第1話 貴女は私
「ここは……?」
私の家だ……
懐かしい。
まだ、私がレイベルトを裏切っていなかった頃の……平穏に暮らしていた頃の家。
「気が付きましたね? ご主人様。」
「誰っ!?」
頭に猫の耳を生やし、奇妙なのに可愛い格好をしたアオイちゃんと似た雰囲気の子が話しかけてきた。
でも、私はこの人を知らない。
知らないのに……何故か、前から知っていたような気がする。
「うーん。こう言えば分かるかな? 貴女は今世の私。私は貴女の前世。」
前世の私?
普通なら馬鹿らしいと笑い飛ばすところだけど、今の私には一人だけ心当たりの人物がいる。
「勇者サクラ?」
「大正解! どんどんどんどんパフパフッ!」
何が楽しいのか、大袈裟に正解を告げる勇者サクラ。
明るい雰囲気が癪に障る。
「正解者には良い事を教えてあげます。」
「良い事?」
良い事なんて何もない。
「私はアオイちゃんとレイベルトを殺してしまった……。良い事なんてあるわけないっ!」
きっと……二人には事情を伝えるべきじゃなかったんだ。
「そう怒らないで下さいよ。私は貴女。貴女は私。自分を怒っても仕方ないでしょ。前世、今世という違いはありますけどね。」
「だって、レイベルトが……アオイちゃんが……。」
手に残る感触が、あれは現実だったのだと……夢なんかではなかったのだと示している。
「大丈夫ですよ。貴女はこれから碧ちゃんがこの世界に現れた時まで戻りますので。」
「……戻る?」
もしかして勇者サクラの能力である死に戻りの事?
でも戻れたからって、結局『アレ』が出現したら意味なんてない。
「えっと、色々と疑問はあると思うけど聞いて下さいね。先ず、今回碧ちゃんを吸収した事で、碧ちゃんの分岐点に飛ぶ事になりました! いえーい! やったね!」
分岐点?
「私の……貴女の能力は死んだら時を戻る事。ただ、今の時点で能力は発展途上だし、選択肢が無いところには本来戻れませんでした。」
「能力が発展途上ならどうして……。」
「碧ちゃんを吸収してしまった影響で、碧ちゃんが私と同じ能力を持っていたら現れていたであろう選択肢の時点まで遡る事になったんです! 何故かって? それは碧ちゃんが私の従姉妹だから魂が似ていたんです。」
「え? 貴女、アオイちゃんと従姉妹だったの?」
確かに……妙に似ているなとは思っていたけど。
「そうでーす。というか、魂が似ていた事にはツッコまないんかい!」
勿論そこは気になるけど、勇者サクラがアオイちゃんと従姉妹だった方に驚きを隠せない。
「そもそも貴女は400年前に呼ばれてるじゃない。」
「あー……世界移動に時間というのはあまり関係がないみたいですね。たまたま勇者として条件を満たす存在が私や碧ちゃんだった。で、私と碧ちゃんは魂が似ているから呼ばれちゃった。そういう事だと思います。」
「魂が似ているから、貴女の次に呼ばれたのがアオイちゃんだった?」
「はい。詳しく説明しますと、魂と肉体は密接な関りがあります。だから、血縁がある人間の魂も似た形が選ばれるんです。魂にラベリングすると、たとえば……姉にA-1という魂が入っているのであれば、妹に入る魂はBやCが選ばれるのではなく、A-2やA-3が選ばれると思って下さい。」
この人、本当に私なの?
やけに賢い。
「碧ちゃんと私はAとA´くらいの関係でしょうか? 魂が似ているせいか、吸収した時の親和性が高くて、碧ちゃんの分岐点にも飛べるようになったって事です。後はレイベルトに関してですが……。」
「レイベルトにも何か関りがあるの?」
「彼の魂は元々私が輪廻の環に乗って削り取られた魂の一部から形作られてますね。だからレイベルトの魂を吸収した結果、私の人格や記憶が蘇ったんですよ。彼と妙に惹かれ合うような感じがしませんでした?」
確かに言われてみれば……。
「あ、別に彼との愛を否定してる訳じゃありませんよ? 単純に、魂が近いと惹かれ合う性質にあるというだけの話で、全然魂が近くないのに結婚して愛し合う人もいますからね。」
「えっと、レイベルトも元々私という意味?」
「うーん。今となっては魂が超似てるだけで別な魂として独立してしまってるので、その表現は適切じゃありませんね。魂の双子とでも言えば良いんでしょうか? 貴女の魂には能力だけが残り、レイベルトの魂には強さが多少残ったという事です。」
レイベルトと魂の双子……。
そう聞くと全然悪い気はしない。
でも、肝心な問題は残ったままだ。
「また『アレ』が出現するなら結局同じ事の繰り返しになる。意味なんてないじゃない!」
「意味はある。今の貴女は『アレ』に一人ではギリギリ勝てない程度に強くなってます。時が戻ったらレイベルトが参加する戦争に付いて行って下さい。」
戦争に付いて行く?
「そんな事したって……。」
レイベルトや碧ちゃんを助けられるのは素直に嬉しいと思うけど、再び『アレ』が現れた時の対策にはなってない。
「忘れたんですか? 貴女は殺す事で魂を吸収する能力もあるんです。敵兵をぶち殺しまくれば『アレ』に勝つ事など余裕ですよ。『アレ』は人間の魂を餌として吸収しているだけで、あれ以上強くなるわけではありません。」
「……。」
「それに対してこちらは魂を吸収すればする程強くなります。なにせ人間は同族なんですから……。虐殺を推奨するわけではありませんが、敵兵を退けなければ貴女の国が滅びるんです。この際だから、世界を救う為と割り切って下さい。」
別にストレッチ王国兵を殺す事に忌避感はない、と思う。
倒さなければ国が滅びるのであれば、割り切って考える事は出来る。
「実は前回、かなり惜しいところまでいってましたよ? 分割して『アレ』の力を落としてから消滅させるのは良い手でした。遅れて出現した個体がいなければあれで勝ててましたね。」
遅れて出現? なら……
「他にもいるって事?」
「いえ。あの四体目で打ち止めです。『アレ』は分裂能力を持っているように見えるかもしれませんが、元々五体が合体しただけの生き物らしいです。レイベルトが戦っていたのは二体が合わさった個体で、貴女や碧ちゃんが戦った個体はそれぞれ一体です。」
「どういう事?」
「貴女は『アレ』を斬り裂いて三つに分割しましたけど、要するに最初戦っていた『アレ』は四体が合体したものだったという事です。」
そこに遅れて最後の個体が登場した、という事ね。
「さて、そろそろ分岐点に戻りますよ。今後、私の知識は貴女に引き継がれます。人格は貴女を主体として統合されますけど、安心して下さい。私の記憶までは貴女に引き継がれないようにしておきましたから。」
「え? でも、貴女は私の記憶を知ってるよね?」
それって、私だけ記憶を見られたって事じゃない。
「私の記憶は私だけの物でーす。恥ずかしいからこっち見んな!」
「ちょっと、それってズルなんじゃ……」
「ちっ。勘の良いガキは嫌いよ。神の英知にも手が届きかけてる程の知識をあげるんだから良いでしょ! ばいばーい!」
前世の私が笑顔で手を振りながら、遠ざかって行く。
自分なのにムカつく!
「戦争から帰ってきたら、結婚しよう。」
「え?」
ここは……レイベルトと何度も通った丘。
そして、私は確かに覚えている。彼が告白してくれたその瞬間を。
横に腰かけているレイベルトを見れば、幾分か若い。
私の記憶と完全に一致する彼の台詞からは、私がその時まで戻った事を暗に示している。
つまり、目の前にいるレイベルトは夢や幻ではなく、間違いなく生きているレイベルト本人だ。
「レイベルト! もう絶対離さない!」
私は思わず彼に抱き着き、ありったけの思いを胸に力を込める。
「エイミー、俺も同じ気持ち…………あだだだだだだ!!」
彼が痛がりだしたので驚いて腕の力を抜く。
今の私が勇者桜の力に覚醒している事を完全に忘れていた。
「あ、あの……戦争が始まるの!?」
どうにもバツが悪くて咄嗟に誤魔化してしまう。
「いつの間にそんな力を……と言うか、戦争が始まる事は知ってたはずだろ。それより結婚してくれるって事で間違いないか?」
私の答えは決まっている。
「結婚ね! 結婚するよ! 当然結婚するわ! 当たり前でしょ!?」
「お、おう……。」
私は強引に彼の唇を奪い、結婚の約束をした。
今の私は前回の分の記憶は引き継げたけど、それ以前の記憶はいまいち思い出せない。
だとしても、やり直しの影響で数年分はレイベルトよりも精神的に年上となっている。
たまには私がリードするのも面白いかもしれない。家に帰ってからは即座にレイベルトとの婚約を結び、レイベルトと結ばれた。
両親が聞き耳を立てていたので何度もビンタをして追い返すと、涙目で走り去っていったのには笑ってしまう。
レイベルトはそれを見て「エイミー! 一体どうしたんだ!」と心配していたけど、聞き耳立てる方が悪いに決まってると言ったら納得していた。
ついでに、私とレイベルトの両親は訓練が足りていないんじゃないかと言ったら、彼は良い笑顔で訓練をしてくれると約束してくれた。
両家には王宮の騎士団長が土下座で泣きだす程の訓練を受けさせてやる。
私の恨みを思い知ると良い。
「ねぇレイベルト。私も戦争に行くよ?」
「何を言っている! ダメに決まってるじゃないか!」
反対されるとは思っていたので、レイベルトには勇者桜の力を見てもらう事にした。
この街近郊の小さな練兵場で大魔法を放ったら、練兵場が何も無い更地になってしまったのは失敗。
その場にいた人達には個別で防御魔法を掛けておいたので皆無事だった。
彼には散々怒られたけど、事情を知らない人達には自然災害という事で話はついたし、戦争に行く事には納得してもらえたので結果オーライとも言える。
勇者桜の人格が混ざった影響で、性格が少し適当っぽくなったのは予想外ね。
その後、私が実は勇者の先祖返りだったと言って黒い瞳に変化するところを見せてあげたら、彼は素っ頓狂な声で驚いていた。
本気で笑ってしまった。




