最終話 幸せ(True end)
あの後、いっそ真似をしてやれば良いのだと気が付いた私は二人のお手洗いに何が何でも付いて行ってみた。
レイベルトが用を足している際には「へぇー」とか「そうなってるんだ」とか言ってみたら、もうしないから勘弁してくれと謝罪され、碧ちゃんが用を足している際には「結構音出るね」とか「勇者の貴重な排泄シーン」とか言ったら涙目で謝られた。
二人は恥ずかしさを理解してくれたのか、ようやく私のお手洗いに付いてくる事をやめてくれたのだ。
レイベルト、碧ちゃん、そして私。
やっと三人での普通の生活が送れるようになった。
シフトを組んだ二人のどちらかが常時私と一緒にいるのは相変わらずだけど、そこはもう目を瞑ろう。
「レイベルト。今日は街道整備の視察だよ。」
「おう。」
碧ちゃんは私達のスケジュール管理もやってくれている。
「ちゃんと人員が足りているか、適切な量の資材や道具があるか、見てきてね。」
「お、おう。」
「もし不足があるなら、どこからどう予算を捻出するのかも考えるんだよ?」
「…………おう。」
「それでも足りなければ多少の私財を投じる必要があるんだけど……本当に分かってる?」
「た、多分。」
レイベルトったらきっと分かってないわね。
でも、彼はそういう方面に疎いから仕方ない。
先日新たに仕えてくれる事になったオリヴァーもいるし、私や碧ちゃんだって補佐している。
オリヴァーは「クソ貴族滅びろ」が座右の銘のとても優秀な人で、いつも私達三人を助けてくれる平民。
将来の夢はクソ貴族の罪を暴き立てて頭を踏みつけてやる事らしいけど、ちょっと変わってるわよね。
戦時中にいくらか始末しておいたので安心して欲しいと告げたら、オリヴァーが目を付けていた貴族だったらしく、自分もその場に居合わせたかったと涙ながらに力説された。
戦場に行きたかったのかと聞けば「それは嫌です」と真顔で返された。
どっちなのよ。
と、まぁ……とにかく、皆でレイベルトをフォロー出来ればナガツキ大公家は安泰なの。
「エイミー。レイベルトだけじゃ心配だから付いて行って。」
仕方ないわね。
私が目いっぱいフォローして、レイベルトには一刻も早く素敵な大公様になってもらって、ついでに「やはり俺にはエイミーがいないとダメだな」とか言わせちゃうんだから。
「うん。もし色々足りなかったら魔法でパパっとやってくるね。」
「そうそう。足りなそうなら魔法で…………ってコラーーーー!!」
「ひぃっ!」
「うおっ!」
激怒された。
「何でもかんでも魔法で片付けるなって言ってるでしょ! 私分かってますみたいな顔で適当言うなーー!!」
「ご、ごめんね?」
碧ちゃんはお仕事の話になるとちょっと怖い。
「それじゃあ労働者達の仕事が無くなるでしょ! 資材を販売してる業者の売り上げだって減るでしょ! そうやって生計が成り立たなくなった人間が野盗になったりするんだからね!」
「碧ちゃん。野盗は皆滅ぼせば解決するよ?」
滅ぼすのは得意だから任せて欲しい。
そもそもしっかりした人は違う仕事を探すだけ。わざわざ野盗になんかならない。
最初から奪う方を選択した人間は根っからの野盗だ。切羽詰まってから奪う方を選択した人間は良く訓練された野盗だ。
「ダメだろエイミー。野盗になった奴らは俺が鍛えて更生させてやるから、滅ぼさなくても良いんだぞ。」
レイベルトったらなんて優し…………いえ、でも…………あの特訓を受けるくらいなら死罪の方がマシかも。
やっぱりそれ程優しくないわね。
「おバカーーッッ!! エイミーは力技で解決し過ぎ! レイベルトは剣ばっか振り過ぎ!」
碧ちゃんは手厳しい。
「し、しかしな。俺は剣を振らないと考えが纏まらなくてだな……。」
「そんなワケあるかーー!! という事で、はいこれ。」
碧ちゃんはレイベルトと私に分厚い本を手渡した。
「なんだこれは?」
「なにこれ?」
「二人のお勉強用テキスト。オリヴァーに作ってもらった。」
嘘?
辞典かと思った……。
「二人は暫くお仕事禁止。それを全て頭に叩き込んでね? 期間は…………一週間で良いでしょ。」
一週…………間?
え? これを?
「嘘……だよね? 碧ちゃん。嘘だって言ってよ…………。」
だってこれ、何百ページもあるんだけど。
「嘘じゃない。ほら、レイベルトは文句一つ言わないよ? エイミーも見習って。」
違うよ碧ちゃん。
レイベルトは文句を言わないんじゃなくて、放心してるんだよ?
「え、えへへ。碧ちゃーん。」
私は誤魔化すように擦り寄ってみた。
「良し良し。エイミーは良い子だね。でもお勉強はしようね?」
けち。
「アオイ。今日も一段と素敵だな。」
再起動したレイベルトは碧ちゃんを抱き寄せ耳元で愛を囁いている。
「ありがとう。でも勉強はしないとね。」
レイベルトの囁き攻撃も効かない……?
これは強敵だわ。
「流石は幼馴染。誤魔化し方というか、アンタら思考回路がそっくり……。」
「いやぁ……。」
「それ程でも……。」
「褒めてないって。じゃ、視察は私が行ってくるから。二人は勉強しててね。」
あぁ……そんなぁ…………。
私はさっさと出掛けてしまった碧ちゃんを見送る事しか出来なかった。
仕方ないから真面目に勉強しよう。
「レイベルトは分かりそう?」
「た、多分。」
「一週間なんて無理だよね。」
「た、多分。」
「でも頑張らないとね。」
「た、多分。」
ダメだこりゃ。
その夜、私とレイベルトは勉強の進みが遅いと碧ちゃんにこってり絞られた。
レイベルトに至っては別の意味で搾られていた。
これに関しては私も搾る側だったので文句は言えない。早くサクラを産んであげたいから私も積極的になるのは仕方ないよね?
そうして17年の月日が経過した。
私には娘のサクラが、碧ちゃんには息子のレイアと娘のアーリィが産まれ、皆で賑やかに暮らしている。
「サクラ。ありがとうね。」
「急にどうしたの? お母さん。」
実は前回のサクラから今回のサクラへと、ある物を渡すように頼まれている。
自分が16歳になったら渡して欲しいと不思議な色のガラス玉を持たされ、私の能力によって今回に持ち越した物品。
何なのか聞いてもサクラは答えてくれなかった。
「実はある人から渡すように頼まれた物があるのよ。」
「ふーん? 誰からなの?」
「渡せば分かるって言ってたのよね。お母さんもどういう意味なのか全然分からなかったんだけど。」
そう言って、サクラにガラス玉を手渡すと…………どういう理屈なのか、サクラの手にガラス玉が吸収されてしまった。
「あ。あぁ……そっかそっか。」
「ちょっと。大丈夫なの?」
ガラス玉が何だったのかをまるで理解したような素振りを見せる娘。
いきなりで驚いたけど、吸収しちゃって大丈夫なのかしら。
前回のサクラがくれた物だから危険物ってわけじゃないと思うけど……。
「お母さん的には久しぶりになるのかな? サクラだよ。」
「何言ってるの? 貴女は最初からサクラじゃない。」
さっきのガラス玉が変な悪さしてるんじゃないでしょうね?
「違うって。お母さんから見れば、私は前回のサクラであり、今回のサクラでもあるの。」
何を言ってるのかしら。
「だから! 私は前回のサクラの記憶を継承したの! お母さんと魔法の研究たくさんしたよね? お母さんが幸せになれるよう手紙の答えを教えたよね? そのサクラ!」
信じられない。
でも、その話を今のサクラが知っているはずはない。
「本当に…………サクラ?」
「そうだよ。」
「一体どうして……。」
サクラが言うには、魔法の研究の傍ら自分の記憶も次回に継承出来ないか考え、記憶をガラス玉に込める事は出来た。
でも、次回に持ち越すにはガラス玉を本人に直接渡す必要があるらしくて、そこで目を付けたのが私の能力、という事らしい。
「凄く不思議な感覚だね。碧ちゃん、レイア、アーリィ…………三人の事は知ってるはずなのに、私の家族がいっぺんに増えたような気もするし。面白いわ。」
「サクラ…………本当にありがとう。」
「どういたしまして!」
本当に出来た娘。
「ねえお母さん。」
「どうしたの?」
「今、幸せ?」
悪戯っぽい顔で尋ねるサクラに、私は笑顔で答えてあげた。
「えぇ。とっても幸せよ?」




