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第七十七話 滝の裏にある洞窟2


 特に話すこともなくなってから少し時間が経ち、燃え盛る火やごつごつとした壁とか水滴が垂れている天井をぼんやりと眺めていると、


「一つ聞いてもいいですか?」


 静寂で放たれたからなのか、フィリス様の透き通った声が耳に残る。

 直感的に、はい、と気軽に答えていいものではないと本能が告げているのだが、ダメだと言うのも感じが悪いから、


「いいですよ」


「……ミーゼルの時、どうして私を助けにきてくれたのか教えてもらってもいいですか?」


 ミーゼルの時というのは、アリの魔物が巣食っている村で一回フィリス様のことを見捨てて、そのあと助けに戻ったことだろう。


 そういえば、すべてが終わった後に戻った理由を聞かれたな……。でも、もうその話はなあなあになっているものだと思っていたんだけど……。


「護衛として、やるべき務め果たすべきだと考え――」


 話している途中にフィリス様の表情を見えて、ただまっすぐに、それでいて悲しげな瞳が向けられていることに気づく。

 うわべではなく、本当のことを教えてほしいと言わんばかりに。

 そんな眼を向けられていて誤魔化そうとしていた話を続けられるはずもなく、口を閉ざしてしまう。


「皇帝陛下とご一緒したカラオケで、私が曲を歌った後に離籍したことと関係ありますか?…………少し昔話をしてもいいですか?」


「……はい」


 ボォォォーという火の音が妙に気になりながら、頷いてしまうと返さないといけなくなってしまうことは分かっているんだけど、恐る恐るといった感じでこっちを様子見しているフィリス様を無視できなくて。


「昔の私は自分のことを、物語に出てくるような主人公のように何でもできるものだと思っていました。剣に関しては同世代どころか大人たちよりも腕が立ちましたし、容姿も人一倍優れていたというのもあったのでしょう。そんな自信に満ち溢れた少女だったので、お父さんに黙って冒険者としてとある戦場に出たのです。自国を守ると息巻いて」


 とある戦場、恐らく白銀の騎士と呼ばれるようになった戦争の話をしているのだろう。


「私には過剰な自信に見合う剣技があったので、戦場では他の方々よりも良い戦績を残していきました。しかし、精神はその成績に見合ったものではなかったので、人を斬った感触や怨嗟の声、助けを渇望する声、血と鉄のにおい……、それらを思い出して夜も眠れなかったのです。それでも、正しいことをしているのだと自分に言い聞かせて、戦場に立ち続けました。三日目には何も感じないように心を閉ざしていましたが」


 フィリス様は話を途切れさせ、少しの間俯いていた。

 そして、気持ち顔を上げて、震えた声で話を続ける。


「……私の母は王国内でも有数の武術家として名をはせていました。気が強く決して優しいとは言えないような母だったと思います。でも、腕が立ち人の気持ちをおもんばかれる尊敬できる母でした。……ある日、戦場に妙に強い部隊が相手軍から現れたんです。先ほど言ったように私は優秀な成績を収めていたのでその部隊に対抗するように宛がわれました。確かに他の敵兵に比べれば手ごわかったのですが、私にとっては大した相手ではありません。その時の私はただ何も考えず、その部隊にいる方々を倒していったら……。手ごわい相手が現れて、なんとか首を飛ばしたのですが、その首を見たら…………」


「自分は特に変哲もない村の生まれだったんです」


 フィリス様は俯いていた頭を上げる。涙が流れ、目を見開かせていた。


 言っちゃったよ……。それも話を遮って。多分、フィリス様が伝えたいことはまだあったような気がする。でも、あのままフィリス様に言葉を続けさせるのはアレだし……。 

 はぁあ……、誰にも話すこともなく墓まで持っていくものだと思っていたんだけど。


「実は自分って、異世界人ってやつなんですよ。だから、元の世界では今よりも年上で経験値があったから、物事を覚えるコツとかを知っていましたし、そもそも知識としても持っているものが多いから村の中でも一目置かれる存在ってやつだったんです。ただ精神は肉体にある程度引っ張られるみたいで、結構調子に乗っていたんですよね。もともと、調子に乗っちゃうときはある性質なんですけど……。だとしても、前の自分だったら、ズルしているだけだから調子に乗っちゃいけないと(いさ)めますから」


 ふふっという声が聞こえる。


 変に思われたくなくてどうでもいい付け足しをしたら笑われちゃったな……。まあいいか。少し元気を出してもらったんだと思えば。


「ちょっと横道にそれちゃいましたが話を戻しますけど、知識もあるし魔法も村の中では一番うまく扱えたから調子に乗っていたんです。ある日のことなんですけど、昔から一人がいるのが楽だったので、村から離れた場所に一人でのんびりとしていたんですよ。日が暮れて村に戻ったら、聞き覚えのない男たちの声が聞こえてきて、なんか嫌な予感がしたから木で姿を隠せるところから村の中を様子見してみたんです」


 口から大きく息を吸って吐き出し、


「そしたら、人相が悪い男たちが酒盛りしていたり、友人の家から自慢していた弓を持って出てきたり……、他にもいろいろ。その近くには両親や知り合いたちが縄で縛られていたりして。あと、結構慕ってくれていた年下の幼馴染が大柄の男に抑えられていたり……。自分は村の中では魔法込みなら一番腕が立ちましたし、今思えばその人相が悪い男達を四、五人くらいは道ずれにできたでしょうけど……。まああれです。怖くて逃げたんです。そういう経験があったから、アリ達に襲われた時、フィリス様を見捨てるということに抵抗があって戻ってきた、という感じですかね」


「……逃げたことを今でも後悔していたから、同じことを繰り返したくないと思って私を助けにきてくれたということですか?」


「そんなあれじゃなくて……、いやそうなんですけど……。だから助けなきゃいけないんだっていう正義感みたいな、そんな高尚なものじゃないんです。その、使命感というか、ここで逃げたら自分は腐っていくんだなって……。助けずに逃げた時、自分が無意識で儲けていた最低のラインみたいなのを破っちゃったから、自己嫌悪みたいなものが押し寄せてきて。その自己嫌悪が逆に自分を許すためのもだって分かっちゃうから気持ち悪くて……。で、そういうのをそれ以上味わいたくなかったから、フィリス様を助けに戻ったってだけです」


「立派ですね」


 焚火にあった視線をフィリス様に向ける。

 意味が分からなかったから。


「いや、自己中心的すぎじゃないですか?」


「……そうなのかもしれません。しかし、セオドアさんは自身に負の言葉を重ねるばかりで、仕方ないとは言い訳せず、自分が悪いとしか口にしませんでした」


「そうですけど……。でも、俺はみんなのために仇を取ろうとはしなかったですし、囚われた人達を探そうともしなかった……。怖かったから。それに、ずっとあの国に居たくなかったからこの国に逃げたんですよ」


 フィリス様は少し目を伏せ、そしてこっちをまっすぐに見て、


「……確かにセオドアさんは薄情な部分があるのかもしれません。でも、あの誰もが逃げ出す状況で私のことを助けてくれたのはセオドアさんでした。私にとってセオドアさんは……信用できる人なんです」


 純粋にうれしかった。嘘じゃなくて、お世辞じゃなくて、本当のような気がしたから。

 また、そういう慰めを心のどこかで待っていながら、つらつらと自分を悪く罵っていたことに気づいて、気持ち悪いなと思う。

 それにフィリス様をつらい思いさせないために話し始めたはずだったのに、いつの間にか自分が慰められてるのが、かっこわるくて……。

 ただ、そんなどうでもいい自己嫌悪を表に出すことが良くないことぐらい、コミュ障の俺でもわかるから、


「まあ、あのときは逃げた方がクローディアさんのことを考えると怖かったですからね」


「ふふ、ディアはセオドアさんには結構容赦ないですからね」


「そうなんですよ!だからもう、それだったら助けに行った方がいいと思って」


「じゃあセオドアさん、最低ですね」


 微笑むフィリス様を見て、ちょっぴり気持ちが軽くなった。

お読みいただきありがとうございます

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