第30話 覚醒
俺達三人は今、例の怪物の背後に立っていた。
「作戦通りいくぞ。」
「オッケー。」
「うん。」
先ず、俺が前衛として怪物の注意を引く。
魔法攻撃を行いながら突撃すると、奴はあの巨体からは考えられない機敏な動きで触手を振り回し始めた。
俺は奴の触手をひたすら剣で弾きながら、なるべくエイミーに意識が向かないよう気を配る。
「ぐっ……流石に強いな。」
怪物の攻撃は一撃が重く、それが雨あられのように降り注いでくる。
だが、この程度であれば暫くの間は防ぎきれる。
「アオイ!」
「はいさ!」
俺の合図でアオイが怪物の視界を塞ぐように火魔法を乱射すると、触手攻撃の精度が格段に落ちた。
これで奴の視界は遮られたはずだ。
「エイミー!」
「うん!」
圧倒的な魔力を放ちながら宝剣で怪物を斬りつけるエイミー。
脳天に剣を叩きつけ、中心からバッサリと怪物を斬り裂く彼女の剣は技術的にまだまだ甘いが威力だけは申し分ない。
「よし! 畳み掛けろ!」
アオイは本気の風魔法を放って斬り捨てられた怪物の右半身を吹き飛ばし、俺は触手攻撃からエイミーを守り、エイミーは膂力に任せ左半身の胴体を斬り裂いた。
「やった……。」
「勝てたかな?」
「あぁ。多分な。」
怪物の体は三つに分かれてしまっている。
ここまで分割してやれば死なない生き物などいないだろう。
「ま、勇者二人に英雄一人で勝てないわけないもんね。攻撃さえ通れば楽勝!」
アオイが笑顔で剣を掲げ、俺とエイミーも応えるように剣を掲げる。
勇者の日記には勝ち目など殆ど無いような書かかれ方をしていた。
どれ程の強敵なのかと思ったものだが、それはあくまで一対一で戦った場合の話で、俺達のように勇者級の人間が三人で連携を組めば問題なく倒せるという事だったのだろう。
「なんにせよ。戦後処理にこの街の復興作業も追加されたな。」
「だね。」
「うん。」
戦後の事は王や上位貴族が考える事だろう。
今はエイミーにとんでもない事をしてくれたブレイン侯爵の処遇だ。
だが、俺達は甘かった。
左半身を更に上半身と下半身に分かたれた怪物の切断面からは細い触手の様な物が生えてきて、互いを引き寄せようと不気味な動きを見せ始めた。
「させるか……ぐぅっ!!」
「レイベ…きゃっ!?」
触手の先端から魔法が放たれ、完全に油断していた俺とアオイは吹き飛ばされてしまう。
まさか奴がまだ生きていて、しかも魔法を使ってくるとは思いもしなかった。
「レイベルト! アオイちゃん!」
エイミーが俺達を心配して駆け寄って来る。
「俺達に構うな! 早く攻撃を……」
起き上がって奴の姿を確認すると、いつの間にか怪物が三体に増えていた。
「冗談だろ?」
「……分裂した?」
恐らくアオイの言う通りなのだろう。
丁度エイミーが斬った大きさに縮小した怪物が三体。
大きさだけが縮み、姿かたちはまったく同一の個体に見える。
「分裂したのなら力も落ちているはずだ。一人一体を相手にするぞ。」
「だね。」
「分かった。」
怪物どもはおぞましい鳴き声をあげて俺達に向かって来る。
ここに一対一の戦いが三つ同時に展開される事となった。
俺の予測は当たっていたようで、三体に分裂した事で奴の力は落ちているようだ。宝剣を使わずとも多少のダメージを与える事が出来るようになっている。
しかし、俺が独力で倒すのはなかなかに厳しい。
本気で剣を振れば触手を斬り飛ばす事は可能。だが、その後が続かなくなってしまう。
エイミーの方に目を向けると、やはり剣術は魔法程得意でないようで防御に手一杯の様子。
魔法を使おうにも一度距離を取らなければ難しい。エイミーは奴から距離を取りきれずにいるようだ。
アオイの方はと言えば、一定の距離を保ちながら魔法攻撃を行っているものの、俺と同様に多少のダメージしか与える事が出来ず、倒しきるのは難しいように見える。
「クソッ!」
これでは決め手に欠ける。
エイミーが剣だけで耐えるには限界があるだろう。
俺は剣を防御に集中しながら、エイミーと戦っている怪物に時々魔法を放って援護し、少しでもエイミーが追い詰められるのを防ぐ。
アオイは魔法主体で戦っている為いつかは魔力切れを起こすだろうが、剣を主体に戦えば暫くの間は持つはずだ。
俺達三人は体力も魔力も並ではない。
だが、ずっとこうしていてもいつかはやられてしまう。なんせあの怪物には疲れる様子が一切ないのだ。
何か手はないものか。
徐々に体力と集中力を削り取られながら、俺がそう思っていた時だった。
「うおおおおおお! 他国の人間だけに任せておけるものか!!」
「俺達も加勢する!」
ヴァイセン侯爵とブレイン侯爵……?
「俺はストレッチ王国軍の総司令官だ! たとえほんの僅かだとしても時間くらいは稼いで見せる!!」
全く。ヴァイセン侯爵はこんな時でもうるさい奴だ。
「この程度で罪滅ぼしになるとは俺も思わない。だが、どうせこの首差し出す覚悟だったのだ。なら伝説の勇者を助けて死ぬのも良いだろう。」
ブレイン侯爵。お前だけは俺が斬ってやろうと思っていたんだがな。
「お前らの手など借りたくはない……と言いたいところだが、正直助かる。二人はエイミーに加勢してくれ! 一番の決め手はエイミーだ! エイミーが一体倒せば一気に形勢は有利になる!」
「任せろ!」
「分かった。」
これで……これで何とかなるかもしれない。
勝ち筋が見えて来た。
加勢に来た二人には悪いが、命を捨ててエイミーの為の時間稼ぎをしてもらうしかない。
あの二人は処断される可能性が高かった。
ここでエイミーを助けてくれるのなら……罪人としての死ではなく、伝説の勇者の生まれ変わりを助けた英雄として死なせてやっても罰は当たらないだろう。
「仇であり、命の恩人でもある……か。」
二人はエイミーの加勢に入り、触手の一撃を防いだ後に二撃目をくらって叩き潰されてしまった。
だがその隙に、エイミーが怪物の一体を宝剣で叩き斬り、火魔法で焼き尽くして消滅させる事に成功した。
あの二人は見事に囮の役割を全うしてみせたのだ。
「良し! やったなエイミー!」
これでエイミーの手が空いた。
「アオイ! 今からエイミーをそちらに……」
は?
「何してるんだよアオイ……」
俺は目を疑った。
なぜ……お前の後ろにもう一体いるんだよ。
なんで……そんな奴の攻撃をくらってるんだよ。
どうして……触手が胸から生えてるんだよ。
「ア、アオイいいいいいいい!!!」
目の前の怪物など目もくれず、魔力の残量も気にせず疾走してアオイを貫いている怪物の触手を全力でぶった斬る。
そうして隙が出来た瞬間、俺も腹を触手で貫通されたが不思議と痛みは感じなかった。
アオイを抱え、エイミーを連れてその場を走り去る。
怪物は俺達を追跡してくる事はなく、奴らから撒いたところで治療院を見つけ、急いで駆け込みアオイをベッドに下ろした。
「アオイ! 今治療してやるからな!」
「ごふっ……もう、間に合わないって……。」
「アオイちゃん!」
クソっ!!
「とにかく止血を!」
「良い。あのね……今は魔力で無理矢理持たせてる状況、だから、手短に言うよ。」
顔色が既に白い。
本当に死んでしまうみたいな良い方はやめろ。
「何だ!? 何でも言ってくれ!」
「エイミー。私を殺して。」
「っ!?」
何を言っている。
「お前は……何を言ってるんだ!」
「勇者の日記にあったでしょ。今死んだら、私は、あの怪物に魂を吸収……される。でも、どうせなら、エイミーに吸収され、たい。」
吸収……?
「は、やく。もう、持たないの。」
「やだ。嫌だよアオイちゃん……。」
「お願い。私を、助けると、思って。」
「何で、何でアオイちゃんを殺さなきゃいけないの! 嫌だ……嫌っ! そ、そうだよ。アオイちゃんが死ななきゃ良いんだよ!」
戦争で人を殺し、数えきれない程の死を見てきた。
アオイがもう助からない事を嫌でも理解している自分がいた。
「無茶言う、ね。レイ、ベルト。」
アオイと視線がぶつかり、彼女が言いたい事を察してしまった。
俺に頼むなんて酷い奴だよお前は。
いや、エイミーにだけやらせようとした俺も十分酷いか。
「レイベルト? アオイちゃんを助けないと……何で私の手を掴むの?」
「アオイ。俺もすぐ後を追う事になる。」
「はは。腹に結構な穴、開いてる、もんね。」
「あぁ。俺も長くは持たん。」
エイミーは薄っすら状況を理解し出したようで、俺が掴んだ手を離そうとしている。
「アオイ。また今度。」
「うん。二人とも、またね。」
「嫌だ! 嫌だ! やめてよレイベルト!! 剣なんて捨ててよ!!」
「すまないエイミー。俺もまた今度、だ。」
拒否するエイミーの手を無理矢理動かし、剣をアオイの心臓に突き立てた後、自分の心臓も貫いた。
「ヤダァァァァ!!!!」
【エイミーの魂が大幅に強化されました……エイミーの魂+6922を獲得】
【碧の魂を獲得……統合されました】
【レイベルトの魂を獲得……統合され、エイミー(桜)の魂になりました】
【記憶の引継ぎに成功しました】
【強制的に碧が出現した時に戻されます】
【桜の意識が覚醒しました】




