第9話 勇者の決意
レイベルトは言われた通り一週間を安静に過ごした後、飛ぶような勢いで婚約者を迎えに行ってしまった。
「勇者よ。良いのか? もう男のフリなんぞしなくてもよいのだぞ?」
「彼には既に婚約者がいますので……。」
「そうか。お似合いだと思うんだがのぉ。」
王様は異世界の話を聞いてみたかったそうで、レイベルトの看病の合間に私を度々呼び出し、そうして話をしているうちに仲良くなった。
「性別を明かせばいけるんじゃないかのぅ?」
「彼は人を裏切るような人間ではありませんよ。」
レイベルトがどれだけ婚約者を想い、戦場を駆け回ったのか知っているのだ。
それに……負けると分かっている戦に挑むような勇気なんて私には無い。
勇気がある者、勇者。
これほど私に相応しくない称号なんてないよね。
「今頃レイベルトは、婚約者とイチャこらしてるんだろうなぁ。」
勇者である私は王宮の訓練場をいつでも自由に使う権利を得ていた。
レイベルトへの想いを振り払うように剣を振っていると、婚約者を迎えに行ったはずの彼がこちらへ向かって来た。
「やぁ。随分と早かったね……どうしたんだい?!」
一体何があったのか。
彼の顔はとても見ていられない程に辛そうな表情を浮かべている。
「あぁ……お前の顔が見たくてな。」
普段だったら嬉しいはずの言葉だが、力なく発せられる言葉には生気が宿っておらず、ただひたすらに不安を煽ってくる。
「それだけじゃないでしょ! 明らかに何かあったって顔してるよ!」
まさか婚約者の身に何かあったの!?
「フラれちまったよ。」
「え?」
「フラれちまった。」
「ど、どうしてさ……。」
信じられない。
レイベルトからは婚約者との馴れ初めを聞いて知っている。
まるでドラマかと思う程あんなにロマンチックな展開から、何がどうなったらフラれる事になるのか……。
「別の奴と結婚するってよ。」
私は事情を詳しく聞いた。
レイベルトが戦争に行った後、両家がすぐさま婚約を解消していた事。
彼は婚約者に手紙を出していたにも拘わらず、その婚約者は他の男と会っていた事。
そして婚約者は別の男の子供を妊娠していながら、裏切ってなどいないとばかりに彼に結婚を迫っていた事。
レイベルトからの話を聞いているうちに、本当に腹が立ってきた。
勇者が持つ膨大な魔力……それを利用した魔法でもって、関係者全員を家諸共に滅ぼしてやりたいと思える程に……。
彼はこの話をしながら泣いていた。
戦場でさえ決して見せなかった涙を、そんな下らない奴らの為なんかに流していた。
彼は一体どんな気持ちでこの話を私に打ち明けているのだろう。
そんな酷い婚約者なんかに遠慮して、自身の心を押し隠してきた私は一体なんだったんだろう。
「復讐……したいと思う?」
つい、口から出てしまった。
本当は私が怒りに任せて暴れてしまいたいくらいだが、その権利があるのはレイベルトだけだ。
「……そこまでは考えちゃいない。あいつらの顔は二度と見たくないと思ってはいるがな。」
「なら、復讐じゃなくて事実だけを王様に報告したらどうかな? 少なくとも、英雄をここまでないがしろにした家に対して、罰……とまでは言わないけど、落とし前は付けさせなきゃ。」
「どういう事だ?」
「多分だけどさ。法的な部分で言えば、婚約解消も出来てるし、浮気……ともまた違うと思う。レイベルトの気持ちとしてはそうかもしれないけど、法的には違う。でもさ、人としての道理を問うなら、間違いなくそいつらは最低だよね?」
「そうだな。」
レイベルトの心境は察して余りある。ギリッと聞こえて来る音、普段は力強い彼の握り拳が……今だけは悲しい。
「だからさ、そんな事がありましたって王様に報告すれば良い。レイベルトは復讐を望んでないんだ。そいつらは罪にだってならない。」
「……だろうな。」
「でもね? レイベルトの家や、元婚約者の家は誰からも相手にされなくなると思わない? 勿論そうならない可能性もあるけど、君は元々復讐を望んでないんだ。第三者達がどう思いどう行動するか、に委ねてしまえば良いのさ。」
「……そう、かもな。」
「第三者がこの話を聞いた上で、誰もがそいつらを相手にしなくなるなら自業自得だよ。」
彼は復讐を望んでいない。思うところはあるだろうけど、酷い目に遭えば良いとは考えていないようだ。
でも、ごめんね? レイベルト。
私が我慢出来なかったよ。
第三者に委ねれば良いと私は言った。
確かにそうは言ったものの……実際はどう前向きに考えたところでこの案を実行してしまえば、レイベルトと婚約者の家は早晩潰れる事になるだろう。
国家存亡の危機を救った大英雄レイベルト。
そんな彼を傷つけ裏切った人間達の家が無事に済むはずがない。下手をすれば、一部の過激な人間によって殺されてしまう事さえあり得る。
「お前のお蔭で少しだけ楽になった気がする。」
少しは役に立てたみたい。そして私の心は決まった。
向こうがいらないと言うなら、私がレイベルトを貰う。彼をこれ以上傷つけないよう、絶対に向こう側の人間と直接の接触は避けさせなければいけない。
彼を引き摺っていき、王様に全てを報告させた。
何度もこんな話をさせてしまうのは申し訳ないけど、彼が傷つかないようにする為には多少目を瞑って欲しい。
王様も話を聞いて私の考えている事を察したのか、貴族に周知してくれるようだ。
完全に二つの騎士家の命運が決まった瞬間だった。
そして私は、王様にこっそりとあるお願いをした……
「さて、真面目な話もしておくとするか。英雄レイベルトよ、お前を伯爵に任じる。家名は好きなものを考えておくと良い。そしてとある人間と結婚してもらいたい。」
「恐れながら……まだ結婚については気持ちの整理がつけられず、考えられない状況でして……。」
「お主の言いたい事は勿論分かる。だがな、絶対に気に入る相手だと思うぞ?」
「ですが……。」
「すぐに結婚しろとは言わん。会うだけでも会ってみて欲しいのじゃ。結婚は気持ちの整理がついてからで良い。万が一相手を気に入らんなら、それもまた仕方なし。」
「そういう事であれば、会うだけ会ってみたいと思います。」
こうして、レイベルトと私の見合いをかなり強引にセッティングして貰った。
とは言っても、彼は相手が私だとは気付いていない。
まだどう転ぶか分からないけど……最悪、弱ったレイベルトに女の武器を最大限使ってうんと言わせて見せる。
私はもう、なりふり構わずいくと決心したのだから。