第六十九話 足りないもの2
「ついて来たか。なら、腰に差している剣を抜け」
「……嘘とはどういうことか聞きに来たのですが」
「だったらなおさら妾の言う通りにした方が良いぞ。気分が萎えて、教える気が失せてしまうかも知れないからの」
からかいを含んでいる声色ではあったが、向けてくる眼差しで嘘をついているわけでもないことを悟る。
……やるしかなさそうですね。
見た目通りの美しい女性ではないことは分かりきっているので、全力で剣を振った。
しかし、金髪の女性は目の前にまで刃が迫っているのにも関わらず、一切対応をしようとしないので殺してしまうと思い剣を止める。
「臆したな」
剣を止めた隙に、腹部を蹴られる。
私は反応できずもろに食らって吹き飛ばされしまい、壁に叩きつけられた。
……思った通り、ただものでは――。
そんな考えが浮かんだ瞬間、金髪の女性が拳を握りしめながら目の前に迫っていた。
頭を狙ってきている拳を食らうのは不味いと判断して避ける。
そして、避けた先にあった壁が崩れ落ちていた。
本気で殺そうとして来ている!?
相手はやりに来ていると判断して、斬り返そうとするのだが、当ててしまう手前で殺してしまうと思い止めてしまう。
相手もそうするのを分かっていたかのように一切避けるそぶりを見せず、私の顎に痛烈な一打を入れてきた。
私の体が宙に浮いているのを感じていたところに、腹部を蹴られて背中と地面が衝突する。
そして、拳が私の目の前まで迫っていたことで死という言葉が脳裏によぎったところで、その拳は止まった。
「これで分かったか?」
「ゴホッ、ゴホッ!……何が、ですか」
「貴様に足りていないものが何かということを」
全身のあちこちで痛みが走っていることで、頭を回そうとしても痛みに意識がいく。
「……いえ」
「ふむ。ではお嬢様、なぜ妾に一方的にやられるような展開になったのだと思う?」
「……私の実力が足りなかったからです」
「違うのう。正解はお嬢様が妾に攻撃できなかったからだ」
「……そうしないと、貴方を殺してしまいますから」
「では、実力が足りないというのは違うのではないか?」
「……あなたがそれ言うのですか」
「くく!事実を口にしているだけだからのう」
私の反応が面白いのか、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「確かに最初の一撃はただの腕試しだと思っていたから剣を止めたのだろうが、二度目は妾が殺しに来ていると分かったうえで止めたであろう」
「それは……」
「貴様は腕試しだから剣を止めたのではなく、人を殺めることができないから妾を傷つけることが出来なかったのだ。その証拠として、妾が避けない分かった瞬間、貴様の手は震えていたぞ」
「……」
「貴様に足りないものは相手を殺すという覚悟。そして、その覚悟がないうちは、戦場に出てもお荷物でしかない。まあ、剣術のお遊戯大会では一番は取れるかもしれないがのぉ」
「……じゃあどうすればいいんですか。克服しようとしても、魔物を殺しても血の臭いに慣れても、罪人である盗賊でさえ手をかけることをできなかったのに!!」
自分の弱い部分、どうしようもないと諦めた部分を突かれたことで、いつもは抑え込んでいる部分が表に出て、感情のままに叫んだ。
魔物を倒すことで肉を切る感覚には慣れたし、匂ってくる血の臭いにも慣れた。でも、どうしても、人の死を感じてしまうとあの時のことを思い出して気持ち悪くなる。
学園に人型の魔物が襲ってきた時や皇帝陛下が人の死体のような魔物が襲ってきた時も何もできなかった。……違う、耳を塞いで何もしなかった。
戦いに行ってもどうなるか分かっていたから。
考えないようにしていた、蓋をしていた思いや感情が頭の中でぐるぐると回っていると、時空の裂け目のようなものが現れて、その裂け目に金髪の女性が手を突っ込むと一振りの剣を取り出す。
そして、その剣で自分の首を跳ね飛ばした。
人の首が飛び、血が大量に噴き出ていた。
転がる首を見えてあの時を思い出してしまい、吐き気が襲ってくる。
「一応ここも妾の部屋であるから、汚さないで欲しいのだが」
聞こえて来るはずのない声がして、少しだけ吐き気が驚きに変換される。
その声がしたところにパッと視線を向けると、首が転がっていた。首が飛んだはずの胴体が動き出し、その顔を拾う。
そして、顔を首の切れ目に乗せると胴体と顔にあった継ぎ目がなくなっていた。
「ふむ。思っていた以上に重傷だのぉ」
切り離された頭を簡単に直し、のんきな表情でこっちを見てくる女性にゾクリと鳥肌が立つ。
首を飛ばされても生きていられる種族など聞いたことがないし、そんなことを出来るのはかなり上位の魔物が持ちうる特性であるはず。
「……何なのですか、貴方は」
「そうだのう……。お嬢様のお師匠と言ったところか」
「……お嬢様とは私のことですか」
相手に誤魔化されていることよりも、お嬢様と馬鹿にされていることに気がいく。
「そうだ。……それとも、白銀の騎士と言った方がいいかの」
心臓がキュッと縮み上がる。
「どうして知っているのか、という顔をしておるの」
「……知っているのはごく一部の方だけですから」
「そうなのか?……ああ、お主がそんな調子だから隠しておるのか。安心してよい。白銀の騎士だと知っているのは実際に戦っている姿を見ただけで、誰からに告げ口をされたわけではないからの」
「見ていた?」
「ちょっと暇つぶしがてら、戦場を見に行ったらお主が戦っている姿が見えてな。あれほどの天恵を扱える者は世界の中でも数えられるぐらいしかいないから、さすがに覚えておったのだ」
「てんけい?」
「……ほう。知らずに使っていたのか。……なお面白い。まあ、今のお嬢様の状況じゃ扱えないであろうが」
感心したような様子の金髪の女性はモルモットでも見るかのような瞳を向けてくる。
この女性が得体の知れない存在であるということもあり、不快に思うよりも恐怖を感じた。
「どうして、あのようなことをしたのですか?」
「あのようなこと?ああ、自分の首を刎ねたことかの?」
「はい」
「お嬢様がどんな反応をするのか知るために、といったところかの」
「……わざわざそんなことのために?」
「そうだ。師を務めるためには弟子の状態を知ることはおかしいことではなかろう」
状態を知るためとは口にしていますが、恐らくこの女性はトニー様との立ち合いですでに気づいていて、私に分からせるためにやったことなのでしょう。
そしてトニー様も……。
「嘘というのはそういうことですか……」
「あの時は番犬に強く言ったが、妾としてはお嬢様が理解しているはずなのにあの番犬に答えさせようとしていて気色が悪かったから、ああやって割り込んだのであるぞ」
「……トニー様には悪いことをしてしまいましたね」
今の状態で私が望んでいる強さが得られないことは心の奥底では分かってはいたのだと思います。
それなのに人に答えを求めていたなんて……。こういうことは嫌いなはずなのですが。
「で、どうするのかのぉ、お嬢様?先ほどは師になるとは言ったが、妾は強制するのはきらいだからのぉ」
やはりお嬢様呼びはどうしても気に障る。自分からは言い出せなくて他人に答えてもらおうと強請っているところを的確に表しすぎていて。
そして、図星を突かれて腹を立てるなんて、どれだけプライドが高いのだろうかと内心で苦笑しながら、
「フィリスです」
「ん?」
「フィリスと呼んでください。お師匠様」
「ふ、いいであろう。ただ、最後に一つ。妾は中途半端が嫌いだから、容赦も手加減もせんし、逃げられるとは思わないように。それでも、妾のことを師と仰ぐか?」
射貫くような視線を向けられ、なにも覚悟がない者が肯首していいものではないことを本能的に感じさせられた。
「はい」
お師匠様に視線を合わせて頷いた。
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