第4話 失ったもの(裏編)
「我がイットリウム王家に伝わる宝剣じゃ。是非役立ててくれ。」
「「ありがとうございます!」」
これは……『アレ』を倒しに行く直前の場面?
「あ、ありがとうございます。」
1.宝剣はレイベルトが使って。
2.宝剣は碧が使って。
良し。あの時の選択肢が目の前に表示されている。
特に問題なく戻れたみたいね。
「どうかしたのかエイ?」
「なんかボーっとしてない?」
久しぶりの碧ちゃんだ。レイベルトも若い。
「大丈夫。ちょっと宝剣が格好良すぎて驚いただけ。」
うん。
しっかりあの時に戻れてる。
なら…………今度は『2』を選択。
「現在レイベルト隊が交戦しております! 急いで下さい!」
「宝剣は碧が使って。」
私がそう言うと碧ちゃんは頷き、宝剣を手に取った。
「オッケー! 僕はレイベルトと前衛を頑張るよ。」
一先ず、想定通り碧ちゃんも前衛を努めてくれる事になった。
彼女には前に出てもらわないと困る。私が魔法をミスする事が出来なくなってしまうからね…………。
時間がないので私達三人は風魔法を発動し、現場へと疾走した。
両軍兵士は戦いに参加してはいないけど、遠巻きに『アレ』とレイベルト隊の様子を伺うような形で待機している。
レイベルト隊が瓦解した時の防壁になろうとしているのだ。
レイベルト隊の皆は『アレ』をぐるりと取り囲んで上手く連携を取り、隊の半数が剣をもって触手一本に二人がかりで対応し、もう半分は魔法で触手攻撃を逸らすという神がかり的なチーム戦をやってのけていた。
この戦いを見るのは二度目だけど、何度見ても凄い。
「こうも人数が固まっていては攻撃する隙がない。半分下げるぞ。」
「レイベルト。私達の魔法に巻き込まれないよう両軍をもっと下げよう。レイベルト隊の人数程度なら防御魔法をかけられるけど、待機してる両軍までは無理だよ。」
レイベルトは頷き、部隊の皆に命令を下す。
「今から俺達も加勢する! 剣を持っている組は俺とアオイが入れ替わりで入る! 俺達が入った後に半分下がれ! 魔法攻撃を行っている奴はエイが入り次第半分下がれ!」
レイベルトと碧ちゃんが触手攻撃を半分受け持つと、彼が再び命令を下した。
「良し! 下がった半分は巻き込まれないよう両軍にもっと下がれと通達しろ! 通達を終えたら戻って来て待機だ! 戦闘が長期化した場合に備えての交代要員のつもりでいろ!」
命令は上手く届いたようで、両軍の兵がどんどん下がっていく。
なるべく大勢に戦いを見られないようにする為、最初から両軍を下げておいた方が私としては都合が良い。
レイベルトと碧ちゃんは剣で攻撃を捌き続け、私が魔法で削る。
恐らくレイベルトの想定通りに事が運んでいるのだと思う。そして、ここまでの流れは私にとっても想定通り。
「良し! このまま攻撃を継続する!」
順調に戦いが進んでいると思っていたのも束の間、怪物は大きな雄たけびをあげる。
『げぎゃひひひひげぎゃひひひひひひぃぃぃぃ!!!!』
不気味な声を発しながら魔法攻撃まで使い出す怪物に対して、攻撃に回していた魔法を怪物の魔法と相殺するようにぶつける私。
あぁ……この怪物は魔法攻撃も使うんだったわね。知らなければ一瞬で切り替えて対処するなんて出来なかった。
そして私に魔法を相殺されながら、怪物が良く分からない事を言い始める。
『ナんでぼクをこうゲきスるnですkA。ボくHaジンるィとナカヨクなりtいでス。』
あなたの言うナカヨクというのは……魂を吸収する事だもんね?
でもダメ。ここで私に利用されて滅びなさい。
「無理無理。あなたって人類と致命的に合わないよ。」
「この顔で一人称が『僕』はあり得なくない? てか喋ってるね。」
「いや、そういう問題じゃないだろ! 早く倒すぞ!」
さてと。そろそろ仕上げね。
「レイベルト! もう少し前に出るから待機組にも魔法を使わせて! 私は攻撃に専念する!」
「おう! 待機組は怪物の魔法を相殺しろ!」
待機組が魔法を相殺し始め私は前に出る。
前に出なければ計画が上手くいかない。
「勝てる! このまま押し切るぞ!」
レイベルトが攻撃の継続を宣言した瞬間、私は魔法で怪物の触手を千切り取ってレイベルトのいる方向に弾き飛ばし、同時に彼の方へと走り出す。
ごめんね? レイベルト…………。
怪物が仕掛けた触手攻撃と私が千切って弾き飛ばした触手が同時に彼へと迫り、自身の危機に対してすぐさま気付いた彼は、諦めの表情を浮かべて目を閉じた。
そしてタイミング良く彼の下へと辿り着いた私は、彼をドンと地面に突き飛ばしてから迫っていた触手攻撃を止めると同時に、私が弾き飛ばした触手を自分の腹を貫通したかのように見せかける為、触手を切断してから結界魔法で自身の腹と腰に無理矢理くっつけた。
第三者からは私の腹を触手が貫通したかのように見えているはず。
上出来かも。ヌルっとして気持ち悪いけど。
とりあえずレイベルトに声を掛けてあげよう。
「何ボケっとしてんだ。」
「は?」
今の攻撃で自分は死んだと思っていたようで、レイベルトは呆けながらもこちらを見ている。
そして触手が貫通しているように見えているだろう私に声を張り上げた。
「何故だっっ!!」
ビックリした。
急に大きい声を出されると怪物の触手を弾く軌道を間違えちゃうじゃない。
「ごめんね? 攻撃ミスったよ。魔法で触手を千切ったらレイベルトに向かっちゃったわ。」
ヤバイわ。今気づいた。
レイベルトは戦場でたくさんの死を見てきている。
私の死にそうって演技がバレるんじゃないかしら…………。
本格的にマズい。冷や汗が出てきた。
「だからってお前が受ける必要はないだろ!」
「問答してる暇はないよレイベルト。私はもう持たないから碧を呼んで。」
どうかバレませんように!
「アオイ! 来てくれ!」
碧ちゃんはレイベルトの声でこちらに気付き、触手を斬り飛ばしながらすぐに駆けつけて来た。
「エイ! 下がらないとダメだよ!」
「聞いて二人とも。実はお願いがあるの。」
マズい。レイベルトを誤魔化せても碧ちゃんを誤魔化せない可能性がある。
どうしよう。
焦り過ぎて変な汗をかいているのが自分でも分かってしまった。
「何でも言え!」
「何でも言って!」
「ありがとう。」
女は度胸! 私は計画の続行を決意し、剣を持っていない方の手で自らの兜を脱ぎ捨てた。
「私の名前はエイミー。実はレイベルトの婚約者。男のフリをしていた碧ちゃんにお願いがあるの。」
「……バレてたのね。」
碧ちゃんも兜を脱ぎ、自身が女であると白状した。
「えぇ。貴女がレイベルトを好きな事は知ってる。私はもう死ぬから、碧ちゃんがレイベルトと結婚してあげて欲しいの。」
「何言ってんの! アンタが生きて結婚しろ!」
今更ながら思うんだけど、死にそうなフリがバレたら碧ちゃんに滅茶苦茶怒られそう。
考え出したら余計にバレるんじゃないかと冷や冷やしてきた。
うぅ……胃が痛い。
「レイベルト。私、もう死ぬから。碧ちゃんと一緒に生きて。」
「ふざけるのも大概にしろ! お前は生き残る事だけ考えろ!」
「何でか分からない? 私達は三人で英勇トリオ。私はもう死ぬけど、二人が一緒になって時々私を思い出してくれたら嬉しいの。」
胃に穴が開きそう。
どうかバレませんように…………。
「ねぇ。私、もう持たないよ? 最後のお願いなんだよ? 二人は私の最後のお願い、聞いてくれないの?」
嘘じゃないよ? 胃がキリキリするの。胃が持たないの。早くうんって言って!
「レイベルトは碧ちゃんと結婚して。碧ちゃんもレイベルトと結婚して。そして二人で時々私を思い出して。」
「……そんな提案ダメだよ。私がエイミーを、思い出さない……可能性だってあるでしょ?」
「碧ちゃんの嘘吐き。そんな涙ボロボロで言っても嘘だって分かるよ。」
碧ちゃん……私まで涙出そうだよ。
胃が痛くて。
「レイベルトも泣かないで。二人が私を思い出してくれれば、きっとまた会えるから。」
「分かった。俺は……お前を忘れるなんて絶対にしない。」
やっと……うんって言ってくれた。
私は安心し過ぎてつい笑顔になる。
碧ちゃんは元々レイベルトが好きだから提案を呑んでくれると思ってたけど、問題は彼の方だ。
頑固ベルトは頑固だからなかなか頷かない。でも流石にこういう状況なら頷いてくれるのね。
安心した。
安心したら、なんだかお腹の調子が悪くなってきた。
「それじゃあ先ず、私が自爆特攻を仕掛けるから、レイベルトは碧ちゃんの分まで防御。碧ちゃんは私が作った隙をついて『アレ』を滅多斬りにして。」
怪物を倒せるだけの魔力を碧ちゃんが振り回している聖剣モドキに急いで込める。
「これで『アレ』を倒せるはずだから。」
「俺は絶対に許可しない!!」
私、レイベルトにたくさん想ってもらってたのね…………でも許可してよ。
今お腹の調子悪いんだから。
「もう時間がない……じゃあね? もしかすると私が二人の子供に生まれ変わるかもしれないから、その時はよろしくね?」
「待てエイミー!」
「待ってよ!」
待てません。
胃が痛い上に計画が上手くいった安堵感でお腹の調子が変なの。
後、くっつけている触手も気持ち悪いし。
早く二人の前からいなくならなきゃ。
今まで怪物の触手を弾くと言う動作を私も行っていたけど、それをやめる事で二人に負担がのしかかる。
そうして怪物の前まで走る私を止められなくなってしまった二人。
というか、バレてないよね? 大丈夫だよね?
どうしてもバレてるんじゃないかと気になってしまい、チラリと後ろを振り返れば、今まで見た事もない程必死にこちらを見ている二人。
あ、これはバレてないわね。
バレてないと分かったので、怪物が瀕死になる威力に調整して自分諸共大爆発を起こした。
勿論防御魔法を張っているので私は死なない。
「「エイミーーーーっ!!」」
自分の体に透過の魔法を施し、私は二人の近くへと移動し様子を伺う。
「レイベルド。絶対に、仇をどるよ……。」
涙を流しながら宣言した碧ちゃんに胸が熱くなる。
爆発によって立ち込めていた土煙が晴れると、そこにはズタボロになってよろめく怪物がいた。
「エイミーの恨みっ!」
レイベルトは怪物の攻撃から碧ちゃんを守り、道を開いた。
そして碧ちゃんは鬼の形相で怪物に飛び掛かり、ザクザクと容赦なく滅多斬りにしていく。
何度も斬り、明らかに死んでいる怪物に対して碧ちゃんは怒りに任せて更に追撃していた。
その様はまるで本物の鬼のようで…………私もあんな風に怒られないよね? 大丈夫だよね?
碧ちゃんのあまりの豹変ぶりに、私は心底身の縮む思いをした。
でも、これで計画は成った。




