第三十五話 二人の成長
背には青色の毛を、お腹や足の部分は白い毛を生やしているコボルトとポールさんが相対していた。
「ウィンド」
コボルトは放たれた突風を大げさに横にステップすることによって避け、ポールさんに向かって走っていく。
以前までのポールさんだったら、避けられたことで焦って魔法を連射していただろうけど、今はいたって冷静な様子だ。
「ウィンド」
ポールさんはじっとコボルトが向かってくるのを見続けて、お互いの距離がほんの数メートルになった瞬間にふたたび魔法を唱えた。
コボルトは魔法を察知したからか、またステップして避けようとするが。
「キャイン!?」
ポールさんは魔法が避けられてしまうことを事前に予測していたためかコボルトが動いた先に踏み込み、一メートルぐらいはある杖でお腹をぶん殴った。
お腹を殴打されたコボルトは宙に浮き、地面に叩きつけられそのまま動かない。
「や、やりました!」
「よくやったわね」
俺の隣でポールさんの活躍を見ていたクローディアさんはねぎらいの言葉を掛けた。
ポールさんがちらりとこっちを見てきたので、俺もよくやったみたいな意図を込めて頷く。
……魔法を使うための触媒である杖を使って物理的に止めを刺すか。
杖に硬化魔法を事前に掛けているから折れるようなことにはならないだろうけど、魔術師っぽくない止めだし、ポールさんのような華奢な少年がやっているというのが違和感凄いな。
ちなみになんでこんなポールさんが動けるのかというと、魔法の練習以外にもクローディアさんから戦い方の指南を受けていたからだ。しかも、ポールさん自ら指南してほしいと頭を下げて。
元々体術のようなものを学んでいたらしく動きは悪くないのだとか。屋敷に来たばかりの俺なんかよりも数段も運動神経がいいとクローディアさんは言っていた。
「わたくしも出番が欲しかったですわ」
「だったら、他の魔法を使えるようになってほしいわね」
「……分かっていますわ」
エリザベスさんは不貞腐れる。
たまにエリザベスさんからもアドバイスを求められて魔法を使っているところを見る機会があるのだが、ここに来た時よりもちゃんと魔法の制御が出来るようになってきている。
ただ火属性の魔法しかまともに使えないらしく、ここのような緑が多い場所で戦われると面倒なのでクローディアさんに戦わないようにと言われて、今回エリザベスさんは俺たちと一緒に見学していた。
「警戒しなさい」
クローディアさんが似たようなことを前に言ってきたときに魔物が襲ってきたことを思い出し、いつでも戦えるように警戒しながら辺りを見回す。
「あ、すみません」
茂みを揺らしながら二十代前半ぐらいに見える青年が現れ、両手を上げながらこっちに近づいてきた。
普通の人が着ないような革の鎧を身に着けているし、こんな魔物しかいないようなところにいることを考えると俺たちと同じ冒険者なのかな?
「仲間たちとはぐれてしまったんですけど、あまりここら辺を来ることが少ないから帰り道が分からなくてですね……」
青年は困ったように頭をさする。
「なら、僕たちと一緒に行動しませんか?皆さんもいいですよね?」
「あたしはいいわよ」
クローディアさんに続くように、俺とエリザベスさんも頭を振って同意する。
ここでダメだと言ったら、ただの嫌な奴になっちゃうし反対なんてしづらいだろうからな。わざわざ反対しようとする人もあんまりいないだろうけど。
「ありがとうございます。今はたいしたお礼は出来ないんですけど、こんな物でもよければ」
青年は肩から下げているポーチに左手を突っ込みながら、こちらに近づいてくる。
誰が受け取ればいいんだろうかと思っていたところ、クローディアさんが前に出て青年が差し出してきたものを受け取ろうとする。
そうしたら突然、青年は右手で腰に下げているナイフを抜き取りクローディアさんに斬りかかった。
「……完全な不意打ちだったはずなんですけどね」
クローディアさんは襲って来た青年の手首をつかんでナイフを地面に落とさせ、青年の背後にまわり頭を抑えながら地面に伏せさせた。
「大丈夫ですか!?クローディアさん!?」
「大丈夫よ」
そりゃ、大丈夫だろうな。
今の一連の流れでクローディアさんが怪我するような要素はなかったし、襲い掛かって来た青年の方がむしろ大丈夫じゃないだろうから。
「あなたたちは魔術師でしょうし、反射的に避けた、ってわけじゃないですよね?」
「そうよ」
「ということは俺がこういう行動に出ることを読んでいたわけですか……」
いや、クローディアさんのことだから普通に反応できたと思うよ。
警戒していたってのは嘘じゃないんだろうけど。
「そんな不自然な行動をしていたつもりはないんですけどね……。どうしてばれたか聞いてもいいですね?」
「……単純にあたしが会ったばかりのやつのことを信用しないってのと、強いて言うなら、利き手であるはずの右手じゃなくて、わざわざ左手で物を差し出してきたからってところね」
クローディアさんがお礼とか言ってきたのをいの一番に受け取りに行ったのは、警戒している自分なら対処できると思ったからってことか?
お礼の品が欲しくて率先して受け取るような性格じゃないだろうし、なんでなんだろうとは思っていたけど。
「なぜ、利き手が右だと?」
「あんたが武器を左の腰にぶら下げていたからよ」
「……なるほど」
普通に考えたら武器は利き手で扱うはずだから、利き手である右手で抜きやすい左の腰にぶら下げていると考えたってことか。
「じゃあこっちから質問させてもらうわね。あんた、なんであたしたちを襲ってきたの?」
「……。いてててて!」
青年が黙って質問に答えないので、クローディアさんが力を入れたのだろう。
「なら、黙ってないで早く話しなさい」
「君たち、魔法使いでしょ。だから高く売れそうだと思ってね」
高く売れる?もしかしてこいつら、
「……人さらいってことね。もう、捉えている人たちはいるの?」
「さあ、どうでしょ――いてててて!?君みたいな美しい少女が暴力に訴えるのは良くないと思いますよ!」
「よけないお世話よ。これ以上はぐらかすと腕一本は覚悟してもらうわよ」
「……いいます、いいますから!力を緩めてくださいよ!……分かりませんけど、仲間たちが仕事をしているなら商品はもうあるはずです」
「……なら、案内しなさい」
「……分かりました、分かりましたから!」
青年は痛みのせいか顔を歪ませながら、同意する言葉を口にした。
なんか手慣れてるな、クローディアさん。
無駄に戦闘能力も高いし、特殊部隊みたいのにでもいた経験があったりしたのかなと勘ぐってしまう。
……あり得ない話でもなさそうだけど、この世界に居ればそういう経験値が積めるっていう理由な気がする。
「エリザベスさんとポールくんはギルドにこのことを伝えてきて」
「分かりましたわ」
え、俺は?なんて思っていたところ。
「待ってください。クローディアさんはどうするんですか?」
「あたしはこいつらの根城を叩くつもりよ」
「なら、僕も手伝わせてください」
ポールさんはクローディアさんのことをまっすぐと見つめる。
コボルトに勝てるようになるまで実力をつけたことに自信がついたからなのか、自分もやれると言わんばかりに。
「いらないわ。ポールくんがいても足手まといになるだけだから」
「いや、そんなことは――」
「ないって言えるの?」
「……分かりました」
ポールさんは悔しそうにうつむく。
強烈な断り方だな。
いやまあ、実力が足りてない人を連れて行っても守りながら戦わなきゃいけなくなるだけだろうから、正しい判断だとは思うんだけどさ……。
せめて、エリザベスさん一人だと不安だからついて行ってあげてほしいみたいな断り方をすればいいのに。
直球な物言いをするところがクローディアさんらしいなとは思うんだけど。
「あんたはどうするの?」
俺にはちゃんと選択権があるみたいだ。
……どうしようか。正直今回は面倒みたいな理由抜きでついて行きたくない。
人さらいみたいなのとは関わり合いになりたくないから。
あの時のことを思い出して暴走してしまうといったような繊細さが俺にはないけど、あまりいい気分にはならないだろうし。
そうは思いながらも、俺はクローディアさんのことを改めて見て、
「行きますよ」
でもクローディアさんが帰ってこないなんてことがあったら嫌だしな。
いくらクローディアさんとは言え一人で突っ込むのは危ないだろうし。
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