第1話 愛故に
レイベルトと碧ちゃん。
私の大好きな二人と一緒に暮らすという夢のような生活が幕を開けた。
前々回までの記憶以外はかなり抜けてしまっているけど、多分もっと繰り返したはずなんだと思う。
記憶にすらない苦労までした甲斐もあって、この生活が始まってまだ一週間だけど三人での生活は凄く充実してるし本当に楽しい。
でもちょっと待って欲しいの。
「ねぇレイベルト。仕事は?」
「あぁ。何も問題はないぞ。」
今、私はレイベルトに抱きかかえられている。
「仕事をする旦那様って格好いいと思うんだけどなぁ……。」
「確かにそうかもしれん。なら、このまま仕事をしよう。」
そうじゃない。
そうじゃないのよレイベルト。
「おーい! 予算会議に行ってきたよ!」
「お疲れ様。」
「早かったなアオイ。」
レイベルトは帰って来たもう一人の妻を労い、抱きかかえていた私をそっと差し出した。
「おいでエイミー。今度は私が一緒にいてあげるからね。」
碧ちゃんはレイベルトから差し出された私を受け取ると、ニコニコしながら抱きかかえる。
「ねぇ碧ちゃん。おかしくない?」
「え? 何が?」
何が? じゃないよね。
どうして二人はお人形を抱くように私を常に抱きかかえるのか、という事なんだけど。
「普通さ。人間を常に抱きかかえないよね?」
「そうか?」
「そうかな?」
二人は顔を見合わせ、心底分からないという顔をしている。
え、私? 私がおかしいの?
二人がこうなった原因は察しがついている。
確かに死んだフリしたのは悪かったけど、いくらなんでも常にどちらか一方が様子を見ようとするのは変だと思うの。
しかも抱きかかえて。
「もう絶対居なくならないよ?」
「世の中に絶対などない。」
「そうだね。可能性が僅かでもあるなら、それを防ぐ為には常に抱きかかえるのが一番だと思うよ。」
違うでしょ。
どう考えても変だってば。
「エイミーは姿を消す魔法まで使えるから、常に触れてないと安心出来ないんだよねぇ。」
それを言われると辛い。
三人での生活が始まった当初、二人はシフトを組んでまでどちらかが常に私の傍にいようとしていた。
たまには一人になりたいと思った私は透過魔法で姿を消してお出掛けしたところ、なんと二人は恐ろしい程に取り乱し、軍を動員して私を捜索し始めるという史上稀にみる迷子探しをしてしまったのだ。
結果、私はシフトを組んだ二人に抱きかかえられるという暮らしを余儀なくされた。
つい昨日の夕方の話だ。
「碧ちゃん。お手洗いに行きたいんだけど。」
「オッケー。私が連れて行ってあげる。」
「一人で行くから。」
「一人で行ったら危ないでしょ?」
全然危なくない。
今の私を脅かせる存在など世界中のどこを探したって居ないのに。
「恥ずかしいから離して。」
「大丈夫。見えないように持っててあげるからね。」
「それはやめて。」
一体どんなプレイなのよそれ。
私は碧ちゃんを魔法で拘束し、急いでお手洗いへと駆けていく。
「レイベルト! エイミーがっ!」
「俺に任せろっ!」
碧ちゃんに呼ばれ、すぐさま状況を察したレイベルトが猛然と迫ってくる。
「来ないで!」
「今行くぞエイミーっ!」
「だから来るなってば!」
屋敷内で膨大な魔力を放出し、風魔法で駆け抜ける私のなんて情けない事。
伝説の勇者の生まれ変わりがこんな生活をしてるだなんて、民衆は誰も思ってないでしょうね。
「仕方ない。」
追ってくるレイベルトに手のひらを向け、拘束魔法を放つ。
これで時間が稼げる。そう思ったのに…………。
彼はスパンと拘束魔法の起点となる核を斬り、魔法現象を発生させないという常識では考えられない事をやってのけた。
「なに……それ…………?」
私は今起こった事が信じられずに何度も拘束魔法を放つが、結果は全て同じ。
レイベルトに魔法を斬られるだけだった。
「君を失ったと思ったあの時から、俺は自らを限界まで鍛えた。もうあんな思いを誰にもさせないように。」
レイベルト。凄く格好良いわ。
……その台詞を言うのが今じゃなかったら。
「うぅ……追って来ないでよ。」
レイベルトに追いつかれる前に洗面所に駆け込む事に成功した私は大急ぎで結界魔法をかけ、用を済ませる。
「ふぅ。お手洗いの度にこんな事しなきゃいけないのかなぁ……?」
どうしよう。
何か良い方法を考えなきゃ。
「エイミー! 大丈夫――!?」
え? 碧ちゃん?
私、拘束魔法強めにかけたよね?
「何で……。」
「エイミー! 待っててね! 今行くから!」
一体どうやって私の拘束を抜けたのか、いつの間にやら碧ちゃんが結界を解こうと魔法に干渉している。
「まだ来ないで!」
今拭いてるところだから来ないで欲しい。
「すまんアオイ! 遅くなった!」
「遅い!」
レイベルトの声?
そう言えばレイベルトがいつの間にかいなくなってたような……。
「うおおおおお!」
彼の掛け声が聞こえてくると同時に、結界魔法が消失した。
「エイミー無事か!?」
「エイミー無事!?」
いかにも心配そうな顔で突入してきた二人。
間一髪スカートを上げるのは間に合ったけど、これじゃあ落ち着いてお手洗いにも行けないじゃない。
「あぁ。そういう事ね。」
レイベルトの手には聖剣モドキが握られている。
どうして私の結界魔法が破られたのかと思ったら、レイベルトの剣技と聖剣モドキの力が一体となった結果だった。
つまり、彼が一時的にいなくなったのは聖剣モドキを取りに行っていたから。
明らかに使う場面を間違えている。
「二人にお話があります。」
「何だろ?」
「さぁ?」
全然分かってないみたい。
まぁ、分かってればここまで付いて来ないか。
レイベルトはまだしも、碧ちゃんまでどうしてこんな時だけポンコツになるの?
「お手洗いにだけは付いて来ないで。」
「でもなぁ。」
「心配だし。」
「私だって恥ずかしいのっ!」
怒ってもまだ渋る二人。
今の私を脅かせる存在など世界中のどこを探したって居ない。さっきまではそう思っていたけど、完全に誤りだった。
今の私を脅かせる存在は最愛の二人だったのだ。
サクラ…………私どうすれば良いの?
お願いだからお母さんを助けて。
まだ生まれてもいない娘に助けを求める私は、世界一情けないお母さんかもしれない。




