第8話 運命
「能力については王宮にある勇者桜の暗号文書を碧ちゃんに読んでもらえば納得してもらえると思うよ。レイベルトは私が戦争前に王宮に出入りしてたなんて話は聞いた事がないでしょ?」
「あ、あぁ……。」
この時点での二人は勇者の暗号文書の存在すらも知らない。
「暗号文書は今まで誰も読める人がいなかったの。でも、その内容を読まずに私が当てられたら、私の言ってる事を信じてもらえるでしょ?」
「まぁ……確かに。」
二人に信じてもらう為に、なるべく証拠となりそうな出来事を積み上げていく。
「あの怪物だって、イットリウム王国側には伝わってなかったのに私は知っていたでしょ?」
「あぁ……いや、エイミーを疑っているわけではない。いまいちピンとこなくてな。」
「うん。レイベルトの言う通り。エイミーを疑うわけじゃないけど、私も理解しきれてない。」
二人の態度を見れば分かる。
一応信じてはくれているみたいだけど、納得してもいないという感じ。
「ねぇレイベルト。碧ちゃんは貴方を好きだって言ってるの。ここは男の甲斐性を見せる絶好の機会。貴族になれば重婚だって出来るのよ?」
貴族になる事は確定しているんだから、悩む必要すらないのに……。
誠実なのはレイベルトの美点でもあるけど、今回ばかりはそれが悪い方に作用してしまった。
「……俺はエイミー一筋だ。」
え?
「やっぱり、私じゃダメみたいだね。」
なんで?
なんでこうなるの?
「ねえ! 三人で一緒に暮らそうよ! 私、碧ちゃんがいないのは嫌だよ!」
私は必死に訴えかけ、二人を説得しようと試みる。
「エイミー。経緯を説明してくれない? 何でそこまで私にこだわるの?」
「そうだな。せめて三人で結婚した経緯を教えてくれないと分からない。」
そう……だよね。
言いたくはなかった私の過ち。
この際だから全て言ってしまおう。
「うん……全部話す。」
私は前回どうして三人で結婚するに至ったのかを話した。
私が暗示や薬を使われていたとは言え、レイベルトを裏切ってしまった事。
事情を知らなかったレイベルトが私に別れを告げ、碧ちゃんと結婚した事。
私の手紙で真実を知った二人が私を救いに来てくれた事。
見かねた碧ちゃんが私との結婚まで許可してくれた事。
包み隠さず、全てを話した。
「そんな……事が……。」
「……。」
ごめんねレイベルト。嫌な思いをさせちゃって。
「だから私はまた三人で結婚したい。三人で暮らしたいの。」
ここまで話したんだし、きっと……分かってくれるよね?
「成る程ね。話は分かったよ。」
「碧ちゃん、分かってくれたの?」
嬉しい。
二人で説得すればレイベルトだって……
「完全に理解したよエイミー。多分ね、君の話から察するに……私とレイベルトが結婚したのはボタンの掛け違い。本当はレイベルトとエイミーが結婚するはずだったところに私が無理矢理入ってしまったんだ。」
え?
「運命って言葉があるよね。レイベルトとエイミーは元々結婚する運命だった。でも、私という異物が入り込んだおかげで変に拗れちゃった……みたいに感じるよ。」
なに……それ……。
「あっ……痛っ。」
前触れもなくズキンと頭に鈍い痛みを覚え、私の知らない記憶が蘇った。
『変な事言うんだけど、きっとさ……これはボタンの掛け違い。私はね? 本当はエイミーさんと君が結ばれるはずだったような気がするんだ。』
『そんな事……』
『エイミーさんの記憶が引き継がれるようになれば、私は次回も君と結ばれるか分からない。それでも……美少女勇者のアオイちゃんを忘れないでよ?』
『…………俺達は英勇コンビだ。どうやって忘れろってんだ。』
『ははっ。そうだよね。』
これは……。
この記憶は……私が魔力を暴走させた……時の?
記憶の中ではレイベルトが私を抱きかかえ、碧ちゃんは泣き笑いのような顔をしていた。
碧ちゃんがさっき言った運命という言葉にモヤモヤしたものを感じる。
「……ミー? おいエイミー!」
ハッと顔をあげると、そこには心配そうにこちらを見る二人がいる。
「大丈夫? 急に頭押さえてビックリしたよ。」
「具合が悪いなら少し休むんだ。」
「あぁ……なんて事…………。」
私は確信してしまった。
本当は逆だ。
私とレイベルトが結婚する運命じゃなくて、碧ちゃんとレイベルトが結婚する運命だったんだ。
今の私にはハッキリと二人の運命が視えている。
あの怪物……『さぐぬtヴぃらヴんみr』の神を倒した後、私の力は激増した。
単に力が増したんだと思っていたけど……神としての力が継承されている。
運命に干渉する力。
碧ちゃんが発した運命という言葉が引き金になり、私は自分の力を正しく理解してしまった。
勇者桜の能力と『アレ』の因子が混ざった事で、本来決まっていた運命まで変えてしまう力に昇華してしまったんだ。
いくらやり直したところで本来決まっていた運命までは変える事が出来ないはずだった。
でも、能力と『アレ』の因子が混ざった事で、運命すらも変えてしまえる力になっている。
ストレッチ王国を解体出来た事も、三人で結婚出来た事も、全て運命に干渉する力によるもの。
そして、私が持っている『アレ』の因子は……既に因子なんてものではない。
『アレ』の力の塊だ。
運命に干渉する力が強過ぎて、私という存在そのものがレイベルトと碧ちゃんの結婚という運命を阻害してしまっている。
私には視えていた。
レイベルトからは赤い糸が伸びて、私の黒い糸と繋がっている。
碧ちゃんの赤い糸は千切れ、先端が黒ずんで下に垂れている。
気付きたくなかった。
「ごめん。少しだけ……休むね。」
「あぁ。念のため一緒に行くぞ。」
「いいよ。一人で行けるから。」
「そ、そうか。」
「本当に大丈夫なの?」
「うん。大丈夫だから。」
今は一人になりたい。
心配そうな二人をよそに、私はその場を後にして寝室で寝込んでしまった。
暫くは何も考えたくない。
それからというもの、私はやる気を振り絞って二人を何度も説得するが、二人の答えは決まったものだった。
『話自体は分かったがそういう気にはなれない。』
『レイベルトにその気がないなら私もパス。』
こうやって断られ続けた。
可視化された情報通り、これが今の私達の運命なの……?
王宮にある暗号文書も見せたけど二人の答えは変わらず、大博打のつもりで運命に干渉する力の事も説明したけど、それでも二人は頷いてくれなかった。
せめて…………一緒に暮らすのが難しいなら、出来る限り交流を持とうと碧ちゃんとはなるべくたくさん話をして過ごす。
私の能力を中二病だと茶化されたけど、それでも笑ってくれて嬉しかった。




