで寝た方がいいとか言われて、かなり近くで寝ることになったんだったな、そういえば。

 というか、よく満足そうな顔をして寝れんなぁ……。

 俺は割かしどこでも寝付けるし疲れていたからというのもあって眠れたけど、貴族のお嬢様なのによくこんな寝心地が悪いごつごつとした床で、なおかつ寒い中、気持ちよさそうに眠れるよな……。


 フィリスさんの図太さに感心しながら立ち上がる。

 すると、布が擦れる音が聞こえてきた。


「ぉはょぅございます」


 舌足らずな挨拶をしながら上半身を起こし、眠そうに目をこする姿が無防備でじろじろ見るのは良くない気がした。

 だからちょっと目を逸らして、


「うん、おはよう」


「……そういえば、谷から落ちてここで一晩過ごしたんでしたね」


 ぐうぅぅぅと、フィリスさんのお腹あたりから聞こえてくる。

 

 ……気まずい。


「あー……、昨日から何にも食べてないから、腹減ったな。……たしか川に魚が泳いでいたはずだし、捕まえてこようかな」


「……ご一緒します」


 蚊の鳴くような声ではっきりとは聞き取れなかったが、聞き返しはしなかった。





 水色の世界が広がり上から陽の光が差す中、でかくて脂がのってそうな魚やぴかぴかと自身で光源になっている魚など個性の強い魚たちが泳いでいた。そんな魚たちが泳いでいる川の中で、俺は大体三十センチくらいの出っ歯で顎がしゃくれている魚を木で作った銛のようなもので狙いを定めて突く。

 デカい奴を狙わないのは、前に狙ってひどい目にあったから。 

 とがった先端が出っ歯魚の体を貫き、ぴちぴちと泳いで必死に抵抗するのを感じながら水面まで泳いで顔をだして息を吸う。

 そして、銛を抱えながら陸地に上がった。

 捕まえた魚を同じような魚が詰まっている木の桶に放り込み、改めて自分の姿を確認すると短パン一丁だった。

 

 こんなはほぼ素っ裸で自分が作った銛を使って魚を捕まえるとか、少し前までの自分じゃ想像すらしたことなかったな……。


 周りを警戒しながら風魔法である程度体が乾かし、服を着て、魚の入った桶を持ち上げフィリスさんがいるところへ向かう。

 引きこもり体質の自分がアウトドアどころかサバイバル生活をしていることに、ため息をつきたくなる心と少しの感慨深さもありながら歩いていると、体長一メートル以上はあるデカ蜘蛛を吊るして丸焼きしているフィリスさんを見つけた。

 

 今日も食うつもりなのか……。


「あ、セオドアさん。お疲れ様です」


「お疲れ様。魚捕まえてきたよ」


 いまだにぴちぴちと動いている生きのいい魚が入った桶を焚火の近くに置く。

 桶に入っている魚を手間取りながら捕まえ、切り株の上に置いてある木で作った串を使って魚の体を突き刺そうとする。だが、魚はまだ動いているせいで、串を魚のおしりから頭まで突き刺すのを苦労しながらもなんとか成功させて、焚火で焼いた。


「手伝いますよ」


 そして、それを何度も繰り返して串焼きの魚を作っていたら、フィリスさんが近づいてきて、桶に手を突っ込み抵抗する魚を鷲掴みにして串でぶっ刺し焚火に近づけた。


 ……手際いいな。何よりも一切の躊躇がないところが凄い。

 ただ、こういうところには本当に助けられている。滝裏の洞窟を見つけてくれたのもそうだし、男の俺はまだいいけど女性であるフィリスさんとしては身だしなみとかその他いろいろ不満があるだろうに文句ひとつ言わないから。


「それにしてもセオドアさん。寒くはないのですか?」


 フィリスさんが俺のことをじろじろと見て、魚を手に取りながら聞かれる。

 なんでそんなことを聞いてくるんだろうと思ったが、冷え込んでいる川の中に飛び込んで魚を捕まえてきたことを知っているからだと気づく。


「ああ、魔法で自分の感覚を無くしているから別にそういうのはないよ」


「感覚を無くす魔法?それで川の中を泳いでいても平気なんですね」


「うん。何にもなしに、あんな寒い川の中に入っていられないから」


 ただ、この魔法の欠点は感覚を麻痺させていて体の機能を上げているわけじゃないから、風邪をひくことがあるかもしれないってことだけど。

 あんな寒い洞穴で寝ても平気だったし、今世は体を鍛えているし若いから……、まあ大丈夫でしょ。


「そのような魔法があるのならば、次は私が魚を取りに行きますよ。魚を銛で刺して捕まえるというのも面白そうですし」


 あまりに自然な感じで提案してきたので、思わず頷いてしまいそうになるが、


「いやいや、寒くはないけど、服が乾くまでほぼ裸でいなきゃいけないんだよ。俺みたいに体が乾き切る前に服を着ると、服が体に張り付いちゃっていろいろと浮き出ちゃうし」


 言い切ってすぐに、気にしないとか言われたどうしようと思いフィリスさんを見る。

 すると、一瞬ぽかんとした様子を見せた後にこっちをまじまじと見て、


「……セオドアさんに任せます」


「うん」


 思ったよりも素直に引いてくれて面食らうが、それでもやるみたいなことを言い出されなくて内心胸を撫でおろす。


「あ、そろそろ焼きあがると思いますけど、セオドアさんも食べますか?」


 焚火によって炙られている、食用として見ると一気にグロテスクに感じてしまうデカ蜘蛛を視界に入れる。


「……いや、フィリスさんが全部食べていいよ」


「本当にいいんですか?美味しいですよ?」


 塩とかないから味付けされてないわけだし、不味くはないはあり得るにしても美味しいことないでしょと思いながら頭を横に振った。

 そして、魚が焼けたのでかぶりつき、やたら骨が多いこととほぼ味のしないことにため息をつきたくなりながら、胃に物を入れるためだと言い聞かせて一匹食べ切る。

 俺は串刺しになっている魚を手にとり、腹が減っているのを感じながらも魚のことをじっと見て、


「とりあえず一応生活できる土台は整ったわけだから、そろそろここから脱出する方法を考えたほうがいいよな」


 夜は寒いけど凌げているし、美味しくはないけど食料も見つけられたし、木を魔法で加工して事故で裸姿が見られるようなことが起きないためにドラム缶っぽい形の風呂を作ったし、最悪長居することになっても大丈夫になりはしたけど。

 だからと言って、ここに長居はしたくないから脱出する方法を考えたい。


「……そうですね。もう少しこの生活を楽しみたくはありますけど、ディアなんかは私たちがいなくなって心配しているでしょうし」


 今のサバイバル生活を楽しんでいるって本気か?と言いたくなりながらも、脱出しなければいけないという思いは同じようなので口にはしない。


「そのためには蜘蛛たちに見つからないようにこの岩壁を登らないといけないんですよね」


 一応太陽の光が届いているから凄い高い崖ってわけじゃないんだろうから登ることは出来なくはないだろうけど、フィリスさんが言うようにあの蜘蛛に見つかることを考えると途端に難しくなる。

 一、二匹のデカ蜘蛛に見つかるだけだったら邪魔される前に倒せばいい話だが、フィリスさんが食材探しでデカ蜘蛛を狩ったとき、わらわらとデカ蜘蛛が寄ってきたっていう話を聞いたし……。

 一匹に見つかったら、他の奴も寄ってくるって考えた方が良さそうなんだよな……。

 だから、抜け道とか巨大蜘蛛を倒す方法とか、状況を打破できるような何かが見つかるといいんだけど。


 打開策がないかと考えていたら引っかかりを覚え、頭の奥底にあるものを引っ張り出すと、ごたごたしている間に関わりたくなくて記憶の端に置いておいたことを思い出した。


「フィリスさん。一回、あの滝の裏にある洞穴の奥へ行ってみない?」


「どうしてですか?」


「あそこの奥、妙な魔力を感じるので」

お読みいただきありがとうございます

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